49:悪役令嬢と終わりの時
「落ち着いて聞くのよ。まず、“ラインハルト・ディアルド”と言う名の男の死亡が確認されたと報告があったわ」
「ーーーーっ」
その名前は、ライルが私とパーティーなどに出席する時に使っていた男装時の偽名だった。
「もしかしてーーーーライルが?」
かすれた声を絞り出したが、声が震えているのが自分でもわかる。あの時に見た血塗れのライルの姿が脳裏に浮かんできた。
「わからないの。ただ、報告書にあるのは赤い髪をした“ラインハルト・ディアルド”と言う名前の成人男性が死んだ。ということよ」
お姉様は悲しそうに首を横に振ると、そっと私の手を握った。
「あの時、ライルが突然わたくしたちの前に現れたの。セリィナを助ける為に力を貸して欲しいと言って……。その結果セリィナは助けられたけれど、ライルはそのまま戻ってこなかったわ。詳しい事は何もわからないの。セリィナを助けようと乗り込んだ影を覚えている?彼は毒にやられながらもセリィナがライルに助けられたのを確認して自力でその場から脱出したそうなのたけど、影によればライルは王子に刺された後に王子と兵士たちを倒しユイバール王と対峙していたと……でもその後はどうなったかわからないそうよ。
その“ラインハルト・ディアルド”については多少の情報が出回ってるわ。その者はユイバール国の王家の血を継いでいるかもしれない人物で、極秘でユイバール国の現王妃に保護されていたらしいとか、あの国では実は内戦が起きていて、その“ラインハルト・ディアルド”を王妃の養子にして国王の首をすげ替えようとしているとか……。でもその情報すらもあやふやな物が多くてどれが真実かもわからないのよ。まるで誰かが裏で情報を操っているかのようなの。
つまり、ライルがどうなったかも不明のままなのよ……」
「そんな……」
そしてその騒ぎのせいで国内か騒然としているらしい。閉鎖的ながらもかなりの力を持っているユイバール国の次代の王もなるかもしれなかった人間がこの国で死んだとなれば大問題である。
「わ、私が……っ。私がライルを探しに行くわ!ライルが死ぬはずないもの……!ケガをしていたからどこかで動けなくなっているはず……」
「ダメだ」
立ち上がろうとした私を制したのはいつの間にかその場にいたお父様だった。いつからいたのかは知らないが今はそんなことどうでもいい。
「お父様……!だってライルがーーーー」
「“ラインハルト”なる人物は死んだ。一緒にパーティーに参加し、お前の婚約者だと噂されていた赤い髪の男は死んだのだ。それが真実なのだよ、セリィナ」
そして、パサリと私の手の上にワインレッド色をした髪の束が落とされた。
「アバーライン公爵家は“ラインハルト”の死を確認し認めた。そして“ラインハルト”の死によって奴は公爵家の遠縁の田舎貴族の息子だと証明された。たまたまあんな髪色をしていたがユイバール王家とはなんの関係も無かった事がわかり、スリーラン王妃もそれを認めて下さった。全てはユイバール国王の勘違いだったそうだ」
「……」
私が髪の束を見つめたまま黙っていると、お父様は何も言わずに話を続ける。
「スリーラン王妃が王の首をすげ替えようとしているというのも単なる噂で、ルネス王が勝手に疑心暗鬼になり国王の座を守ろうとして“ラインハルト”を暗殺したと認めた。元よりルネス王の御落胤など存在しなかったのだ。だが勘違いにより他国の貴族を暗殺した罪によりスリーラン王妃はルネス王を王座から降ろし自身が女王となると決められた。迷惑をかけた“ラインハルト”の家とアバーライン公爵家には改めて謝罪をするとおっしゃっておられた。
あの暴虐武人なルネス王がまるで別人のようにおとなしくなるとは驚いたがな」
「……その、“ラインハルト”がユイバール国と関係ないことはどうやってわかったのですか?」
「そうですわ。だってあんなに執着していたのに……」
お姉様たちが恐る恐るお父様に質問する。
「あぁ……どうやら証拠だと言っていた指輪の模様が違っていたらしい。とてもよく似ているが王家の者にしかわからない違いがあったらしくてな。単なるアンティークリングだったと判明したのだよ。……“ラインハルト”が死んだ後にな。
さぁ、これでこの話は終わりだ。明日には遠縁の“ラインハルト”の葬儀がおこなわれる。一応婚約者候補とまで言われた相手だから家族で参加して冥福を祈ろう。それで、全て終わる……わかったな?」
有無を言わさぬお父様の眼光にお姉様たちも素直に頷いていた。
私はただ……ずっと髪の束を見つめるしかできなかったのだった。
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