7:悪役令嬢と王子様

今日はデビュタントパーティー当日。


 ドレスアップし着飾った私はまさにこれからパーティー会場に入ろうとしている。

 私の名前が読み上げられ、目の前の扉が開いた。


「アバーライン公爵家三女セリィナ・アバーライン様のご入場です」


 ざわめく会場。ほとんど人前に姿を現さない噂の令嬢がどんなものかとみんながこちらに集中してきた。

 いつもの私ならこんなたくさんの視線になど耐えられなかっただろう。でも、今は大丈夫。だって……。


「さぁ、行きましょう。セリィナ様」


 超絶美しいライルが、私をエスコートしてくれてるから!


「うん、ライル」


 ライルのあまりの美しさに思わず笑みが零れると、ライルは優しく私の手を引いてくれた。








 今日のライルは男装(?)してくれている。ライルの髪色に合わせた濃い紫色の軍服にも似たデザインの正装は金の銀色の刺繍が施されていて上品ながらもライルの動きに合わせてキラキラと煌めいていた。


「いつものライルも素敵だけど、今日は本物の王子様みたいね」


「うふふ、嬉しいわ。あっと、口調も改めないとね。……では今日は“ラインハルト・ディアルド”として1曲お相手願えますか?セリィナ嬢」


 いつもと違う姿のライルに名前を呼ばれてドキッとする。

 今日のライルは公爵家の遠縁にあたる家の息子……つまり私の又従兄弟と言う設定らしい。偽名の身分証まで用意できるあたりがさすがは公爵家だろうか。やはりデビュタントパーティーのエスコート役に執事では問題があったらしく急遽用意された身分だ。ライルは私の執事だが、私同様公の場には出ていないのでライルの事を知る人はまずいないし、たまに外に行くときもライルは女性の姿をしているのがほとんどなので男性姿のライルと同一人物と思う人はいないだろう。それにしてもあのお父様が私のためにライルの偽った身分まで用意してくれるなんて思わなかった。あ、それともお父様自身が私のエスコート役をするのが嫌だったからライルに押し付けるために用意したとかかしら?それならあり得るかもしれない。挨拶は出来るようになったとはいえ、まともに目を合わせてくれない悪役令嬢の父親だが公爵家の体裁は大事にしたいのだろう。

 なんにせよ、私はこうしてライルとデビュタントパーティーを過ごせるからいいんだけどね!


 デビュタントの主役たちが会場に揃いダンス曲が流れ出した。


「はい、喜んで」


 メロディーに合わせてステップを踏む。ダンスは苦手だったがライルのエスコートに身を任せれば流れるように踊れた。

 最初は私を物珍しげに見ていた視線も、いつの間にかみんなライルに注がれていた。


「みんなこっちを見てるわ」


「そうですか?」


「すごいわ、ライル……ううん、ラインハルトと一緒ならこんなに人が集まってても怖くないの」


「お役に立てたなら光栄です」


 おねぇ言葉じゃないライルはなんだか背中がムズムズするかも。でもライルとダンスを踊るのは楽しい。ライルがエスコート役をしてくれて本当に良かったと思った。


 ファーストダンスが終わるとライルに促され誰もいない壁際へと足を運ぶ。まだダンスの興奮が冷めず熱くなっていた私の頬をライルが指先で撫でた。


「少し火照っているね。冷たい飲み物をとってくるから、ここから動かないで」


「う、うん」


 ダンスではしゃぐなんてはしたなかったかしら……。でもこんなに楽しい気持ちも久々だったので今日だけは許して欲しい。

 しかし、そんな楽しい気持ちもそのあとすぐに底辺に落とされることになる。





「お前が公爵家の末娘だな」


「……!」


 突然目の前に現れた数人の男の子。その姿に血の気が引いた気がした。まだ少し幼さが残っているが、間違えるわけがない。彼らは私が最も恐れる攻略対象者たちだ!


 私を値踏みするようにじろじろと見てくる金髪碧眼の王子。ミシェル・ベルザーレはゲームの中の王子と同じように顔を歪め私に毒を吐いた。


「ふん、これが噂のキズモノ令嬢か。公爵家の権力を振りかざして地位の弱い者をいじめるとはとんでもない奴だな」


「まったく、あんなに心の優しいフィリアに酷いことをするなどもっての他ですね。キズモノの分際で」


「人には見せられないような傷があるのでしょう?きっと可愛らしいフィリアを羨んでいるのですよ」


 次々に口を開く攻略対象者たち。その発せられる言葉に私は震えが止まらなかった。脳内にはゲーム画面で見た悪役令嬢の断罪がシーン次々に流れだし、血まみれの悪役令嬢の姿がハッキリと見えた。


 怖い。怖い。怖い!


 攻略対象者たちは口を開くたびに私に悪意を向ける。記憶を思い出してから怖いと思うことから逃げてきたから、こんなにまともに悪意をぶつけられたのは初めての経験だった。


 あぁ、私はこの人たちに殺されるんだ。そう思ったら心臓の音がうるさく警告を鳴らし、こわばった体が動かなくなった。


「なんとかいったらどうだ!このキズモノ……!」


 王子の手が私に伸びてきたのを見て恐怖のあまり固く目をつむった瞬間、ふわりと体が宙に浮く。


「えっ……」


「大丈夫ですか?セリィナ嬢」


 ライルが私を片手で優しく抱き上げた。


「な、なんだお前は?!僕はこの国の王子なんだぞ、無礼者!」


 王子はいきなり現れた超絶美形のライルの姿に怯んだのかさっきまでの余裕の表情に焦りが出てきた。たぶん見知らぬ大人の男性が現れたからだろうが、王子という権力を早速振りかざしてきたようだ。確かにだいたいの大人なら相手が王子となれば顔色を変えそうだ。しかしライルは片手に私、もう片方にとってきた飲み物を持ちながらにっこりと笑顔を王子に向ける。もちろん媚びたものではなくあくまで紳士な笑顔だ。


「おや、これは失礼いたしました。お初にお目にかかります、王子殿下。私はラインハルト・ディアルドと申します」


「お前みたいな派手な髪の奴、見たことないぞ?!そのキズモノに関わる不審者か!って、おい聞いてるのか?!」


「……私はセリィナ嬢の遠縁にあたる者です。普段は田舎暮らしでして今回のデビュタントパーティーのエスコート役にと任命され王都にやってきたのです」


 ライルはにこにこと王子に対応しながら私を降ろし飲み物を持たせてくれる。その流れるような動きに王子たち一行が突っ込むが気にせず私にケガがないか確認していた。


「さぁ、お披露目のファーストダンスも終えましたし帰りましょうか」


「え、あ、うん」


「ちょっと待て!この無礼者……!」


 そのまま背を向け進もうとするライルと私に再び王子が手を伸ばした。が。その手は私に届くことは無く、ライルはその手をするりとかわして足を進めた。


「さようなら、王子殿下」


 ライルの妖艶な微笑みに王子の後ろにいた他の攻略対象者たちは顔を赤くしていたが、王子自身は怒りに顔を真っ赤にしてずっとこちらを睨んでいた。









 帰り道、馬車の中で私は心配になりライルの服の裾をぎゅっと掴む。


「ライル……あの王子、怒ってたわ。もしかしたら、ライルに何かしてくるかも」


「あら、心配してくれてるの?」


 口調を元に戻したライルが優しく私の手を包んだ。


「大丈夫よ、アタシに任せてちょうだい」


「うん……」


 いつものライルの雰囲気になんだかホッとするが、今日の攻略対象者たちとの出会いに複雑になる。

 これはイベントだったのだろうか?このことが、ゲームの進行にどう影響してくるのか。そしてもしかしたら、悪役令嬢の運命にライルを巻き込んでしまうのではないかと思うと、不安になってしまったのだった……。












***







 デビュタントパーティーも終わりに近づいた頃、王族専用の部屋には王子であるミシェルとひとりの令嬢がいた。



「ごめんよ、フィリア。あのキズモノに悪事を認めさせ君に謝罪させようとしたのに、邪魔されてしまったんだ」


「まぁ、ミシェル様。わたしのためにあんな人に近づくなんて大丈夫でしたか?酷いことを言われたのでは……」


 フィリアは男爵令嬢だが、その身に纏うドレスはとても男爵家が準備できるような代物ではないとわかるほどに豪華だった。


「僕の心配をしてくれるなんてフィリアは優しいね。大丈夫だよ、僕は王子だからね、君のようにか弱い乙女を守るのは当たり前さ。だが、赤い髪をした変な男がいて僕に不敬を働いたんだ」


「赤い髪……それって、ワインレッドの長い髪をしてました?紫色の瞳をした人ですか?」


「そうだよ、見たことない顔の男だ。どうやら田舎貴族らしいから礼儀もなにもない下品な男さ」


「そう、男……ですか。ううん、それよりミシェル様になにもなくて良かったです」


 そっとミシェルに寄り添うフィリア。ミシェルは優しくフィリアの髪を撫でた。


「僕が君を守るよ」


 フィリアが「嬉しい」と呟きながら、口元を歪めたことにミシェルが気づくことはなかった。

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