裏切り者と裏切者

 コンコンと、ヴェーヴェスブルク城のヒムラーの部屋のドアがノックされる。

「ハイドリヒです」

「おお。ようやく来てくれたか。入ってくれ」

 ヒムラーがそう言うと、ドアが大きく開け放たれた。

「失礼いたします」

 そしてヒムラーの眼前に広がるその光景に、彼は目を疑った。

「なんだ、こんなに親衛隊員を引き連れて。ヘロルト大将もいるじゃないか……久しぶりだな」

 動揺を隠せないヒムラーに呼び掛けられた彼は

「お、お久しぶりです……」

 と小さく返事をする。


「して、どうしたのだ? こんなにたくさん仲間を連れて。みんなでイルミン教に入信しに来たのかい?」

「それに関してはご勘弁を願いたいです。」

「ハハハ、冗談だハイドリヒ君。気にしないでくれ」

「それにしても、また改築なされたのですね」

「この城か? よく気付いたな。正面入り口と図書館を増築した。今後は騎士団や聖杯の部屋も改築する予定だ。ほかにも多くの機関をここに入れたいものだ。今は"親衛隊最高法廷"しかないからね。それで、今日はここで会議をするのだろ?ヘ ロルト大将もそれで来たのか?」

 ヒムラーがヘロルトのほうを見据える。ここまで極力喋らないように頑張っていたが、想定もしない質問に少したじろいでいると、間にハイドリヒが割って入り

「ヘロルト君に質問する前に、私からお話があります」

「なんだね?」

「単刀直入に言わせていただきますと」

  そう先に言い、すうっと一度息を吸ってから

「今現在からヒムラー親衛隊長官はゲシュタポの拘束下に置かれることが決定致しました」

「何を言っている?」

 ヒムラーの体とがふるふると震える。それは声も同じで、彼の声はもはや聞き取ることでさえ一苦労というほどであった。

「罪状は親衛隊予算を私服を肥やすために使用していたこと、然るべき立場にいながら親衛隊の運営を怠ったことなどです」

「馬鹿を言うでない! ヘロルト大将! こいつを逮捕しろ!」

 ヒムラーの怒号が彼の部屋の中に大きく響く。

 ヘロルトはヒムラーの目を見たまま一歩たりとも動こうとしない。

「おい! 聞いているのか!」

 力強くヘロルトは肩をつかまれる。

「離してください、ヒムラー長官」

 彼の一言にヒムラーは全身が硬直した。そしてその数秒後には

「離してください!」

 ヘロルトの怒鳴り声と革靴が大理石の床に打ち付けられる音がする。それに驚いたヒムラーは思わず手を放す。そしてヘロルトは

「ワグナー少尉とシュルツ中尉。この"ヒムラー長官腐った反逆者"を

 丁重におもてなしひどい管理下に置いて"やれ」

 そう命令した。

「おまえら……全員裏切ったというのか!? この狂った男ハイドリヒに騙されているんだぞ!? 親衛隊長官任命した総統閣下への反逆だぞ!?」

「ヒムラー長官がナチズムに熱心であるのは感心しますが、ヒトラー閣下を利用するのは頂けませんね」

 ハイドリヒが驚きと怒りで狂うヒムラーの前に立ち、まるで駄々をこねる子供を宥めるかのような口調で言った。

「そもそも貴様だって……貴様だってどれほど規律を破って……」

「ヒムラー長官。余計な言葉は下の階の最高法廷まで"響きますよ筒抜けですよ"?」

「っ……」

「おとなしく退陣していただければそれで一向に構わないのですよ。決してそれ以上は望みません。平和的解決を望んでいますよ。ヒムラー"元長官"?」


 ハイドリヒの策略によってヴェーヴェスブルク城におびき出されたヒムラー長官はそのままハイドリヒ派によってすぐさま拘束された。すでに発見されていた罪状やハイドリヒ自身が捏造した証拠によって、この城内部なる最高法廷にて裁判が行われた。しかし、ヒムラー長官がハイドリヒに対しての抵抗をあきらめたため、ヒムラー派の反乱を抑えることも兼ねて、この日に起きた事件を口外しないことを条件に彼には名誉剝奪と懲戒免職が言い渡された。そして翌日の会議ではハイドリヒが画策した通りに事が運ばれ、新親衛隊国家長官としてラインハルト・ハイドリヒが選抜された。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る