最終話:悪役令嬢とひとつの願い
やっとライルとお姉様たちの攻防戦が終わった頃、見覚えのある人影が私達に近づいてきた。
「あらあら、ライルさんったらまだケガも治りきってないのにいけませんよ」
「ごめんなさい、つい嬉しくて」
ライルが私を抱きしめたままそう返事をしたのは“ラインハルト”の葬儀で挨拶をしたあの夫人だ。あの時はなにも思わなかったが、よく見れば少しふっくらとした穏やかな中によく知っているような雰囲気を持っているようにも感じた。そんな夫人はにっこりと穏やかな笑顔を向けたまま「兄様に言いつけますわよ」とボソッと呟いた。
「うっ!それは……」
「あらあら、せっかくセリィナお嬢様に会えたのにこのままじゃお説教1ヶ月コースですわねぇ」
「それだけは勘弁してくださぁい!」
慌てた様子で私を離すとライルは急いで松葉杖を探し立ち上がった。しかし立ち上がりざまに私に「続きは後でね」と耳打ちしてきたので思わず赤くなるとそれを見た夫人が「あらあら」と微笑んだ。
そして夫人は私が服についた芝生を払っていると目の前にやってきて頭を下げてきた。
「セリィナお嬢様、よくおいでくださいました」
「あの……なんで私の事をお嬢様って呼ぶんです?」
「ふふ、そうですわね。全てお答えしますわ。ここではなんですから屋敷の方に行きましょう。お茶の準備をしておりますのよ」
「「そうね。そうしましょう」」
もはやお姉様たちも全部知っているようで、私をライルからひっぺがすように両手をそれぞれに繋がれ屋敷に連れて行かれてしまったのだが……ライルが生きていた事と、ライルに「好きよ」って言われた嬉しさで私の足取りは軽かったのだった。
***
「ロナウドの妹ぉ?!」
ロナウドは結構なおじいちゃん執事なはずだが、目の前で優雅にお茶を飲んでいる夫人はまだ中年でとても兄妹には見えない。
「えぇ、お恥ずかしながらかなり歳が離れていますので親子に間違われる事もあるんですよ。わたしの母親は晩婚の再婚でわたしとロナウド兄様は異母兄妹になるのですが、父と母が亡くなってからは兄が親代わりにわたしを育ててくれました。それにわたしは年頃になったらすぐに嫁入りしましたのでお嬢様が知らないのも無理ありませんわ」
「チェリーシュラはかなりのブラコンでね。毎日のようにロナウド義兄上がどれだけ素晴らしいかを語られているよ」
ロナウドの妹であるチェリーシュラさんの横で一緒にお茶を飲んでいるのはチェリーシュラさんの夫であるキュナード・ディアルド子爵だ。
「わたくしたちには子供がいませんのよ。それで、アバーライン公爵様からライルさんを正式に養子にして欲しいとお願いされましたの」
「つまり今のアタシはライル・ディアルドになったってわけよ」
同じくお茶を飲みながらウインクをしてくるライルはカップを置いてあの後何があったかを教えてくれた……。
***
セリィナが無事に影に保護された後、王子と兵士たちを倒しルネス王と対峙したライルだったが……、かなりの苦戦を強いられていた。
自身の選んだ精鋭部隊を瞬時に倒され多少動揺したルネス王だったが冷静さを取り戻すと足元に転がる武器を拾い上げすぐに応戦する。しかしロナウド仕込みの技を発揮するライルも簡単に負けるはずがなくお互いに傷だらけになっていた時、ルネス王が一瞬不敵な笑みを見せた。
「……もういい。もうお前はいらない」
「っ?!」
そして懐に手を入れたと思った途端、バシャッと透明な液体を顔にかけられたのだ。
まともにその液体がかかってしまった右目が燃えるように熱くなり体勢を崩すと、ルネス王がライルに向かって剣を振り下ろしたのだーーーー。
「……が、はぁっ……!」
だが、心臓を剣で貫かれたのはルネス王だった。
「……あんたのせいよ」
ライルの霞む視界に見えたのはプラチナブロンドの髪。だがそれは愛しい少女ではなく#あの__・・__#男爵令嬢であった。
「あんたのせいよぉ……!」
血に塗れ、傷だらけだった男爵令嬢は修羅場をくぐり抜けてきたかのような出で立ちで倒れていた兵士から奪ったのであろう剣をルネス王の背中に突き刺していた。
「よくもわたしを裏切ったわね!わたしに嘘をついた!あんな奴にわたしを与えた!わたしは、わたしは幸せになる運命だったはずなのに……あんなの母親じゃない!わたしはあんなのから生まれたりしてない!いや!いや!いやよぉぉぉ!!」
「お前、生きて……っ!よくも俺に、このようなっ……!ーーーー……」
ドサリ。と、音を立ててルネス王が倒れる。刺されどころが悪かったのかあんなにも手こずった悪の王はあっけなく最後を迎えた。
ルネス王が倒れた後も何度も剣を刺し、荒ぶった獣のように殺気立った男爵令嬢は今度はギラリとライルに目を向ける。
「……あんたも、わたしを馬鹿にしてぇっ!!「ーーーーセリィナ・アバーライン!キサマは僕が殺してやる!」え」
気絶していたはずのミシェル王子が目を覚まし、腹から絞り出すような声を上げたと思ったら男爵令嬢を突き刺していたのだった。
「僕は、僕の、正義の、た、め、ーーーー」
もう気が狂っていた王子は錯乱した中で男爵令嬢をセリィナと間違えたのだろう。そのまま力尽きた王子の上に重なるように男爵令嬢の体が崩れ落ち……ふたりはやっと再会を果たしたのだ。
一気に辺りが静まり返りライルの体からも力が抜けてくる。あの液体は左目にも少し入っていたようで徐々に熱と痛みが広がってきた。
もう、ダメかもしれない。とライルが片膝を地についた時、その体を支える者が現れた。
「ライル殿、しっかりしてください……!」
それは毒にやられ、セリィナを逃したのを確認してその場から脱出したと謂っていた影であった。
「……あなた、影……。早く、逃げて……セリィナ様を守って……」
「この体では参戦しても足手まといになると思い、助けを呼びに行ってまいりました……。セリィナ様の為にも、ライル殿は死んではいけません……っ」
こんなふうに影と会話するのは初めてかもしれない。そんな事を考えながらライルは意識を手放した。
スリーラン王妃はライルから真実を聞き、すぐさまアバーライン公爵にコンタクトを取っていた。
ルネス王を罠に嵌めたい事。秘密裏に亡き者にしようと思ってる事。そしてライルの今後の事などだ。
ルネス国王をおびき寄せるために罠を仕掛けたと思われたが、そんな見え透いた罠にルネス王が引っかかるはずがないとスリーラン王妃はわかっていた。わかっていたからこそ、ライルと……ルネス王の影武者を準備しわざと暗殺という寸劇を披露したのだ。
セリィナがルネス王に捕らえられたらしいと情報を得たライルは、まるで誰かに聞かせるかのようにスリーラン王妃がライルと密会の場を作った。
部屋の中を見ることは出来なくても、“声”が聞こえる状態のその場には実は息を潜めたもうひとりが存在し、ライルはそのふたりがスリーラン王妃と共にその場を立ち去ってから様子を伺いに来ていたルネス王のスパイの存在を確認していた。
ルネス王に、まるでラインハルトが影武者を使って罠に嵌めようとしているかのように見せるためであった。
つまり、スリーラン王妃と一緒にいるのは偽物である。と。それならばきっとセリィナを助けに本物がくるはすだ。と。まさか自身の影武者まで準備されてるとまでは思わなかったのか、スリーラン王妃の元にいかなければ勝手に自滅すると考えたのだ。だからこそ、スリーラン王妃の事は放っておいた。そこに妻であり妹であるスリーランへの愛情があったからかは定かではないが。
スリーラン王妃の思惑通り、ルネス王が勘違いから目撃者の多い中で罪の無い他国の貴族を殺した事にされるとは思いもせずに。
妹が、自分を愛しているはずの妻が、まさか本当に裏切るなどあるはずがないと高を括っていたのかもしれない。
そして、すぐさま救出されたライルは命に別状は無かったものの右目を失明し、左目も視力は保たれたが目の色が変わってしまったのだ。
アバーライン公爵はまずはライルの身の安全を確保するために“ラインハルト”の死を発表した。なんの罪もない貴族の青年が他国の王の勘違いで殺されたと。さらに、自国の王にミシェル王子の罪の償いを責め寄り、王子の死因について知らぬフリをする代わりにライルの新たな戸籍を作らせたのだった。
ライルの髪をギリギリまで切り落とし、偽造した死体をよりそれらしく見せるために使った。そしてライル本人の髪は黒く染め上げたのである。
こうして“ラインハルト”も、孤児で執事のライルもこの世からいなくなった。
ここにいるのはライル・ディアルドと言う、子爵家の嫡男である青年だけであった。
「旦那様……いえ、アバーライン公爵様ったら、突然生まれた時から今までのアタシの新しい人生だから全部暗記しろって台本持ってくるんですもの。無茶言うわよね」
「ライルさんは、死んだ“ラインハルト”と生き別れた双子の片割れということになってますのよ。子供が生まれた時にわたしが体を患い、双子の両方を面倒見るのは無理だと医者に言われて泣く泣く弟の方を親戚に預けた。けれど今回不幸が起きて嫡男が亡くなり、手放した次男が戻ってきたことになってますわ。もちろんその親戚との仲は良好で双子たちはちゃんと交流もあった。ふたりの髪色が違うのもわたしが妊娠中に病にかかりその後遺症で長男は髪と瞳の色が変化し、次男は片目が失明してしまっている……。子爵とはいえ田舎貴族ですから、憐れみの目で見られても深く探られる事もありませんわ。ついでに例の指輪は少々細工させていただきました。夫は手先が器用ですので……。ライルさんも頑張ったんですのよ」
「徹夜で暗記させられたから、5歳の時の兄との思い出も語れるわよ。……お母様はロナウドさんに似てスパルタなんだもの」
「あらあら、褒めてくれて嬉しいわ」
「お父様も頑張ったんだぞ~」
「……わかってるけど、成人した息子の頭を撫で回すのはやめてほしいわ」
「あらあら」
すでに本物の親子のような雰囲気を出す3人の姿に、私はホッとした。
「それにしても、お父様が全部知っていたなんて……」
「セリィナが拐われた事以外は想定内だったようですわよ。あの時は寿命が縮まったと言ってましたわ。完ぺきな守りにしていたはずだったのにって」
「わたくしたちだけでなくお母様まで騙していたものだから、お母様がとってもスネてらっしゃいますわ」
「そう言えば、ライルが失明するくらいボロボロの姿になっていたのにも驚いていませんでした?こんな風に死にかける男に娘を任せて本当にいいのか一瞬本気で悩んだとか」
「まさかあんな姿になったライルと再会するはめになるなんてって驚いていましたわね。ロナウドが鍛え方が足りませんでしたねって怖い顔してましたけど……」
するとお姉様たちが揃ってにっこりとライルに笑顔を向けた。
「「これじゃぁ、やっぱり止めとこうって反対されるかもしれませんわね?」」
「……精進します」
冷や汗をかいて視線を逸らすライルの姿にお姉様たちは「冗談よ」と笑ったが……なんか、目が怖い。
チェリーシュラさんの「あらあら」と朗らかな声が響いたのだった。
***
夜空を眺めながら、庭にあるベンチに腰掛ける。横に座ったライルがそっと私の頬を撫でた。
「傷は、まだ痛む?」
「もう平気。……でも、少し傷跡が残るかもしれないって。これで本当のキズモノ令嬢になっちゃった」
少し笑ってから、チラリとライルの顔を見る。
黒髪になっても、片目を失明して目の色が変わってしまってもやっぱりライルはライルだ。ライルが大好きで、ずっと一緒にいたい。
でもライルから見た私は?あの時は浮かれていたが、冷静になれば現状は残酷なものだ。
髪も多少は伸びたものの貴族令嬢としてはかなり短いし、顔に傷まで残ってしまった。学園まで辞めちゃったし、私の令嬢としての価値は無いにも等しいだろう。だがライルは違う。もう孤児でも執事でもなく、子爵家の跡取りとして生きていける。片目が失明しているくらいライルの魅力からしたら些細なことだ。
「ねぇ、ライル。あの時はあんなこと言ってくれたけど……ライルはこれから新しい人生を歩めるわ。私みたいなキズモノなんーーーーんっ!」
その瞬間、息が止まるかと思うくらいの深い口付けをされた。
「ライ、ライル……っ」
何度も何度もライルの唇が降り注ぎ、私はいつの間にか体の力が抜けライルにしがみついてしまう。
「……アタシは、セリィナ様以外いらないの。それとも、セリィナ様はこんなオネェ言葉の失明した男なんて嫌になった?」
「ライル……、そんな事ない。私はライルがいてくれれば何もいらない……っ」
いつの間にか浮かんでいた涙を指で拭い取られ、今度は優しく唇を重ねられる。
「愛してるわ。初めて出会ったあの日から、アタシの全てはセリィナ様の物よ」
「私もーーーー愛してる」
これからもずっと一緒にいられますように。そう願いながら今度は私から唇を寄せる。
そして、私達の頭上ではひときわ輝く流れ星がひとつ流れていた。
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