38:あの日のこと(ミシェル視点)

 その日、俺は押さえきれない苛立ちを持て余していた。


 あの悪役令嬢をどうしてやろうかと考えれば考えるほどに興奮していたからだ。


 脳内でセリィナをズタズタに引き裂いてやり、泣いて許しを乞う姿を想像すると特に下半身が興奮してしまった。こうなると一刻も早くフィリアに会いたいと思う。フィリアは俺が望めばなんでもしてくれ欲望が爆発した時はとてもよく働いてくれたからだ。フィリアがおさめてくれれば少しは落ち着けるのに……。役に立たない女だとつい毒づいてしまう。


 フィリアとの面会を強く望んだ。しかし全く面会することは叶わない。この興奮を自分で処理するのも我慢の限界がやって来そうである。と、悶々としていた頃……突然に部屋に訪問者が現れたのだ。


 その人物は血のように紅い髪をふわりと靡かせる。


 その髪を見た途端、俺は自身の血が逆流したかのような押さえきれない憤りを感じた。


 こいつは、この髪は……もしやあの時セリィナと一緒にいたあの無礼な男じゃないのか?!と。


 俺の素晴らしい作戦を台無しにし、あんな悪役令嬢を庇った男など存在すら許せるはずがない。まさしくそれは悪だからだ。


 俺は無意識の内にその人物に殴りかかっていた。


 だがその拳は軽くいなされ、瞬時の内に俺の体は床に叩きつけられてしまった。


「ぐぅっう……!?」


 次の瞬間、頬に強烈な痛みを感じる。ナイフの切っ先が頬の肉を抉り突き刺してきたのだ。


 苦痛に顔を歪める俺を見て、その人物は嬉しそうに、そして楽しそうに顔を綻ばせた。それはまるで優しい聖母のように、だ。人をナイフで突き刺しておいて、なぜそんな穏やかな微笑みを出来るのか理解に苦しんだ。こいつは頭がおかしいのか?!


 ナイフが抜かれると血が吹き出した。噴水のようなそれを見てさらに喜ぶ血まみれの男の姿に正直ゾッとした。

 せめて何か悪態をついてやろうと口を開いたが、逆流して溢れた血が喉の奥に流れ込み陸地に上がった魚のようにパクパクと唇を動かすだけに終わったのだった。









 結果だけ言えば、命は助かった。


 顔に大きな傷は残ったし、ショックのせいか傷のせいかはわからないが声が失われてしまった。


 さらに言えばあの男はセリィナの側にいた男ではなく、俺が攻めよろうにも手を出す事が許されないような地位にいる男だった。










 ちくしょう。


 と、拳を壁に叩き付ける。血が滲んで痛みがビリビリと走ったがそんなことなどどうでもいい。


 悔しくて、情けなくて。涙すら出ない。


 さらに言えば、俺が動けないでいる間にその男がフィリアを牢獄から連れ出したと報告を聞いた時の憤慨して気が狂いそうだった。


 セリィナに復讐したい。ただそれだけだったのに、許せない相手が増えてしまった。











 俺は、俺の全てを邪魔する相手を決して許しはしないのだ。





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