46:悪役令嬢と神様の駆け引き

 神様は意地悪だ。



 この日、私はこの瞬間まで生きていた事を後悔した。


 こんなことになるならもっと早く死んでいればよかったのだ。と。


 全ては私のワガママが引き起こした悲劇なのだ。


 そう、全部私が……


 ライルを好きになってしまったから。


 ライルに私を好きになって欲しいと思ったから。


 死ぬ運命ならばせめてライルの手で殺されたいと願ったから。


 きっと、そんなワガママな私に神様が怒ったのだろう。だからこんな罰を与えられたのだ。



 それでも、罰を与えるのならばもっと違う罰にして欲しかったと思う。


 私が他の誰かに殺されていれば、ライルを好きにならなければ、こんなことにはならなかったのだろうか。


 そう考えたら、涙が止まらなかった。





 神様は意地悪だ。


 私が最も苦しむ方法で私に罰を与えるのだから。



 どうしてこんなことになったんだろう……? 


 どうしてーーーー。






 ***






 あの日




 私が囚われている部屋の扉が、少し錆びた音を立てながらゆっくりと開いた。

 そしてミシェル王子が顔を覗かせたのだ。


「……っ!」


 ミシェル王子は頬に大きな刺し傷があり傷口は塞がっているようだった。だがその部分は酷く引きつり、皮膚を引きつらせている。


 醜く歪んだ顔をした王子がギョロリと私を睨むと、パクパクと口を動かし声とも言えぬ唸りを上げた。もしかしたら声がでないとのではないか……そう思った。


 そしてどこから持ってきたのか手錠の鍵を見せ、私の手首を自由にすると……私の喉元にナイフを押しあてて「コ・ロ・シ・テ・ヤ・ル」と唇を動かしたのだ。


 ミシェル王子はナイフを押し当てたまま強引にその場から私を連れ出した。今、無理に逃げ出そうすればそのままこのナイフで殺されるだろう。それくらいの殺気を感じていた。


 部屋を出て辺りを見回す。そこには数人の兵士らしき人たちが倒れていて、血溜まりが出来ていた。きっとミシェル王子がやったのだろうと思ったら背筋に冷たい汗が流れた。一体どこに連れて行かれるのかはわからないが、決して助けてくれる訳ではないだろう。


 そして、廊下に出てミシェル王子が辺りを警戒して左右を見るために少し身を乗り出したその瞬間。


「……お嬢様を離せ!」


 どこからともなく現れた謎の人物がミシェル王子と私の隙間に滑り込み、ミシェル王子の体を蹴り上げたのだ。


 私の首筋に当てられていたナイフはカラン!と音を立てて廊下の端に転がり、ミシェル王子は声にならぬ唸声を上げていた。


「あ、あなたは……」


「本当ならお嬢様にこの姿をお見せする事は規定違反なのですが、今だけはお許し下さい。我ら影が不甲斐ないばかりにこのような目に合わせてしまいました」


 顔に布を巻いていて表情はわからないが、いつも側で守ってくれていた影さんだとわかり張り詰めていた緊張感が和らいだ。


「……助けに来てくれたのね、ありがとう」


「勿体ないお言葉でございます……」


 こうして私は影さんに助けられ、ミシェル王子の手から逃げることが出来た。囚われていた場所は王城の裏にある塔の地下だったようで、道が迷路のように入り組んでいた。だが、何故か誘われるようにその場へと足を勧めてしまっていた。


「……おかしい、こんな所へ出るはずがーーーーがはっ」


 予定の出口とは違う場所へ来てしまったようで、影さんが警戒しながら扉を開けーーーーその場で膝を崩した。


「影さんっ?!」


 影さんの脇腹には矢が突き刺さり、扉を開けると自動で発射される装置のようなものが側に設置されている。


「おっと、致命傷にはならなかったな。もう少し精度をあげないといかぬか」


 クスクスと笑いながらそう言ったのは部屋の中にいた人物。……ルネス王だった。


「ちょうどよかった。今からお前を呼びに行こうと思っていたところだ。が整ったからな」


 そう言ってある方向を指差す。私が恐る恐るその方向へ視線を向けると、そこだけ壁が大きく抉られていて外へと繋がっていた。そして突き出るように床があり、その先には台と5つのロープがぶらさげられていた。


 所謂“公開処刑場“というやつだ。


「最初はお前を使って交渉脅迫してやろうかと思っていたが、もう面倒だ。俺を陥れようとした愚か者にお前の死体を送りつけてやろうと思ってな」


 指先で首を切る真似をしてニヤニヤと笑い「後悔して泣き叫んでくれたら面白いのたがなぁ」と呟いていた。


「お、お嬢様に何を……!」


「あの矢には毒が塗ってある、あまり動くと死ぬぞ?」


 私を守ろうとした影さんがルネス王の手下に殴られるのを見て思わず「やめて!」と叫ぶ。そして私は為す術もないまま再び手錠を掛けられてしまった。







「この処刑方法は、人体の5つのに縄をくくりつけて5方向に引っ張るんだ。そして足から順番に切り落とし、最後は頭を支える首だけなる。そのまま死んで行くのを眺めるもよし、最後の情けに切り落としてやるもよし。なんとも楽しめる処刑方法だろう?祖国でやると多少反発する者がいたが、でなら問題あるまい」


 私はここで死ぬんだ。

 もう、冤罪とか断罪とか関係なく殺されてしまうんだ。


 お父様、お母様、お姉様たち……。ロナウド、使用人のみんなに影さんたちも、あんなに私を守ってくれたのに、ごめんなさい。


 ライル、あなたに「好き」って言いたかった……。






 そして、そこからの事は急激過ぎてあまりよくわからなかった。


 私が吊るされ、抵抗しようとした影さんが何か叫んだ時、扉が開いた。ほんの一瞬だけ期待したものの、そこにいたのはなんとミシェル王子で……たぶん「お前を殺すのは僕だ」とでも言いたげな声で私に向かってナイフを突き刺そうと走ってくるのが見えた。


 もう、誰に殺されようと同じかな。と、目を閉じる。もうすぐ来るだろう衝撃と痛みを受け入れてしまおう。と。



 でも、その衝撃も痛みもいつまでも来なかった。


 ただ、暖かい何かに包まれていて、そのぬくもりの正体を知って閉じていた目を見開いた。


「……ラ、イル……?」


 私の口から掠れた声が出て愛しい人の名を呼んだ。


 そこには変わらぬ微笑みを見せてくれるライルがいた。周りがざわめく中、ライルは持っていたナイフで私に繋がっている縄を切り……「まだ、死んじゃダメよ」と私の耳元で囁いた。


「ラーーーーっ」


「下に影がいるわ。絶対助かるから、舌を噛まないように……」


 そしておもむろに私の体を抱き上げると断崖となっている床の先から私を放り投げたのだ。




 ほんの一瞬。私の唇に自身のそれを押し当てて。





 落下していく私から見えたのはまるで赤いドレスを着ているかのように赤く染まった服を着て、微笑んでいるライルの姿。そして、ライルの背中からキラリと反射する何か。


 その何かを掴んで、ライルに襲いかかろうとしているミシェル王子の姿だったーーーー。






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