23:歪んだ感情と記憶(ミシェル視点)
おかしい。こんなことはおかしい。
ガリガリガリ……とひたすら爪を噛む。噛みすぎて爪が無くなり指先から血が滲んでくるが止まらなかった。
なぜ僕が部屋に軟禁されなければならないんだ?
愛しいフィリアとも引き離されてしまったし、部屋の前では兵士が監視しているせいでこっそり会いに行くことも出来ないじゃないか。
一体僕がなにをしたと言うのだろうか?と悩むが全く心当たりがなかったのだ。
だが、予定外のことは確かに起こった。せっかくあのキズモノを断罪してフィリアを公爵令嬢に出来ると思ったのに、まさかすり替えが間違われていたなんてとんだ誤算だ。このままではフィリアと結婚出来ないし、あのキズモノが幸せになってしまう。それだけは阻止しなければ……!
公爵たちに愛され守られているセリィナの姿を思い出すと憎しみのあまり余計にイライラが募る。もう噛むための爪はほとんど残っていなかった。
あぁ、憎い。あの女が憎い。フィリアを陥れようとするあの女が、僕の幸せを邪魔するあの女が。
僕の、僕を……、僕を殺したあの女が!
「あ、れ……?」
そこまで思いを巡らせて、ふと爪を噛むのをやめる。
なんで、僕はこんなにあの女を憎んでいるんだろう?と、不思議な感覚になった。
確かにあの女は嫌いだ。公爵令嬢だからと男爵令嬢であるフィリアを馬鹿にし蔑むとんでもない悪女だ。キズモノで公爵家のお荷物な厄介者。貴族の恥。そんな噂もあり余計に嫌いだった。
だが、僕があの女と直接顔を合わせたのはデビュタントパーティーとあの断罪の場でのみだし、いくらフィリアからあの女の酷い所業を聞いていたからってなぜ僕があの女に殺されたなんて思ったんだ?
実際僕は生きているし、あの女に刃物を向けられた訳でも……
その時、ゾクリと背筋に冷たいなにかが走った。
「刃物……。そうだ、僕は首を刃物で……」
そうだ、僕は知っているのだ。僕の首を刃物が切り裂き血が吹き出る感覚を。
あの女が手間取らせたせいで僕は捕まり、抵抗した時に刃物が……。
僕は後頭部を思い切り殴られたような衝撃に襲われた。怒りと悲しみと憎しみが入り雑じり気が狂いそうで血に濡れた指先で頬をかきむしった。
「思い出した……思い出したぞ……!!」
僕とは違う僕の記憶が脳内で暴れまわる。
そう、これは僕は前世の記憶なのだ。
前世の僕は、僕の信じる正義のために悪い人間を狩っていた。あの日だってそうだ。暗くなった路地裏に若い女がいたんだ。ああいう女は人通りの無い所に男を誘っては人を陥れようとする悪い人間だと決まっている。
僕はそれまでも何人も悪い女を裁いてきた。でもこれは正義の裁きであって正しいことだ。だからいつも上手くやれていたし、警察に捕まることもなかった。
だかあの日は少しだけ違っていた。
裁きを終え女が罪の意識から動けなくなるのを確認していると、その罪人が持っている物が目に入った。
僕はそれを見て激昂した。
前世の僕はゲームが大好きだった。特に乙女ゲームに熱中していた。あの悪役令嬢という罪人を断罪するシーンはいつも最高の気持ちになれたからだ。地位や権力のある人間ならば大勢の前で人を裁いて殺しても誰にも咎められない。いつか僕もこうなりたいと願いながら夢中でプレイしていたくらいだ。
その女が持っていたのは、その時1番ハマっていた乙女ゲームの最新情報が載っている雑誌だった。
僕が手に入れられなかったあの雑誌をこの罪人が持っている。あんな素晴らしいゲームの情報が載っている貴重な雑誌を、男を誘う小道具に使おうとしていたなんて……そう思ったら怒りがおさまらず、雑誌を奪い取りビリビリに破いてやったんだ。
でも、最後のページを破いていたら警察がやって来てしまった。
いつもなら罪人が罪を悔いて動かなくなったらすぐに立ち去っていたのに、予定外の手間のせいで警察に囲まれてしまったのだ。
刃物を振り回し、自分の正当性を叫んだが警察は聞く耳を持たない。
そして……気がつくと僕の首は切り裂かれていた。
痛い痛い痛い!なんでこうなった?!なんでこんなことになったんだ?!
あの女のせいだ。あの女が悪いんだ。
その時、なぜか上空からあの女に見られている気がして……血がさらに吹き出るのも構わず上を向き「許さないぞ」と呟いて……死んでしまった。
そして、今ならハッキリとわかる。
あの時の悪い女は、セリィナだ。僕が死んでしまった原因である悪い女。
僕は、セリィナの前世である人間のせいで死んでしまったのだ。
だから、こんなにもセリィナが憎かったのか……。
セリィナはやはりとんでもない悪女だと、改めて理解した。あの女は前世での僕を死に追いやり、生まれ変わった今も窮地に追いやろうとしている。あの女は僕の敵だ……!!
僕はこれから何をするべきか。前世とは違う、地位や権力を持つ今の僕に出来ることを考えた。
これ以上、あの女のせいで不幸になる人間を出してはいけない。僕が王子に生まれ変わったのはある意味運命だったのだ。
「1度は逃げられたが、次はそうはいかない……」
今度こそあの悪役令嬢を断罪しなければいけないのだ。
僕は決意も新たに、行動に出ることにしたのだった。
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