滞在6日目 〜中編(4)〜

さて、時間を巻き戻して崖へとたどり着いた紫苑と三原をみて行こう。

2人は崖のベンチのそばに自転車を止めた。

この暑さにはちょうど良い優しい風が吹いている。

紫苑はスマホを取り出すとカメラを起動させ、拡大させて遠くの景色を観察する。

時折、写真を写すのも忘れない。

飛び魚かいるかか、遠くで何か跳ねている。

それ以外は特に気になるような変わったものは見当たらない。


「この方向だと思ったのですが、今日は見当たりませんね」


「そう、ですね、、、ん〜、、、何も見つかりませんね」


三原も紫苑を真似しながらスマホで風景を見ている。

が、特に目ぼしいものはないらしく紫苑の言葉にそう返した。


「あの魚のような人のようなものといい、巨大コウモリといい…この島では独特な生物を多く見たので何かあるかもしれないと思っていたのですが」


「ん?独特な、生物、ですか?」


紫苑の言葉に三原は訝しげな顔をして尋ねた。


「あれのようなものが居る時は、ろくな目にあったことがないので…ね」


紫苑は三原の問いに答えるわけでもなくそう言って苦笑いを見せる。

三原はと言うと、紫苑のその言葉を聞いてなんの話だろうと言う顔をした。


「三原さんも、異形の生物を見た時には気をつけた方がいいかもしれませんね?まあ、オカルトのようなものですが」


「えぇっと、ちょっと待ってください。」


三原は紫苑の言葉にそう返すと慌てたようにあたりを見渡し、どこかほっとしたような様子を見せた。

そして声を潜めてこう話す。


「何か、この島で、この島の不思議のようなものを見たんですか?」


「そうですね。少し踏み込んでしまったと思います」


声を潜めて聞いてくる三原に紫苑はそう答えて苦笑いにも似た笑みを浮かべた。


「そう、なのですね、、、」


三原は真剣な顔をして何かを考えているのか黙り込んでしまった。


(探偵の勘ってよく当たるよね)


心の中で紫苑はそう思う。

やっぱり三原は紫苑が睨んだ通り何かあるようだ。


「やはり何か…知っているのですか?」


「そう、、、、、、ですね、、、」


三原は何かを躊躇っているようにも見える。

紫苑に話すべきなのか否か。

迷っているのかもしれない。


「、、、せっかく観光に来たのですから、何をみたかはわかりませんが忘れた方がいいと思います。それに今日は祭の前日。どこに島民の耳があるか、、、そう言った不用意な発言は、、、」


「時と場所は選んでいますよ」


三原はまた周りを見渡し、崖、海を背にそう話す。

その三原の言葉に紫苑はそう返すと笑顔を見せた。


「弟子は…少し焦っているようですけれどね」


三原「焦る、ですか?」


少しの間を空けて、紫苑は苦笑いを見せながらそう話し始めた。

それを聞いた三原は訝しげな顔をして問いかける。


「ええ、困っている人を見過ごせない、そんな子ですからね」


「困る?、、、一体なんの話ですか?」


紫苑の言葉に三原はますます話が見えないと言うような表情である。


「彼女は姉を失ったようなものでしてね。恐らく、彼女たちに感情移入してしまうのでしょう」


紫苑が言う「彼女達」という言葉に三原は首を傾げた。

一体、紫苑は自分になんの話を聞かせたいのだろう。

そんな感じの表情である。


「この島の巫女、会ったことはありませんか?」


「巫女、、、もしかして、、、、、、椿?いや、そんなはずはない。、、、祭の、巫女、ですか?白い髪に赤い瞳の、、、」


巫女と聞いて三原は目を見開いた。

そしてポツリ、ポツリと独り言を言い始める。


「アルビノの少女と、その妹。2人はどうも、過酷な運命を背負っているようで」


「、、、、、、、、」


紫苑の言葉を聞いた三原は少し青ざめた顔で黙り込む。

微動だにすることもなく、何かを考えているのか。

それともショックを受けて固まってしまったのか。


「姉妹、、、か、、、」


長いような、短いような沈黙の後。

三原はぽつりと小さく呟いた。


「椿さん?その方も巫女なのですか?」


「あ、、、今、僕、、、」


紫苑の言葉にハッとして三原は口元を押さえた。

紫苑がその心情を探る必要もないほどに明らかに動揺の色が見える。

無意識に口走ってしまったのだろう。

驚きと、戸惑いと、そう言った色々な感情が混ざり合っている。

そんな感じだろう。


「どうやら三原さんも何か抱えているご様子ですね。あまり踏み込むのもどうかとは思うのですが、もう知ってしまったことですから…人に話すと楽になることもありますよ?」


「これは、、、この島の、僕の問題といえば僕の問題なんですよ。、、、椿のことも、何もかも、、、」


紫苑の言葉に三原は暗い顔でぽつり、ぽつりとそう口にする。

それは諦めにも、絶望にも似たような重い空気を纏っていた。


「あなたも関わらない方がいい。知らない方がしあわせなことだってある。この島の秘密を見たあなたならわかるでしょう?この島の異常さを、、、、、、。探偵さん、でしたっけ?それならば察しはついているでしょう。」


三原は暗い声と表情でそういうと力無い笑みを浮かべた。


「隠し通すつもりでしたが、、、、、、、そう、僕も、、、この島の出身、なんですよ」


「やはり、そうだったのですね」


少し躊躇いながらも三原はそう口にした。

気づかれているだろうと思っていても、やはりその言葉を口にしたくなかったのかもしれない。

紫苑はそう相槌を打つと三原の言葉を待った。


「別に、この島に、、、戻るつもりはなかったんですよ。しかも、、、祭の時に。僕は、、、、、それでも、、、、」


少しずつ、三原は話し始めた。


「椿、は、、、、、、きっと言わずともわかっているでしょう。、、、僕が島にいた時の巫女、ですよ。」


そして三原は俯き、ぽつりと小さな声で呟いた。

そして少しの沈黙の後、独り言のように言葉を吐いた。


「生きているなんて、、、、、、知らなければよかったのに、、、、、、」


その言葉には後悔の色を感じた。

そして、苦しさ。

三原にとって椿という女性は特別な感情があるのかもしれない。


「生きているというのは、またあうことができるということでもありますよ」


(やはり巫女というのが重要なファクターか)


そう話しながらも紫苑は思った。


「っっっ!僕はっっっ!全て、全てを捨てたんですよ!、、、きっと、あなたにわからないでしょう。椿は、、、僕の予想では、、、もう、この世にいない人、だったんですよ」


紫苑の言葉に三原は一瞬だけ感情をあらわにした後、唇を噛み締めて静かな声でそう語った。

今にも泣き出しそうな声で、その言葉を吐く三原。

心が悲痛な叫びをあげているかのような、そんな感じを受けた。


「あなたも、あの人も、、、、勝手なんですよ。今の生活を得るために、、、どれほど僕が、、、、。いえ、勿論、そう言う経験のない人に分からないのは、当たり前だとわかっているんですけどね。」


紫苑を睨みつけるような視線を投げたかと思うと諦めにも似た表情へと変わる。

知らない人にはわからない。

想像をすることなんて到底できないだろう。

けれども憎まずにはいられない。

そんな感じだろうか。


三原「勝手なんだ。僕は、もう、期待なんてしていなかったのに」


三原は俯き、ぽつりと呟いた。

それは紫苑に向けられたのか、それとも三原が言う“あの人”に向けられたのか。

それはわからない。


「友人、家族…恋人。そういったものを失ってしまう気持ちは…少しは分かっているつもりです。ただ、諦めるには少し早いと、僕は思うのですよ。あなたも、椿というかたも…少なくとも、生きている。やり直せる可能性は、0では無いはずです」


紫苑は淡々と、けれども三原に寄り添うように言葉を紡ぐ。


「そんなこと、、、」


三原はその言葉に顔を挙げた。

けれど、唇をぎゅっと噛むとまたうつむき黙り込む。

そして少しの沈黙の後にまた、独り言のように小さな声で呟くように話す。


「50年も前に、、、僕は、、、諦めたんだ。切り捨てたんだ。、、、なにもかも。それを今更、、、、、、」


俯いたまま、ぽつりぽつりと呟く。


「心の中で割り切れているのであればそれでもいいでしょう。ただ、三原さん…あなたはとても悩んでいる。もう一度、話に行くだけでも。きっとそうしなければ、後悔するのではないでしょうか?」


紫苑の言葉にまた三原は顔を上げる。

何かを言おうと口を開いたが言葉を吐くことなく閉じた。

そして、自嘲気味な笑みで笑った。


「、、、はは、、、後悔なんて、、、、、飽きるほどしましたよ。夢も見たし、もしもと希望すら抱いて。そんな自分に呆れて、涙も枯れ果てて、僕は、僕の罪を背負って残りの人生を歩むと、決めたんですよ。そう、もう何年も、何十年も前に、ね、、、なぜ、今更、、、。こんな島に来なければ、、、僕は、、、、、、」


「人のやることには、全て何かしらの意図があるのですよ。あなたがこの島に来た。その事は何か意味があるということだと思います」


項垂れてボソボソと話す三原に紫苑は奮い立たせるようにそう声をかけた。


「僕の、僕達の存在に、、、意味なんてあるはずない。存在してはいけないのだから。こんな、、、、、、、人の理をねじ曲げたような、、、」


チラリと紫苑の方を見た後にやはり地面を睨んだようにして三原はそうボソボソと呟く。

希望も期待も何もかも捨て去ったような瞳をしている。

この島も、自分の存在も否定するような拒絶の色だ。


「最後の機会かも知れませんよ?」


「、、、、、、、、、」


紫苑の言葉に三原は黙り込んだ。

何を思い、何を考えているのか。

長いような短いような沈黙が続く。

それを破ったのは紫苑でも三原でもなかった。


「もしかして、、、いや、そんな、、、まさか」


話に夢中な2人は人が近づいてきたことに気づいていなかった。

そんな2人に近づいたその人はそう言葉を発した。

2人は声のする方に目を向ける。

そこには1人の年配の女性が愕然とした表情でこちらを見ていた。

いや、正確には三原を凝視していたと言ったほうがいいかもしれない。


「、、、っ?!もしかして、、、、、、あや、め?」


三原は無意識に口元を手で覆い、そう呟く。

その言葉を聞いて、女性はズンズンと三原に近寄ってきた。


「その顔を見て、まさかとは思ったんだよ!でも!でも!、、、なぜ戻ってきたんだい!!」


あやめと呼ばれたその女性は怒った顔で三原に近づきそう怒鳴りつけた。

女性の名前は阿比留あやめ。

三原の、阿比留空の実の姉である。


「あやめ、これには訳があるんだ。僕だってここに来る気はなかった」


「言い訳なんか聞きたくないね!母さんと父さんと、それから私とももがどんな思いをしたことか!!どれだけ覚悟を決めてことか!」


怒鳴りつけるあやめに三原はあせあせと弁解を口にする。

が、あやめの怒りは収まるどころかより一層強くなった。


「、、、姉ちゃん、、、」


そして三原はあやめの言葉に涙ぐんでそう呟く。

何年振りの再会なのか。

紫苑にはわかりかねることではあるが、生き別れになった姉弟の再会を見ているようだった。


「よくお聞き、空。あんたわかってるのかい?明日は祭なんだ!それなのに、、、村の者に勘づかれたらどうするんだい!」


「わかってる、わかってるんだ!でも、姉ちゃん!、、、、、、椿が、、、生きてるん、だろ?」


あやめは幼い弟に言い聞かせるような声色でそう話す。

見た感じ、あやめの歳は70かそこらだろうか。

三原が孫だと言っても頷くような歳の差に見える。

三原はあやめの言葉に聞き分けの悪い子供のように言った後、少しの間を置いて椿の名を口にする。

すると、あやめは驚いたように目を見開きまた怒鳴りつけるような声を上げた。


「それをどこで!!!」


あやめの勢いに三原は口をつぐんだ。

が、おずおずとした様子で話し始めた。


「、、、、、、俺と同じ、旅行者、、、きっと、あの人も、、、。姉ちゃん、俺以外にも、いるんだろ?椿が生きてると言うことは、、、多分、巫女候補、だよね?」


「?!!!!」


三原の言葉に今度はあやめが言葉を失った。

おそらく、心当たりがあるのだろう。


「そうじゃなきゃ椿が生きてる理由にならない。だからこそだよね。今回の祭、そういうことだろう?」


「そう、、、あの子も、ここに、、、」


三原は畳み掛けるように問いかける。

その問いかけにあやめはショックを受けたように力無く呟いた。


「姉ちゃん!俺はまだ!椿をっ!」


「、、、、覚醒者は見た目だけじゃなく心まで若いのかい?あんたはそのなりに対してあたしはこのざまだ。だからまだそんなことを」


三原の悲痛な叫びにも似た言葉に、あやめは静かに言葉を返した。

その瞳はどこか、三原を憐んでいるような見える。

だが、その言葉に三原は僅かではあるが怒りにも似た表情を見せた。


「そう言うことじゃない!俺は!ここを出た時、、、、、、全てを背負うと決めたんだ。、、、、椿の、運命も、、、自分達の運命も。姉ちゃん。椿のあと、巫女になる予定だったあいつは、、、誰なんだ?」


「、、、、、」


三原はあやめを責めるような、問い詰めるような勢いで言葉を吐き出した。

ずっと、心に留めていた想いなのかもしれない。

この島を出た時に、あやめに、家族に伝えたかった言葉かもしれない。

あやめは三原の言葉にため息をついて少し黙り込んだ。

そしてわずかな沈黙のあと、どこか諦めたように口を開いた。


「多分、それは、、、要とまりの子だよ。あんたが出た後生まれた子さ。確か、蓮といったかな、、、。うちはまだいいさ。覚醒者だったから。あそこは違う。結局村八分さ。何年も、何十年も。きっと、この先も。」


「それでも、、、苦労、かけたんだろ?」


あやめの言葉に三原は震える声で問いかけた。

それは先ほどまで紫苑に話していたこと、自分の存在のせいで家族に迷惑をかけてしまった。

それに対しての後悔や苦しみ、申し訳なさからだろう。


「あんたが気にすることじゃないよ」


そう言ってあやめは一喝した。

それはまるで三原の存在を肯定するような強い声だった。

三原が自分を否定し続けた今までを肯定するように。

例え離れていようと、異質だろうと家族なのだからと。

紫苑はというと、情報が止まるまで空気になると決めたようだ。


「蓮、か。姉ちゃん、あいつは何かやるつもりなんだ。きっと、祭の夜、だと思う。姉ちゃん、今すぐももを連れて島を出た方がいい!」


「、、、、、、そうかい」


三原の言葉を聞いてあやめはそう言うと黙って左右に首を振る。


「あたしはもう歳だ。島と命運を共にするならそれでいいのさ。けど、あんたはまだ、先が長いんだろうね」


「それはっっっ、、、。」


あやめの言葉に三原は言葉が出なかった。

兄弟なのだから歳は近いはずである。

それなのにこれほどまで身体が刻むトキに差があるのだ。

そんなあやめにどんな言葉をかけていいのか三原はわからなかったのだろう。


「あんたは島を出た時点で島を忘れてよかったんだ。罪なんて、あたし達家族が背負ったんだから」


「姉ちゃん、、、」


堪えきれなくなって泣き出す三原を子供をあやすようにあやめはニコニコしながら頭を撫でている。

離れていたとしてもやはり姉弟なのだ。


「こんなにデカくなってもやっぱりあんたはいつまで経ってもあたしの弟だよ。どこにいても、何をしててもねぇ、、、」


幼い子供のように泣き崩れる三原にあやめは優しい声でそう呟くように言った。


(入っていき辛いなこれ)


紫苑はそんな場面を目の前に、どうしたものかと悩んでいた。

なんだか見てはいけないシーンを見ている気分である。

自分はここにいていいのかとも考えてしまう。


「ところで、あんたは観光者だね。あんな話を周りを警戒もせずにするもんじゃないよ。記憶を消されたいなら話は変わるけどねぇ。この島のことに無闇に足を踏み入れるんじゃないよ?」


三原が少し落ち着きを見せた頃、あやめは紫苑にそう言葉をかける。


「ご忠告、感謝しますね」


紫苑はあやめにニコリと笑みを向けて答えた。

みーんなそういう!けっ!と言ったことを紫苑は思ったかどうかはわからないが思ったかもしれない。

しかし、そんなことを表情に出す紫苑ではなかった。


「僕は今日はこの辺で失礼します。あとはおふたりでごゆっくり。後悔の無い選択を。」


「いえ、その、、、これ以上は、2人で話すのはまずいので」


紫苑がそう言ってその場から去ろうとした時、幾分か落ち着いた三原がそう声をかける。

なかなか止まらない涙を拭いながら、鼻を啜る。

けれど、その顔は先ほどまでよりは穏やかになったようにも思えた。


「あたしがこの辺りの見回りを頼まれたんだ。暫くここには誰も気やしないよ。けどあたしがここに止まるのは怪しまれるから立ち去るならあたしの方さ」


苦笑いを浮かべながらあやめは2人の方を見てそう言った。


「生きてる間に会えてよかったよ。空、何も心配せず、気にせず生きるんだよ」


そしてあやめは泣き止みつつある三原の背をぽんぽんと叩いて去っていく。

その痩せ細った背中を、三原はじっと見つめていた。

もしかしたらこれが、、、最後になるかもしれないと思いながら。


「そうだ。明日は弟子が暴走するかもしれません。不用意なことは止めるつもりではありますが」


そんな三原に紫苑は遠慮がちに声をかける。

すると三原はまたぐいっと目元を拭って紫苑を振り返った。


「祭りで騒ぎを起こせば、、、間違いなく記憶を消されますよ」


三原は暗い声で、紫苑にそう告げる。


「ええ、だからよく言い聞かせてはおきます。人には謎が多いものではありますが、僕の目を持ってしても見抜けないことは多いのですね。」


紫苑は三原の言葉にそう、意味深に返すと苦笑いを浮かべた。


「どうしてもこの件に関して関わるおつもりですか?」


三原はそんな紫苑にどこか困った顔でそう問いかける。

この島の闇は深い。

先ほどのやり取りを見られたとしても、知られたとしても関わってほしくはない。

そんな雰囲気である。


「それが自分達にとって必要であるのであれば」


「必要、ではないと思いますよ。知らなくていいことはこの世に多いものですからね、、、」


紫苑の言葉にやはり困ったように、力無く笑みを浮かべて三原は言った。


「関わったら記憶を消される、明らかに何かを隠しているみなさん。正直なところ、無事に帰れると言うのが本当だと信用することはできないのですよ」


「何も探らず、何も考えず、普通に観光を楽しむのであれば間違いなく帰れますよ」


紫苑の言葉に三原は苦笑いを浮かべた。

何も知らず、何も拘らず。

そうして観光だけをして帰った者達はたくさんいるのだろう。

あの掲示板に書いている者の大半は恐らくそうなのではないかと紫苑は思った。

けれど、知ってしまったのだ。

そして、みどりとすみれと話をして幼い2人が願ったのだ。

姉は妹を、妹は姉を助けて欲しい、と。

探偵として依頼を受けたわけではないのだから聞かない選択肢も勿論ある。

探偵は慈善事業ではないのだから。

けれど、、、人としてこれほどのことを知ってしまったのだから見過ごすことは紫苑にはできなかった。


「明日何か事件が起こったとしても、ですか?」


「けれど、あなたが知ってしまったそれらのことをこの島のものに知られれば、、、記憶を消されるようなことになるでしょうね、、、。明日、普通の観光客として普通に祭りに参加するのであれば明後日には帰れるんですよ、、、」


紫苑は覚悟を決めた瞳で三原を見据えてそう問いかける。

その“事件”が何を指すのか、恐らく三原にはわかっているのだろう。

それでも、島の出身者としては一般人を巻き込みたくない思いが強いのだろう。


「僕は可能な範囲で動かせてもらおうかと思います。そうしないと記憶を失った弟子と生活することになるでしょうから。」


「風華さん、でしたっけ。あの子はあまりにも危うい。いつどこで何を聞かれているのか、気づいていないのかも知れないと思えるほどに。要注意とまでは行かなくてもマークされている可能性は高いでしょう」


紫苑の言葉に三原はなんとも言えないような、複雑な顔をしてそう言った。

まだ彼女は17歳なのだ。

そんな子供が島の事情に巻き込まれてしまうかもしれない。

それはとても心苦しのだろう。


「今は薬師丸さんと一緒ですから多少危うい話をしたところで見過ごされる可能性は高いことでしょう。けれど、、、これ以上何か目につく行動や発言をすると危険かもしれませんよ?それでも、、、お二人はこの島の事情に関わろうというのですか?」


三原は真剣な顔でそう問いかける。

それほどこの島の内部に関わることは危険なことなのだと紫苑に伝わるように警告にも似た言葉を伝えた。


「記憶を消される程度のリスクではあの子を止めることは出来ないでしょう。僕から言えるのはこれだけです。」


「あなただけならば、、、これも何かの導きなのかと縋ってしまいたくもあるのが本音です。けれど、風華さんはまだ間に合うと思うのです。だから、、、この島のことにこれ以上関わらせたくないと思っています」


紫苑の言葉にやはり三原は苦い顔をしてそう言った。

探偵が本業なのだから、これまでの経験で切り抜けられるかもしれない。

だからこそ余計に花梨が心配なのだろう。

もしかしたら花梨に昔の椿を重ねてしまっているのかもしれない。


「職業柄、こういったことには口を突っ込みたくて仕方ないのですよ。きっとそれは弟子も同じことでしょう」


紫苑はそう話をしつつあたりの音に気を配ってみる。

遠くで機械の音がするのはきっと祭りのための刈り取りでも行っているのだろう。

特にこちらに誰かやってくる気配はない。

やはりあやめが言うように、この辺りはあやめ以外に村人はいないのだろう。


「、、、それが命の危険に晒されることだとしても、ですか?」


「ええ。」


三原の脅しにも似た言葉に紫苑は迷うことなく頷いた。

それを聞いた三原は小さくため息をつく。

自分がどう話したところで紫苑の考えは変えられないと悟ったのだろう。


「祭りの後の、、、本当の祭りについてはご存知ですか?」


三原は周りを気にするように小さな声で言った。


「いえ、何となくの推測はしていますが詳しいことは」


「、、、、、、」


紫苑の言葉にまだ何かを迷っているように三原は口をつぐむ。

しかし、意を決したように口を開いた。


「祭りを終えた後、日付が変わる頃に本当の祭りは行われます。あなたなら気付いているでしょうが、一緒に来た彼、葉山君は行動を起こすでしょう。その時、僕も、勿論、行動を起こします。」


そう言う三原は覚悟を決めたような顔をしている。

紫苑と話、あやめと話したことで腹を括ったのだろう。


「しかし、、、それを1人でやり切れるかは、自信がないところなのです、、、」


そういうと三原は苦笑いを浮かべた。


「何か出来るのであれば、可能な限り、協力はしますよ」


「、、、僕と同じ立場の、いえ、以前の僕と同じ立場の人たちを、助けたいのです」


紫苑の申し出に三原は少しの戸惑いを見せた。

一度口をつぐんだ後、意を決したようにそう告げる。


「城の中で、訳あって閉じ込められるようにして暮らしているもの達がいます。そして、、、椿もそこに、いるのです。そのもの達を自由にするために、そこにいる、この世のものでないモノを、海に返します。その協力を、していただけますか?けれど危険も伴うためやはり風華さんにはきてほしくはない、、、」


そこまで言うと三原は言葉を切って俯いた。

まだ三原の中には迷いがあるのだろう。

閉じ込められていると言うことは、解放した後には普通の生活が待っている。

けれどもそこにいるのは自分と同じ異質の者達なのだから。

普通の生活といっても紫苑や花梨のようには生きられない。

一生をこの島で過ごすか、三原のように生きるかしかないのだ。


「この話は、弟子にしても?本人に決めてもらおうかと思うのです」


「できればあなただけにと思うところですが、、、。命の危険が伴います。私はその責任は、、、取れません。あれは、本当に、危険なものなのです。」


紫苑の問いかけに三原は苦笑いを浮かべてそう返す。

そしてその言葉を聞いた紫苑は雪山で出会った、この世のものとは思えない生物を思い出していた。

あれと同等か、それ以上か。

そんな生物が恐らくこの島を支配しているのだろう。


「命の危険ですか…弟子も、そこについては問題はないでしょうね…。なにせ、似たようなことは過去にもありましたから。」


「それならば尚更、女子高生を巻き込むのは、、、。といっても、そこは私が何をいっても同じなのでしょうね。祭りの日に詳しく書いたメモをお渡しできるように準備をしましょう。流石にトイレの中にまで監視カメラが付いているということはないですから隙を見て確認してください。」


紫苑は少しだけ笑みを見せてそういうと、三原はやはり困ったような苦笑いを見せてそう伝える。


「分かりました。弟子は…そうですね。巻き込まれたくないと言ったら、安全なところに隠れてもらうことにします。会うのはいつ頃がいいでしょうか?」


「巻き込まれたくない場合は、、、祭りで飲み食いしてもらえれば大丈夫ですよ。メモは祭りですれ違いざまにお渡ししましょう。要は、普通に祭りを楽しめば巻き込まれないと言うことです」


紫苑の言葉に三原は少し考えた後、そう返した。

観光客も参加できる祭りを当たり前のように楽しめば何も問題はないと言うことだ。

紫苑は三原の言葉に軽く頷いた。

ちょうどその時だった。


「あ、いた!ししょぉー!」


少し遠くからそんな声が聞こえてきた。

紫苑と三原が声のする方を見るとそこには花梨と薬師丸の姿があった。

自転車に乗ってこちらに向かっている。

花梨は紫苑を見つけた嬉しさからか腕ぶんぶんと振って満面の笑みを浮かべていた。


「どうやらお迎えが来たようですね」


「、、、そうみたいですね」


紫音が笑みを浮かべてそういうと、三原は苦笑いを浮かべて言葉を返した。

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