13:悪役令嬢と塩対応

パーティー会場に突如現れた社交界のふたつの華。


それは“嘲笑う氷の女神”・“夜の微笑”と名高いアバーライン公爵家の双子……ローゼマイン・アバーラインとマリーローズ・アバーラインであった。






お姉様たちがこの場に姿を現したのを見て、その事実に私は絶望した。

なぜまだゲーム開始前のはずなのにこんなにも早くストーリーが進んでいるのかはわからないが、きっとこれからヒロインが公爵家に受け入れられて私は悪役令嬢として断罪されるのだろう。ゲームでのふたりの姉はヒロインが本当の妹だとわかった途端、まるで離れていた時間を埋めるかのようにヒロインを可愛がるのだ。


「お前たちは、公爵家の……。そうか、フィリアの事を迎えにきたのだな。使者を送ったばかりだと言うのになんともせっかちな者どもだ」


「まぁ、あの方達がわたしのお姉様達なんですね!ずっとひとりっこだと思っていたから姉妹ができるなんてすごく嬉しいです!」


「ははは、そんなにはしゃぐなんてフィリアはなんて可愛らしいんだ。そうだな、フィリアの姉ならば僕にとっても義姉になるのだしこれからはもっと親交を深め「ライ……いえ、ラインハルト。あなたは何をしているのです?可愛いセリィナをこんな怖い目に合わせるなんてエスコート役失格よ」お、おい?!」


握手を求めるように手を差し出した王子を無視してその横を通りすぎ、私とライルの前にやって来たローゼマインお姉様。まるでそこに王子たちなど見えていないかのようだ。


え?あれ?王子とヒロインをガン無視してる?


「本当だわ。こんなことならセリィナのエスコートはわたくしがすれば良かったですわ」


「ちょっと!抜け駆けはいけないわよ、マリー」


「ローゼ姉様がエスコートしたら、またセリィナを怯えさせてしまいますでしょ?怖い顔をなさっているから」


「わたくしたち、同じ顔でしょ!」


なにやら言い争いをしているが、すぐにふたりとも優しい微笑みを浮かべて私の頭をふわりとした手つきで撫でてくれた。


「……来るのが遅くなってごめんなさいね、セリィナ」


「こんなに顔色を悪くして……よっぽど怖かったのね」


「……ローゼお姉様、マリーお姉様……なんで、ここに……」


てっきりヒロインが本当の妹だとわかったから、王子たちと一緒に私を断罪しに来たかと思ったのに……今のこのふたりはなぜ私に手を差し伸べてくれているのだろう?


なんで、こんなに……慈しむような優しい目で私を見てくれてるんだろうか……。


色んな感情が入り交じってぐちゃぐちゃで自分でもどんな顔をしているかよくわからなかったが、そんな私を見たお姉様たちがさも不思議そうにこう言った。


「「何を言っているの?可愛い妹の危機に助けにくるのは当たり前でしょう」」


「……私、妹……?だって、私は……拐われてきた子供って……」


「あぁ、扉の外で聞いていたわ。まったく馬鹿馬鹿しいこと」


「あんまりにも馬鹿馬鹿し過ぎて中に入るタイミングが遅くなってしまいましたものね」


呆れたように王子たちに視線を向け、やれやれと肩をすくめるお姉様たち。するとローゼお姉様はどこから出したのか大きな袋を取り出したかと思うと、呆然としている王子の頭からそれをぶっかけた。


ぶぁさっ!と音を立てて王子を大量の白い粒……塩まみれにしたのだ。ついでもヒロインの顔にもかかって「しょっぱ!」と叫んでいる。


「ぶはっ!な、なんだこれは?!なにをする!?」


「あら、見ての通り塩ですわ?塩には悪いものを清めたり、素材をワンランクおいしくしたりする効果がありますのよ?これで王子殿下の馬鹿な頭も少しはマシになるのではないかしら。ちなみにこの塩は不純物が多くて食用には向いてない掃除用の塩なので、余った分を廃棄するくらいならとわたくしが使っておりますの」


「ローゼ姉様は相変わらずの塩対応ですわねぇ。ちゃんと掃除用の塩を使うところが素晴らしいですわ」


「この塩で磨くと鍋底を傷付けずに汚れだけを落とせるのだけど、食用以外の塩ってあまり売れませんのよね」


「ローゼ姉様が使えば地産地消ですわね」


コロコロと鈴を鳴らすように「ほほほ」と笑うお姉様たち。……え?塩対応って相手に塩ぶっかけることなの?とそこにいる誰もが思ったに違いない。いや、一部の令息たちが「自分も塩対応されたい」とうっとりした顔でローゼお姉様を見ているのでもしかしたらこれが正しい塩対応なのだろうか?


「……ライル、あれって」


「あー、セリィナ様は知らないかもしれないけど、実はローゼマイン様が自身で所有してる鉱山で岩塩が湧き出るように大量に採れるのよ。純度の高い物は高級塩として取り引きされているんだけど、食用として値がつかない物も多くてね。でも掘り出さないと鉱山の塩分濃度が上がっちゃうからってああやってよく撒いてらっしゃるのよ」


思わず小声で聞くと、ライルもいつものおねぇ言葉に戻って肩をすくめながら教えてくれた。


「え?塩ってその辺に撒いていいの?」


「あら、ローゼマイン様の塩は自然に優しいのよ?庭に撒けば雑草は枯らすけど花壇の花は生き生きするし。毒に入れると成分を分解してくれるし。不思議な塩よねぇ」


……雑草を枯らすのはなんとなくわかるが毒の分解?塩って、そんな効果あったっけ?それとも乙女ゲームの世界だからなんでもありなんだろうか?いやいや、って言うかゲームの中の悪役令嬢の姉が不思議な塩を撒くなんて設定聞いたことないし!


「……お姉様の塩対応って……」


「気に入らない相手に塩をぶっかけて回ってらっしゃるわ。一部の信者からはローゼマイン様に塩対応されると憑き物がとれたかのようにスッキリすると言われてるのよ。まぁ、ほとんどがマニアックな信者みたいだけど」


なんてこった。ローゼお姉様は塩の女王様だったようだ。


あんなにごちゃごちゃしてた頭の中はいまや塩の女王様でいっぱいになってしまった。


……なんかお姉様たちって、思っていた感じと違う……?



そうして王子に塩や岩塩をどんどんぶっかけるお姉様たちを見て、私はその時初めて公爵家のみんながゲームとは違うのではないか。と、考えることになったのだった。


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