Ⅲ-Ⅲ 反逆者ではなく、英雄として

渡したいもの

 ざあざあと、大粒の雨が地面に打ち付ける。

 シュトゥットガルトにある臨時国防委員会庁舎の前に傘を差した一人の男が立っていた。まもなくして彼の前に一台の乗用車が停車し、その後ろに続々と軽装甲車やトラックが列をなして停まる。

「親衛隊よりお迎えに上がりました。マンシュタイン将軍」

 乗用車から降りたヘロルトはそう言いマンシュタインの前で一礼した。

「おお、ヘロルト君。久しぶりだな……まさか君が逮捕しに来るとは思ってもみなかったよ」

「あはは、そうですね。私も逮捕しに行けと言われた時には驚きました」

「そういや、労働者党の連中はどうなったのだ? 幹部職の人間は"そちら側では"妥当な処分が下ったのだろう?」

「ええ、まあ。党内要職についていた人物の多くは逮捕し禁固もしくは処刑しましたが、いまだにゲッベルスやゲーリング、リッベントロップなどは逃亡中だそうです」

「ほう、そうか……なら国防軍側の人間も妥当な処分が下っているわけだな」

「……まあ、その通りではありますね」

「それはそれで少し残念だが、まあ仕方のない話だ」

 うんうんと軽く頷きながらマンシュタインは呟いた。


「我々は将軍閣下が逃亡なんて卑しいことをしないと信じておりました」

「ああ、私が"最後の国防軍司令官"である男だからな……一人のドイツ軍人として正面から立ち向かわねば、後世から馬鹿にされるであろう」

「ではマンシュタイン将軍、こちらにお願いします」

 そう言ったヘロルトが車の後部座席のドアを開け、そこに入るようにと言う。しかしマンシュタインは一向に車内に入ろうとしなかった。

「マンシュタイン将軍……?」

 ヘロルトがマンシュタインに呼び掛けると彼は何かを思い出したような顔をして

「ヘロルト君、私がこの世からいなくなる前に渡しておきたいものああるんだ。言ついて来てくれないか?」

 そう言った。

「ええ、もちろん」

 彼の願いにヘロルトは応えてマンシュタインに付いて行こうとする。しかしヘロルトの横にいた隊員に腕を掴まれ止められた。

「シュナーベル君、大丈夫だ。万一のことがあれば実力を行使する。それに私は親衛隊に忠誠を誓った男だ。戦犯に感化されて奴を生かして返そうなど毛頭思っていない」

 そう耳打ちしてから「お待たせしました。マンシュタイン将軍」と彼の元へ行き、臨時国防委員庁舎へと入って行った。

 遠くではシュナーベルが心配そうにヘロルトの背中を見ていた。



 こつこつと、革靴が木張りの廊下を叩く音がヘロルトとマンシュタイン、二人しかいない建物の中に響く。彼らはマンシュタインが執務室として使用していた部屋へと向かう。

「さっきからずっと思っていたのだが、なぜ君は私のことを今でも『将軍』とつけて呼ぶのだ?」

「簡単な話です。例え敵であれどかつての上官はかつての上官、『上官には敬意を持て』と兵学校で教わりましたし、それに私が最も尊敬しているお方ですから」

「はは、そうやって言われると少し気恥ずかしいというか……嬉しいな」

 そう言葉を交わしている内に執務室の前に到着し、マンシュタインはポケットから小さなカギを取り出してそれを取手にある穴に入れて捻る。がちゃり、と鍵か開く音がし、彼はそのまま取っ手を捻って中へと入っていく。そしてそれに付いて行くようにヘロルトも中へと入った。

 その奥にはきれいに整頓された部屋が広がっていた。きれいに分野ごとに固められた書類、必要最低限のものしか置かれていない机。それはまるで彼の几帳面な性格を表しているようだった。

「よろしければ……私からハイドリヒ長官に直接減刑を申し出ても……」

 書類の山に目を落とす彼にヘロルトは思わずそう言ってしまう。

「そんなことしなくてもいいさ。ただでさえ国防軍出身の君がそんなこと言ってみろ、スパイかもしれないと目を付けられるぞ」

「申し訳ありません。ただ、これではあまりにも……」

「あまりにも……何だ?」

「あまりにも酷すぎると思うのです!」

「酷い酷くないは気にするな。すでに私ができることはやり尽くした。ドイツを"救い出す"ことができなかったことに悔いが残るが、あとは逃げ隠れもせず、ドイツ軍人が行うべき責務を最後まで全うするのみだ。これが最後の面会になるな。一年ぶりに君と話せてよかったよ。残された時間、できる限り話そうではないか。一時間も戻らなかったら流石に怪しまれるだろうから、手短にしたいがな」

「……はい、了解いたしました」

 ヘロルトは掠れるほどに小さな声で返事した。この声を大きくすれば、彼が上官として戦闘の指揮を執っていた時の指令室の空気、そして親衛達大将として彼と話した他愛もない会話を思い出して涙が溢れそうだったから。

 そしてマンシュタインは彼が愛用していた机の鍵のかかった引き出しに入っていた一つの箱と勲章箱らしきもをの取り出して椅子に座り

「ヘロルト君、こっちに来たまえ」

 そうヘロルトに言う。そしてヘロルトはそれに従って彼の座る机の前に立った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る