滞在三日目 〜中編(2)〜

紫苑が街の探索に出る少し前、彼は誰と葉山は支度を終えると村に向かっていた。

深々と被られているキャップは用心のためだろう。

村に行く道中、葉山はそっと彼は誰に告げる。


「村ではそのままカップルのふりをしててくれ」


「ふふふ、そのつもりだよ」


「流石だね」


葉山の言葉に、言われなくともそうするつもりだったという様子で彼は誰は言葉を返す。

その言葉に葉山は笑みを浮かべた。


「それとも本当にしてみるかい?」


ふふっと笑う彼は誰の言葉にはははっと葉山は笑って言葉を交わした。

その後、他愛もない会話をしながらかふぇへと辿り着く。

中に入るとちょうど会計をしている花梨とあじさいの姿があった。


「やあ、かりんさん。と、お連れさんかな」


先に気づいた彼は誰が声をかける。


「あわてて海からあがったのかな」


花梨のスカートが濡れていることに気付いたのか、彼は誰は続けて言った。


「あ、かはたれさん。流石に着水浴はしないですよ笑 …お姉ちゃんならしそうだけど。ボソッ」


「お茶目なお姉さんだね」


後半は独り言のような小さな声だったが、それを聞いた彼は誰はクスリと笑ってそう返す。

そんな彼は誰の肩にポンと手を置いて葉山は口を開いた。


「緋色、カウンターとあっちの席とどっちがいい?」


そんな葉山を仰ぎ見て彼は誰はにこりと笑みを浮かべた。


「もちろんゆうちゃんの行きたいところさ」


「じゃあ、あっちの席に行こうか」


その答えに葉山は優しい笑みを浮かべた。


「…!」


そんな二人のやり取り、雰囲気に花梨は何かを感じ取ったらしい。

どこか目をキラキラさせて口を開いた。


「おデートですか?」


「ふふふ、そんなところさ」


花梨の言葉に彼は誰はどこか含みがあるような笑みを浮かべる。

そんな時、会計を終えたあじさいが彼は誰と葉山の方を振り向き口を開いた。


「観光の方ね!あら、、、」


仲良さげに腕を組む二人をみて笑みを浮かべる。


「私は上条あじさいです。風華ちゃんとつぅーつぅー洞に行ったあと一緒にご飯を食べたところなの」


「かはたれだ、よろしく」


彼は誰が右手を差し出すと握り返し、にこりと微笑むと花梨の方を向きこう続けた。


「風華ちゃん、邪魔しちゃ悪いから行きましょうか」


「はぁい、お姉ちゃ……。あぢさいさん、いきましょうか!」


慌ててそう答えると、どこか恥ずかしそうに笑みを浮かべる花梨。

どうしてもあじさいに姉の姿がダブって見えてしまうのだろう。

それじゃあと花梨とあじさいはかふぇを後に外へと出る。

ダイビング受付のそばに自転車を置いてきたこともあり、そのまま二人はそちらへ向かうこととなった。


「あじさいさん、これからお暇ですか?」


道すがら、花梨がそう尋ねるとあじさいは少し困ったような笑みを浮かべる。


「ごめんなさいね。そろそろ祭りの準備に戻らなければいけないの」


やはり仕事を抜けて花梨に付き合ったのだろう。

昼食に誘った時、紅波に何か確認でもしているかのような仕草を見せたのはそのためだったかもしれない。

恐らくではあるが、祭りの準備も重要ではあるが観光客をもてなす事にも重きを置いているのだろう。


「そうですかぁ。また、一緒にお出かけしてくれますか?」


「そうね、せっかく観光に来てくれたのだからまた一緒に遊びましょうか」


花梨の少し甘えるようなその言葉に笑みを浮かべてあじさいはそう答えた。

それを聞くと、花梨は嬉しそうににこりと笑う。


「えへへ、ではまた、ダイビング小屋さんまで遊びに行きますね!」


「たくさん楽しんでいってね!」


自転車のそばまでくると、そう言って二人は別れた。

花梨はその場に残り、あじさいはきた道を戻っていく。

八百屋の娘だと話していたのだからそちらへ戻るのだろう。

一人残された花梨はどこへ行こうかと考え、姉のことを思い浮かべたのかもしれない。

何かお土産になるものでも探そうかと、自転車にまたがり街に向かって元気にペダルを漕ぎ出したのだった。








花梨達と別れた葉山と彼は誰はゆったりと席に座り、メニューを手にしている。


「ご注文お決まりになられましたらお呼びください」


茶色い瞳の少女はお冷とおしぼりを二人に渡すとそう言って席を離れた。

葉山としてはあまり長居はしたくないのだろうが、彼は誰としては食事とコーヒーを堪能したいところである。

2人は他愛もない会話をしながら注文をする。

もちろんコーヒーを頼むことも忘れなかった。

雑談をしてはいるものの、葉山が普段より口数が少ないのは周りを警戒してのことだろう。

主に彼は誰の話を笑みを浮かべつつ聞き、時折相槌を打つと言った様子であった。









葉山と彼は誰が食事を楽しんでいる頃、何やらぼんやりと考え事をしている様子で花梨は街へと向かっていた。

街の方から村に向かう紫苑に気づく様子もない。


「奇遇だね、つぅーつぅー洞はどうだった?」


先に気づいた紫苑が自転車を降りて引きながら声をかけてみるもどこか夢現ともいえる表情である。



「あ、師匠」


ぼんやりとそう呟いた花梨だが、突然夢から覚めたような表情をみせた。


「え、師匠!?こ、こ、こんにちにゃ」


どこか慌てたように自転車を降り、挨拶を返す。

が、なにやら落ち着かない様子である。


「こんにちは」


花梨の様子がいつもと違うことを感じつつも紫苑はにこりと笑って挨拶を返した。


「え、えっと、とっても綺麗なところでした」


そう言いつつ、花梨は俯いた。

その顔はまるで熱でも出したかのように真っ赤に染まっている。


「大丈夫かい?熱でも出た?」


その場に自転車を止め、花梨に近寄ると紫苑は花梨の額に手を当てた。


「びゃ!?」


花梨は予想もしなかったのであろう。

突然の出来事に変な声を上げて紫苑を見た。


「ああごめん、冷たかったかな。やっぱり熱があるんじゃないか?ホテルで休むといいよ」


赤い顔、熱った肌、風邪でも引いたのかと思ったのだろう。

花梨の潤んだ瞳を見て、心配そうに紫苑はそう声をかけた。


「……鈍感っ…ボソッ」


花梨の脳内ではかふぇで交わしたあじさいとの会話が蘇る。

そして、こんな自分を前にして子供扱いとも言える心配そうな顔を向ける紫苑。

不意にぼんやりとではあるが自覚しつつある恋心。

もどかしくて花梨はそうぽつりと呟くとまた俯いた。


「え、えと、あ、あじさいさん、って方とお知り合いになりました」


「あぢさいさん?お姉さんが来ているのかい?」


こんなところへ来れるはずがないと知る紫苑がそれを聞いて訝しげな顔をするものだから花梨は慌てて左右に首を振った。


「いえ、上条あじさいさん、この島の方です。私のお姉ちゃんと雰囲気すごくにてて」


それを聞いて紫苑はなるほどと言う顔をする。

雰囲気が似ている人、、、はそうそう居ない気もするが、花梨がいうのならばよほどなのだろう。

それにしても同じ名前とは、、、。


「なかなかの偶然だね」


「びっくりしました。。。」


にこりと笑う紫苑とは対照的に花梨は苦笑いを浮かべた。

複雑な心境、ということだろう。


「えと。。。そのあじさいさんと街を回ろうと思ったのですがお祭りのじゅんびがあるとのことで、一人で街を回る所でした」


そう言ってしょんぼりとした笑みを浮かべる。

それをみた紫苑は何を思ったのか、少し考えた後口を開いた。


「僕はこれから村に行こうと思っていたけど、一緒について行こうか?ちょっと心配だしね」


「うっ。。。。」


どこか挙動不審のような態度と先程の赤い顔が気になっているのだろう。

しかし花梨は紫苑の言葉にたじろぎ、その顔はまた徐々に赤く染まり始めた。


「し、ししょーが寂しいならい、行ってあげなくもないです。。。」


精一杯の平常心を取り繕おうとしている花梨だったが、すでに耳まで赤く染まっていた。

そんな様子の花梨を観察していた紫苑はあることに気がつく。


「そのスカート、どうしたの?」


そう言われて花梨は自分のスカートがまだ乾ききっていないことを思い出す。

昼食でジュースをこぼし、あじさいの処置でシミになる様子はないもののまだ濡れていた。


「あ、これは、さっきお昼にこぼしちゃって」


少し恥ずかしそうに笑う花梨だが、紫苑はより一層心配そうな顔になっていく。


「そっか、着替えなくて大丈夫?」


「少し歩いてたら乾くからいいかなって」


そんな紫苑をよそに、恥ずかしさからより一層顔が赤くなっていく自覚のある花梨は少し早口で笑いながらもそう返す。

その様子をみて小さなため息のようなものを漏らす紫苑。

もしも辛いのなら素直に甘えてくれればいいものを、と言ったところだろうか。

まだまだ子供といえる歳なのにあまりにも色々なことがありすぎたせいかそう言ったところは大人びた態度をとる花梨である。

そんなに自分は頼らないだろうかと言う思いも頭を掠めては通り過ぎた。


「じゃあ行こうか」


紫苑は花梨に構うことなく自転車の向きを変える。

村に向かっていたようだが、その向きは街の方に向いている。


「え、それって。。。一緒に行くってことですか?」


キョトンとしてそう聞いてくる花梨に紫苑はにこりと笑って頷いた。

大人の余裕、を見せたつもりであったが。


「デートですか!?一緒にいくってことですよ!?(???)」



急に興奮してよくわからないことを花梨は口走る。

その勢いに半ば押されたように紫苑は唖然とした様子だ。


「あ、ああ、うん」

(デート、か)


なぜ急にそんなことを口走ったのだろうか。

やはり熱があるせいだろうかと改めて花梨の様子を観察し始めた紫苑はやっとその理由に辿り着く。

何故か、やたらと異性として意識されているのだ。

その結果の態度、言動なのである。

が、自分の読み違えなのではとも思う。

これまで2人きりなんてことは多々あったがそんな態度を示したことは一度もないのだ。


(まさか…ね)


そう思いつつも先日カフェで雑談していた時に花梨が話してくれた女子高生達の話を思い出す。

師匠はモテるのですよ!と彼は誰にドヤ顔を見せていた。

といっても花梨がそうというわけでもなくその時の態度は師匠を自慢する弟子そのものであったが。


「……っ」


ふと、花梨と紫苑の視線が絡み合う。

すると花梨の顔は一層赤くなり、目を逸らす。


(どうしようか…)


少し困ったような笑みが無意識に浮かぶ。

相手は女子高生、そして未成年なのだ。

きっと、大人への憧れで歳上ならばカッコ良く見えるとか恋に恋しているというか。

そういった類の、一時的なものかもしれない。

そう思うと紫苑はそのことには触れずに花梨と街に向かう。

いつもの花梨よりは口数が少なく、時折チラ見した顔が自分を意識しまくっている様子なのだが、知らぬふりを通した。

どこかギクシャクした雰囲気ではあるがそのまま2人はどうにか町へと辿り着くのであった。


「お土産屋さんあるかなぁ」


そう言いながら辺りをキョロキョロとしている風な花梨であったが、実は紫苑の横顔を見惚れているだけだった。


「……じー」

(顔もやっぱり整ってるなぁ)


これは恋ではない、きっと違うと自分に言いつつも胸の高鳴りは抑えきれないようだ。


「こっちに民芸品屋さんがあるみたいだよ?」


地図と現在地を見比べていた紫苑は不意に地図を見せつつ提案をした。

民芸品店と言うことは土産になるようなものが置いてあるかもしれないと言うことだろう。


「はっ! 民芸品!い、いきましょう! 」


紫苑の言葉に慌てて花梨は顔を逸らし、店があるであろう方向をぐりんと向くと、不自然な様子で自転車を引きつつ歩き出した。

その様子は滑稽ではあるが、紫苑の瞳には可愛らしくも写り、無意識に優しさに溢れた笑みを浮かべていたことにはどちらも気づいてはいなかった。


「いらっしゃいませ」


扉を開けるとチリンと可愛らしい鈴の音が聞こえ、それに反応したように奥から男性の声が聞こえてきた。

そして声と共に細身の、どこか愛想なさそうな顔の男性が顔を出す。

この場に彼は誰がいたのならば先日ぶりですねとかなんとか挨拶をしたのかもしれない。

そう、その男性は夜に写真を撮ってくれた男性だったのだ。

しかしそれをこの2人が知る由もなかった。

2人が店内を見渡すと店の中には竹笛や独特な模様の布地など、この島の古い工芸品だろうと思われるものが並んでいる。


「あんた、お客さんかい?」


男性の声に気がついたのであろう。

店の奥から、見るからに愛嬌が良さそうな女性が顔を出す。


「こんにちわ、お土産を見にきました」


2人が揃ったところで花梨はにこりと笑ってお辞儀をする。

それに習ったように斜め後ろに控えている紫苑もにこりと笑って軽く会釈をした。


「ゆっくり見てやってくれ」


男性がそう言って僅かに微笑んだ、ように見えた。

もしかすると感情を表に出すのは苦手なのかもしれない。


「オススメはありますか?」


そんな男性の態度を気に求めずに花梨は辺りをキョロキョロと見渡し尋ねる。


「女の子に人気なのはこの織物のハンカチとかだね」


にこりと笑って女性はそれらが並んだ棚を指差しながら応えた。

なるほどとそちらの棚に近寄り、一つをそっと手に取ると女性を振り返りにこりと笑った。


「なんだか、上品なハンカチですね」


「ありがとう、私が作ってるんだよ」


自作の品が褒められて嬉しかったのだろう。

女性は満面の笑みを浮かべてそう答えた。

そして紫苑はというと、同じように店内をキョロキョロと見渡している。

すると、ある棚に珍しいものを見つけた。

ぱっと見はマトリョーシカのようなものだが。


「その人形は…?」


「それは僕が作ったものだよ」


照れ臭そうに男性が答える。

近寄ってみると、マトリョーシカと言うよりも同じような顔や形をした青い陶器の人形が大中小さまざまな大きさで作られ、そこに飾られていたのだった。


「器用なのですね」


「それが趣味でもあり仕事でもあるからね」


紫苑の褒め言葉に気を良くしたのか、男性はふわりと微笑みを浮かべた。

そして紫苑はチラリと花梨を見るが、女性との話に夢中な様子だ。


「綺麗ですね、1つください」


手のひらサイズの人形を手に取ると男性にそう告げる。


「ありがとう」


男性は嬉しそうに言うと、その人形を受け取り手早く木箱に入れた。

そして特に紫苑が何を言ったわけでもないのだがプレゼント用と思われる包装紙に包んでさらに紙袋に入れて紫苑へと手渡した。

その行為に対してなんとも複雑そうな笑みを浮かべたのは言うまでもない。


「彼にあいそうなものありますか?」


紫苑が人形を物色している頃、花梨は女性へこっそりと尋ねた。

そこから何かを察したのであろう。


「この布を使ったネクタイなんてものもあるよ」


花梨が気に入ったらしい柄のネクタイを持ってきて見せてくれた。


「っ!ひ、一つください。。。」


こちらも即決であるが、その頃には紫苑は紙袋をぶら下げて再び店内を物色していた。


「ありがとう」


女性はにこりと微笑むと手早くプレゼント用に仕上げて花梨へと手渡してくれた。


「ありがとうっ。。。!」


特に何を言ったわけでもないが、そうした女性の行動に感動したように花梨はお礼を告げ、紫苑の元へと駆け寄った。

お互い買い物を済ませたことを確認すると仲良く店を後にした。


「はい、これあげるよ」


「え?」


店を出ると紫苑は手に下げていた紙袋を花梨へと差し出す。


「これは僕が持っていてもね」


少し照れ笑いのように見えたのは花梨の気のせいだろうか。


「あ、ありがとうございます。。。」


そう思うとなんだか自分も恥ずかしくなって再び顔を赤くしながらそれを受け取った。

そして先ほど買ったものをそっと紫苑へと差し出す。


「では、これを。」


一瞬だけ驚いた様子を見せたが、俯いている花梨はそのことに気づかなかった。

すぐに紫苑はにこりと微笑むとそれを受け取る。


「ありがとう」


「……」ぽぽぽ


紫苑の言葉にチラリと顔を上げた花梨だったが、紫苑の笑みを見てより一層顔を赤く染めてまた俯いた。

プレゼント交換を終えると、花梨は荷物を大事そうにバックへと仕舞い込む。


「♪」


プレゼントを渡せたことに対してなのか、もらったことに対してなのか。

この場合はおそらく両方だろう。

花梨はご機嫌と言わんばかりに満面の笑みを浮かべている。


「さて、この後どうするかな」


辺りをチラリと見渡して紫苑はつぶやくように言葉をこぼす。

夕暮れまであまり時間もない。

しかし、公園まで行き来はできそうだということで2人は仲良く自転車を並んで漕ぎながら公園へと向かった。


「し、ししょーとでーと。ししょーとでーと。。。」


そんなことを小さく呟いている花梨であったが、紫苑は何かいうわけでもなくその顔には自然と笑みを浮かべていた。









公園に着くとまだちらほらと島民の子供やその母親らしい人がいるのがわかる。

けれど以前紫苑がきた時に比べれば日暮れが近いせいか人が少ないように感じた。


「公園で遊ぶなんて、何年ぶりだろうね」


自転車を止めながら紫苑は独り言のように呟く。


「ししょー、ジャングルジム登ってきていいですか?」


上機嫌の花梨はその場で子供のように飛び跳ねそうな勢いで紫苑に尋ねた。

よくあることではあるのだが、今の紫苑の目にはより一層愛らしく見える。

花梨の容姿が整っているのは前からなのだが、紫苑は敢えてそのことに自問自答する気はなかった。


「怪我しないようにね。荷物は持っておくよ」


今までと変わらず、口をついて出たのは保護者のような言葉であった。

といっても花梨も特に気にはしていない様子で嬉しそうに頷き、紫苑に荷物を預けると幼い子供のように駆け出した。

が、一度戻ってきたかと思うと荷物をガサガサと漁りだしデジカメを取り出すと記念写真を撮ってほしいと紫苑へ渡す。

紫苑がにこりと笑って頷くと今度は一目散にジャングルジム目指して駆け出した。

そのあとをゆったりとした歩調で歩く紫苑。

完全に親子のようだ、という感想はここでは伏せておこう。

花梨はあっという間にジャングルジムの頂上へと昇る。


「師匠ー!撮ってくださーい♪」


満面の笑みで紫苑を見る花梨。

促されて写真を撮ってみるが、、、

残念ながら一枚目はブレてしまった。

荷物が邪魔をしたのか、光が眩しかったのか。


「逆光だねぇ」


ぽつりと呟くと紫苑は花梨に取り直すと伝え、再びカメラを構えた。

しかし、僅かな風が木々を揺らし夕焼けになりかけた光が紫苑へと伸びる。


「眩しっ」


目を瞑ると同時に、条件反射のようにシャッターを押してしまい思わず苦笑いが浮かんだ。

花梨はというとそこからの眺めを堪能している様子で、紫苑はそれを優しい笑みで見守っていた。

しかし、紫苑が花梨から目を離したその時である。

ジャングルジムの頂上から花梨は紫苑のそばにぴょんとジャンプして飛び降りようとした。

しかし、飛び降りた時に体制を崩してずてーんと転んでしまう。

どうやら捻挫をしてしまったようで花梨は僅かに顔をしかめた。


「危ない!」


何やら気配を感じて振り向いた紫苑が見たのは空中に浮かぶ花梨の姿。

お互いの荷物を持っているため、受け止めることも叶わなかった。


「気をつけてねって言ったじゃないか…大丈夫か?」


呆れたような、心配したような、なんとも言い難い表情で花梨へと駆け寄る。


「足首を。。。いてて。」


大丈夫ですよと立ちあがろうとするも、痛みのせいからかなかなか立ち上がれないようだ。


「全く…」


小さなため息をついて紫苑は荷物を持ち直す。

そしてひょいと花梨をお姫様抱っこしたかと思うと近くのベンチへと下ろした。

そしてその隣へと紫苑は座る。

2人がベンチに座ったところに子供を連れた男性が心配そうな顔で近寄ってきた。

おそらく先ほどの流れを遠目に見ていたのだろう。


「お嬢さん、大丈夫かい?」


「ねぇーたん、ぴょーんって!ぴょーんてしてた!」


男性が声をかけると同時に少女はどこか嬉しそうに満面の笑みを浮かべてそう言いながら花梨へと駆け寄る。

少女の年齢は2〜3歳くらいだろうか。


「ちょっと捻挫しただけなので、大丈夫。。。」


「(>艸<○)えへへ」


花梨は男性にそう返しながら少女の頭を撫でると、少女は嬉しそうに笑った。


「子供の遊具といっても危ない遊び方は感心しないな」


「ごめんなさい。。。」


どこか安堵したようににこりと笑いながらも男性はそう花梨に言葉をかけると花梨はしゅんとした顔をして僅かに俯いた。


「連れがすみませんね。しっかり言い聞かせておくので」


「もぅ!子供扱い!師匠!っいてて」


紫苑は立ち上がり、軽く一礼してそう述べた。

本当に保護者のような物言いである。

その紫苑の言葉に思わず抗議の声をあげて立ち上がりかけた花梨だったが、やはり立つのは辛いらしくストンとベンチに座り直す形となってしまう。


「やんちゃな彼女さんだね。気をつけて」


そんな2人の様子をみて男性は微笑ましげにはふふっと笑みをこぼす。


「師匠?」


そして花梨の言葉に首を傾げた。


「か、かか、かの、かのじょ。。。」


「しーしょ??おねーたん、ししょ?(*′艸`)」


男性と少女の言葉はどうやら花梨の耳には入っていないらしい。

顔を真っ赤にしてそういうと俯いてしまった。


「彼女は両親を失っていて、今は僕が面倒を見ているのですよ。そのついでに僕の仕事を教えているんです」


紫苑の言葉に正気を取り戻したらしい花梨はそばでキャキャっと笑っている少女の頭を「そうだよー」と言いながら優しく撫でて笑った。

が、頭の中はおそらく“彼女”と言う言葉がぐるぐると回っていることだろう。


「あぁ、なるほど。そうなると未来も明るいね」


紫苑の言葉をこの男性はどのように受け取ったのか。

そういいながら2人を見てにこりと微笑んだ。


「ちょちょちょ!?何言って!?」


いち早く言葉の意味を理解した花梨は慌ててそう言うがその顔は真っ赤に染まっている。

恐らくだが、男性は紫苑が自営業をしていると思ったのだろう。

そして、今はその仕事を教えている、と。

そしてそのまま結婚して一緒になにか仕事をするのかなという意味にとらえたのだ。


「いやいや、妹みたいなものですよ」


そう言いながらも何か思うところがあるのだろう。

意識的にか無意識的にか紫苑の瞳は僅かに泳いでいる。


「子供はやがて大人になるからね」


「。。。///」


男性がにこりとしてそう言うと、花梨の頬はより一層赤くなる。

なんとも言えない沈黙が流れるが、男性はニコニコと2人を見ているだけだった。


「し、師匠!にもつ、その、私の荷物貸してくださいっ!」


「ん?あ、あぁ、はい」


どこかぎこちない2人のやりとりすら側から見ると初々しいと言うか微笑ましいと言うか。

花梨はバッグから救急セットを取り出すと手早く自分の足首を手当てする。

そして立ち上がってみた。

若干痛みを感じはするものの、自転車を乗って帰ることはできそうである。


「うん!これでよし!さてと」


「そろそろ帰ろうか。自転車には乗れる?」


花梨が手当を終えるのを待って紫苑が声をかけると花梨はこくりと頷いた。


「器用だね。家庭的な女性は魅力的だよね」


感心したようにその様子を見つめていた男性がまた、にこりと笑ってそんなことをいうものだから花梨の頬は再び赤く染まっていった。

そんな時である。


「あ!いたいた!おとーさーん」


そんな元気な声と共に中学生くらいの女の子がこちらに向かって走ってきた。


「おやおや、あなたこそ素敵な家庭をお持ちのようで」


「妹のような素敵な女性に出会ったからね」


その様子を見て紫苑がそう言うと、男性はそう返してにこりと微笑んだ。


「敵いませんね、ははは」


年の功というものだろうか。

とはいえ、その男性は紫苑とさほど変わらないように見えるがそこは経験の差なのかもしれない。

紫苑はそう答えて笑いつつもその視線を泳がせている。


「あ、観光客の人!こんにちは!」


4人のそばに駆け寄った女の子は、紫苑と花梨をみるとすぐににっこりとしてペコリとお辞儀をした。

その笑みが男性とよく似ている。


「こんにちはー」


先ほどの紫苑と男性のやりとりで頭がいっぱいになり顔を赤くしている花梨は返す余裕がないようだ。

紫苑は女の子ににこりと笑って挨拶を返した。

一瞬ほっこりとした女の子だったが、ハッとしたように男性を仰ぎ見て口を開いた。


「あ、そうだった!お父さん、お母さんが帰ってきてって!」


早く早く!と女の子は妹であろう少女を抱っこしながらそう伝えた。


「お陰で可愛い娘達もいて幸せだよ」


そういう娘の頭をぽんぽんと撫でながら、男性はそんな意味深な言葉を紫苑に投げかけた。

紫苑はなんとも言い難い顔をして笑みを浮かべるしかなかった。

すると、やっとこちらへ戻ってきた花梨である。


「心配してくれてありがとうね、女の子ちゃん」


お姉ちゃんに抱き抱えられた少女の頭を撫で撫でしながらにこりと笑った。


「ききょー!わたしききょー!(>艸<○)」


嬉しそうにキャキャと笑って少女はそう告げた。


「ききょうちゃんね、可愛いお名前ね。なでなで。かざはなよ、言えるかな?」


「かざはなー」


ききょうは頭を撫でられるのが好きなのか、落ちそうな勢いではしゃぎながら笑っている。


「あ、えと、私はけいとです!」


女の子は一生懸命に腕の中ではしゃぐききょうを制しながらぺこりと一礼して少し照れ臭そうにそう自己紹介をした。


「ききょうちゃん、いい子ね、お陰で捻挫も和らいだわ、ありがとうね」


「おねーたん、かざはなーおねーたん?」


しかし、ききょうの騒ぐ声にかき消されてその声は花梨に届いていないようだった。


「師匠、そろそろ帰りましょうか」


一通り戯れた後に花梨は紫苑の方を向き、にこりと笑ってそう声をかけた。

実は少し前から帰りたさそうに花梨を見ていたのだが、それになかなか気づく様子はなくどうしたものかと声をかけれずじまいだったことを花梨は知らない。


「かざはなさん、とお兄さんは、、、お名前なんですか?」


そんな時、少し恥ずかしそうにけいとは紫苑を見て口を開いた。


「僕は紫苑だよ、よろしくね」


「しおん、さん。はい!宜しくですっ!(*′艸`)」


どこか嬉しそうに答えるけいとであるが、その心を紫苑が知るはずもない。


「それじゃ、行こうか。風華さん、紫苑さん、観光楽しんで」


けいとからききょうを受け取りながら男性は2人にそう告げる。

2人はありがとうと笑みを浮かべた。


「ききょうちゃんも、けいとちゃんたちも、気を付けて帰ってくださいね」


「ねーたんまたねー」


「さようならー」


そして3人仲良く公園から去っていった。

いつのまにか、公園に残っているのは紫苑と花梨のみである。


「それでは、そろそろ戻りましょうか、師匠」


「そうしようか」


2人はゆっくりと自転車を漕いでホテルへと帰って行く。

花梨に無理をさせないようにと紫苑がペースを合わせていることに気づいているのかいないのか。

そして、他愛もない会話を交わしてはいるがその心にはそれぞれ何を思っているのか。

知るのは本人達だけであった。

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