Hölle(地獄)で会おう、もう一度

 1962年8月20日、ワシントンD.Cに核ミサイルが着弾した。同日にニューヨーク、シャーロット、アトランタ、オーランドにも着弾。東海岸は壊滅した。この攻撃でアイゼンハワー大統領等政治関係者は即死し、百三十万人の人々が死亡した。

 翌日8月21日にはトロイト、シカゴ、ダラス、ヒューストンに着弾。アメリカの中央政府が完全に崩壊した。

 そしてその翌日、8月22日にはデンバー、フェニックス、ベガスに着弾。これらの都市もアメリカの版図から消え去った。

 “最終フェーズ”により、三日でアメリカ合衆国は崩壊した。生き残っていたアメリカ軍部は核兵器射程圏外のロサンゼルスまで撤退し、合衆国の再現を試みている。来月にはドイツ軍が東海岸に上陸するがすでに国家的組織は消滅しており、第三次世界大戦の勝者はドイツ第三帝国に確定した。なお、この核攻撃によって、最終的に六百五十万人の人々が死亡することになる。



 そして少し時は戻り、ヘロルトとハイドリヒがいる放送局の一室、すべての任務を終え肩の力を抜いた二人が何やら言葉を交わしている。

「全て、終わりましたね」

 ハイドリヒは椅子の背もたれに体重をかけ壁と天井の境を見上げながら言った。

「そうですね、これですべて終わりです」

「……では、この後ヘロルト司令官は私を殺しますか?」

 彼は唐突に口を開くと、ヘロルトの心を見透かしたかのようにそう言う。

「逆に、この脱力状態で動こうとなんて思えますか?」

「いや、思えないですね……足を動かそうとしても全く動いてくれません」

 あはは、二人は笑いながら天井を見上げ、そしてヘロルトはハイドリヒの方を見て笑った。

「先ほど、私があなたを殺さないのかと聞かれましたが、あなたを殺すのはドイツ国民です。ナチズムはここにて完結しました。王政が終われば王が処刑されるように、共産主義が終われば共産党員は追放されるように、ナチズムが完結した今、ナチス思想の具現化でもある長官殿もまた捨てられるでしょう」

「人間とは勝手なものですね」

「そうやって人間は進化して、歩んできたんです。ナチスのために必要とされて作られた権力も、役職も、国家も、新しく作り直されるでしょう。ナチスによって旧時代は終わりを迎えました。これからは新しい時代がドイツに開くのです」

「それなら君が私を殺した方が早いと感じるのですか?」

「私があなたを殺しても、それはただのクーデターです。この国には、全てを根底から覆す革命が必要なのです」

「この独裁権力を倒すにはまた多くの血が流れるだろう」

「それは、ナチズムというイデオロギーを選んだドイツ国民の代償でしょう」


「お前もなかなかに狂ってるな」

 ハイドリヒはそう言うと大きく笑い声をあげた。ここまで約十数年、ハイドリヒの近くによくいたが、それでもなお一度も見ることのなかった表情に「こんな顔もするのだ」と感心しつつ

「ハイドリヒ総統には言われたくありませんね、『狂ってる』だなんて」

「捨てられたイデオロギー。それもまた“神のオルガン”に過ぎません。我々はそれに合わせて踊ってるだけなのですから。ヘロルト司令官が言う運命をぜひとも見てみましょう。しかし、一つ気になることが」

「なんでしょう?」

「旧時代の人間が捨てられるのであれば、それはヘロルト司令官も含まれるのでは?」

「ハハハ、気づかれましたか」

「再編作戦の実行者など旧時代の人間そのものですからね。なぜわざわざ核兵器を実行したのですか?」

「これだけドイツや他の国を破壊して、どうして新時代に何食わぬ顔で参加できるでしょう?」

「捨てられにいったわけですね」

 ハイドリヒの答えにヘロルトは頷くと

「ドイツ国民次第ではありますがね。ナチスを全力でサポートした人間など新時代に必要ないでしょう。私も旧時代の人間らしくおとなしく退場します。どんな形になるかは分かりませんが……」

 頭の後ろで手を組み椅子にもたれかかりながらそう答えた。


「それじゃあ、私は行きます。そろそろ足も動きそうなので」

「私もそろそろ大丈夫そうですね」

 二人は立ち上がると互いに肩を支え合いながら放送局から出て、局前にある椅子にまた座り込んだ。

「……ハイドリヒ総統はこの後どうされるのですか?」

「全く考えていなかったな……だが平和な生活、とはいかなさそうだ」

「今オーレンドルフが戦友会を開こうと計画しているそうで、総統もぜひ良ければ参加していただきたいなと」

「ほう、それは面白そうじゃないか。私は行かせてもらうことにしようかな」

「了解いたしました。では、この後もいろいろやらないといけないことが残っているので……」

 ヘロルトが立ち上がると、ハイドリヒも立ち上がる。

「それではハイドリヒ総統、Hölle地獄で逢いましょう」

「ええ、地獄でね」

 そう言って二人は真逆の方向へと歩いて行った。

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