20:おねぇ執事の秘密③(ドクター視点)

「儂はお前さんの祖母……ロアナさんから真実を託されたのじゃよ」


そう、ぽつりぽつりと話し始めたドクターはあの時の事を思い出すようにすっと目を細めた。どうやら最後を看取った時に全てを記した手紙の隠し場所を教えられたらしい。


ライルを引き取った後、隠し場所にあった手紙を読んで全てを知ったのだと語りだした。








***




手紙にはこう書いてあった。


あの日、激しい夫婦喧嘩をした夫人は着のみ着のままひとりで屋敷を飛び出してしまったとか。侍女たちはまだ幼い嫡男の世話に忙しかったし、夫婦喧嘩はいつもの事だったのですぐに帰ってくるだろうと思ったそうじゃ。

なによりあのプライドの塊のような夫人は下手に言葉をかけると逆上してくるのであまり積極的に関わる使用人もいなかったらしい。


夫婦喧嘩の内容はわからない。だが、夫人は真夜中になっても帰ってこなかったと。


その頃、ロアナさんは侍女として屋敷で働いていたが自身の妊娠が発覚したばかりだった。だが結婚はしておらず、妊娠がわかる前に恋人とも別れてしまっていたのだとか。妊娠したことを告げれば解雇されるかも……と、誰にも言えずにいたそうじゃ。


そんなロアナさんは、いつまでも帰宅しない夫人が妙に心配になりひとりで探しに外へ出た。探し回り、朝日が見え始めた頃……やっと見つけた夫人はひとりではなかった。


簡易宿屋から、ひとりの男性と一緒に出てきたそうじゃ。その男はフードを被って顔を隠していたが隙間からひと房落ちた髪が濃い葡萄酒と同じ色をしていたのが印象的だったと書かれていた。

そしてその男は夫人に何かを手渡して、去っていった。手の肌の色や髪の色からもこの国の人間では無いと察した。そして、夫人とゆきずりの関係を持っただろうことも……女の勘じゃろうて。

さらにその後、夫人は男の姿が見えなくなると男からもらった何かをその場に捨てて帰っていったそうじゃ。


ロアナさんは夫人がいなくなるとその場に行き、それを拾った。それがお前さんに渡したあの指輪じゃ。


ロアナさんの中のなにかが、これが今後重要になると警告を鳴らしたらしい。



数ヵ月後、夫人の妊娠が発覚した。夫人は隠そうとしていたが、確実にあの日の子供だと確信したロアナさんは賭けにでた。


まだ膨らみも帯びていない腹の中の子を無事に産むためにも、職を失うわけにはいかないと……自分をその子の乳母にして欲しいと願い出た。


もちろん、夫人を脅して認めさせたそうじゃ。自分はあの日の事を知っている。自分を乳母にしてくれれば、日数を誤魔化す手伝いをしてやると。

夫人が冷静であればすぐに追い出されていたかもしれないが、あの頃の夫人はとても焦っていたそうじゃ。なにせ、ゆきずりの旅人と関係を持って妊娠したなんてバレたら離縁だけでは済まない。しかも、もし相手に似た子供だったら……そんな恐怖で錯乱していたらしい。


だからロアナさんは夫人に囁いた。今は遺伝子の変化で毛色の変わった子供が産まれる事があるらしいとか、いざとなったら自分の子と取り替えてやってもいいとか……。落ち着いて考えればめちゃくちゃな言い分だとわかるがその時のふたりはそれぞれの保身のために必死だったのじゃろうて。


それからしばらくは平穏な日々が続いた。どうやらあの時の夫婦喧嘩も二人目の子供についての喧嘩だったらしく無事に妊娠したと周りは大喜びだったそうじゃ。


だが、問題が起こった。


夫人が産み月に入る前にロアナさんが流産してしまったのじゃ。しかも屋敷の者が大勢いる前で突然倒れ、血の海になったとか。


いざとなったら子供をすり替えようと思っていた夫人は再び錯乱した。


自身の腹を殴り、暴れて……その中で産まれたのがライルじゃ。


あのゆきずりの男と同じ赤い髪をした赤ん坊を見て、夫人は迷うことなくその赤ん坊を殺そうとしたらしい。


だが、ロアナさんがそれを止めた。


この子は突然変異で毛色が変わっているだけだ。自分は流産したが母乳は溢れ出ているから、乳母として自分が育てる。と。


しかし家族はその赤い髪と紫の瞳を見て「気味が悪い」「呪われた子供だ」「こんな化け物みたいなのが我が家の子供だなんて……」と、出生届も出さずに子供の存在を隠すことにした。


乳飲み子の頃はまだ良かったそうだ。与えられた部屋でロアナさんと赤ん坊だけの生活が出来た。だが歩くようになり、しゃべるようになり……子供が成長すると、どんどん目障りになったのだろう。虐待が始まった。


それでも最初はロアナさんが庇っていたが、もう乳はいらんだろうとロアナさんは屋敷を追い出され……そして、ライルは捨てられたんじゃ。


ロアナさんは後悔していた。


自分と自分の子供のためにライルの存在を利用しようとしたからバチがあたったんだと。お腹の子が死んでしまったのは、自分のせいだと。だからせめてもの罪滅ぼしにライルを守りたかったと。


屋敷を追い出されてからロアナさんは一気に老け込み、すっかり老婆のようになってしまった。そしてあの日、嫌な予感がして屋敷の周りをうろついていたら捨てられて凍え死にそうになっていたライルを発見したそうじゃ。


それからは知っての通り、ロアナさんはライルを連れて下町へやって来た。


自分が犯した罪を償うため。そして、あの指輪がきっとライルを救う何かであると信じて……。




そして、儂に「せめてひとりで生きていけるように見守ってやって欲しい」と願って、息を引き取ったのじゃ。


ライルには、本当に申し訳なかった。と、ずっと謝っておったよ……。

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