39:とある少年の想い(少年視点)
王家の兵士たちがアバーライン公爵家の襲撃に失敗したその日の夜「アバーライン公爵家が国王に反逆した」という伝令が撒き散らされた。
新たな兵士たちがもぬけの殻となった公爵家の屋敷を捜索するが国王の求める人物がそこにいたという証拠は何ひとつ出てこなかったという。
その事実に焦った国王はすぐさま公爵領地内を探させた。公爵家の人間はそれなりに目立つ。それが他の領地に移動したとなればすぐに情報が入るはずなのに何の噂すらも耳に届かないのだ。だからなおさら、領地内にいるはずだと領民たちの家を家捜しまでしだした。
国王の直属の兵士が多少横暴な態度で家を荒らしていくが領民たちは特に反論せず黙ってそれを見ている。あの公爵家を慕う領民たちだが、やはり国王である自分の方に従うのだと国王は心の中でほくそ笑んでいた。「生意気なアバーライン公爵よ、お前の大切な領民はやはり権力には逆らえないのだ」と。
だが、それでも公爵家の人間は誰一人として見つからなかった。
***
「おい、そこの子供!よく顔を見せろ!」
兵士が乱暴に腕を掴んだ人物はプラチナブロンドの髪をしていた。
肩より長い髪は無造作に束ねられているが、着ている衣服は庶民にしては上等な物だった。パッと見れば顔つきも年の頃もまさに渦中の人物そのものだと思ったのだ。
下手な変装しやがって。兵士はそう思った。
これだから甘やかされて育った貴族の令嬢なんてものは……などと心の中で毒づいていた。たかが小娘を探すために兵士が総動員で働かされているのだ。その人物を自分が探し当てたとなればそれなりに褒美ももらえるだろう。
振り向いた人物の瞳が翠玉色をしていた事もあり、兵士はこれは自分の手柄になると興奮したがーーーー
「なんですかい、お役人さん」
その人物はよく見ればそれは成長期の少年であり声も少し低い。探しているのは少女なのだと、兵士はガッカリした。確かにこの髪や瞳の色は貴族に多いが平民にだって無いこともないのだ。
「ちっ!なんだ男のくせにその長い髪は?!紛らわしい格好しやがって!」
少年を突き飛ばすと兵士は舌打ちをしながらその場を離れていった。
「……やれやれ、やっといったか」
オレはさりげなく辺りの様子を見てから扉を閉めると家の中に身を滑り込ませた。公爵家で起こった騒ぎは知っているので絶対に我が家にも兵士がくると思っていた。王家はアバーライン公爵家を悪者にしたいようだが、この公爵領内で公爵家を悪く思う人間などいない。こうやっておとなしく従っているのも全ては公爵家を信じているからだ。
オレの家は平民とは言え裕福な方だし、この伸ばしていた髪もまさかこんなところで目眩ましの役に立つとは思わなかったがこれで少しでもご恩が返せたかと思うと嬉しくもあった。
「もう大丈夫ですよ、お嬢様方」
にっこりと微笑みながらそう言うと、部屋の奥から自身と同じプラチナブロンドの髪を持った少女が姿を現したのだ。
「ありがとう、助かったわ……。まさか、話に聞いていたあの赤ん坊だった方と会えるなんて思わなかった」
そこにいたのはセリィナ・アバーライン様。まさにあの兵士が探していた人物であった。オレは平民では珍しい髪色と瞳の色だが、彼女は正真正銘の貴族だ。貴族はあまり好きではないのだが、アバーライン公爵家の方々は別格である。
オレはその昔、生まれたばかりの赤ん坊だった頃に人攫いに拐われた事があった。どうやらこのセリィナお嬢様と入れ替えられようとしていたらしいと後に知った。とんでもない事を企む人間がいたものだ。
そんな事件に巻き込まれたオレを、アバーライン公爵様は丁重に扱ってくれた。
事件解決後オレはちゃんと親元へ返され、さらには家に支援もしてくれた。その頃の我が家は商売が傾いてきていて両親は生まれたばかりのオレを祖母に預けて必死に働いていたのだが、アバーライン公爵様が別ルートの流通を拓いて下さったおかげで穏やかに暮らせるようになったのだと教えられていた。
「それにしてもよく似ているわね。もし女の子だったならそれこそセリィナの影武者に抜擢していたところだわ」
セリィナお嬢様の姉である双子のお嬢様方が珍しそうにオレの顔を覗き込む。ずっと女顔だと言われてきていたが、こんなに美しい年上の女性にはやはりドキドキしてしまう。
「オレでよければなんでも致しますよ。あの兵士もオレを見て人違いだと去っていったのでしばらくはここにも来ないでしょう。こんな狭い家で申し訳ありませんが、ぜひ体を休めていって下さい」
「そんな……私のせいで迷惑をかけてごめんなさい。でも、本当にありがとう。
……どうしても探し出したい人がいるの」
よく似ていると言われたその少女は、にこりと嬉しそうに微笑んだ。似ているが、やはり違う。セリィナ様はとても可愛らしくて、少し大人っぽい美しさがあった。
オレは事件の話を聞いてはセリィナお嬢様に勝手に運命を感じていた。もしかしたらセリィナ様も少しは何か感じていてくれてるのではないかとも。だから、こんな平民のオレでもいつかお役に立とうと誓っていたのだ。
でもその瞳を見ればわかる。
すでに心に想っている人物がいると、敏感に感じ取ってしまった。
その後、こっそりとやって来た公爵様がお嬢様方にコンパぱにやられて膝を地についている姿や、そのお嬢様が探している人物の情報を白状している姿を目撃するのだが……。あの、その情報ってオレの目の前で言っていいんですか?と聞きたくなる。
あぁ、それにしても。その人物の事を必死に聞くセリィナお嬢様のなんと可愛らしいことか。
別に嫉妬するわけではないが、その人物を羨ましく思ったのだった。
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