【完結】悪役令嬢とおねぇ執事

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プロローグ

唐突だが、私にはある事件がきっかけで思い出した前世の記憶がある。


私はセリィナ・アバーライン。輝くプラチナブロンドの髪と翠玉のような瞳をした美人揃いと有名な公爵家三姉妹の末っ子だ。

だが有名になりすぎて7歳の時に暴漢に襲われてしまう。あれは初めて街のお祭りにお出掛けした時の事、あまりに楽しくてほんの一瞬だけお姉様たちの手を離してしまった。時間にしたらほんの数秒。普段なら鉄壁だと言われる護衛がなぜかその瞬間に限って隙ができてしまい、私の体は人混みに連れ去られていたのだ。

 すぐにケガもなく無事に助けられたが野蛮なゴロツキに囲まれた恐怖から精神的ショックを受け私は人が苦手になってしまった。護衛やいつも世話をしてくれる使用人たち、さらに言えば一時期は家族までも近づくのに抵抗してしまうほどの重症だった。


だが、真相はその時のショックで思い出してしまったからだ。

は私が前世でハマっていた乙女ゲームの世界で、私が悪役令嬢に転生してしまったことに。


そう、私の未来は両親やふたりの姉、使用人たちなど信じていた人たちすべてに裏切れて最後は惨めに死んでしまう悪役令嬢。私に向けられる笑顔や優しさもヒロインが現れれば砂山のようにすぐに崩れ去ってしまうと知ってしまったのだ。


この世界≪エターナルプリンセス~乙女の愛は永遠に輝く~≫略して≪えたぷり≫は、よくある攻略型の乙女ゲームだ。

ヒロインはとある貴族の末娘で、明るくて可愛らしいみんなに愛される少女。

攻略対象者は定番の王子に侯爵家の令息、宰相の息子と大商人の長男。そしてシークレットキャラ。

攻略対象者についてはほとんどプレイしたし攻略本にも情報が載っていたがシークレットキャラだけは非公開なので顔もわからない。なんでも出現条件が難しいので出現させるだけでも神の領域らしいと噂はあったが。なのでシークレットキャラの場合はわからないが、とにかくどの攻略対象者のルートでも悪役令嬢は悲惨な結末が待っている事だけは確かだ。


ヒロインは幼いときに行ったお祭りでまずシークレットを除くキャラと初めての出会いをする。

その時はまだ子供だったしお互いの事情も名前も知らずにほんのいっときを過ごすだけなのだが、数年後貴族の子供が必ず通わなくてはいけない王都の学園で運命の再開を果たすのだ。

そして攻略が進むに連れ実はヒロインが公爵家の子供だったと明かされる。

なんとヒロインと悪役令嬢は赤ん坊の頃に侍女によってすり替えられていたのだ。家族はヒロインを正式に我が子としとても可愛がった。逆にヒロインをいじめていた悪役令嬢は冷遇されてしまう。悲しみと憎しみに染まった悪役令嬢はヒロインを殺そうとして、結果、攻略対象者に惨殺されてしまう。

どのルートでも悪役令嬢を殺してハッピーエンド。ヒロインはその時の攻略対象者と結婚し、幸せに暮らすのだ。


そのすべてを理解したとき、自棄になり泣いて暴れた。あまりの暴れぶりに苛立った暴漢が私を殴ろうとしたとき奇跡が起こって私は助かったのだ。


助けられた後も、自分を囲む護衛や使用人が、家族が怖かった。心配そうにしているが、もうすぐそれも蔑む眼に変わるんだと思ったら悲しくて怖くて誰にも近寄ってほしくなかった。



そう、たったひとりを除いて……





「ライル~っ」


 私はひとりの執事服に身を包んだ男性に抱きつく。


「セリィナ様」


 その相手はりぼんで結ばれた珍しいと言われる鮮やかなワインレッドの長い髪を靡かせふわりと微笑むと、紫色の瞳を細めて私のおでこをツンとつついた。


「そんなお転婆して、転んだらどうするのぉ?またアタシに抱っこで移動させるつもりかしら?」


「それは7歳の時のことでしょ!私はもう10歳で立派なレディなのにぃ」


 いつまでも続くお子様扱いにほっぺを膨らませて抗議するがライルはクスクスと笑うばかりだ。


「アタシからしたらセリィナ様はまだ可愛らしい子供よ」


 恐怖の暴漢事件から3年。私の人嫌い(特に男性)はいまだ根深く続いているが、ライルは私が普通にしていられる唯一の男性であった。


 ライルはかなり美形だし、言葉遣いだけ聞けば女性かと思われがちだが男性である。そう、ライルはおねぇなのだ!

 実は誘拐された私を助けてくれたのがライルなのである。

 ライルは下町で祖母と暮らしていたそうだ。しかし高齢だった祖母が亡くなってしまい生きていくためにと下町にあるオカマバーなるところで働いていた。あのお祭りの夜はたまたま休憩に外に出たらガチムチのゴロツキに拐われて泣いている私を見つけたらしく、1発KOでゴロツキを倒し助けてくれたのだ!ピンクのドレスを靡かせピンヒールでゴロツキを回し蹴りして吹っ飛ばしたライルはまさに私のヒーローである。

 最初は女の人だと思ってたし、襲われた恐怖と前世の記憶の混乱で私はライルに抱きついて泣きじゃくりしがみついたまま離れなかった。その後ライルが本当は男性だとわかった後もライルだけは怖くなかった。だから私はライルに「私の執事になって!」とスカウトしたのである。無事に執事になってもらった後もしばらくの間はライルに抱っこされて屋敷内を移動するくらいライルから離れなかったのをいまだに言われるのだが少し恥ずかしい。


 それから3年、当時15歳だったライルは18歳になったが相変わらず綺麗だ。背が高くなったが体の線も細くさらに色っぽくなった気がする。


「それで、どうしたの?」


「あ、あのね、お姉様たちにご挨拶に行きたいからついてきて欲しいの」


いまだに他の人と対峙するのが苦手な私は誰かに会うときは必ずライルに同行してもらっている。

あの衝撃の記憶からしばらくは本当に誰もが怖くて部屋で泣いているばかりだったが、ライルがいれば涙が止まった。ライルがいてくれれば家族の顔を見ることが出来たのだ。

いつかは私を捨てるとわかってはいるが、今の時点では本当に優しい家族なのだ。ゲームが始まりヒロインが姿を現すのは学園に入る15歳。それまでは対策を考えつつ普通に過ごそうと決める事ができたのもライルが側にいてくれたおかげである。


「もちろんよ」


ライルはにっこりと微笑み、私の手を繋いでくれた。


私はライルだけは信用できた。ゲームの中の悪役令嬢は味方がひとりもおらず孤独に死んでいったが、どんなに記憶を探ってもゲームの登場キャラにライルはいなかったのだ。

悪役令嬢が蔑まれるシーンでは名前のない使用人やモブすらもはっきり顔を出していたが、そのどこにもライルの姿を見た記憶はなかった。だいたいこんなきれいなワインレッドの髪の人なんて目立つし、たとえモブでも忘れたりしないはずだ。

だから思ったのだ。ライルはゲームとは関係のない人間じゃないかって。

ライルだけは私を裏切らない。なぜかそんな確信すらあった。だからこそ、ライルの側は落ち着くし、ライルがいれば他の人間にも対峙することが出来るのだ。

ライルはまさに私の心の支えであった。






 ライルと一緒に笑顔で移動するセリィナの姿を屋敷の使用人たちは遠巻きに微笑ましく見守っていた。ライルはおねぇ言葉ではあるが親切で仕事も出来る完璧執事。なによりセリィナの恩人でありみんなの大切なお嬢様セリィナの笑顔を守ってくれる。今の怯えられている自分たちには成し得ない事をしてくれる貴重な存在であった。


 セリィナは前世の記憶のせいですっかり人間不信になっているが、セリィナは両親とふたりの姉、そして屋敷中の使用人たちにそれはもう溺愛されているのである。



 ちなみに3年前セリィナを拐おうとしたゴロツキはライルに倒されたあと公爵家の全勢力をもって消されたのは言うまでもない。

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