32:側にいるために(ライル視点)

「セリィナ様、今頃どうしているかしら……」


 夜空を眺めながらポツリと呟くと、冷たい夜風が頬を撫でた。


 セリィナ様と出会ってから毎日が慌ただしくて楽しくて、ひとりでいるのがこんなにも寂しいなんて忘れていた気がする。


 何よりも大切な少女に全てを黙ったまま屋敷を出てきてしまった。あの子を自分の事情に巻き込みたくなかったしこれが最善であるとわかっている。わかっているけど……。


「……」


 セリィナ様は自分がいないことにもう気付いただろうか?そしたらきっと屋敷中を探しているかもしれない。

 きっと必死に探して……悲しんでいるかもしれない。


 そう思ったら、嬉しいような悲しいような複雑な気分だった。




「ラーイルぅー!もうすぐ出番よぉ!」


「はぁい、今すぐ!」


 アタシは黒く染めた髪を靡かせ、スポットライトの光の中へと足を進めた。







 ***







 あの日、旦那様がアタシを呼び出して言ったのだ。


「どうやらこの国の国王がルネス王と手を組んだようだ」と。


 旦那様はユイバール国からの再三の催促の手紙にも断りの返事をしてくれていた。アタシの意思を尊重していると。


 だが、アタシの実父……ルネス国王はそれを許さなかったのだ。


「どうしてもライルを連れて行きたいのならば、正式に面会の場で話し合いをするべきだと進言したのだがな。本人もすでに立派な大人なのだから意思を尊重すべきだと……。だが聞く耳を持ってくれん。本人の意思は関係無い、王太子はユイバール国王の所有物なのだから手足を切り落としてでも連れていく。おとなしく渡さなければ誘拐罪で訴える。とばかりで……あちらからの言葉は過激になるばかりだ」


 疲れを滲ませる深い息を吐く旦那様の姿に申し訳なく思う。このままでは公爵家の立場はどんどん悪くなるだろう。


「……アタシのせいで申し訳ありません。もうこれ以上、旦那様にご迷惑をかけるわけには……」


 一瞬、諦めようかとも思った。公爵家が王家に睨まれればその矛先はいずれセリィナ様にも向かうかもしれない。彼女の安全が脅かされるのだけは耐えられないから。


「アタシ、ユイバー「なんだ、セリィナの側にいたくないのか?」ーーーーいたいです!」


 旦那様が眉根にシワを寄せ「セリィナの専属執事でいることに不満でもあるのか?」と言いたげな顔をするので思わず本音が口から飛び出してしまった。


「ならば、側にいればいい。だが、その前にしばらく離れてもらうしかないがな」


「旦那様?」


「王家が動き出す前に先手を打つぞ。それでなくても今の国王にはイライラしていたんだ。セリィナの噂に次いであのアホ王子のせいでワシの我慢などとっくに限界を迎えているのに、さらには可愛いセリィナから執事を奪おうなんて許せるはずがないだろう。ーーーーアバーライン公爵家をここまでコケにしたんだ。それなりの覚悟はもちろんあるだろうさ。


 ……ライルも、覚悟はあるな?」


 そう言って旦那様が今後の計画を口にした。

 それは、セリィナ様と離ればなれにならなければいけないし多少の危険もあったが……アタシにしか出来ない事なのだとも瞬時に理解する。


「……えぇ、だってアタシ、セリィナ様の専属執事ですもの」


 これからの未来も、ずっとセリィナ様の側にいるためならなんでもしよう。そう誓った。










 それからアタシはそっと屋敷を抜け出し、まずはドクターの所に身を寄せた。旦那様がすでに話を通していたらしくドクターは快く協力してくれたのだ。


 そして……特殊な染料で髪を黒く染めあげた。この染料は簡単には落ちないし、なによりこの赤い髪は目立ちすぎるからだ。


 お馴染みの女装セットに、いつもより濃いめのメイク。アタシは今、女性ダンサーとして夜の町で働いている。


 旦那様が入手したとある人物を釣り上げるためにーーーー。

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