滞在6日目 〜中編(3)〜
では、三原と紫苑さんが去った後の2人の様子から見てみよう。
「突然のご相談に時間空けてくださってありがとうございます。」
「いやいや、男二人旅だからね。要は花がないというものだよ。そういうことでお嬢さんからのお誘いは私に取っては大歓迎というものなのだよ。さて、ではどこで話をしようか。このままかふぇの椅子を借りるのも申し訳ないけれども他にどこか良い場所はないものか、、、」
花梨の言葉に薬師丸は再び上機嫌である。
そして、2人で静かに話ができるのはどこだろうかと考え始めた。
とはいえ、薬師丸1人で十分騒がしいのだが。
「でしたら、海の家のほうで、海を眺めながらで良ければ聞いていただけますか?」
きっとベンチもあったはずだと花梨が提案する。
「ほうほう、あの海の家か。いやぁ、あの場所は実に趣がある。勿論、都会の海水浴場にある海の家もなかなかだとは思うのだけれどね。こう言った場合にある昔ながらの場所。それはそれで優しさや懐かしさも感じ、そして自然も感じることができるというものだよ。っと、私としたことがこんな場所で立ち話も野暮というものだな。さぁ、さっそく海の家に行こうじゃないか」
相変わらず一言、一言が長い薬師丸だが花梨はその言葉にこくりと頷き、歩を進めた。
そして2人は自転車を押しながら並んで歩き、海の家を目指す。
海の家につくと、表には4人くらい座れそうな長ベンチが置いてあった。
花梨はチラッと周辺を見渡す。
村と同じように祭りの準備が進められているようだ。
「それでは、お嬢さんの話を聞くとしよう」
先に薬師丸がどかりとベンチに腰を下ろした。
相変わらず上機嫌で満面の笑みを浮かべている。
花梨はと言うと、端の方に遠慮がちにちょこんと座った。
「さて、相談に入る前になのですが、薬師丸さんは「花梨あぢさい」というラノベ小説作家をご存知でしょうか? 一応ですが巷では天才破天荒ベストセラー作家と噂されては居たのですが。」
花梨の言葉に薬師丸は腕組みをしながら首を傾げる。
そしていつものように口を開いた。
薬師丸「んん?花梨あぢさい君?ふぅむ。私が普段読書に使用している本は色々な土地の伝承や伝統、歴史やそれにまつわる話などだからね。そもそもラノベ小説とは何を指すのかね?今時の若者の好きなジャンルだろうか?ふうむ。ラノベ小説か。天才破天荒作家というのも気になる単語ではあるな。しかしだかね、私もやはり研究があるものだからなかなかそれ以外となると時間も取れないのだよ。けれど時間がないは言い訳にすぎず、作れるだけの技量がないと誰かの言葉なのだよ。そうだな、この島から帰った後にでも三原君に探させて読んでみよう。ところで、そのお嬢さんがどうかしたのかね」
「さっき少しお話した小説書きの姉、「花梨あぢさい」は私の実の姉なんです。」
花梨は少し俯きがちに、どこか悲しそうな表情でそう伝える。
すると薬師丸はどこか興奮気味に話し始めた。
「ほうほう!なるほど!そのように素晴らしい姉妹を持ち合わせているのかね。なるほど、なるほど。血は争えないとはよく言ったものだ。それほど才能溢れるお姉さんがいるのだからお嬢さんもそうなのだな。となるとご両親もさぞかし聡明なのだろう。うんうん、そのような女性であれば私も一度あって話を聞いてみたいものだよ。そしてできれば2人の爪の垢でも三原君に飲ませたいところなのだがね。いや、彼も悪くはない。察しも悪くはないしそれなりに気も聞くのだが何かこう、押しも弱ければ姿勢も低い。破天荒とは今まで誰もやったことがないことをすることという意味なのだがね。そう言ったことがやれてこその研究者だと思うのだよ。そのような勢いが彼に備わってくれさえすれば私も安心というものだがね。なかなか彼に身につく様子がないところをみるに、一度その女性に是非喝を入れてもらいたいところだ」
ウキウキした様子で薬師丸はそう話すが、花梨は苦笑いを浮かべることしかできない。
何故ならば姉は寝たきりなのだから。
とはいえ、今はまだ話していないのだから仕方のないことなのだが。
花梨は少しの間を空けて話し始めた。
「そう言っていただけるのは、姉も喜ぶと思います。しかし、それは今は叶わないのです。薬師丸さんは先程、教授と伺いました。もしかして医学にも通じておられるのでしょうか?」
花梨の問いかけに薬師丸は些か落ち着きを取り戻したように見えた。
先ほどの興奮はどこはやら。
「ふぅむ。通じていると言っても友人の医者から聞き齧っている程度なのだがね。いやはやしかし、急にどうしたというのだね?そもそも私の専門はその土地の風習、生活、地質そして宗教、それからそこに至るまでの歴史や遺跡、そう言ったものなのだよ。それによってそこの人々の健康状態、何を食べ、飲み、どのように睡眠をするかによってさまざまだからね。年配のものでも若者と変わらないほどの元気さがある、または他の民族と比べて何かに長けている、その原因は何か、わかりやすく言えばそう言ったものを探るのが私の分野なのだよ」
少し考えながらも薬師丸は花梨の問いに答える。
自分が持つ知識がどの程度のものなのが、花梨にわかりやすいようにと言葉を選んでいるのだろう。
「そうだったのですね。もし医学をかじっていらっしゃるなら、植物人間のようになってしまった人の回復手段など、色んなアドバイスなどいただけるかな、って思って話したのです。姉はとある事件により、病院で寝たきりの状態となってしまったのです。身体に別状があるというわけではなく精神的なもので、それ以来姉は「スノウちゃん。」とたまに呟くだけ。なので、ほぼ植物人間といっても過言ではないかと思います。」
花梨は薬師丸の方を見て自分の姉、あぢさいについて語った。
「ほうほう、植物状態。しかしたまに呟くとなれば昏睡というより昏迷状態ということかね?しかし、昏迷状態であれば激しい物理的な刺激によって一時的な覚醒状態にすることができるとは聞くが。しかし、昏迷や昏睡の原因は通常、脳の左右両側の広い領域または意識の維持に特化した領域に影響を及ぼす病気、薬、または怪我をしたことにより起こると聞くが花梨君はそのようなことが起きた上でと言うことなのだろうか?いやしかし、かじっただけの私があれやこれやと推測しても答えは出ないのだがね。その時折呟く名前の人物が何かしらの鍵を握っているかもしれないとは思うのだがね。ふぅむ。心神喪失状態とも言えるかもしれないがそう言うには少し大袈裟と言うか何か違うのもしれない。いや、なに、私の友人は内科なのでね。精神的なものならば身体に影響があるか否かの判断ができる程度で専門分野ではないからな。その辺りはなんとも詳しくはわからないわけなのだよ。」
そこまで一気に話すと薬師丸は申し訳なさそうな顔をした。
確かに、あぢさいの状態はどちらかといえば精神科の分野になるだろう。
いくら齧っているとはいえ、薬師丸の本業は郷土なのだ。
医者や医学部の教授であればもう少し何かしらの手掛かりのようなものが掴めたのかもしれないが。
「そう、ですか。ありがとうございます。外傷はないので、恐らく精神的なショックだとはお医者様からも伺いました。…実はさらに、それと同時期には、姉の編集担当者で私達姉妹の母の様な方も行方がわからなくなってしまったということもあったんです。これは私の感なのですが、根本的な原因は同じものだと思ってます。.........私はこうして師匠の元で弟子として動いているのは、姉の治療法を探しているのも勿論ですが、姉をこんなにしてしまった人を必ず捕まえたい、そして姉と同じ事になってしまった人を助けたい、という気持ちからなのです。……正直に話しますが、私は探偵です。」
花梨は意を決して、と言った様子で薬師丸にそう打ち明ける。
そして、それを聞いて薬師丸はどう思うのかじっと観察してみた。
薬師丸はなるほど、と呟くように言いながら小さくうんうんと頷いている。
その様子は信じているのかいないのか、どちらとも判断がつかない。
「ほうほう、なるほど。学生の身でありながら探偵とは。そして次々に身内の不幸、という言い方は適切ではないかもしれないが、色々と辛いことがあったのだね。若いのに苦労しているのか。よく話してくれた。そうなると学校に通うことも何かと大変だろうが探偵か。あぁけれど花梨君は人気作家、だったかな?それで賄われているということだろうか。それにしても、そのようなことがあったにもかかわらず、その身を腐らせることなく真面目に生きる様は実に素晴らしい!いやなに、環境に恵まれつつも捻くれてしまう若者は多いものでね。そういう者達を何人も目にする機会というのもあるものなのだよ。その者達に風華君を見習わせたいというところだがね。それにしても原因になった者、か。なんとも探すのが難しそうではあるが、、、」
薬師丸はそんな花梨の様子に気づく風でもなくうーむと唸るように悩んでいる。
何か自分の持つ知識で力になれることはないのかと考えているのかもしれない。
「手がかりが一切なくて、困り果ててはいるのですが笑。ですが、必ず見つけ出します。大好きなお姉ちゃんのためにも。なので、今後ももしかしたら、何かと知恵をお借りする為にご迷惑になるかもですが、よろしくお願い致します。」
そう言って花梨はお得意の上目遣いと笑顔でじっと薬師丸を見つめた。
「手がかりか。そうだな、探偵をしているのならばあらかた調べ終えたのだろう。その上で何もないということならば確かに八方塞がりというものだな。いやしかし、私はこれでも世界各地を回ってはいるのだがね。今のところスノウという人物に出会ったこともなければ人が行方不明になるというのは私の分野でいえば神隠しの逸話くらいしかないのだがね。その行方不明の人物というのはそういった土地に何かしらの用事があって足を踏み入れ行方不明になったというやつだろうか。それならばいくらか力になれることはあるかもしれないが。現代において神隠しなどというものは非科学的だと信じられているが、その背景においてはなんらかの宗教団体が絡んでいたり、儀式においての犠牲だったりするものをあたかもこの世に存在しない何かの仕業であるかのように語り継がれているというものだからね。もしかしたらこの島のように閉鎖的なところへ行ったというのであればその可能性も否めないというものだよ」
そこまで話し終えた薬師丸は花梨の視線に気づいたようである。
じっと見つめてくる花梨は誰もが振り向くような美少女なのだ。
女子高生といえどそんな美少女に見つめられば誰でもイチコロだろう。
「まぁ、いやしかし、なんだ、この私で力になれることがあれば協力は惜しまないというものだよ」
流石の薬師丸もそんな花梨にやられてしまったようだ。
うっすらと頬が赤くなり照れたように笑った。
いつもの長い話も上手く紡ぐことができない。
「ありがとうございます。お話出来て良かったです!神隠しなどの分野ではあまり調べたことはないので、調べてみようかな……。そういえば、もう結構いい時間ですね。そろそろおふたりの所に戻りますか?」
花梨はそう薬師丸に切り出した。
女子高生にやられたおじさんは花梨の言う“神隠し”ならば得意分野だと言うようにつらつらと話を始める。
「神隠しの逸話というものは日本各地はもちろん、世界の至る所にあるものだよ。日本においてその背景を詳しく書かれているわけではないけれどね。海外においては黒魔術などといったものもあるものだから要はその生贄として捧げられたもの達の事実を隠すために神隠しというものを隠れ蓑にして語り継いでいる、なんてこともある。日本でよくあるのは天狗だがね。しかし、実はそれ以外にもこの世のものならざるものの存在もいる、なんて言う者もいるのだよ。幽霊の仕業というには残酷で、例えるならばなんらかの神の仕業、なんていうものもいるのだがね。現代社会においてそのようなものがいるはずもないというところだが、とはいえ、古い壁画やなんやらにはそういったものの呼び出し方が書かれた本なんてものもあるらしいのだよ。とはいえ、私は未だかつて一度もそのようなものにお目にかかれたことはないのだがね。いやしかし、もしもそのような存在がいるのであれば色々なものが根底から崩れ去り、その分野において革命が起こるというものだよ」
得意げにそこまで話すと上機嫌にふんっと鼻を鳴らす。
どうやら機嫌が良くてもそう言うことをするのはもはや薬師丸の癖なのかもしれない。
花梨は薬師丸が得意げに話す間に辺たりを見渡すとパッと見る限りでは舞台は出来上がったようだ。
そしてその周りでは作業をしていた人達が片付けを始めている。
周りの飾り付けもあと少しで終わるのではないかといった感じだ。
周りを見渡してその様子を見て花梨は思った。
こちらの様子を見ている人、目が合う人はいない。
けれど、話をしている途中に周りに気を配ることを忘れていた花梨は自分達の話を聞かれていたのかいないのかはわからなかった。
しかし、今自分の目の前にいる薬師丸が自分の素性を隠した上で行動や発言をするようには見えない。
そのことから、仮に聞かれていたとしても自分が要注意人物に見られる可能性は低いのではないかと思う。
事実、この島を探っているような話もみどりやすみれの名前も出していないのだから。
「あぁ、そういえばうっかり話し込んでしまったがもうこんな時間か。そろそろ腹時計もなる時間だな。」
得意げに話していた薬師丸であったが、ふと我に帰ったように腕時計を確認して呟くように言った。
「では、お二人のところに戻りましょうか笑。師匠も三原さんも、ヤキモチ妬いてるかもしれません笑」
花梨はいたずらっ子のような笑みを見せながらそう返した。
冗談のつもりであったのだが、薬師丸には通じなかったようだ。
頭が固いのか、生真面目なのか。
良くも悪くも冗談が通じない人間はいるのだから薬師丸もそう言った部類なのだろう。
「ヤキモチ?何故だね?特に何か私にやましいことがあるわけではないが。ふむ。紫苑君にとっては面白くないかもしれないな。さて、2人の居場所を掴むためには島の者に聞くといいということだったな。ひとまず、ここのご老人にでも聞いてくるか。君はここで座ってまっているといい。私が聞いてきてあげよう」
薬師丸は花梨にそう告げると海の家の中へと入っていった。
少し経ってから薬師丸が花梨のところへと戻ってくると笑顔で告げる。
「やぁ、待たせたね。聞いたところによると、2人は崖の方に向かったそうだよ。あのように何もないところだが、もしかすると祭りのために収穫を行っている様子でも見に行っているのかもしれないな。私はそちらに向かってみようと思うのだが風華君はどうするかね」
「勿論行きます!自転車取りに行きましょうか」
薬師丸の言葉を聞いて花梨は笑顔でそう返した。
花梨の言葉に薬師丸が頷くのを待って2人はまたきたとこと同じように並んで歩く。
そして2人は自転車に乗って他愛もない会話を交わしながら崖に向かっていった。
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