18:悪役令嬢と変化

「……その人は優しくて、とてもいい方だったのよ。父親が誰ともわからなくても自分の子に違いはない、せっかく命を授かったのだから大切にしたいと言っていたわ。あんな事件が起きて心を患ってしまったけれど自分の子供を拐い全く違う赤ん坊をまたもや拐ってきた妹の命乞いをして……自害してしまったわ。だから、お父様はその侍女の命は取らなかったの。乳母の弔いのためにね」


その日の夜、お母様は私の頭を優しく撫でながら私の乳母になるはずだった人の事を教えてくれた。こんな風にお母様とふたりでいるなんて初めてなので最初は緊張したが、その優しい声にだんだんと緊張が溶けていった。


「セリィナ、あなたは正真正銘公爵家の子供よ。わたくしたちはみんなあなたを愛しているわ」


「お母様……」



その後、部屋の前で聞き耳を立てていたお父様とお姉様たちが部屋になだれ込んできたと思ったら、代わる代わるに私を抱き締めてくるのだが、もう私には以前のような恐怖や不信感はない。


こうして、私は家族と打ち解けることができたのだった。








***






あの断罪劇のパーティーから1週間。どんな理由であれあんな騒ぎを起こした罰として王子は謹慎処分を受けているらしい、と耳にした。お父様たちは処分が甘いと苛立っていたが私としてはこちらに関わってこないのならなんでもよかったし、もしかしたら悪役令嬢の断罪は本当に終わったのかも……と、安堵した頃。





「えっ……私に婚約者候補が?!」


「あぁ、セリィナへの婚約の申し込みがきていてな……」


なぜか、私の婚約者になりたいと言う手紙が殺到していた。


婚約の申し込みだけなら実は今までも何度かあったらしいのだが「婚約してやる」とか「キズモノを引き取ってやるから感謝しろ」みたいな言葉をオブラートに包んだような申し込みばかりだったのでお父様が全て断っていたそうなのだが今回は違うらしく、厳つい顔をさらに厳つくさせてお父様がため息をついた。


「先日のパーティーでセリィナを初めて見た令息どもからだ」


どうやら噂でしか私の事を知らなかった人たちがあの断罪劇を目撃して色々と印象が変わってしまったらしい。とのことだが……。



……は?可憐で儚く美しい?……あんなに家族に愛されている令嬢がキズモノなわけない?……

……お姉様に塩対応されたい……ってこれはお姉様宛てですよ、お父様。


「いるかい?」


手紙の束を机の上に置き、お父様が首を傾げた。なんかお父様がやたらと可愛らしい仕草をしようとするのだが、もしかして私を怖がらせないようにってやってらっしゃるのだろうか。……そんな眉間に皺をよけてやられても厳つさが増してるけど。


「……断ってもいいなら、お断りしたいです……」


いくら家族恐怖症が治ったからと言っても、人間不信はまだ継続中だ。特に同年代の男子なんて恐怖の対象以外なにものでもない。


なによりもこの手紙の中に見えた名前に覚えがあり、恐怖が増した。なんで王子以外の攻略対象者からきてんの?!なに企んでるの?!……なんか、気分が悪くなってきた。


せっかくなら穏やかに暮らしたい。贅沢かもしれないが、そんな事を星に願いたくなるのだった。










***










アバーライン公爵は悩んでいた。もちろんセリィナの事だ。


目に入れても痛くない程に可愛い末娘。あれほど自分に怯えて泣いていたセリィナが、やっと笑顔を向けてくれた。


はっきり言おう……嫁になんか出したくない!セリィナが、可愛いセリィナがどこの馬の骨ともわからないヤローなんかに奪われるなんて胃が捻れ切れそうなほどに嫌だ。パパン死んじゃう!


今までは悪意に満ちた申し込みばかりだったから公爵家の全勢力を持って断って来たが、今回は下調べをしても特に悪意的なものはなかった。たぶん噂とのギャップにやられた令息どもがほとんどだろうが……おっと、一部に姉の信者が混ざっていたな。これには大量の塩を送りつけてやるように言っておこう。


今回はセリィナの本心が知りたくて聞いてみたが、断ってくれて本当によかった!しかし、なぜか王子の取り巻き連中の手紙まで混じっていた。取り除いたと思ったのだが失敗したな。おかげでセリィナが怯えてしまったではないか。


「うーむ……どうしたものか」


セリィナが婚約を断ってくれて安堵したものの、そろそろセリィナの婚約者を決めなければならないのも事実だ。双子の姉たちにも婚約者はいないが、あの子達もセリィナを安心して任せられる相手が見つからない以上、自分たちの婚約など考えないだろう。


なによりも、せっかくセリィナの「嫌われ者のキズモノ令嬢」という噂が消えようとしているのに、今度は「片っ端から婚約を断る高飛車」だと言われかねない。セリィナへの悪い噂が根絶やしに出来ないのは黒幕に王族が関わっているのは察している。だからこそ、噂のネタになりそうなことは取り除かなくてはいけないのだ。


やはり、あいつしかいないのか。


唯一、セリィナ任せられるだろう人物を脳裏に浮かべてため息をついた。

わかってる。奴以外など誰もいない。家族みんなも暗黙の了解であることは確かだ。……悔しいから言わないけど。


最初はそういう対象にはならないだろうと思っていたが、そうでもなさそうだと言う事にも薄々気づいてはいる。セリィナは公爵令嬢とはいえ三女だし、必ず相手が高貴でなければならないと言う訳ではないが……。


「結婚相手が、元孤児のおねぇ。なんてなったら、それはそれで何を言われるか……」


自分が与えた仮の名前と地位は、あくまでもカモフラージュの物であって本物ではない。パーティーのエスコートは出来ても本物の婚約者にするにはまだ問題があるのだ。


「旦那様、変顔をなされているところ申し訳ございませんが緊急な案件でございます」


そんな深いため息をついて頭を抱えるアバーライン公爵の元へ、老執事ロナウドが1通の手紙を渡した。


「え、そんな変顔してた?」


「はい、セリィナお嬢様がご覧になったら泣き出しそうなほどには」


軽口を言いながらも神妙な顔で渡して来た手紙には見慣れぬ名前が記してあり……それを見たアバーライン公爵も真面目な顔でロナウドに視線を向けた。


「これは?」


この国の物ではない蝋封の印に、見慣れぬ名前。封を切り、中を確認するとアバーライン公爵は複雑そうに眉間に皺を寄せた。


「なんと、これは……」


その手紙がライルとセリィナの運命を大きく変えてしまうことなど、まだ誰も知らない。

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