12:ふたりの少女と秘密(ライル視点)

 王子主催のパーティーの招待状を受け取ってから、セリィナ様は暗い顔になることが増えた気がする。本音を言えばそんなパーティーに参加なんてさせたくないが、さすがに王族からの招待を簡単に断るわけにもいかなかったのだ。


 せめて少しでも楽しみをと思って新しいドレスを作り行ったら、いつの間にか仲良くなった店のマダムに笑顔を向けるセリィナ様の姿に嬉しさとちょっぴり寂しくも感じた。さすがにマダム相手に嫉妬などしないけどね。


 ドレスを確認しようとすれば、当日まで内緒だと言われてしまう。セリィナ様ならどんなドレスでも似合うと思うけれどマダムがやけに楽しそうなのが謎だったのだが、あとから考えればマダムにはアタシの気持ちなどバレバレだったのだろうと思った。


 そして、パーティー当日。新しいドレスに身を包んだセリィナ様の姿に思わず言葉を失うことになる。いつもと違い大人っぽいデザインのドレスはとてもよく似合っていたが、なんだかセリィナ様が自分の色に染まったみたいな錯覚に襲われ恥ずかしくなってしまった。アタシって自意識過剰かしら……。


 つい「……マダムったらなにを考えているのかしら」と呟いてしまい、セリィナ様のドレスを褒めるタイミングを失ってしまった。


 パーティー会場でもセリィナ様は思い詰めた顔でため息をついている。少しでも笑ってほしくて「そのドレス、とっても似合っ……いえ、とてもお似合いですよ。セリィナ嬢」とつい出そうになるおねぇ口調を改めながら囁き、そっと髪を撫でるとセリィナ様はパッと花が咲いたように笑顔を見せてくれた。


「ほんと?」と嬉しそうに笑ったかと思えば、「よかった。……あれ?そういえばこのドレスの色って……」と悩みだし「あっ」と顔を赤くする。コロコロと変わる表情が可愛いなと思った。

 どうやらドレスの色の意味に今さら気付いたようで、これはセリィナ様も知らなかったみたいだ。


「……マダムにしてやられたみたいですね」


 くすっと笑いながら呟くとさらに真っ赤になるセリィナ様の姿に愛しさが込み上げてきたのは内緒である。


 しかし何を想ったのかうつむきそうになるセリィナ様。ついその頬を指先で撫でて上を向かせてしまった。目と目が合い、セリィナ様の翠玉色の瞳に吸い込まれそうになるがちゃんと耐えたのは誉めてほしいくらいだ。


「今日のあなたはいつになく綺麗ですよ、セリィナ。あとでダンスを踊ってくださいね?」


 色々な意味を込めて目を細めながらそう言うと、セリィナ様はなんだか小鹿のようにぷるぷるして「う、うん……」と返事をしてくれた。


 さりげなく呼び捨てにしてみたけれど特にそれについての反応が無かったのがちょっとだけ残念だったが。


(セリィナ様だし、アタシの気持ちなんかに気づくはずないわよねー……)


 まぁ、真っ赤になってなぜかぷるぷるしてるセリィナ様がめちゃくちゃ可愛いのでいいことにした。








 せっかくセリィナ様のドレス姿を楽しんでいたのに、王子といつぞやの男爵令嬢が現れた途端、空気が一気にピリつく。


 この王子がずっとセリィナ様を狙って刺客を送ってきたことはわかっているがあからさまな証拠がなくて糾弾出来ずにいたのだが、このパーティーでも必ずなにかしてくるだろうとは思っていた。だが、まさかこんなことをしでかすなんて……。



「みんなもよく知っているあのキズモノは偽物だったのだ!このフィリア嬢こそが、本当の公爵令嬢だ!」


 王子がそう高らかに宣言し、男爵令嬢……いや、今はフィリア嬢か。そのやたら露出の多い肩を抱き鼻の下を伸ばした顔はなんとも滑稽だ。


「そして、このフィリア嬢を王子である僕の婚約者にするとここに宣言する!」


「ミシェル様……!うれしい!」


 抱き合うふたりの姿にまだみんな戸惑っているのか拍手もまばらだった。たぶんみんな学生達の入学を祝うパーティーだと思って参加したのだろうし、付き添いやパートナーとして参加している大人たちも戸惑いを隠せないようである。


 その時、たぶん学園の関係者であろう中年の貴族が焦った顔で王子に疑問を向けた。


「あの、王子殿下。申し訳ありませんが詳しくお聞かせ願えませんか?確たる証拠も無しにそのようなことを口にすれば、いくら王子殿下とはいえお咎め無しとはいきますまい」


「ふん、なんだ?僕が嘘偽りを口にしたと言いたいのか?」


「い、いえ!決してそのようなことは……」


 それから王子はフィリアが本物の公爵令嬢である理由を語りだした。証人がいるのだと……。


「産まれたばかりの赤ん坊であるフィリアを拐ったと、当時の公爵家で働いていた侍女が白状したのだ。そしてその罪を隠すために他の赤ん坊とすり替えたのだとな」


 王子曰く、その侍女はアバーライン公爵に懸想し男女の仲を迫ったが冷たくあしらわれてからずっと逆恨みしていたそうだ。そんな時に三人目の子供が産まれ、その恨みは何の罪もない小さな命に向けられてしまったのだと。


 公爵家に過去そんな侍女がいたなんて聞いたことがないが、もしそれが本当ならとんでもない秘密だ。公爵家の誰も知らないそんな秘密をなぜこの王子が知っているのかが気になった。


「赤ん坊を拐ったもののさすがに殺すことは出来なかったその侍女は当時は王都に住んでいたいた男爵家の屋敷の門前に赤ん坊を置いたのだ。そして子宝に恵まれず気落ちしていた男爵夫人はその赤ん坊を見つけて神から贈り物だと喜び、自分たちの子供として育てた。しかし誰かがこの赤ん坊を取り返しにくるのではと心配して、領地のある田舎に引っ越したんだそうだ」


 その赤ん坊こそが、このフィリアだ。と、王子は言った。


「それが真実ならば、じゃあ……セリィナ嬢は?」


「慌てるな、ここからがすごいところだ。そして赤ん坊を捨てた侍女はだんだんと自分のしたことが恐ろしくなったそうだ。なにせアバーライン公爵は影ではとても恐ろしい男だと有名だからな。しかし慌てて引き返すもすでに赤ん坊は男爵夫人の腕の中だったので取り戻そうとすれば自分の罪がおおやけになってしまう。どうしようかと悩んでいたその時に、見つけたんだそうだ」


「そ、それはなにを……」


 ごくりと、誰かが息を飲む音が聞こえる。


「侍女は、とある店先で老女があやしている赤ん坊が目についた。髪も目の色も同じで見た目もよく似てる赤ん坊だ。しかし老女の出で立ちはどうみても平民。フィリアの髪色や瞳の色は貴族ではよくある色だが、平民にも珍しいが時折出てくる色でもある。だから、こう思ったそうだ。


“この子供を拐って、身代わりにしよう。”と」


 老女を突き飛ばし、奪い取った赤ん坊。老女が何かを叫んでいたが人混みに紛れて走り去ってしまえば追手などこなかった。


 珍しい色ではあるがどのみちたかが平民の赤ん坊だから、大丈夫だ。そう思ったそうだと。


 王子はニヤニヤと笑いながらそう告げて、セリィナ様を指差した。


「つまりそこのセリィナ・アバーラインは、公爵令嬢どころか誰の子かもわからぬただの平民なんだ!」


 王子にそう言われて、セリィナ様の顔から血の気が引いた。まるでそれが真実を物語っているように見えて、周りの人間がざわめき出す。


「ダマランス男爵にはすでに話はつけてある。娘を手放すのは悲しいが王子の婚約者となりフィリアが幸せになれるのならば公爵家にフィリアを返すことも承諾してくれた。だが、そのキズモノを引き取るのは断られたがな。どこの誰ともわからぬ平民の子などいらないそうだ。たとえ公爵家に行こうとも愛する娘はフィリアだけだと、男爵夫人は涙を堪えて言っていた」


 王子の言葉にフィリア嬢はうるうると大きな瞳に涙をためた。なにかの悲劇のヒロインにでもなっているかのような大袈裟な態度にイライラしてしまう。


「たとえ公爵家に戻ろうとも、ダマランス男爵家のお父様とお母様もわたしの親です。わたしには男爵家と公爵家のふたつの家族がいてなんて幸せ者なのでしょう。親孝行するためにも、わたしはミシェル様ともっと幸せになります!」


「フィリアは、なんて親思いで心優しいんだろう!それに比べてセリィナ・アバーライン……いや、今はただのキズモノだな。お前は平民でキズモノのくせに公爵家に寄生する害虫だ!自らを公爵令嬢と偽りフィリアをたかが男爵令嬢だと嘲笑った罪は重いぞ!今すぐ死刑にしてやる!」


 フィリア嬢に微笑みかけたあとセリィナ様をきつく睨んでくるミシェル王子からは殺意を含んだ感情を感じられた。なぜこの王子はそんなにもセリィナ様を憎んでいるのかまったくわからない。


 それにしてもこの寸劇はなんなんだ?さっきから男爵家の言葉ばかりで公爵家の人間の言葉など欠片もでてこない。なによりもこのセリィナ様をあんなに溺愛している旦那様がセリィナ様を害することなど許すはずがないだろう。それをいかにもセリィナ様が悪人で断罪されて当然だとでもいう王子の態度に怒りが爆発しそうだった。


「お、お待ちください!今の話が本当だとしても、それならセリィナ嬢も被害者では?!赤ん坊の頃に無理矢理拐われたのなら、自分の出生などわかりません!それなのに身分を偽った罪で死刑など横暴です!」


「うるさい!あんなキズモノの肩を持つならお前も同罪だぞ!

 さぁ、偽物の公爵令嬢よ。言い訳があるなら言ってみろ!」


 唯一まともなことを訴えた中年貴族だったが、“同罪”とまで言われて身を引いた。他の人間も疑問には思っていても王子に逆らってまでセリィナ様を守ろうとは思わないのだろう。


 いまだ青ざめた顔でそのやり取りを見ているセリィナ様の前に出て、こちらに詰め寄ろうとしてくる王子の視界からセリィナ様を隠す。

 こんな王子なんかに、セリィナ様を傷付けさせるわけにはいかない。


 このパーティー会場には時間を示すものが無かったので正確な時刻はわからないが、たぶんのはずなのだが……。


「……言いたいことはそれだけですか?」


「キサマ、なぜそのキズモノを庇う?僕の話を聞いていなかったのか?お前はセリィナの遠縁だと言っていたが、本当の公爵令嬢はここにいるフィリアであってそこにいるのはただの平民で偽物だ。お前は騙されていたのだぞ?わかったら、早くその偽物をこちらに渡せ」


 心底不思議そうな王子の声が聞こえた途端、背後のセリィナ様がビクッと体をこわばらせたのがわかった。服の裾をぎゅっとつかんだ手から震えているのがわかる。さっきのぷるぷるとした可愛らしい震えじゃない、恐怖の震えだ。


「……嫌われたら……いやだ……やだ、ライル……」


 小さすぎて聞き逃してしまいそうな震える声が耳に届いてきて、早く抱き締めたい衝動にかられた。


 大丈夫だと。嫌いになんかなるわけないと伝えなければ。あぁ、でも今はこの場をなんとかするのが先か。


「たとえ王子殿下であろうと、渡すはずないでしょう?」


「……ふん。ならば王子に逆らった罪でお前も罰してやる!」


 いつの間にか王子の手に握られていた剣の先が振り下ろされようとした瞬間。



「お待ちなさい!」



 勢いよく音を立てて開かれた扉から、同じ顔をした二人の美女……ローゼマインとマリーローズが姿を現したのだ。



 まったく、遅いわよ。と思わず愚痴が出てしまいそうになったのはしょうがないと思う。









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