会議の後に
今後行われる予定である作戦の説明会議とラジオ放送用音源の収録後、ヘロルトは一人ニュルンベルクにある労働者党大会会場に足を運んでいた。過去幾度となく訪れた場所だったが、内戦の痕が生々しく残されたそこは彼の記憶の中にある華やかで壮大なものとは大きく変わっており、一瞬場所を間違えてしまったのかと思ってしまうほどであった。
かつてたくさんの人々が立ち、亡きアドルフ・ヒトラーの聡明かつ勢いのある演説に酔いしれていた石段に腰を掛ける。まだ冷たい冬の空気をまとった風がヘロルトの体温をわずかに奪っていく。
「はぁ……どうしたものか」
大きく溜息を吐いた。オーレンドルフがニュルンベルクの支部で用事があるからと車を出そうとしていたところに「私も乗せてくれ」と半ば無理やり乗り込んで、そして彼が支部の駐車場に車を止めて車を降りた時、どこへ行くとも言わずに勝手に少し離れたここに来てしまったことに少しの罪悪感を覚える。
「もう、戻ろうかな……彼の車が無かったら電車でゲルマニアにでも戻ろう……」
そう立ち上がろうとした時、誰かが彼の肩に手を置いた。
「ヘロルト大将、やっぱりここにおられたのですね。一瞬びっくりしましたよ。てっきりあなたも支部に用事があるのだと思っておりましたから……」
「すまなかったなオーレンドルフ君……勝手にのこのことほっつき回って」
「別に構いませんよ。私も丁度ここに来ようと思っていたところですし」
そう言いながらオーレンドルフはヘロルトの隣に腰かけた。
「それにしても、なぜここがわかった?」
薄青に染まった冬空を見上げながら彼はオーレンドルフに聞く。
「以前、作戦本部で昔話をされていた時に聞いた覚えがあったので……」
「なるほど……」
彼は空を見上げたまま呟くように言った。
「それにしても、なぜこんな場所に?」
「ここがこの国の中で一番静かだからだ。自宅のベッドの中よりも、作戦本部よりも、闇夜の中よりもここが静かだからだ。内戦前は気晴らしに何度も足を運んで、今みたいに私の横に国防軍の頃の友人を座らせて一緒に昔話をしていたんだよ。本当に懐かしい。あいつらは何をやっているんだろうか……
「そんな理由が……ヘロルト大将はもともと国防軍兵士だったのでしたね」
「しかし、数年ぶりに来てみたがここも内戦の痕が激しいな……無数の弾痕に砲撃痕、ところどころ焦げてもいる。破壊された場所もそのままで残っているところがあるし、もうここは内戦前に戻ることはできないだろうな……」
「そうですね……私も昔は時折足を運んでいましたが、昔のような雰囲気は残っていないように感じます」
彼は一度周りを見渡すようなそぶりを見せてから自身の足元を見ながらそう言った。
「オーレンドルフ君」
「何でしょうか?」
「……どうして、こうなってしまったんだろうな」
「それはどういう意味でしょうか?」
「二日後、ついにハイドリヒ総統によって宣戦布告がされる。この戦争がどのように終結するかはわからないが、第二次大戦の比にはならない悲惨な事態が引き起こされるはずだ。なぜこうなってしまったのだ……? 総統の座にハイドリヒが就いたからいけなかったのか……?」
ヘロルトは頭を抱えながらオーレンドルフに問うていた。腕の隙間から見える彼の表情は深刻そのもので、彼がどれほど思い詰めていたのかが思い知らされる。
「……私の個人的な意見ですがよろしいでしょうか?」
「なんだ?」
「たとえハイドリヒ長官殿が総統に就任なさらなくてもこの国家の運命はさほど変わらなかったように思えます」
「と、言うと……?」
「現状大ドイツは人種差別と戦争を基軸とした国家です。借金を帳消しにするために世界大戦を始めるこの国家が暗殺や虐殺から離れられるとは到底思えません。減にヒトラー閣下がご存命だった頃に我々はヨーロッパに住む千万のユダヤ人を殺し、そしてロシアやポーランドに住む一億人のスラヴ人を奴隷にしました。『戦争』『虐殺』『奴隷』――これが我々の信仰するナチズムの根幹なのです。なので誰がナチズムのトップに立とうと、その狂気が変わることがないでしょう」
「私と思ってることが一緒だな…… では、この国を"治療する"方法はないのか?」
「私が思うに二つの治療法があります。どちらとも荒療治なのには変わりありませんが」
「それはなんだ?」
「まず一つ目がこの戦争に負けることです。正確にはイデオロギーを抱えた政党が崩壊することですが、独裁政権となっている労働者党政権が倒れるにはそれほどのショックが必要となるでしょう。王が処刑されれば接待主義が一時的に終わりを迎えるように、与党共産党が解散すれば共産主義が終わりを迎えるように、労働者党が何かしらの要因で解散ないし崩壊すれば、それに付随してこのナチズムも終焉を迎えることになるでしょう」
「ハイドリヒの徹底的な情報管理により一個人の思想まで管理されたこの国では革命の可能性は低い。与党打倒には外部からの内政干渉が不可欠。例えるなら敗戦処理のようなような強制力のあるものが必要という訳か」
「もし二次大戦で我々が敗北していたら連合国の干渉によってナチズムが完全に禁止されていたはずです」
「それで、もう一つというのは?」
「二つ目は『ナチズムを完成』させることです」
「完成だと……?」
「つまりは思想的目標を達成すればいいのです。例えば完全なる共産主義の楽園が完成したならばその国家では共産主義が当たり前となり話題にも扱われなくなるでしょう。かつては神の存在を反対するものとして常に話題の種であった『地動説』は全くの一般常識として認められ完成した論理となったことでもはや話題に上がることはなくなりました。私はイデオロギーにおいてもこれが適応すると考えています。ナチズムが完成した時、ドイツ人はその主義主張を忘れ新しいドイツを目指して歩いていくでしょう」
「ナチズムの完成……」
彼の言葉に納得したようにヘロルトは何度も首を上下に振る。
「つまりはユダヤ人の撲滅と資本主義、共産主義覇権国の破壊です」
「ということは、もし次の大戦に勝利できればついにドイツはナチズムから解放されるということか……?」
「私はそう考えております。一方この戦争で負けても前者の通りナチズムは消えてなくなるでしょう……」
「行き着く先は同じ、ってわけか……問題は手段だけ、か。全くついていけんな」
「私個人の意見ですので……」
「おお、そうだ。こんな話をしている余裕はあるのか?」
はっと思いだしてヘロルトはオーレンドルフの話を遮るように声を上げてしまう。
「この後予定もないので問題はないですが……そろそろベルリンに戻らないといけませんね」
オーレンドルフも大事なことを忘れていたらしく、「しまった」という顔をする。
「ここまでは車で来たのか?」
「はい」
「じゃあ私もそれに乗せてもらおうかな……?」
「承知いたしました」
「続きは車の中で話そう」
そう言って彼らは大会場の前に止められた車へと向かった。
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