43:その行方(アバーライン公爵視点)

「セリィナがいなくなっただと……?!」


 ロナウドからの定期連絡(その日1日のセリィナの記録)は1日1回までだと念押しされていたのにその日は緊急だと公爵家の密偵である影が2回目を持ってきたのだ。


 ほんの数分。護衛の使用人も影たちすらもなぜかセリィナから目を離してしまい、その間に姿が消えたと。


「お前たちは何をしていた?!確かに影のほとんどは国王の裏を探らせているから人手は足らないだろうが、それでも誰ひとりとしてセリィナを見ていなかったと言うのか?!何のための影だ!」


 バキッ!と手紙を握り潰した拳で机を叩きつける。机の表面がへこみ拳に血が滲んだがそんなことはどうでも良かった。


「申し訳ございません……。なぜかはわかりませんが、その瞬間だけ“セリィナ様を見ていてはいけない”という認識になったのです。

 ですが本日セリィナ様を見守る役目だったのにそれを成し得なかったのは自分の失態でございます。どのような処罰でもお受けいたします」


 死を覚悟した目で頭を下げる影の姿に怒りと焦りで手が震える。感情のままに行動するならば即刻その首を切り落としてやりたいが……。


 脳裏に浮かぶのは使用人たちの実態を知って驚きながらも微笑むセリィナの姿だ。セリィナは「使用人たちも、もちろん影さんたちもみんな公爵家の家族ですね」と、あの怯えていた頃からは想像もつかない笑顔でそう言ったセリィナならばこの影を殺しても喜びはしないだろう。


「……ひとつ、聞かせろ。儂を、公爵家を……セリィナを裏切ったわけではないのだな」


「自分はセリィナ様の笑顔に何度も心を救われました。裏切るくらいなら死を選びます」


 そうだ、セリィナは影たちは密偵だから普段は姿を見せないと説明したら逃亡先の天井に向かって「影さんそこにいますか?いつもありがとう」と笑顔で手を振るような子だ。高位貴族の子供には影がつくことがたまにあるがほとんどはその存在を知らないし、もし知っても気味悪がることが多いと聞くのにセリィナの反応は全く違っていた。なによりも公爵家の影たちはセリィナを見守る事を誇りに思いその役目を楽しみにしている程なのだ。


「ならばセリィナを探せ。そして必ず助けろ」


「御意」


 そのまま瞬時に姿を消した影を視線で追うがもうその姿はどこにもない。公爵家の影は王家のそれにも負けないと自負しているが、その影すらも遅れをとるなどどうなっているのか。まるで、世界の神が嘲笑っているかのような気分だった。


 ロナウドたちも街中を探してはいるが、たぶん公爵領内にはいないだろう。街中にはまだ王家の兵士たちが彷徨いているようだし、となればセリィナを連れ去ったのは国王とは別の手の者の可能性もある。


「……ユイバール国の手先か」


 ルネス国王がセリィナの存在に気付いたか。そして操っているこの国の兵士たちをも欺き、セリィナを拉致した。それが1番しっくりくる。


「ーーーー旦那様!大変です!」


「どうした、エマーーーー」


 珍しく慌てた様子で扉を開けて飛び込んでくる妻の姿に驚きつつ自分だけでも落ち着かねばと息を吐く。すると、いつもおとなしい妻がなぜかその手に鞭を握っていて地の底より這い出したような声でとんでもない事を口にした。


「ライルがセリィナちゃんを裏切りました!今、国王を探らせていた影から報告があったのです!」


 そして1枚の紙を見せる。そこにはこう書かれていた。


『ユイバール国の跡継ぎが御披露目される。その名前はラインハルト』と。



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