40:可愛い娘(アバーライン公爵視点)

「ライルは無事なんですね!よかった……」


 なんとか体勢を整え、セリィナの求める情報を口にすれば我が愛しい娘が心の底から笑顔を見せた。


 うむ、可愛い。やはりセリィナはとてつもなく可愛い。親馬鹿な自覚はあるがそれを差し引いても可愛すぎる。


 あまり詳しく伝えるわけにはいかないが、ともかくライルはセリィナとの未来の為に頑張っているのだと伝えてやりたかったのだ。


 決してライルの為ではない。セリィナの為である。あいつが多少何をしてもセリィナは心配こそすれ嫌いになどならないだろう。セリィナがライルの事をどれだけ信頼して心を開いているかなんて一目瞭然だ。……羨ましくなんか……ある。儂なんか、つい最近まで怯えられていたのに!ズルい!


 だが、ライルがユイバール国王の隠し子であること、無理矢理国に連れていかれようとしていること、それにこの国の国王が関与していること……、今、ライルと顔を合わせる事は危険だと伝えると最初は騒いでいた使用人たちも次第に声を失くしていった。セリィナも下をうつむき悩んでいる様子だ。その目にうっすら涙が滲むのを見て内心かなり慌てた。


 おい、ロナウド。お前は事情を知っているはずなのになんで「旦那様がお嬢様を泣かせた」オーラを他の使用人たちと一緒に放っているのだ。お前は儂の共犯だろう?!


「ライル……」


 セリィナは薄々勘づいていたのかライルが“王子”であることにはさほど驚いてはいなかったよくだが、ユイバール国の王家の恐ろしさを知り驚愕しているようだった。


「しっかりしなさい、セリィナ。ライルの主は誰だ?ライルは誰の執事なのだ?


 あいつは……セリィナの側にいるために頑張っているんだ。主のお前が気をしっかり持たねばどうするんだい。これかもライルと一緒にいたくないのか?」


 娘を元気付けようと肩に触れる。セリィナがそれを避けたり怯えたりせずにまっすぐに自分を見てくれた事に歓喜した。今夜は祭りだ、わっしょい!……おっと、いかん。ここは威厳を保ってかっこいい父親の姿を見せておかねば。ライルがいない今、頼れるのはこの父のみ!……のはず!


「お父様……。わかりました、ワガママを言ってごめんなさい」


「そうよ、セリィナ!ライルはきっとセリィナの元へ戻ってくるわ」


「ライルを信じましょう。告白はその時にすればいいわ!」


 これまた儂の可愛い双子の娘たちが左右からセリィナを挟むように抱き締めた。なんと麗しい姉妹愛かと感動しそうになるが……ん?


 こ・く・は・く?


 まさかとは思うが、もしかしたらもしかするのか?いや、まさか。セリィナにはそうゆうのまだ、だいぶ!早いんじゃないかとパパンは思うなぁー?絶対!


 できるだけ平然を装い、にっこりと父親らしい微笑みをセリィナに向け口を開いた。


「……こ、コクハク?セリィナが、ライルに何をコクハクするのかなぁ?」


「……まるで油の切れた機械みたいな首の動きをしましたわよ(ヒソヒソ)」


「……なぜ所々カタコトなのかしら?見て、あのひきつった笑顔……複雑怪奇な顔をしてらっしゃるわ(ヒソヒソ)」


 娘たちよ、何をヒソヒソと言っている。聞こえているぞ!だいたいお前たちも散々セリィナとライルの仲に嫉妬していたくせにいつの間にそっち側に行ってしまったんだ!?


 するとセリィナはポッと頬を赤く染め、その天使のような声を響かせたのだ。


「誰にもバレてないと思うんですけど……私、実はライルの事が好きでお姉様たちにだけ相談していたんです……。だからライルに告白して、私の事を好きになってもらえるように頑張りたいって思ってて……」


(公爵家の使用人たちも全員知ってます!)と、ここにいる全員が心の中で叫んだ。家を提供してくれている例の少年までなぜか頷いている。ほぼ初対面の人間すらもセリィナがどれだけライルを好きかわかるくらい恋する乙女の顔をしていたのだ。


「ぐわっはぁ……!!」と脳内では言わずもがな、クリティカルヒット。血反吐を吐いて倒れなかった事を誰かに誉めて欲しい。


 もちろん儂も知っている。そして認めている。セリィナを任せるならライルしかいないと家族会議もした。


 でも、セリィナにはそうゆうのまだ早いのでは?!と思っていたので、まさかそんなに進展しているなんて考えたくもなかった。


 ちなみにセリィナは何もしなくても、ライルはセリィナを好きに決まっている。いくらおねぇだからってセリィナに向けているあの眼差しを見れば奴の心など手に取るようにわかるくらいだ。だがライルは身分差とか歳の差とか、あとセリィナがお子ちゃまでそうゆうのは早いって思ってるはずだったからまだ大丈夫!って安心していたのにーーーーっ!


 くそぉぉぉ!余裕そうにウインクしてくるライルが目に浮かぶ!まだ嫁にはやらぁん!!


 しかも刺繍入りのハンカチをプレゼント?!なんでも襲撃された時に兵士に踏みつけられてしまったそうだ。洗ったものの刺繍した部分がほつれて歪んでしまったらしい。


「こんなんじゃライルに渡せないから、贈り物は諦めます」


 よし、その兵士を殺そう。え?もうロナウドが始末した?グッジョブだ、ロナウド。


「……そうか、悲しかったね。なんならそれはお父様がもら「「抜け駆けはよくありませんわ、お父様」」と、とにかく、ライルから報告があるまでお前たちは兵士たちから隠れておくんだ。いいね?


 ユイバール国王は本当に恐ろしい男なんだ。セリィナの存在を知れば何をしてくるかわからない。今はライルの身分を偽って知らせているが、もしセリィナの専属執事であることがわかったら……そうなって一番困るのは誰でもないライル自身なのだよ」


「……わかってます、お父様」


 あの男は、ライルの心をズタズタにするためなら手段を選ばない。手紙でもライルに言い寄る女がいるのかとか、良い仲になっている相手はいるのかとしつこく聞かれていた。向こうの王家の掟を考えればそんな相手がいたら即刻処分するつもりなのだろう。


 もちろんうちのセリィナは決してライルとそのような仲ではないが、あの国王がそんな言葉を聞いてくれるとは思えない。


「儂が一緒ではすぐに見つけられてしまうだろうから別行動になるが……ロナウドたちよ、セリィナを頼むぞ」


「畏まりました、旦那様」


 こうして今後の打ち合わせをし、儂はセリィナたちと離れた。





 ……ライルの名前でもいいから、セリィナが刺繍してくれたハンカチ欲しかったなぁ。なんて拗ねることも出来ない。結局父親とは娘が巣立つのを見守るしかないのだ。パパは寂しい。と思いながらも、娘の成長を微笑ましくも感じていたのだ。出来ればライルと幸せになって欲しいと……。





 数日後、そのライルととんでもない再会をするまでは。




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