17:憎い気持ち(ヒロイン/元侍女視点)

どうして……どうしてこんなことになったの……。


わたしの計画は完璧だった。

あの女を断罪して、わたしが真の公爵令嬢となって全てを手に入れるはずだったのに……!





まさか、わたしの方が平民の子供だったなんて。しかも父親はどこの誰ともわからない暴漢……。そんなの嘘よ!


幸せになるための計画が、足元から音をたてて崩れていった。

















あの日、ミシェル王子が「すごい事がわかった!」と鼻息を荒くしてわたしの元へやって来た。


ものすごい証人を見つけた。と言って連れてきたのはなにやら老け込んだ中年の女だった。


その女曰く、自分はあの日赤ん坊を拐った……今いる公爵家の3女は自分がすり替えた平民の子供だ。と、そう言ったのだ。


わたしに向かって「あなたこそが本物の公爵令嬢だ」と。


驚いて両親に問いただせば、確かにわたしは屋敷の前に捨てられていた赤ん坊だと母が泣きながら教えてくれた。


ミシェル王子は興奮しながら「フィリアは真の公爵令嬢だったんだ!それならば王子である僕の婚約者になれる!ミシェル!ぼくと婚約してくれ!」と言ってわたしを抱き締め、あの女を破滅させてわたしが公爵令嬢になるためにどうすればいいかを口にしたのだ。








わたしはあの赤ん坊を拐ったと証言した侍女を恨んだ。あんな女の事を信じたせいでわたしはとんでもないことになったのだ。できることなら自分の手であの女を絞め殺してやりたいが、それも叶わない。


今、わたしは、王子を唆し公爵令嬢を陥れようとした罪で牢に入れられてしまっているのだからーーーー。









***







「あぁ……ダメだ、うまくいかない。なぜ?なぜなの?」


ブツブツとなにかを呟きながらひとりの女が道を歩いていた。


実年齢よりもだいぶ老け込んでいるようで、白髪混じりの長い髪を指でくるくるといじっている。


「まさかあの娘が姉さんが産んだ子供だったなんてーーーー」


あの断罪劇の行われた会場にそっと忍び込み全てを見ていた女は、アバーライン公爵が王子を論破する場面をうっとりとした目で見つめていた。そして公爵家族が立ち去り、騒ぎを聞きつけやって来た国王によって王子と男爵令嬢が捕まったのを見て逃げてきたのだ。


あの日、老婆から奪った赤ん坊を連れて公爵家に戻り赤ん坊を子供部屋へと戻した。完璧だ、誰にも気づかれてないはずだ……そう思ったのにすぐに捕まってしまった。


そうか、あの赤ん坊は性別が違ったのか……。まさか赤ん坊の性別が違ったなんて気づきもしなかったのだ。だって、あんな女が産んだ赤ん坊になんて本当は触りたくなかったんだから。


そのまま公爵家の地下にある牢屋に入れられた。公爵様は冷たい視線を投げつけるだけだったが、それでもあたしを見ていてくれてると思うと嬉しかった。今でもあの視線を思い出すと背筋がゾクゾクとして快感に襲われる。


でも、しばらくしたら牢から出されて外に放り出された。


「お前の姉は、お前の命乞いをして死んだ。二度と公爵家に近づくな」


公爵様は最後にそう言って、あたしを捨てたのだ。


姉さんが死んだ。あたしが最初に公爵家を追い出された時にただ悲しい目を向けるだけだった姉はなぜあたしの命乞いなどしたのだろうか?

どうせなら、公爵様の手で殺されたかったのに。あの方と肌と肌が触れ合えるチャンスを台無しにされてしまった。


それからの長い年月を、あたしはどうやって過ごしたか覚えていない。


ただ、ある日……王子の使いだと言う人間がやって来て、あたしの話が聞きたいと言ってきた。


だから言ってやった。赤ん坊だった公爵家の三番目を拐った、と。その赤ん坊を男爵家の屋敷の前に置き去りにして、さらに平民の老女から赤ん坊を拐って公爵家に連れ帰った、と。だから今の公爵家の3女は偽物だ、と。


まるで物語の登場人物になったかのような気分で興奮しながら語った。だって、まともにあたしの話を聞いてもらえるのは初めてだったから。


それからどこか豪華な屋敷に連れていかれて……また同じ話をした。


やたらと飾り立てた人間たちに囲まれて……そしたらそこにひとりの少女がいた。


「男爵令嬢のフィリアだ」と言われたが、最初はその服装にピンとこなかった。だって、男爵令嬢だとは思えないくらい豪華なドレスを着ていたからだ。


あたしが赤ん坊を置き去りにした男爵家は、もっと廃れていていかにも貧乏そうだったのに。

てっきり本物の公爵家の3女は、貧乏男爵家で貴族なのに肩身の狭い思いをしながら暮らしていると思ったら……なんだ、お金にも困ってないし幸せそうじゃないか。


アバーライン公爵夫人が産んだ子供が、結局幸せになっているんだと考えたら……むしょうに腹が立つ。


あたしは知ってる。アバーライン公爵様が“今の”3女を溺愛していることを。

幼い頃に暴漢に拐われそうになり、キズモノになった三番目の娘。あの方は慈悲深く心優しい方だからそんな娘を無下にするはずかない。世間では冷酷な男だと言われているがあたしだけは知っている。


……だから、そんな愛しい娘が偽物だと知ったらどんな顔をするか見てみたくなった。


それに、彼は突然目の前に現れた本物の娘をどう処分するだろうか?彼は慈悲深くて、本当に冷酷な公爵様だから……。そう思ったから、その娘に「あなたが本物の公爵令嬢様です」と言ってやったのだ。




それなのに、全てが違った。




彼はやはりあのセリィナを溺愛していて、でもすり替えられた偽物ではなく元から本物の娘を溺愛していたのだ。


そしてあたしが拐ったのはまさかの姉が産んだ赤ん坊……。

それにしても、なぜ姉は妊娠したことをあたしに教えてくれなかったんだろう?いくらあたしが公爵家から出入り禁止を言い渡されて追い出されていたからって、実の姉妹なのだ。姉さんが妊娠したこと、乳母になることをなんらかの方法で教えてくれていたら間違えて拐ったりしなかったかもしれないのに……。


それとも、妹のあたしに言えないような事情があった?


「!」


その時、はっと脳裏に浮かんだのは、公爵様に感謝され握手をしている姉さんの嬉しそうな顔。


まさか……まさか、あの娘は公爵様との子供?


姉さんはあたしの気持ちを知っていながら公爵様を奪い、子供まで……?その上、公爵家を騙して乳母にまでなろうとしていたのではないか?


そう考えれば全てが繋がる。だから姉さんはあたしに報告してくれなかったんだ!そして、最後まであたしと公爵様が触れ合うのを邪魔して命乞いなんてして死んだのか。



ーーーー憎い。あたしがどんなに誘っても冷たくして屋敷から追い出した公爵様が。そんな公爵様の愛を掠め取った姉さんが。


公爵様と姉さんの間に出来た子供がーーーー!













事実は、公爵家を追い出された後この侍女は行方を眩ましていた。姉も最初は何度も探したし、居場所がわかる度に手紙も書いたが、その手紙が届く前に再びいなくなっていたのだ。

どうもあやしい奴らと危ない事をしているらしいと噂もあり、姉は公爵家にこれ以上迷惑をかけてはいけないと捜索を断念した。

もちろん、公爵家が本気になって探せばすぐ見つかっただろうが……公爵が次に顔を見せたら容赦なく切り殺す。と言っていたので姉は諦めるしかなかったのだ。


だが、妄想に囚われた元侍女には、そんな姉の気持ちなど伝わるわけもなかった。

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