Ⅱ-Ⅲ-Ⅰ 総統が死んだ日

総統は冷たいベッドの上に

 総統が意識をなくした直後、その時近くにいたモレルにより即座に弁務官庁舎の傍にあるモスクワ中央病院へと彼は搬送され、軽い処置を施されたのちに大掛かりな個室の中で一人眠っていた。


「……ボルマン、今私はどうなっているのだ」

 眠りから覚めた彼はゆっくりと体を起こして彼の視界に入ったボルマンにそう問いかける。

「お目覚めになられたのですね。弁務官庁舎で突然意識をなくされたのでここに緊急で搬送されました。特に命に別状はないようですが念のために、との事です」

「そうか。私が退院するまでは君と担当医、看護婦以外の入室を許すな。わかったな」

「はっ、承知いたしました」

 そう軽く言葉を交わした後、ヒトラーは大きく咳込み、またベッドに身体を預けた。


 彼が眠っている個室のドアの前に一人、男が立っている。その男はドアをノックすると

「シュペーアです。閣下、お顔合わせをお願いしたいのですが……」

 そう名を名乗りヒトラーに呼び掛ける。しかし

「閣下との面会はできない。帰ってくれ」

 ボルマンのその声で一蹴される。

「承知しました……」

 シュペーアはがくりと肩を落とし病院の待合室へ戻ろうと歩き出した。


「おや、シュペーアさんじゃないですか」

 真正面から歩いてきたゲッベルスに声を掛けられ、立ち止まる。

「ゲッベルス大臣も閣下のところに?」

「ああ、そのつもりではあるが……」

「あ、今は無理ですよ。ボルマン曰く『退院するまでは誰も入れるな』だそうです」

「……なるほど、ということはボルマンが今閣下の傍に居るのだな。スカートを履いていなくとも、奴は総統閣下のことを追い回すんだな。早めに手を打っておくべきだろう。あいつが書いているメモなんかが偽造されてみろ。最悪ボルマンがトップになる可能性だってある。もう"後継者選び"は始まっているからな……」

 ゲッベルスは少し悩んだような表情をしながらそう言った。悩みの表情の中には少しの焦りと不安感が感じられる。

「彼が閣下の傍に居るなら何か変なことを吹き込まれてもおかしくありませんね……"女たらしらしい"変なこととか……ね」

「メモを偽造でもされれば私たちは何も言えないからな」

 うんうんと頷きながら互いに話を広げていく。

「もし順序良く後継者が決まらなければ“軍人皇帝時代”の到来さえあり得ない話では……ないかもしれない」

「“ヨーロッパの覇者の後継者“ですか……確かに一筋縄では決まらなさそうですね……」

 数秒黙り込んで俯いてからゲッベルスが口を開いた。

「そこでだ、シュペーア君。もし私が後継者に選ばれたのなら君を経済大臣として入閣させたい。協力してくれないか?」

「もちろんですとも!」

 シュペーアは差し出されたゲッベルスの手をぎゅっと掴み了解の念を伝えた。そして続けるように

「これで『ゲッベルス・シュペーアブロック』の完成ですね!」

 と言った。

「閣下に会えないのならば、私は党員への根回しをしに行こう。君は死後の財政援助を武器に財界に支援を仰いでくれ……いいな?」

「ええ、わかりました」

「国防軍のやつを政治の中枢に入れるわけにはいかないぞ……絶対に阻止しなくては……」

「親衛隊の方への根回しは……」

「どうせ親衛隊はナチ党の管轄だ総統の後継者に続くに決まっておる。そもそも奴らに政治に関わる力なんてものは持っていない。奴らが守るべき対象にしたヒトラー総統自信がそう決めたのだからな。この国に”飼い主“を噛もうとする”犬“がいるか?」

「私の知る限り飼い主を噛むような”勇気のある犬“はいないでしょう。しかし、”狂った犬“はきっといるはずです。なんせ、あの組織では狂っていないとやっていけませんからねぇ……」

「ではまた数日後、今後の策略について話し合おうじゃないか」

「ええ、楽しみにしております。それでは、また逢う日まで」

 ゲッベルスとシュペーアは最後にそう言葉を交わして別れた。

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