30:悪役令嬢と使用人

 その日、ライルが公爵家から姿を消した。




「……え?」


 お姉様たちが準備してくれたワインレッドのレースをあしらったワンピースにいつもよりちょっぴり大人っぽいお化粧をしてもらい、やっと完成したハンカチにもワインレッドのリボンをかけた。


 ソワソワとしながらライルを探すが、どこにもいない。誰も知らない。そんなこと初めてだった。


「ロナウド、ライルはどこに行ったの?」


 公爵家の使用人の事なら全て把握しているであろう老執事に詰め寄るが、望む答えを聞くことは出来なかった。


「セリィナお嬢様、申し訳ございません。このロナウドにもわからないのです」


 ただ頭を下げるだけのロナウドの姿に違和感を覚えつつ、私は屋敷内を必死に探し回った。


 その日はお父様とお母様は急用で屋敷にいなかった。お姉様たちに聞いても寝耳に水だと驚いていた。だから探すしかない。

 探して、探して……。屋敷内を走り回り、慣れないハイヒールで靴擦れして靴を脱ぎ捨て、裸足で庭も駆けずり回り……それでもどこにもいなかったのだ。


 ライルが誰にも何も言わずに姿を消してしまった。その事実に呆然としていたとき、玄関の扉が荒々しく開けられた。


「国王からの命令だ、ラインハルト・ディアルドという男を差し出せ!」


 国王が差し向けただろう兵士たちがこちらの返事も待たずに屋敷内を捜索しだし部屋と言う部屋を荒し始めたのだ。


「兵士の方々、困ります!今は当主が不在でして……。それに、そのような男は今はここにはいません。どうぞお引き取りを」


 ロナウドが兵士に向かって頭を下げるが聞く耳を持たず「うるさい!」とロナウドを突き飛ばした。


「あなたたち!ここがアバーライン公爵家だと知ってこんなことをしているのですか?!」


「いくら国王からの命令とはいえ、当主が不在の時にこんな暴挙が許されるはずありませんわ!ちゃんと正当な理由と令状はお持ちなの?!」


「えぇい、うるさい!これは国王からの特命だ!逆らうと国家反逆罪だぞ!」


「「きゃあっ!」」


 お姉様たちも訴えるが兵士たちはそれをはねのけ部屋を荒し続けた。


「……ローゼお姉様、マリーお姉様!大丈夫ですか?!」


「セリィナ、ここは危険だわ」


「あいつら本気みたいよ。……ロナウド、セリィナを安全な場所へ連れていかなければ……」


「それはお嬢様方も同じです。御三人共ここから移動を」


「お父様がいないときを狙うなんて……」


 なにがどうなってるのか全然わからなかった。

 ただライルがここにいなくて、王家がライルを探しているというだけ。確かにライルはどこかの国の王族だろうけど、なぜこの国の王家がライルを探そうとするのかがわからなかった。


「……どうして……」


 こんなことになったんだろう?


 これはもしかしなくても、悪役令嬢の私がヒロインからライルを奪おうとしたから……?




 私がライルを好きになってしまったから、天罰が下ったのだろうか。




 そう考えて、へたりとその場に崩れ落ちた。


「セリィナ、しっかりして」


「そうよ、へこたれてる場合ではなくてよ。こうなったら……ロナウド、いいわね?」


「はい、お嬢様方。これより防衛モードを発動いたします」


 すると、ロナウドを始めとする使用人たちが一斉に私とお姉様たちの前に立ったのだ。


「ロ、ロナウド……みんな?!その格好は……」


 侍女やメイドたちはそれぞれナイフや小型銃を持ち、見習い執事は二刀流、庭師に至っては機関銃を肩に担いでいた。料理長はナイフとフォーク?!


「セリィナ、ここはアバーライン公爵家。そしてここにいるみんなはその公爵家の使用人なのよ?」


「毎夜やってくる不届き者を片付けているんですもの、武器のひとつやふたつ扱えなくてはここの使用人は勤まりませんわ」


 お姉様たちの言葉に呆然としていると、ロナウドが一歩前に出る。ロナウドは武器を持っていなかったが見たことの無い構えをしていた。


「例え国王の使いであろうと、アバーライン公爵家での狼藉はこの使用人一同決して許しません。やつらは賊だ!引っ捕らえろ!」


「「「はい!」」」


 そして、使用人たちが今まで見たことの無い動きをして次々と兵士たちを無力化していったのだ。

 昨日まで穏やかな顔で刺繍を教えてくれていたマーサまで無表情で銃をぶっぱなしてるんだけど?!


「セリィナ、あなたはここから離れないと」


「で、でも」


「そうよ、もしもセリィナがケガなんかしたらあいつらこんなものじゃすまされないわ。さすがに死人は出したくないですもの」


「ロナウドがまだ冷静だから大丈夫だと思うけど……あら?セリィナ、ハンカチは?」


「え?」


 手元を見ると握っていたはずのハンカチが無い。慌てて周りを探すと床に落ちているそれを発見したのだが……


「くそ!なんなんだここの使用人どもは?!」


 そう言って剣を振り回す兵士の足に踏みつけられていた。


「あ……!」





「なにやっとんじゃこのどちくしょうがぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」






 ロナウドがキレました。


 まだ十数人程いたはずの兵士たちはロナウドの流れるような動きで繰り出される拳の一撃で瞬殺され、気絶して積み上げられた後は使用人たちにガンガン蹴られている。


「セリィナお嬢様が心を込めて刺繍したハンカチを踏むなんて!!」


「セリィナお嬢様の視界に入ったことさえ許せないのに!」


 え?え?なんでみんな私がハンカチに刺繍してたこと知ってるの?侍女たちはまだしも庭師まで?料理長も?!


 ちょっと待って、もう兵士たち気絶してるから!兵士の山にロケットランチャー撃ち込もうとしないで?!あぁ、すでに数人の兵士の髪の毛がチリチリに……バーナーで焼いちゃダメよ、料理長!


「み、みんな、落ち着いて?」


「「「はい!」」」


 すると使用人のみんなは一斉に武器を下げ、1列に並んだ。足並みが揃って無駄の無い動きに普段の穏やかな雰囲気はなかった。


「とうとうセリィナにバレてしまいましたわね」


「いつも隠密行動ばかりでしたから、久々に思いっきり動けてよかったのではなくて?」


「ローゼお嬢様、マリーお嬢様」


 服についた埃を払うお姉様たちにそっとロナウドが近づき、なにやら耳打ちするとお姉様たちが首肯く。そしてロナウドは私に向き直り頭を下げた。


「セリィナお嬢様、驚かせてしまい申し訳ございません。

 ですがまずは移動を、このままこの屋敷にいるのは危険です。叱責はあとで存分に受けますので」


「ロナウド……」


 こうして私は訳がわからないまま公爵家から離れることになってしまったのだった。




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