50:悪役令嬢と再会

 翌日、“ラインハルト”の葬儀がおこなわれた。


 私は自力で歩く気力もなくあの髪の束を握りしめたまま車椅子に乗らされて葬儀へと連れて行かれる。ボロボロだった私の髪は綺麗に切り揃えられたし顔の傷も思っていたより浅かったので傷跡もそこまで残らないだろうと言われた。






 棺の中の“ラインハルト”の顔には白い布が被せられていたが、短く切られたワインレッドの髪が見え隠れしていて私はその布を取ることが出来なかった。



「来てくださり、ありがとうございます。セリィナ様」


 “ラインハルト”の両親が私に頭を下げる。公爵家の遠縁の田舎貴族。“ラインハルト”は私の又従兄弟という設定だった。


 そうだ。そうゆうだったのに、なぜ“ラインハルト”の両親がいるのだろう?


 そんな疑問が浮かぶもすぐに消える。だってワインレッドの髪を見てしまった。あんなに鮮やかな髪色を私は他に知らない。



 もう、私にはなにもない……。


 お父様もみんなもなぜライルの事を“ラインハルト”として扱うのか。ライルが元孤児だから?貴族ではなく執事だったから?ライルが存在していた事を否定されたような気がして悲しくて仕方がなかった。そのままお墓には“ラインハルト・ディアルド”の名が刻まれ、ライルの名は消滅させられてしまったのだ……。








 それから数ヶ月。学園が始まったと知らせは受けたが私は入学式にすら出ずに退学することにした。噂によれば王子もヒロインも学園には姿を現していないらしい。王子に関しては人前に出られる状況ではないとか死んだとか聞くが、それもどうでもいいことだ。


「……セリィナ、気分転換に別荘地に行ってみない?」


「そうよ。勉強ならわたくしたちがいつでも教えてあげるし、今はゆっくり静養しましょう」


「いえ、私、外には……」


「「いいから行きましょう!」」


 ずっと引き籠もっていた私は引きずり出すように馬車に押込められお姉様たちに挟まれて別荘地へと連行されてしまう。申し訳ないが今は何もしたくないし何も考えたくないのに。みんなは全て終わって元通りだと言うが、私にとったら全てが変わってしまったとしか思えない。


 だって、この世にライルがいない……。


 もう悪役令嬢だとか攻略対象者だとかどうでもいい。それに、みんながまるでライルの事を忘れてしまったように振る舞うのも悲しかった。










 ***










「ここは?」


 連れてこられた別荘地は確かに公爵家の物だったが見覚えがない。あれ?でもこの領地の名前は聞いたことがあるようなーーーー。





「セリィナ様」






「ーーーーえ」








 透き通るような声が耳に届いた。



 視線を向けると、そこには短い黒髪の右目に眼帯をした人物が松葉杖をついて立っていた。


 瞳の色も……まるで灰色のような薄い色をしている。


 そう。まるで違う。まるで別人のような装いだったがその微笑みと優しい声を間違えるはずがない。





「ーーーーライル!!」





 私は思わず走り出し、その人物に飛びついてしまった。


 勢いがあまり私が抱きついた衝撃でその人物ごと地面に転ぶが、松葉杖を離した手がそっと私を抱きしめる。



「やっと会えたわね」


「ライル、ライル……!本当にライルなのね……?!だって、死んじゃったっておもっ……!」


 ちゅっ。


 おもむろに柔らかい唇が重ねられた。


「んっ……」


 長いような短いような永遠のような時間が過ぎ、唇が離れると目の前にはいつもと変わらぬライルの笑顔があった。


「セリィナ様が好きよ。もう二度と離したくないの。だからお願いよ……アタシの側にいて」


「……私も、ライルが好き。ライルとずっと一緒にいたい……っ」


 ライルが一瞬驚いたように目を見開き、すぐにまた笑顔になった。そして再び唇が近づこうとしてきたが……。


「「わたくしたちの目の前でいつまでイチャついている気ですの?!」」


 と、全てを見ていたお姉様たちにめちゃくちゃ叱られてしまった。


「あら、気が利かないわねぇ。いくらローゼ様とマリー様でも恋人たちの逢瀬を邪魔するなんて無粋よ」


「「だまらっしゃい!今日までセリィナに真実が言えずにいたわたくしたちの苦労も知らずにのうのうと!とにかく早くセリィナから離れなさぁい!!」」


「嫌よ。アタシがどれだけ我慢してたと思ってるの?もうセリィナ様成分が足りなくて大変だったんだから」


「「ライルのくせに生意気よ!!」」


 そのままライルは私を抱きしめ続け離してくれず、しばらくお姉様たちとの攻防戦が続いたのだが……怒っているお姉様たちもどことなく嬉しそうだったので私は安心してライルに抱きついていたのだった。


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