Ⅲ-Ⅱ 真のドイツ

緊急会議

 クルト・マイヤー少将率いる第一SS装甲師団がゲルマニア占領に動いているとき、アンネヴィルの臨時司令本部において緊急の会議が行われていた。

「急いでここに来たわけなんだが、いったい何が始まるんだ……?」

「俺はヒムラー長官から宣言があるとしか知らされていないぞ?」

 こそこそと高級士官の男たちが話している

「まさか長官が辞任なさるとか……」

「おい! ゲシュタポに聞かれるぞ!」

「……っと、そうだったな」



 予定されていた時刻から数分遅れてヒムラーが議場に到着し、席に着いたところでようやく緊急の会議が始まった。

「それでは、ヒムラー長官からのお言葉です」

 前の長椅子にハイドリヒやオーレンドルフ、ヘロルトなどと座っていたヒムラーが立ち上がり、士官たちの間に出る。

「みんな、そんなに肩に力を入れるな。決戦中の総統地下壕ではないのだからな。『あくまでも』普通の会議だ。楽ににやって行こう。それで、私としては……この戦闘を遂行するにおいて……個人的な願望ではあるが、親衛隊長官の立場を維持し続けたい訳なのだが……問題は戦勝後なのだ。内戦が終結した後には……だっ……大規模な混乱が……予想される。そこで私が……戦後ドイツの新総統に……就任するという話が、上がっているらしい。まぁ、これを議会で決めるのも総統という役職はヒトラー閣下と不可分であるのだから無理があるようにも思えるのだが……」

 ヒムラーの口調は終始不安定で、時折言葉に詰まり、何度も言いかえを多用してと精神状態に不安が感じられるような喋り口だった。そしてそれを見かねたハイドリヒが立ち上がってヒムラーの横に立ち言う。

「少し緊張しておられるようですね。『この程度』の会議ならわたくしが担当してもよいのですが?」

「ああ、お願いしてもいいだろうか?」

 彼の提案をヒムラーは了承し、そのまま自身が座っていた席に戻って行く。そしてそれを見たハイドリヒは一呼吸おいてから

「まず、ヒムラー長官の話はこう。『この醜い内戦後に新たに立ち上がる新生ドイツそこのトップに誰が就くか』、それだけの話だ。この非常事態の中、裏で敵勢力の肩を持っている人間もいるかもしれん。スパイがいるかもしれない会議で総統など決められる訳が無い。新たな総統は私とヒムラー長官の二人で決めることになるだろう。諸君。親衛隊の最大の武器は『忠誠』だ。どのような残酷で複雑な作戦でも遂行する。例えば上官が敵の地雷原に飛び込めと命令したとしよう。そうなればそれに従い喜んで命を投げ捨てる。それが親衛隊の強力な"武気"だ。親衛隊の"美徳"だ。普通の人間は狂気だと思うだろう。だが客観的、人間的であるがために突破しなかった際に敵が慰めてくれるはずも無い。人の心を捨てろ。捨てられなければ『忠誠心』という理由で誤魔化せ。我々はユダヤと劣等人種を始末し、人類の再編をするという大義名分があるのだ。『忠誠』こそが我らの武器だ。美徳だ。もし新総統が選出された際はも条件で信仰するのが親衛隊の役目だ。さすれば新総統の手足になることができるだろう。脳を裏切る腕や足など切り捨てた方がマシだ。裏切者には死をもたらす。覚悟しておけ」

 意気揚々と語るハイドリヒの目は狂気そのものであった。ナチズムに染め上げられた一人の人間はたちまち『忠誠心』という狂気に蝕まれ、今ここに君臨している。

「あ、一つ勘違いをしているかもしれないから、指摘をしておく」

 何かを思い出したかのように付け加えようと再びハイドリヒは話し始める。

「我々はヒトラー総統閣下の親衛隊だ。最大の君主であり創始者であるのがヒトラー閣下である。つまりは亡き総統閣下の遺志を引き継ぐのが我々だということだ。新総統ももちろんヒトラー総統閣下の野望を達成できるものがその座には相応しいだろう。新総統はヒトラー閣下の代弁者でなければならない、以上!必ずゲッベルスとマンシュタインを縛り首にし我々の忠誠心を世界に知らしめるのだ!」

 まるでヒトラーが憑依したかと思えるようなその語り口は、懐疑的な目を向けていた武装親衛隊士官を熱狂と狂気の渦に引きずり込んで行く。

 そして熱狂の渦に巻かれたまま、会議は終了を迎えた。



 会議の後、ヘロルトはハイドリヒに呼び出され彼が待つ将官室の一室に入る。

「お待たせ致しましたハイドリヒ長官。お話とは一体何でしょうか?」

「へロルト君、まずは座りなさい。」

「失礼します」

へロルトは椅子を引き、そこに着席した。

「では、始めましょうか。まずはゲルマニアの確保ご苦労様であった。前線指揮はマイヤー少将であったが、裏で指揮をする姿をよく見ていた。いい活躍だったよ」

「ありがとうございます」

「私は君を信頼している。経歴においても何一つ問題がないですからね。もともと国防軍の兵士であることと、脱走兵でナチス士官の真似事をしていたことを除けばですが」

「過去の話は……若気の至りですので……」

「いえいえ、意気消沈することはありません。あなたを作戦本部に赴任するように、そして親衛隊大将に就任させるように進言したのは私ですから」

「そうだったんですか⁉本当になんと感謝を申し上げればよいのか……」

あまりにも唐突なことに驚きを隠せないへロルトはとっさに深々と礼をする。

「と、こんな与太話は置いておいて、今のヒムラー長官についてどう思われます?」

「ヒムラー長官、ですか?」

「嘘はつかなくていいですからね。本音で全くかまいません」

「はい。大変失礼ながら申し上げると総統閣下を亡くされてから大変ご乱心だと思われます。特に最近は」

「やっぱりそう思いますか……私も同意見です。親衛隊トップとしての責務もほとんど果たしておらず私が担っているのが現状ですから。そこでいい対処法を思いつきました」

「いい対処法ですか?」

 そうヘロルトが菊とハイドリヒはにやりと口元を歪め

「来月、ハインリヒ・ヒムラー親衛隊長官を逮捕します」

 そう言った。ヘロルトの身体が一瞬硬直するのがわかる。

「ははは、冗談がお好きなようで……」

「私がいつ冗談を言いましたか?」

「し、しかし! それは実質的なクーデターではないでしょうか!?」

「クーデターでしょうね。しかしこれは『聖戦』です。もはや亡き総統の遺志さえ汲み取れなくなった人物が親衛隊のトップに必要ですか? もちろん親衛隊のトップにいるへロルト大将も協力してくれますよね?」

「で、では仮にヒムラー長官を逮捕したとして誰が親衛隊を担うというのですか!?」

「心配性ですね、そんな問題もすぐには解決しますよ。内戦終結後、私が新総統に就任します」

 彼の目が、あの時見たような目になっていた。理性を保ったまま狂気にむしばまれた彼のその目が一転にヘロルトを見つめていた。


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