16:悪役令嬢と家族

帰りの馬車の中、ライルはなぜかずっと私を膝の上に乗せて抱き締めている。……離してくれなくて困っているのだが、それがちょっと嬉しいと感じている自分に多少困惑しているのもこのままでいる原因だ。


パーティー会場を出た後、ライルはお父様たちに「詳しいお話はお屋敷で致します」とだけ言って私を連れて馬車に乗り込んでしまったのだ。たぶん後ろの馬車にお父様たちが乗っているんだろうけど、怒られたりしないのかしら?


「……セリィナ様」


抱き締める腕の力を少し緩めて、ライルは私の顔を覗き込んできた。


「ラ、ライル……あの……」


なにか言わなきゃいけないと思うけどうまく言葉が出てこない。ただなぜか、ぽろりと涙がこぼれた。


「あ、ごめんなさ……っ、泣くつもりじゃ……」


「いいのよ」


そう言って再び力を込めて私の体を抱き締めるライルの体温と心臓の音が自分の体に染み込むみたいで、それがとても安心すると感じた。


「……大丈夫よ、セリィナ様。全部、大丈夫だから」


そっと髪を撫でてくれる手つきが本当に優しい。それが嬉しくて思わずライルの首筋に顔を埋めた。





ーーーーあぁ、そうか。私はライルが好きなんだ。





そんな感情が心に芽生え、なんだかしっくりくるなと思ったら……ふわりと暖かい気持ちになったのだった。








***








屋敷に戻り、私は全てをみんなに話した。


全てと言ってもさすがにこの世界が乙女ゲームだなんてもう言わない。この世界は、私の現実なのだから。


あの日、暴漢に誘拐されかけたあの日から……ずっと悪夢を見ていることを語ったのだ。


15歳になった自分が家族に蔑まれ、周りの人間全てに忌み嫌われていたこと。


みんながあの男爵令嬢を本当の公爵令嬢として受け入れ、愛を注いだこと。


そして、家族や15歳の王子たちから断罪されて殺されること。


「……お父様は私をダーツの的にして、お姉様たちは私を穢らわしい存在だと言い、お母様はあの男爵令嬢を抱き締めていました。最後はあの王子の剣で殺される夢を毎夜見続けて、私はそれが未来で起こる事なのだと思いました」


私は1度言葉を切り、家族を見た。そこには老執事や侍女たちもいて、悲しそうに私を見ている。


「……私はその夢を信じ、いつかみんなは私が死ぬことを望む日がくると思って……それが怖くて、だから顔を見るたびに逃げていたんです。私は産まれてきてはいけない子供だったから、みんなに疎ましく思われる存在だから……殺されたくなかったから」


「……」


みんなからしたら、たかが夢を見たくらいで自分たちを疑って逃げていたなんてわかったらそれこそ怒りで私を嫌いになるかもしれない。それでも正直に言おうと思ったのは、私がちゃんと大切に思われていたとわかったからだ。


「……ライルだけは平気だったのはなぜなの?」


ローゼお姉様はずっと不思議だっただろうことを口にした。確かにあんなに人間不信だった私のライルに対する態度は不思議だったかもしれない。


「ライルは……夢に出てこなかったんです。だからこそ、ライルは私を蔑まないし殺さない。石を投げないし冷たい目で見てくることもない。ただひとり、安心して側にいられる人だったから……」


「そうだったの……。でも、ひとつだけ言っていいかしら」


するとローゼお姉様は人差し指をライルに向け、声を張り上げた。


「いい加減セリィナを膝からおろしなさい!」


そう、ライルは馬車を降りて屋敷に入ってからもずっと私を抱き抱えていたのだ。現在この話し合い中も私はライルの膝の上に固定されている。


「あ、あの、ごめんなさい、私がこんなだからーーーー」


「何を言ってるの!こんなに可愛いセリィナを今までも独り占めしてきたのに、こんな時まで独り占めして……羨ましい!セリィナ、わたくしの膝の上にもいらっしゃい!」


「ふぇ?!」


てっきり私の態度に怒ってるのかと思ったら、ローゼお姉様は自分の膝をぽん!と叩き「カモンですわ!」と手招きをしだした。


「ずるいですわ、ローゼ姉様!それならわたくしも!さぁ、セリィナ。こちらへいらっしゃい?」


「いやいや、それならまずは父親の膝の上からだろう!」


「お待ちになって!それを言うならやっぱり母親の膝の上が好ましいですわ!」


「……よろしければ、この老いた執事の膝の上でも」


ちょっと、なんでみんなで私を自分の膝の上に乗せようとしてるの?!しかもロナウドまで参戦してきたんだけど!


「ちょっ、えっ?私もう15歳だし、さすがに恥ずかしいのでそれは……」


と正論で辞退したが全員がなぜかライルを一斉に指差した。


「「「「「ライルの膝の上には乗ってるのに!」」」」」


するとそれまで黙っていたライルがフッと自慢気に微笑み、勝ち誇った顔をした。


「そんなの、だからに決まってるじゃない?」


そんなライルの言葉に全員が悔しそうに膝をついた。


「ね、だから大丈夫だって言ったでしょ?ここにいる全員、みーんなセリィナ様が大好きなのよ」


ライルがウインクをして「もちろん、アタシもね」と耳元に囁いてきたせいで思わず動悸が激しくなったのを隠すのに一苦労したのは内緒である。

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