Ⅴ-Ⅲ 戦争前夜

最後の作戦会議

 ヘロルトが録音したラジオが全国に放送される一日前、ゲルマニアにて最後の作戦会議が行われた。ここに参加したのは数十を超える騎士軍将官とヘロルト、ハイドリヒなどの親衛隊高官だけであった。


「……全員揃ったな?」

 親衛隊本部の中にある超規模の会議室の中一帯を見渡してからヘロルトは参加者が全員いるかを確認する

「全員揃っております」

 遠くから指差しで参加者の確認をしていたオーレンドルフがヘロルトに報告する。

「では、作戦会議を始めよう。先日、ハイドリヒ総統閣下は奇襲による敵対諸国の撃破を命令なされた。衝撃と速度はいかなる大国でも破壊し得る。我々は仮想敵国であるアメリカ、イギリス、ソ連、フランス、スペインという五か国を同時に相手にするのだ。これは総統命令における決定事項だ。これに関しては異論は認めない。そしてこれを前提としたうえでこの五か国の攻略作戦を練って行こうではないか。まずオーレンドルフ、敵国のデータを教えてくれないか?」

「了解いたしました」

 ヘロルトの指示にオーレンドルフは立ち上がり、机を囲む将高官に一枚の資料を渡す。

「この資料をご覧ください。各国の戦力バランスを簡単にですが視覚化したものです。まずは経済力ですが、ドイツは世界で三番目に多く工場を有すものの資源地帯はほぼ壊滅しており総合工場数で絵も圧倒的に下回る我々は長期戦になれば敗北は必至でしょう。次に軍事についてですが、アメリカとイギリスは軍縮路線を採っている為に陸軍戦力は強大とも言えず、早期に本土に上陸の橋頭保を築ければさして脅威にはならないでしょう。しかし問題なのは反乱勢力を統合し一国となったソ連であり、工場の動員や軍事に混乱はあるものの"英雄"ジューコフ赤軍元帥によって再建された三百万の赤軍が存在し、彼は群れを成してドイツ国境に殺到するでしょう。現在ソビエトはシベリアに建国されたロシア共和国と戦争中であり本土で戦力が分散し、更には世界で二番目の経済力を誇っていますが反乱勢力の抵抗で動員が間に合っておらず砲兵と小銃と言った第二次世界大戦時の編成になっているのが救いですがそれでも最大級の軍事的脅威となっているのは確かです。こちらからの報告は以上です」

「説明ご苦労。感謝する」

 元の場所に戻り座るオーレンドルフに礼を言ってから

「諸君にもこの窮地がわかったはずだ。彼らが本気を出して束になって襲い掛かってくればいつでも我々なぞ赤子の手をひねる用に簡単に轢き殺されてしまう。だからこそこちらから仕掛けてやらねばならない! 現在我がドイツは世界初の核ミサイルを装備している。これらを開戦と同時に敵首都に打ち込めば初期における優勢は確実だろう。だが、同時に報復として核攻撃を受けるのは必至であり、相手の国土が焦土化するのに比例して我々の国土も焦土と化すだろう。しかし焦土化するのは敵国だけで十分である。して、聡明なるハイドリヒ総統はこのように命じられた。『弾道ミサイルの存在を知らない連合国は我々が核を使用しない限り打ち込む勇気はないだろう。つまり、我がドイツ軍が核戦力を使わずに敵の各発射基地を制圧する!』 これがどのような意味を表すか、現在連合国は核兵器を戦略爆撃機によって敵地に投下している。すなわち航続距離の問題を抱えているわけだ」

 とんとんと机を指で叩きながらヘロルトは説明を続ける。

「そして奴らの航空基地はフランス、スペイン、ノルウェー、イギリス、西ロシアに存在している。これらの航空基地を核兵器を一切使わずに無力化し我々が一方的に核攻撃ができるような状況を作り出してやるのだ! つまりは先に上げた五か国の制圧がこの戦争の勝利条件だ。この無謀ともいえる戦争のため我がドイツ帝国騎士軍には最新鋭現代戦車E55に軍用ヘリコプター、毒ガスを装備したロケット自走砲などあらゆる機甲兵器を準備した! そしてこれらによって敵国を蹂躙し破壊してもらう! それではハウサー元帥、作戦説明をお願いします」

「了解した」

 ヘロルトの指名に立ち上がり設置された移動式の黒板の前に立ったパウル・ハウサーは黒板に慣れた手つきでヨーロッパの地図を描き始める。ノルマンディーから始まり、ジブラルタル、シチリア、カフカス、コッラー半島、スカンディナビアと手慣れた手つきで描き続け、最後にブリテン島とアイルランド、コルシカ、サルディーニャを描き切ってそこから国境線を引いた。

「では、準備もできたところで早速作戦の説明をしていこうか。まずはこの作戦全体を指揮するのは私、パウル・ハウサーだ。君たちにはこの"不可能"を"可能"にしてもらう! まず軍隊は東部軍と西部軍に編成を分けをする。東部軍は主にソ連兵の撃退が主任務であり、君たちは五倍近い肉の群れを相手にすることとなるが大ドイツのために死んででもその場を死守するのだ。毒ガス、爆撃、砲撃、地雷、緯度には毒を流してトンネルは全て爆破しろ。とにかく時間を稼ぐのだ。その間に西部軍はフランスを突破。平和主義を貫くフランスと米軍によって武装解除されたスペインは弱小だ。西部軍に派遣する戦車隊は一か月にこの二か国を破滅へと導いてもらう! 地獄の戦争を生き抜いてきた君たちにとって中小国の蹂躙など簡単な話のはずだ。米英軍の増援が到着するまでにこれらの国を制圧し西方における安全を確保するのだ!」

 地図中に東西に分断する線を引き、ソ連方向とフランス方向に矢印を描いたハウサーはフランス側のそれにEin Monat一か月と書き込んだ。そして次にソ連の領地に複数個の丸を付け

「そしてフランススペインの制圧後機甲師団の攻撃部隊はすぐに東方に移動し、ここに展開する三百万のソ連兵を撃滅せよ。先に丸をしたのがすでに入念に準備された反撃ポイントだ。そこを起点に各所で敵部隊を包囲する。まともに航空戦力も対戦車火器も持ち合わせていない民兵を戦車で轢き殺すのだ! マイヤー中将には第一装甲師団長としてこの作戦の先陣を切ってもらう。頼んだぞ!」

「了解いたしました! 期待通りの活躍をできるよう邁進してまいります!」

 ハウサーに指名されたマイヤーは大きくそう返事をする。

「これで作戦説明は以上だ」

「ありがとうございます、ハウサー元帥」

 オーレンドルフの時のように席に戻るハウサーに礼をしてヘロルトはまた口を開く。

「諸君! これが作戦の全貌だ! ついに絶滅戦争が始まる! 負けたものには未来なぞ存在しない! 卑劣なユダヤ人社会を打倒し神聖なるドイツのDie neue Ordnung新秩序を世界にもたらせ! 君たちの活躍を亡きアドルフ・ヒトラー総統閣下は見ておられる! アーリア人の真の実力を世界に見せつけてやれ! 君たちの健闘を祈る! ハイル・ヒトラー!」


 そう最後に彼が締め、作戦会議という名の報告会は終わりを迎えた。

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