騎士団ハ我等也
ゲルマニアを完全に手中に収めた武装親衛隊はフォルクス・ハレで合流し、オストプロイセン地方に向けて進撃を開始、機甲兵力で無理矢理歩兵を薙ぎ払い、気づけば前線にいる敵兵力はナチ党のものではなく国防軍の兵士になっていた。
当初は前線を張る敵部隊を蹴散らしながら進撃することができていたが、途中より前線に出てきた戦前からの骨董品
しかし数十輌の損害を出しながらもマイヤーの装甲師団は前線を強行突破し、敵の側面に躍り出た。強引に突破した戦車隊は平野部に乗り出しそのまま前進を続け、元同胞の屍の山を築き上げながらひたすらに東進を続けた。
ドイツ内戦に関して中立を表明しているモスコヴィーン国家弁務官区との国境に近づいてきたときには既に国防軍の抵抗はまばらなものになり、武装解除や投降が相次ぎ、オストプロイセン包囲網が完成した。
そして包囲網が完成し塹壕の構築も完了した夜、前線で待機している歩兵と装甲擲弾兵たちにマイヤーからの指令が届く。
「翌日0200、前線の突破、包囲網の縮小を目標に歩兵部隊と装甲擲弾兵は突撃作戦を開始せよ。内容はいたって単純。故障し、修理の難しいE50戦車をあえて突出させる。それに敵兵力が群がった瞬間がチャンスだ。歩兵と擲弾兵は突撃を開始し、E50に群がる敵軍を逆包囲せよ」
もはや自棄としか言えないような無茶な作戦に指令を受けた隊員がどよめいた。
「これは……無理があるんじゃないか……?」
「だよなぁ! でも、やるしかないんだろ? なぁ、エンゲル?」
『エンゲル』と呼ばれるある中隊の歩兵が横にいる仲間に話しかけられる。
仲間の言葉にゆっくりと頷くヘルメットをかぶった兵士、『エンゲルベルト・ヴェルトハイム』、仲間から『エンゲル』と呼ばれる親衛隊一等兵。彼もまた今日の無茶な作戦に巻き込まれた一人の兵士である。
作戦開始時間が近づいた午前一時四十五分、無線から『総員戦闘配置! 作戦開始』とマイヤーの声が聞こえてきた。
そして一発の砲声が闇夜の静寂を打ち破った。
E50戦車が数両束になって敵陣めがけて移動を開始したのである。遠目からしか確認はできないが、敵の対戦車砲やロケット弾、小銃弾が戦車に向け絶え間なく撃ち込まれる。
装甲板に小銃弾やロケット弾が直撃しパラパラと鋼板が小さく砕けていくのがわかる。前線に突出『させられた』E50戦車の中は異常な緊張感に襲われていた。
砲塔や車体に砲弾を食らいながらも耐え続けるその車内で、13号車車長のカールは咽頭マイクを付近にいる車両の周波数に合わせて
「こちら13号車! 各車に送る! いい飯時だ! 相手に四葉のクローバーを摘まれる前にさっさと食っちまうぞ!」
思い切り叫ぶ。味方の歩兵が動いてくれなくてはこちらが壊滅してしまう。一刻の猶予もない状況で、カールは焦っていた。だが、彼はその状況を少しばかり楽しんでいる。
「28号車より! こっちは早めに食わせて貰うとするよ!」
「34号車から! こっちは少し後に食うよ!」
味方の車両が次々と無線に呼応し、車体の向きを傾ける。
『食事時』――それはナチスドイツがティーガーIの乗員向け教本「ティーガーフィーベル」に書き記した垂直装甲の車両に傾斜装甲の効果を与えるための方法のことであり、この傾斜装甲はあらかじめ傾斜装甲を持つ車両にも効果的とされ、現在でもよく戦闘時に用いられる方法。カール車の搭乗員もそれ以外の乗員もみなこのことを学び、幾度なる実践でこれを行ってきていた。
「操縦手! 車体を一時半の方向に!」
「了解!」
操縦手が車体を傾けた途端だった。砲塔に大きな衝撃が走り、ぐわんぐわんと車体が反響する。対戦車砲の砲撃を受けたのだろう。カールは「うおおおお……」と唸り声をあげびりびりと震える脳の痛みに耐え続ける。
ひとしきり反響が収まったタイミングでカールは咽頭マイクのスイッチを入れ
「総員、耐え続けろ! アハト・アハトがいる! こちら側は履帯が切れる程度の損失で押さえろ! 絶対にだ!」
全車両に向けて、そう叫んだ。
「これで敵兵力の一部は寄せ付けられているはずだ……耐えろ……耐えろ……」
一人でぶつぶつとつぶやく。ふと、前から叫ぶ声が聞こえる。
「車長! アハトアハトの位置がわかりました! 砲撃しますか?」
はっと、意識が戻る。カールは一つ額に浮く汗を拭って、
「砲撃準備を。装填手と協力して、見当たる砲兵壕にひたすら砲撃を仕掛けろ。発射の号令はない。好きに撃て」
そう指令を出し、またペリスコープで周りの状況を確認する。
戦車隊に敵が釘付けになっている間に、歩兵と擲弾兵は息を殺して闇夜に紛れて前進する。そしてある程度の間合いを取ったところで
「行け! 行け!」
上官がそう叫ぶ。エンゲルベルトはカラビナーの安全装置がオフになっていることを確認しハーフトラックや
「前方部隊! 敵の機関銃座に気をつけろ!」
上官が叫ぶ。と、前方の国防軍陣地からドイツ製機関銃独特のマズルフラッシュとキツツキが木を突くような銃声が聞こえ、前方の味方がバタバタと倒れる。
「擲弾兵! 支援を!」
怒りともつかぬ声が、前方から響く。直後、パァンという圧縮された空気を解放したような甲高い音とともに、スルスルという音を出しながら歩兵たちの頭の上を擲弾が通り過ぎて行った。そして敵陣地で大きな爆発音が響く。爆発と同時に機関銃座はしんと静まり返り、塹壕に乗り込んだ歩兵たちは側方から奇襲を仕掛けたのだった。
後方にいるIFVとハーフトラックが全速力で歩兵に追いつき、飛び交う銃弾の中で塹壕に突入する前の歩兵たちの壁となる。そして塹壕に入った彼らは敵と遭遇するたびに鉛弾を頭にぶち込んで敵の武器を鹵獲し、そのまま制圧を続ける。
塹壕の制圧が進む度に囮となった戦車に対する砲撃はだんだんと少なくなり、カール率いる戦車隊が前線先に突出してから約一時間半後の事だった。これまでに数百の弾丸を受けたE50はもはや行動不能でありその場で投棄された。
この戦闘によって敵の主兵力は瓦解し、オストプロイセンは数日後に親衛隊のものになった。そして勝利の勢いそのままにメーメルまで到達した武装親衛隊員は万歳の声を上げた。
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