1: 悪役令嬢とふたりの姉

セリィナには7つ年上の双子の姉がいる。

 長女のローゼマインと次女のマリーローズは見た目も性格も瓜二つな彼女たちのその美しさは社交界でも有名だった。


 将来公爵家を継ぐ事が決まっているローゼマインはあまり感情を外に出さない令嬢だ。“嘲笑う氷の女神”とも揶揄されるくらいの塩対応っぷり。とにかく塩。岩塩だ。将来は婿を貰わなければならないのに塩過ぎてまだ婚約者になれる猛者は現れていない。だが言い寄っては塩漬けにされた勇気ある男子の数知れずである。


 そして次女のマリーローズはローゼマインが公爵家を継いだ後は補佐役として家を支えることも決まっている。もちろん長女と違いどこかに嫁に行く可能性もあるがそれを断固拒否していた。公爵家を出ていく気は全くなく、嫁に行くときは公爵家が没落した時だと豪語する。忙しい姉に変わって夜会に出ては男性の視線を釘付けにし“夜の微笑”と呼ばれていたが、会話の内容は公爵領の流通や発展についてのみでラブいことはミジンコほどもない鉄の守りなのだ。


 同じ顔をしていてふたりとも男性や恋愛には全く興味が無く、唯一関心があるのは公爵家の安泰と可愛い妹セリィナの幸せのみ。ちなみにセリィナが無理矢理政略結婚させられそうになったらきっと相手を家ごと潰すだろう。物理的に。そう物理的に。(大事なことなどで2回言いました)


 だが今のセリィナはゲームの知識のみしかない。現在の姉たちがどれだけセリィナを溺愛してるかも知らずにゲーム画面での“ヒロインが実の妹だとわかった途端にヒロインを可愛がりセリィナを蔑む姉たちの華麗なる手のひら返し”の姿を思い浮かべてはため息をついていた。

 現時点でローゼマインは別に何もしていないがそれでも“嘲笑う氷の女神”の静かな対応がセリィナを不安にさせる。もしかしたらゲームの展開よりも早くヒロインの存在に気づくのではないかと思うと生きた心地がしないでいた。








***










悪役令嬢にはふたりの姉が存在する。

双子である彼女たちは見た目もそっくりで親でもみわけがつかないほどだ。

ハニーブロンドの豊かな髪も翠色の瞳もその美しさを際立たせている。


ゲームの序盤では悪役令嬢の家族としてチラチラと登場していたが、ヒロインの真実がわかった途端にとしてガッツリ出てくるのだ。ヒロインを迎え入れしばらくは義理の姉妹として過ごす悪役令嬢とヒロイン。もちろんヒロインが正式な娘で悪役令嬢は養女の立場だがその関係性は最悪。ヒロインが何かすれば悪役令嬢はすべてが気に入らずケンカになり、その度に姉たちは悪役令嬢を蔑みヒロインを褒め称える。それが悲しい悪役令嬢はさらにヒロインへの憎しみを増加させ、殺意へと変わっていくという悪循環。

ヒロインが出てくるまでは甘やかされて育った悪役令嬢だったが、ヒロインと出会った瞬間に敵意を向けている。今から思えばたぶん自分の家族を奪われることを本能的に感じていたのだろう。


 そう、私はお姉様たちとは血の繋がらない他人だ。ゲームでは公爵家を逆恨みした侍女が赤ん坊であるヒロインと同じ髪色と瞳をした産まれたばかりの私をこっそり入れ替えたと白状していた。だが悪役令嬢が本当はどこの生まれで誰の子供なのかは明かされていない。プラチナブロンドの髪色も翠玉色の瞳も多少の色の濃さの差はあれど貴族ではよくある色だからたぶんどこかの貴族の子供なのは確かだと思う。有力なのはヒロインが暮らしていたとある貴族だろうが、その貴族が悪役令嬢を実の娘だと受け入れた描写は無かった。どのみち悪役令嬢は殺されて終わりの存在なのだ。


「セリィナ様、ついたわよ」


お姉様の部屋の前で足を止める。今から顔を合わすのは長女のローゼマインお姉様だ。いつもあまり感情を外に出さないローゼマインお姉様は相手の話を静かに聞いてひとこと返事をするだけであまり誰かに興味を示す人ではないのだが、ヒロインの事はめちゃくちゃ甘やかして溺愛するようになってしまう。

そして次女のマリーローズと一緒になって

『『お前のような人間を妹だと思っていたなんて穢らわしいわ』』と同じ顔をして冷たい目で悪役令嬢に吐き捨てるように言う場面は印象的だった。


「ライル、私……」


「……顔色が悪いわ。挨拶はもう少し後にして部屋で休みましょ」


 ライルはそう言うとひょいと私を抱き上げる。


「うん、ごめんねライル……」


 ライルに抱き締められると、体の緊張が一気に解けた気がした。

 この人だけは絶対大丈夫。そう思うだけで震えが止まる。どうしても他の人を見ると裏切られて殺されるイメージだけが先行してくるのだ。


 気分が落ち着くといつも今度こそ頑張って家族と打ち解けようと思うのだが、いざ対峙しようとするとゲーム画面にうつしだされていた家族の冷たい目がまるで現実にあったかのように鮮明に脳裏に浮かんできて体が震えてしまうのだ。きっとゲームの悪役令嬢もあの目を向けられる度に家族の愛を取り戻したくて必死だったんだろうと思う。

もしライルがいなかったらきっと耐えられなかったかもしれないと、ライルの腕の中に身を預けたのだった。







***





「あああぁぁぁぁ……きっとまた怖がらせてしまったんだわ……」


 部屋の前からセリィナたちの足音が遠退くのを聞き耳を立てていた部屋の主であるローゼマインは深いため息をついて机に突っ伏した。その拍子に公爵領関係の書類が散らばるが気にする様子はない。今の彼女にとって重要なのは目に入れても痛くない程可愛い末妹が自分を見て怯えている事実だけだった。


 おぞましい事件から3年、セリィナの症状はだいぶ緩和されたと思う。最初はそれこそ目が合っただけでギャン泣きされたものだ。それが今は部屋の前に来てくれるようにまでになった。それだけでローゼマインは踊り出したくるほど嬉しかった。


「あの子、大丈夫かしら……」


「セリィナならあの執事が部屋に連れて帰ったみたいですわよ、ローゼ姉様」


ひょっこりと自分と同じ顔が目の前に現れるが驚きはしない。双子の妹であるマリーローズだ。


「マリー、もしかして盗み見してたの?セリィナに見つかってないでしょうね」


「抜かりないですわ。姉様の部屋の前であんなに怯えた後に同じ顔のわたくしを見たら今度こそ気絶してしまいそうですもの」


「好きで怯えさせてるわけじゃないわ!」


 ため息をつくマリーローズに涙目で抗議するローゼマイン。もし先にセリィナが来ていたのがマリーローズの部屋の前だったらきっと逆の立場でまったく同じ事が起きていたに違いない。


社交界では“嘲笑う氷の女神”などと揶揄されているローゼマインだがその本性は妹に嫌われるのを心底恐れる泣き虫であった。

セリィナが産まれた時に絶対にこの子を守ろうと誓ったのに、ほんの一瞬気が緩んだ隙をつかれてセリィナは暴漢にさらわれてしまったのだ。手を繋いでいたのは自分なのにと、ずっと責任を感じていた。

そのせいか、うまくセリィナと関われない。下手に声をかけると驚いて泣いてしまうし、以前寝てるときに寝顔だけでもと様子を見に行ったら「助けて、殺さないで」とうなされていた。あの時のショックは今もセリィナの心を深く傷つけているのだ。

でもどんなにセリィナが泣いていても自分たちにはなにもできない。セリィナが側にいることを許しているのはあの執事だけなのだから。


「あの執事、今日もセリィナを抱っこしていましたわよ」


「くっ、羨ましいわ。あの執事め、セリィナに変なことしたら許さないんだから」


本当はセリィナに男の執事なんかつける気はなかったのだがセリィナを助けてくれた恩人であり、そしてセリィナが望んだことを叶えない訳にもいかない。ライルがおねぇなる人種だと言われた時は驚いたが逆に言えばセリィナに下心を持つ可能性がないと言うことだろうと無理矢理自分を納得させたものだ。なによりもあの男を執事にするのを家族総出で許可した時だけセリィナが泣き止んで笑ってくれたのだ。今さら追い出す訳にもいかない。


「今日セリィナを泣かせたのは姉様ですわ」


「言わないでよ~っ。あぁもう、いっそ逆にわたくしから会いにいこうかしら」


「扉を開けた先に姉様が立っていたら、それこそ気絶してしまうんじゃないかしら」


「あああぁぁぁぁ~っ!セリィナを怖がらせるこの顔が憎い!」


なぜここまで怖がられてるのかはわからないが、 ローゼマインは何をしても怯えさせてしまうのでだんだんなにもできなくなってしまっていた。挨拶どころか声もかけれなくなり目も合わせられない。それが冷たい印象を持たせていた。

ローゼマインを弄ってるマリーローズだがこちらも似たようなもので、泣かれはしてないが避けられてるのをヒシヒシと感じる。


「そういえば、先日セリィナに婚約の申し込みがあったそうですわよ。相手はどこぞの伯爵家の次男で、どうやらあの事件を知って影でセリィナのようなキズモノをもらってやるんだから感謝されるに違いないとかなんとか言ってるそうですわ。噂ではセリィナと婚約すれば公爵家の懐に入り込んで好きにできると企んでいるとか……もちろんお父様は秒で断りましたけれど」


マリーローズからの情報にローゼマインの瞳がギラリと光った。


「セリィナをキズモノ扱いして利用しようとするなんて、そいつらまとめて潰しましょうか。……物理的に」


「それがいいですわ。もちろん物理的に」


大事なことなどで2回言いました。


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