19:おねぇ執事の秘密②(ライル視点)

 セリィナ様が大量の婚約の申し込みを断ったと聞いた数日後。アタシは旦那様に呼び出されていた。


 セリィナ様が寝静まった深夜。セリィナ様関連の報告をするときもいつもこの時間だった。最近はあの悪夢を見ないのかうなされることもなく自分のベッドでぐっすりと寝ているようである。


「旦那様、参りま「うむ、入れ」……失礼致します」


 軽くノックをして声をかけた瞬間、被せ気味に返事がくる。まるでドアの前でへばりついていたみたいな早さだ。


「……なにかご用ですか?」


 中に入ると、あからさまにソワソワした様子の旦那様が厳つい顔をさらに厳つくしていた。


「う、うむ。実はだな……」


 言いにくそうにモジモジしてから側に控えていた老執事ロナウドにチラチラと視線を送っている。なんなのかしら?


「えー、ごほん。旦那様はヘタレですので「ロナウド酷い!」ヘタレは無視して代わりに聞きますが……ライル、あなたはご自分の出生についてちゃんも知ってますか?」


「アタシの出生……?」


 そう聞かれた途端、自分の過去が遡ってフラッシュバックする。下町での暮らし、死んでしまった祖母。……自分を捨てた家族だった人たち。


「アタシは……下町で祖母と……」


「その、下町へ行く以前の……いえ、あなたの本当の親についてです」


 ロナウドさんに鋭い視線を向けられ、全部知っているんだな。と悟った。よく考えれば今までその過去に触れないでもらっていただけでも破格の待遇をしてもらっていたのだ。


「……アタシの両親は……地方出身の末端貴族でした。アタシは知っての通りこの見た目ですが、家族の誰にも似てなくて両親や兄、使用人にも気味が悪いと疎まれていてずっと部屋に閉じ込められて暮らしていたんです。そして兄の婚約が決まった時にアタシのような弟がいるとわかったら破談になると……アタシは捨てられました。たぶんアタシは産まれた届けもだされていませんので戸籍もありません。……祖母は、いえ、祖母だった人は唯一アタシの世話をしてくれた乳母でした。アタシを庇ったせいでクビにされ屋敷を追い出されていたのですが、捨てられた日にアタシを拾ってくれたんです」


 あの頃の生活は出来れば思い出したくなかった。生きていたのが不思議なくらいな扱いを受けていたから。戸籍も無いから、アタシがあの人たちの子供だと証明するものは何もない。唯一証言してくれる乳母はすでに亡くなっている。証明されたからと言って戻る気もないし、戻る場所も無いだろうが。


「……アタシを捨てた親がどうかしたんでしょうか?」


 まさか今さら自分を探しているなんて思えない。捨てられた日は雪が積もる寒い日の夜だった。そんな日に薄いシャツ1枚を身に纏わせただけの子供を捨てたのだ。死ぬことを願っていたに違いない。裸足のまま雪に埋もれてあまりの寒さに気を失いそうだった。もしあのタイミングで祖母が拾ってくれなければ確実に凍死していただろう。


 それともそんな人間と血縁があるとわかったアタシでは、セリィナ様のお側にいるのは相応しく無いと解雇されるのだろうか……。


 不安な考えが脳裏をよぎった時、ロナウドさんがこほん。と咳払いをした。


「……では、何かーーーーそう、指輪などは受け取っていませんか?」


「……指輪?」


 あの親たちからもらった物なんて何もない。わずかな食事と暴力……自分たちが貴族であることをひけらかし、そんな自分たちにまったく似ずにこんな髪と瞳に産まれたアタシを「気味が悪い失敗作」だと罵られた事ならあるが。


 ーーーーあ。


「祖母に……いえ、乳母にならお守りだと言われて指輪を貰いました」



 見たことのない変わった模様が彫られた古びた指輪。指にはめることは無かったけれど、今でも大切に持っている。お守りというよりは、祖母の形見だから。


「では、その指輪にはこのような模様が彫られていませんでしたか?」


 そう言って手紙についた蝋封を見せた。封を開けるために半分に切れてはいるが、それをぴったりと繋ぎ合わせればまさしく同じ模様だったのだ。


 昔から寂しくなると何度もあの指輪の模様を眺めながら祖母を思い出していたので間違えるはずかない。


「なぜ、同じ模様の蝋封が……この手紙はどこから?」


 思わず身を乗り出しそうになると、それまで黙っていた旦那様が重い口を開いた。


「……その手紙は、とある国の王族から送られてきたものだ。あの馬鹿げた断罪パーティーでセリィナと共にいるライルを見て調べたい事がある。とな」


「他国の王族から?」


 そして引き出しから1枚の絵姿を取り出し手渡してくる。そこにはひとりの男性が描かれていて……その姿に一瞬言葉を失った。


 そこには、自分よりもさらに濃い鮮やかなワインレッドの長い髪と紫色の瞳をした人間が静かに微笑んでいて……肌の色が違う以外は誰に言われなくても自分に似ていると感じたからだ。


「この方はユイバール国のルネス国王だ。この絵姿はまだ王太子であられた頃の物だが……ライルに生き写しだと、ワシも思った」


 アタシが何も言わずにその絵姿を見ていると、ロナウドさんがそっと背中を叩いてくれる。


「しっかりしなさい、ライル。……あなたの事なのですから」


「……はい」


 絵姿を机に置き、姿勢を正す。心臓の音がうるさくて耳に響くが、旦那様の言葉をちゃんと聞くために息を吸った。


「……調べたい事とは、ライルがルネス国王の御落胤かもしれない。と言うことらしい。あの国は閉鎖的でほとんど交流はなく王族についても謎が多いのだが、なんとたまたまお忍びであのパーティーに紛れ込んでいたそうだ。髪と瞳の色を隠して金を握らせたら簡単に入れたぞ。と嫌味を言われたが……。

 まぁ、とにかく。ライルの髪と瞳の色はユイバール国の王族に現れる色だそうで……昔、この国へお忍びで来ていた時に貴族らしき女と一晩過ごした事があるそうだ。その女に気まぐれで指輪を渡したともおっしゃられていた。だから、もしかしたらその時の子供かもしれないと。

 ルネス国王は結婚されているが子供がいらっしゃらない。王家の血筋はユイバール国にとっては極秘らしくて、そのだな……」


「ちょっと待ってください!アタシを産んだ母はそんなことひと言も言ってませんでした!それにアタシには兄がいますし、その頃には父と結婚しているはずです!指輪だって母ではなく親に捨てられた後に祖母からもらったんですよ!?」


 使用人としてはあってはならないことだが、思わず旦那様の言葉を遮り詰め寄った。


「それについては、わしが話そう」


 カチャリと音を立てて部屋に入ってきた人物の姿にさらに頭が混乱した。


「……ドクター、なんでここに?」


 ライルの恩人であるドクターが、自身の白髭をひと撫でして「わしが全てを知っているからじゃよ」と言った。

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