11:悪役令嬢と疑惑のパーティー
「ライル……」
「大丈夫よ、セリィナ様」
王子の主催するパーティーと言うことで、参加者の令嬢はみんな色とりどりのきらびやかなドレスに身を包み頬を紅潮させ興奮しているようだ。令息たちも何か期待に満ちた顔をしてそわそわとしている者も多かった。みんなとても楽しそうだーーーー私を除いてだが。
新しいドレスにシンプルながらも上品な装飾品を身に付け公爵令嬢として恥ずかしくない装いのはずの私だが、気持ちはずっと沈んだままだった。今だって、ラインハルトに扮したライルが一緒にいてくれるからなんとか逃げ出さずにこのパーティー会場にいられるのだ。
「そのドレス、とっても似合っ……いえ、とてもお似合いですよ。セリィナ嬢」
ライルはいつものおねぇ言葉から慌てて口調をラインハルト仕様に改めると、私を落ち着かせるためにかそっと髪を撫でてくれる。
「ほんと?」
実はドレスを作りに行く時は一緒だったが、今日まで着たところを御披露目していなかったのだ。屋敷を出る時に初めて見せたわけなのだが、その時は少し複雑な顔をして「……マダムったら、何を考えているのかしら」と呟いただけで何も言ってくれなかったので、もしかしたら似合わないのかな?って心配だったんだけど褒めてもらえてやっと安心できた。
なんで今日まで見せなかったのかと言うと、なぜかドレス店の主人……今はマダムと呼んでいるが、マダムに当日までライルに見せないようにって言われたからである。
パーティーでドレスを作る度に利用させてもらっているのだが、マダムは本当に良い人だった。マダムは交流を重ねるうちに少しだけ話すのが平気になった貴重な人だ。
そんなマダムが選んでくれたのは薄むらさき色のドレスと、ワインカラーの宝石。
ドレスは大人っぽく落ち着いたシンプルなデザインでワンポイントに赤紫色の薔薇の刺繍が施されている。ネックレスとイヤリングのデザインも控えめなものだがこの宝石は光加減で色濃く見えるので充分に存在感のあるものだった。どちらもとっても素敵なのだけど、ちょっと自分には雰囲気が大人過ぎないか心配だったのだ。
「よかった。……あれ?そういえばこのドレスの色って……」
そこまで口にして「あっ」とさっきライルが複雑な表情をした意味に気づいたのだ。
「……マダムにしてやられたみたいですね」
くすっと笑うライルが小声で呟いたのを聞いて、私は一気に恥ずかしさに顔を赤くしてしまうことになる。
だって、よく考えたらこのドレスと宝石の色ってライルの髪や瞳の色に似てない?!いや、微妙には違うんだけど、意識して見ればかなり寄せているとすぐにわかるくらいだ。
年頃の令嬢が身につけるドレスや宝石の色は、子供時代のそれとは違い“意味”を伴うことがあるのだ。いくら私がお子様脳でもさすがにそれくらいはわかる。
それは、“好きな人の色”である。
夫や婚約者がいる女性はドレスや宝石の色をパートナーの髪や瞳の色に似せて、“自分はこの人の色に染まっている”と主張するものなのだが……。
「……っ」
これじゃまるで、私とライルが婚約者みたいになってる?!
そりゃ、確かにこれまでのパーティーにもラインハルト(ライル)と参加しているからそう思われている可能性もあるのだが、別にそうだと発表したわけじゃないし、あくまでも婚約者のいない私のエスコートをしてくれている遠縁の人間だと説明していたのだけど……。
まさかの王子主催のパーティーで、こんなドレスを着ていたらもうその通りだと触れ回っているようなものじゃないかぁ!!
「あ、あの……。ごめんなさい、私……」
もしかしたら、ライルはこのドレスを見て嫌な気持ちになってしまったのかもしれない。そう思ったら今度は悲しくなってきてしまった。
しかしうつむきそうになる私の頬をライルの指先がそっと撫でて上を向かせた。そして、そこにはまっすぐに私を見つめるライルの紫色の瞳があったのだ。
「今日のあなたはいつになく綺麗ですよ、セリィナ。あとでダンスを踊ってくださいね?」
色気たっぷりの流し目でそう微笑まれ、腰が抜けそうになったがなんとか耐えたのは内緒である。
「う、うん……(あ、あれ?もしかして今、呼び捨てにされた?気のせいかな?)」
妙にドキドキしてしまう男装の時のライルは、やっぱりちょっとだけ落ち着かないかもしれない。と思うのであった。
そしてとうとうパーティーが始まったのだが……主催者でもある王子の傍らにいた人物の姿を見て思わず体が強張ってしまう。
「あの子はあの時の……」
ライルの呟きも耳に届かないくらい、心臓が早鐘のように警報を鳴らした。
「みんな、今日はよく来てくれた。早速だが紹介したい人がいるのだ。さぁーーーー」
王子に促されたその人物は、輝くプラチナブロンドの髪をふわりと靡かせると翠玉色の瞳を細め、誰もが見惚れるような微笑みを見せた。宝石を散りばめた豪華絢爛なドレスに身を包んだその少女の姿に全員の視線が集まる。
「彼女の名はフィリア。この娘こそが、アバーライン公爵家の本当の三女だ!」
ミシェル王子の言葉に、ヒロインがにこりと笑った。
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