48:守りたいもの(ライル視点)
「まだ、死んじゃダメよ」
耳元でそう囁くと、愛しいその娘は色んな感情をかき混ぜたような顔をした。
「ラーーーーっ」
何か言いたげに開いたセリィナ様の唇に自身のそれを重ねて言葉を封じる。ほんの一瞬だったが、彼女の目が見開かれて頬がほんのり赤くなったのを見てなんだか嬉しくなった。
「下に影がいるわ。絶対助かるから、舌を噛まないように……」
そしてその体を抱き上げて断崖となっている床の先から放り投げた。
背中に衝撃を感じて、痛みと真っ赤な血が広がるがそんな事どうでもいい……。
セリィナ様、あなたが無事で本当に良かったわーーーー。
***
「あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!」
唇に残る僅かな余韻に浸る時間もなく背中に2度目の衝撃が走る。
「……全く無粋ね」
2回も刺されてしまったが、出血の派手さに比べて傷口はさほど深くない。これでもロナウドさんに鍛えられているし咄嗟に急所を外す技も教え込まれているのだ、簡単に殺されたりはしない。もちろん痛みは酷いものだが。
だが、そんな痛みよりも許せない事がある。
「ねぇ……セリィナ様をあんな傷だらけにしたのはあんたなの?」
「ぐぁっ……?!」
アタシは再び襲いかかろうとしてきた王子が振り回すナイフを素手で掴み、もう片方の手を拳にしてその顔を思い切り殴ってやった。力を込めすぎたせいか王子の顔が歪み数本の歯が血と共に飛び散ったがセリィナ様の痛みに比べたらこんなものまだ序の口だ。
セリィナ様、頬に傷があった。髪だってあんなにされて……どれだけ怖い思いをしたのだろうか。
それにこの王子はセリィナ様をあの男爵令嬢と一緒に散々蔑んだ男だ。彼女を苦しめる人間はどんな人物であろうと許せない。あのパーティー会場で見た時とは別人のように形相が変わっているし顔の傷といいどうやら声を出せないようだがそんな事どうでもいいのだ。
「答えなさい!」
「あ"あ"あ"……っ!?」
今度は思い切り蹴りつけてやれば、ぼきぃっ!と不快な音が鳴り、王子の体がその場に崩れ落ちた。
ピクピクと痙攣しながら泡を吹いて気絶する王子の姿の姿はなんとも滑稽だった。
パチパチパチ……
「なかなか面白いショーだった。だが、あの娘を痛めつけたのはそいつではなく俺だ。
ふむ、そうかお前が我が息子か。俺によく似ているが……やはり肌の色が薄すぎるな。確かにお前の母だった女は色白でそれが珍しくて抱いたのだが、そんなところだけ母親に似るとはなんとも不運な息子だ」
静まり返る中、場違いな拍手が響き渡る。
濃いワインレッドの長い髪と紫色の瞳。自分とそっくりな顔をした男がそこにいて、にやにやと品定めするようにアタシを見ていた。
初めて目の当たりにするその男が血を分けた父親なのだと瞬時に悟ったが、そこに嬉しいという感情はない。この男のせいで全てが狂ってしまったと思うと憎くて仕方がなかった。
「あんたがルネス王ね。そう、あんたがやったの……」
このまま殴りつけたい感情を抑えて絞り出すように声を出す。思わず拳を握りしめればさっきナイフを掴んだせいで出来た傷から血が滴った。
「ふっふふふ。父とは呼んでくれないのか?我が息子よ……あぁ、肌の色は残念だがその赤い血の色はなんとも美しい……」
「アタシに親なんかいないわ」
この男がここにいるということは、せっかくスリーラン王妃が罠を仕掛けてくれたがどうやら無駄に終わってしまったようである。
「……ふん。どうやってスリーランを味方につけたのかは知らぬが、あのような罠にみすみすかかる俺ではない。どうせ影武者でも使って俺をおびき寄せようとでもしたのだろうが、浅はかだな」
得意気に肩を竦めるルネス王が「さて」とアタシに向き直った。
「では、決めてもらおうか。王太子として生きるかどうかを」
「そうね……」
さり気なく視線を動かせば部屋の中には倒れている公爵家の影がひとりと、数人の兵士らしき男たちがいてこちらに剣先を向けている。足元には縄や拷問用の道具が転がっていて、あのままだったらセリィナ様がどんな目に合わされていたのかと思うと吐き気がしてきた。
「お断りするわ」
「ならば無理矢理連れて行くまでだ!」
ルネス王が合図を送ると兵士たちが一斉にアタシに飛び掛かってくる。だがあまりに遅いその動きに欠伸が出そうだ。
「アタシ、これでも忙しいのよ。デートのお誘いなら出直して来てちょうだい!」
ロナウドさん仕込みの動きを披露すれば兵士たちは次々と倒れていった。
「な、なんだと……?!俺の撰んだ精鋭部隊が……っ」
なにやらルネス王は驚いているようだが、このくらいで手間取ってたらそれこそロナウドさんにお説教1時間コースされちゃうってのよ。
「あんたこそ覚悟なさい。セリィナ様を傷付けた罪、償ってもらうわ」
アタシはね、セリィナ様を守るためならば実の父であろうとも容赦などしないのよ。
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