15:悪役令嬢と真実2
シン……と辺りが静かになり、誰かがゴクリと息を飲んだ音だけが響き渡った。
“あの日、赤ん坊はふたりいた”、“拐われたのはセリィナとは別の赤ん坊だった”。お父様は確かにそう言った。
「……そして、赤ん坊を拐った侍女は、その乳母になるはずだった女の妹だ。あまりに酷い妄想に囚われていたので屋敷から追い出していたのだが、どうやら屋敷の鍵の合鍵を作っていたらしくあの日その合鍵を使い屋敷に侵入し、赤ん坊を拐った……。自分の姉が産んだ赤ん坊だとは微塵も思わなかったようだがな」
風の噂でアバーライン夫人が子供を産んだと知ったその侍女は合鍵を使い屋敷に侵入し、新たな子供のためにと用意された部屋にいた赤ん坊を拐った。この赤ん坊さえいなければ自分がアバーライン公爵に愛されると信じて。
「事の顛末は先ほど王子殿下が仰った事とほとんど同じたが、拐われた赤ん坊はセリィナではなく乳母の子供だ。そして侍女は別の子供を新たに拐い公爵に戻ってきた」
「ちょ、ちょっと待て!意味がわからないぞ!その新たに拐われた平民の子供がセリィナのはず……」
「王子殿下、それは無理な話です。なぜなら、セリィナは産まれた時に医師から女の子であると証明されていますが、その侍女が連れてきた赤ん坊は男の子だったのですよ?いくらなんでも男女の違いを間違えるはずがないでしょう」
いくら髪の色や目の色、顔立ちがにていてもさすがに男女の違いを間違えるはずがない。当たり前である。
「ちなみにその拐われた平民の子供ですが、ちゃんと親の元に返しましたのでご安心を」
お父様がにこりと笑った。だが、その目は欠片も笑っていない。
「それが本当なら、フィリアは……」
「乳母の子供ですね。さらに言えばその乳母は平民ですよ。昔、妻が外で倒れた時に世話になった恩がありまして親を亡くして貧しい暮らしをしていると聞き我が家で働いてもらっていました。……妹共々ね。しかしある時、彼女は市場に買い出しに行った時に暴漢に襲われてしまい子供を身籠りました。赤ん坊に罪はないからと産む決意をし、それならと同時期に妊娠した妻が是非お腹の子供の乳母になって欲しいと願ったのです。まぁ、その頃には妹の方は屋敷から追い出していたので姉の妊娠も知らなかったのかもしれませんがな」
一呼吸置いてから、お父様は王子に視線を合わせた。
「さて、王子殿下。王子殿下の仰る平民の子のくせに公爵家に寄生しようとしている者はどこのどいつですかな?」
「な……!貴様!フィリアを馬鹿にしたのか?!フィリアは、フィリアは素晴らしい女性だ!平民だとか爵位など関係ないんだ!そんな爵位があるかどうかで人を差別するなんて人としてあるまじき行為だぞ!恥を知れ!!」
お父様の言葉に王子は青筋を立てて怒鳴り散らすが、さっきまで私を嘘つきの平民だと馬鹿にし蔑んでいた口で「平民を差別するな」と言われても説得力がない。王子の回りにいた人たちがそっと離れ出すが王子の口は止まらなかった。
「フィリアが公爵令嬢になるはずなんだ!邪魔なセリィナを蹴落として!そうすれば全て上手くいくんだ!」
「ほぉ、セリィナが邪魔ですか」
「あぁ、邪魔だよ!キズモノのくせに公爵令嬢なんておこがましいんだ、くそが!その地位はフィリアにこそふさわしいのにキズモノのぶんざいで……!!」
ばきぃっ!!
突然、壁が砕けたような音がして、そこにいる全員が一斉にそちらを向くと……そこには思いっきり殴ったのか拳の形にへこんだ壁の前にライルが立っていた。こちらに背を向けていたのでどんな表情をしているかわからなかったが、振り向いたライルはにっこりと笑っている。
「帰りましょうか、セリィナ嬢」
そう言って返事も聞かずに私を抱き上げスタスタと扉へ向かった。
「えっ、あ、あの」
戸惑う私にもお構い無しで先へと進むライルの後ろを、なんと公爵家の一行も「それもそうね、帰りましょう」と続いて歩き出したのだ。
「ま、待て!逃げるのか?!」
「何を仰るのです、もう話は終わりました。これ以上セリィナを……我が娘を愚弄するのならば、こちらもそれなりの対応をさせていただきますよ」
慌てて詰め寄ろうとする王子の手を払いのけ、お父様は「では、ごきげんよう」と扉を閉めたのだった。
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