滞在5日目 〜中編(1)〜

つぅーつぅー洞をのんびりと堪能した彼は誰と葉山が砂浜へと帰り着く頃、こちらでも舞台の設置作業が行われていた。

いつの間にか葉山はサングラスをかけ、帽子を深めに被り直している。

彼は誰と葉山は村の中の祭りの準備をしている様子などを眺めながらぶらりと歩く。

そして時間も程よいと言うことになりかふぇへと向かった。



かふぇに着くと、外にあるテーブルに三原と薬師丸が座ってお弁当を広げようとしているところだった。

彼は誰と葉山がそんな2人のところへ近寄ってみると、葉山に気付いた三原はそっと何かを葉山に渡した。

どうやら小さく折りたたんだメモのようだ。

葉山は周囲を確認してからさっとメモに目を通す。

そして葉山はバッグから手帳を取り出し何かをさらさらと書き始めた。

薬師丸はというと、弁当に感動してベラベラと喋るのに夢中でそんな2人の様子は目に入っていないようだ。


「やあ、彩りのいい食事だね」


葉山と三原の様子をチラリと横目で確認した彼は誰は薬師丸のそばに行くとそう声をかける。

声をかけられてやっと、葉山と彼は誰に気づいた薬師丸は相変わらずな様子で語り始めた。


「おお!これはこれは同じ旅行の!見てみたまえこのお弁当を!いやー、私が泊まっているのは旅館の方なんだけれどもね?この新鮮な魚介類の数々!しかし、華やかにけれどもこのどうにも胃袋を掴む美味そうな匂い、今すぐにでも胃に収めてくれと誘っているようじゃないか!旅館の食事も豪華で味も何もかも素晴らしいものではあるが、その中に含まれている作り手の優しさ、語りかける食材の味を殺さぬ技術!いやー私が料理人であれば手解きを受けたいほどではあるけれどもね。しかし私は料理の方はからっきしでね。隠し味などは全くわからないんだけれどね。しかし、わからなくとも素晴らしいことには変わりないのだよ」


「うんうん、つまり美味しいってことだね」


彼は誰はニコニコとしながらもさらっと一言でまとめる。

そして、そう言いながら薬師丸の弁当から盗み食いをし始めた。

しかし、それに気づいているのかいないのか。

尚も薬師丸は熱く語る。


「一言で言ってしまえばそういうことなんだがね。その一言だけでは言い表せない感動があるのだよ。その感動を表すすべを私は持ち合わせてはいないんだけれどね。そこはとても口惜しいところだよ。私の語彙力不足、表現不足を認めざるおえないところではあるのだが、それほどに素晴らしいということなんだよ。もしも、私の家のそばにこのような料理を出す店があるのならばきっと私は毎日にでも通ってもいい、いくら出しても惜しくないと思うことだろうね。ただこの島独特の味付けなどもあるだろうからそれはきっと叶わないことなのだけれどね。可能ならば是非、本州に進出して欲しいものだよ。最近はくだらない店が多くてね、知人に連れられて行くこともあるがどうにもくだらないものばかりなのだよ。アイデア、そうアイデアがないのだよ。この島のような魅力も誘惑もないのだよ、わかるかね君!」


「もぐもぐ、確かに美味しいねもぐもぐ」


この手の人物の扱いには慣れているのかもしれない。

どちらにせよ、彼は誰は葉山と昼を食べにきたわけなのだから腹は減っている。

数が多いものからひょいひょいとつまみ食いをしながら相槌を打った。


「そうだろう、そうだろう!この味の感動が君に伝わるかね!それは例えるならばはじめての出会い!そう!運命とでもいうようなはじめての感動だよ!どのような味と聞かれれば一言で表すことはできないようなこの味!食材もこの島独特のものだということもあるのだろうけれどね?きっと味付けすらもこの島独自のものなのだからどのような味と聞かれて表せるものではないのだけれどね。けれどやはり煮込み加減、焼き加減、何より愛情とでもいうのだろうか。美味しく食べて欲しい、全部食べて欲しいという気遣いや労りすらも感じるのだよ。だからこそ、食べた後もまだ食べたい、また食べたいと思う。そう、あまりいい例えとはいえないけれどね?ある意味一種の麻薬、依存すらをも生むような味の魅力ということだよ。これはもう、帰る際にこの弁当をいくらか作って持ち帰り冷凍でもするべきかなとも考えてているところなんだけれどね。後数日、しっかりと楽しみたい味ではあるが、残り数日しかないと思うと実に名残惜しい味というものだよ」


そうかそうか、ふんふんと頷きながらも笑顔で彼は誰の盗み食いは続く。

いや、もはや薬師丸公認のつまみ食いだろうか?

もはやお裾分けともいえるのだが。


「緋色、そろそろ中に入ろうか」


三原との用が終わったのか、葉山がそう声をかける。


「この店のもぐもぐブレンドもおすすめだよもぐもぐ」


そう言って最後の一口をごくりと飲み込む。


「ああ、お待たせ」


彼は誰は葉山の方を見ると、何事もなかったかのような笑顔でそう答えた。


「ご馳走様、叔父様」


薬師丸に爽やかな笑顔でそう伝えると先に店へと入っていく葉山の後を追う。

薬師丸はまだ何か話しているが放置してかふぇにはいった。




注文を終えた後、葉山は一枚の紙を彼は誰に差し出してみせた。


「僕は何をすればいい?椿を助けたい。」


紙にはそう書かれている。

おそらく先ほど三原が差し出したものだろう。

そして手帳を出し、何かを書くと葉山は彼は誰に見せた。


「田中幸子を探し出して協力を仰げば助かる可能性はあるだろう。が、俺は城を切り捨てる」


彼は誰がそれらを確認したのを見て、三原のメモを手帳に挟み、バッグへしまった。


「僕はあなたについていくよ。さあ、次はどこに向かうんだい」


「それは多分、緋色の心をドキドキさせるくらいには面白いものが見れるところだよ」


彼は誰の問いかけにニヤリと笑って葉山は答える。

それに対して彼は誰はどこか嬉しそうにふふふと笑って返した。






一方その頃、お城を回り終えた3人は自転車を止めていた朱雀門へと帰ってきていた。


「そろそろお昼も近いわね。楽しい時間はあっという間だわ。私は帰らなければいけないけれど、、、」


あじさいは紫苑と花梨に申し訳なさそうな顔をしてそう伝えた。


「あぅ。では帰りましょお」


「帰るなら送っていくよ」


残念そうな声でそういう花梨の肩をポンポンと宥めるように優しく叩いて紫苑はそう申し出る。


「あら?ありがとうございます」


紫苑の申し出が嬉しいのか、それとももう少し会話を楽しみたかったのか。

どちらかはわからないがあじさいはにこりと笑ってそう言った。

3人は並んで自転車を漕ぎながら、また他愛もないお喋りに花を咲かせる。

そんなこんなしているとあっという間に村の八百屋へと辿り着いた。


「おや、おかえり」


「ただいま!二人とも送ってくれてありがとう」


八百屋に着くとその店先ではまだ忙しそうなうめの姿があった。

花梨と紫苑にお礼を言うとあじさいはにこりと笑う。


「二人ともお昼どうするか決めてるかしら?もしよければ、、、ねぇ?母さん」


ふと思い出したかのようにあじさいは2人に問いかける。

そして母親であるうめにお願いするような眼を向けた。


「お昼はまだ決めてないね」


「わくわく」


紫苑はどちらかと言うと冷静に答えてはいるが、まだ誘われてもいないのに花梨は期待いっぱいの眼差しである。


「そうだね、大したものは用意していないけれど二人増える分には問題ないよ」


そんな2人を見つめたうめはにこりと笑って答えた。


「いいのですか?」


紫苑は申し訳なさそうにそう尋ねる。

花梨は素直と言うか、それを聞いて今にも飛び上がりそうなほど嬉しそうな顔をした。


「狭苦しいところだけれどね、二人がいいならあじさいとも仲良くしてもらってるし食べてっておくれよ」


「お言葉に甘えて。、。えへへ」


「ありがとうございます」


うめの言葉に花梨は照れくさそうに笑っている。

どちらかと言うと花梨が構ってもらっている状態なのではあるが、そう言うのは無粋だろう。

紫苑はやはり申し訳なさそうな顔をしながらもお礼を口にする。


「ここを片付けたらすぐ支度するからあじさい先にうちに案内してあげな」


「わかったわ!」


うめの言葉にあじさいは嬉しそうに返事をした。

そして、紫苑と花梨を連れて上条家に案内をする。

紫苑と花梨は客間に通され、食事ができるまでのんびりしてて欲しいと言われた。

あじさいはと言うと、帰ってきたうめの手伝いをするようだ。

いい匂いが漂ってくる頃、あじさいの父親である歩と兄の巧が帰ってきた声がした。

そして、出来上がった食事を6人で囲む。

紫苑と花梨は他愛もないお喋りに花を咲かせ楽しいひと時を過ごした。



二人は食事を終えると上条家を後にする。

そして、村の中央に設置されている舞台を見に行くこととなった。


「いよいよお祭りって感じがするねー」


「ですねぇ、あと2日かぁ。。。」


紫苑の言葉に花梨は名残惜しそうに答える。

今日で滞在5日目。

あと2日が過ぎれば3日後にはこの島を出ることとなる。

長いようで、あっという間の一週間だ。

紫苑は今の状況をみて、土曜の夕方、早ければ昼頃にはしっかりとした立派な舞台が出来上がるんじゃないかななどと言うことを考えているみたいである。

花梨は鼻歌混じりに紫苑の隣を歩いき一緒に舞台の方へと歩いていく。


「2人とも、あまり舞台に近づくと危ないよ?」


そんな2人に気づいた樹が声をかける。


「ああ、すみません」


「見物するなら少し離れてみてね」


そう言いながら紫苑が歩みを止めると樹はニコリと笑ってそう伝えた。


「わ、わかりました、げんばね。。。ききょうちゃんのお父さん」


「げんばね?」


花梨の言葉に紫苑が首を傾げると、樹も首を傾げている。


「???、、、お客さんに怪我させるわけにはいかないからね」


花梨の言うことはよくわからない様子であるがにこりと微笑んでそういった。


「向こうにも舞台があるみたいだし、行ってみない?」


「そうですね、行ってみましょう」


暫く舞台を眺めていた紫苑がそう提案すると、花梨は頷きながら同意した。

そして2人は砂浜の方の舞台へ向かう。



海の方へ移動すると、ダイビング受付と海の家の間あたりに丸い舞台が出来上がりつつあった。

花梨が舞台の方に目を向けると、1人の男性が設計図のようなものを見ている。

2人は知らないことではあるが、右輪島蒼である。

それを後の2人が覗き込んでいることがわかる。

1人は紫苑がかふぇで見かけた仮屋崎翔、もう1人は時雨泉である。

2人で砂浜に降りる階段を降りていると紫苑は舞台に気を取られていたのか、3人の男性に気を取られていたのか、何もないのに躓いき、パターン!と豪快に砂浜に突っ込んだ。


「気が抜けているのかな、この島に来てから転んでばかりだ」


恥ずかしさを隠すかのように紫苑はそう言いながら立ち上がる。


「し、師匠、大丈夫ですか?? わっ!」


「うん、大丈夫…」


花梨が慌てて紫苑に近づくと花梨は紫苑の足に躓く。

その2人の会話に3人は気付いたのか2人に駆け寄ってくる。


「あんた、大丈夫か?」


先に駆けつけた翔がそう声をかけた。


「え、ええ。大丈夫でうおっと」


「おっっとと。」


花梨は紫苑の目の前で転けた反動を使って身軽に側宙をする。

そして次に駆けつけた蒼が2人に声をかけた。


「2人とも都会っ子かい?都会の人に砂浜は歩き慣れないだろうから気をつけて」


思ったよりも軽傷に見えるからだろう。

蒼はそう言って2人に笑いかけた。

側宙した花梨は器用にスカートもめくれないようにしっかり隠している。

そして、最後にやってきた泉は少し呆れたような笑みで声をかけてきた。


「まぁ、都会の人にはこの島の観光は筋トレみたいなもんだなぁ」


「随分と鈍ってしまったようなので、また鍛えなくてはいけないようですね」


紫苑は3人に照れ隠しのような笑みを浮かべてそう答えた。


「すみません、ご心配ありがとうございます」


花梨も慌ててぺこりと頭を下げながらそう言った。

そして、2人はあることに気づく。

2人は泉とは初対面ではあるが、どこかで会った気がした。

あったというより、似た顔をどこかでみたのだろうか。

そしてふとあることに気づく。

先程、村の舞台を設置していた男性と似ている気がする。

血縁者なのだろうか。

そして2人はこんな思いも浮かんでくる。

どこか、、、三原さんに似ているな、と。


「三原さん…の御家族ですか?」


恐る恐る、といった様子で紫苑は尋ねてみた。

すると、泉はなんの話だろうかという様子で口を開く。


「ん?三原?俺は時雨って苗字だけど?といってもどこにでもある顔だろ」


泉は紫苑の問いかけにそう言って笑った。

そういう泉の様子を観察した紫苑だったが泉は言葉通り三原のことを知らないようだと思えた。


「ああ、知り合いに似ていたもので…失礼しました」


紫苑は苦笑いをしながら泉にそう言って頭を下げる。

そして3人に尋ねた。


「舞台が2つありますが、それぞれ何に使うものなのですか?」


紫苑の言葉に蒼がおや?と言った様子で口を開いた。


「あれ?チラシ貰わなかったかい?」


そして蒼の言葉に続けて翔が口を開く。


「祭りの始まりは村の中央で、祭りの終わりはここで舞が行われるんだよ」


2人の言葉に紫苑がなるほどと言うように頷く。


「そうなのですね。別々の場所でやるのですねー」


「毎回そうだよ。都会の人には珍しい風習かもしれないけどね」


紫苑の言葉に泉は笑ってそう言った。

そんな泉を紫苑はそっと観察してみる。

見た目的には40代くらいに見えるけれど、もしかしたら話し方や振る舞いから、若く見えるだけでもう少し上かもしれない、と言った感じである。

花梨はというとそんな紫苑をよそに舞台をぼーっと眺めていた。

3人が舞台作成に戻っていくと紫苑は花梨に声をかける。


「この後どこか行きたいところはある?」


「えっと、海でも見に行きますか?」


声をかけられてハッとしたような様子の花梨は少し考えてそう答える。


「そうしようか」


花梨の提案に紫苑は笑顔で頷いた。


「崖から景色みちゃいましょ!」


「せっかくだし写真も撮ろうか」


2人がそんな話をしていると、何かを思い出したように蒼が2人の元へやってきた。


「そういえば、観光のお二人さん。八百屋には行ったかい?今は祭りのために色々な食材仕入れてるからお二人さんには珍しいものばかりだと思うよ」


そう言って蒼はにこりと笑った。


「変わったものか…見ていく?」


「えぇ、見てみたいです」


蒼の言葉に紫苑は少しだけ興味ありげな様子で花梨に尋ねる。

すると花梨は紫苑がいいのならと言った感じで頷きながら答えた。

花梨としては師匠であり、少しの恋心を自覚した身としては一緒に行けるのならばどこでもいいのかもしれない。

結局、2人はそのまま八百屋へ引き返すこととした。



八百屋に着くと、やはりうめが忙しそうに商品を並べたり、手元の紙を見ながら箱に詰めたり忙しそうな様子である。


「おや、お二人さんどうしたんだい?」


ふと、紫苑と花梨に気づいたうめが先に声をかけてきた。


「珍しい食材があるかもと聞いたので覗きに来ました」


「あら、風華ちゃんさっき振りね」


うめと紫苑さんの会話が聞こえたのか、パタパタと足音がしたかと思うと奥から顔を出したあじさいが笑顔で声をかけてきた。


「珍しい食材ねぇ、、、そうねぇ、、、」


「た、ただいまです照」


紫苑の言葉に少し悩んでいる様子のうめである。

そして花梨はあじさいの言葉にどこか恥ずかしそうに挨拶を返した。


「よくお料理するので、珍しい食材を見に来ました」


花梨のそばへやってきたあじさいに花梨はそう言って笑みをみせる。


「これとかは知らないかな?ビーツっていうんだけどね」


少し悩んでいたうめだったが、1番近くにあるビーツを手にとって紫苑に見せる。


「食べてみるかい?」


不思議そうな顔でビーツを眺める紫苑にうめはニコニコとした笑みでそう尋ねた。

どうやら試食をさせてくれるらしい。

近くにあったフルーツナイフで手際よくカットして紫苑と花梨に渡す。

それをみたあじさいも残りに手を伸ばして口に運んでいる。

ビーツは真っ赤な色が特徴の野菜で、見た目はカブのようだが、ほうれん草の仲間らしい。

「食べる輸血」といわれるほど栄養豊富で、少し土臭さはあるが、味は甘みが強く美味しいのだという。

みぎわ島では生で食べる事が多いけれど、一般的には火を通して使うそうだ。

皮が固いため、皮ごとゆでてからカットするといいらしい。

スープやホイル焼き、酢漬けやサラダにして食べるといいこと、おすすめはポタージュだとうめは丁寧に説明をしてくれた。


「あとはこれも生で食べれるものだけれど珍しいかもしれないね」


そう言ってうめが見せてくれている物はグリパラリーフである。

「はりんご」とも呼ばれていて、ほのかな酸味とリンゴのような風味が特徴だという。

皮ごとそのまま食べることができるが、葉にディップやソースをつけて食べると、食感や風味を楽しめるらしい。

刻んでヨーグルトやサラダに入れるのもおすすめで、チョコレートをかけるとおやつ感覚で味わえるとのことである。


「あとはこれも珍しいんじゃないかい?」


次に見せてくれたのはアイスプラントである。

アイスプラントは青菜特有の青臭さも無く、嫌な癖がほとんど感じられないらしい。

食感はシャキシャキした感じで、繊維質も感じずとても歯切れが良いとか。

そしてほのかな塩味があるそうだ。

さっと水洗いするだけで食べられるそうで、島の人達も好んで食べるらしい。

軽い塩味が付いているため、ドレッシングや塩は控えめでいいとのこと。

さっと茹でてお浸しやマリネとしても、鮮やかな緑とシャキシャキした食感が残り、美味しく食べられるといって笑みを見せた。


「あとは、これは生では食べれないけれど、祭りで振る舞うジュースにするんだよ」


そう言って見せてくれたのは奇妙な見た目をしたグアナラである。

ガラナと言った方が伝わるのかもしれない。

まるでたくさんの瞳がこちらを見ているような見た目ではある。

ガラナはスムージーやお茶にして飲むのがこの島での日常らしい。

ジュースにしたり、そのまま食べるには苦いので砂糖を加えて甘いジュースにするのだと言う。


「あぁ、あとこれは生でも食べれるよ」


ふと思い出したように見せてくれたそれはコールラビというものである。

生のままでも食べられるが、炒め物や煮物にも使える野菜だそうだ。

外側の皮は硬く、煮ても筋っぽいので厚めに剥いたほうが良いと教えてくれた。

味的には、食感がカブのようなダイコンのような、それでいて味はブロッコリーやキャベツのイメージだと面白そうに話す。

生の状態ではシャキシャキとした食感を楽しみ、炒め物ではコリッとした食感を、そして煮物ではダイコンのように出汁を吸って口の中で崩れる感じを楽しむ事ができるらしい。

紫苑や花梨には馴染みのない野菜のようだ。

説明を聞いたところでイメージが湧かないらしく、複雑な表情をみせた。


「あとこれは、、、海ぶどうって言った方が伝わるかもしれないね」


「あ、海ぶどうだ」


「ビーツとアイスプラント、あとは…見たことないね」


うめが見せたそれに花梨の顔が明るくなるのがわかった。

流石、料理をすると言うだけのことはあるようだ。

一方、紫苑はというとその殆どが珍しいらしく知識欲旺盛な、興味津々な様子でそう呟くように言った。


「クビレズタっていうんだけどね、海ぶどうって名前の方が有名だからね。あとはこれはみたことあるんじゃないかい?」


「ドラゴンフルーツですね!」


「風華ちゃん、よく知ってるわね」


花梨の元気な反応をみて、あじさいは楽しそうに笑った。

うめも段々と調子が出てきたのか、得意げな顔をしている。

ナタデココみたいな食感がするんですよね、などと花梨は少し興奮した様子をみせた。


「あとはこれはものよりジュースの方が有名だから見るのは初めてじゃないかい?」


そう言ってみかんのような大きさの、黄色くて丸いフルーツであろうものを見せてくる。


「マラクジャって言うんだけどパッションフルーツって言ったらわかるかい?」


「パッションフルーツですね!実物は初めて見ました。、。」


うめはそれを聞いて説明を始める。

マラクジャは切ってみると中は種だらけなのだが、そのまま種も含めて食べることができるという。

ただし、かなりすっぱいので日本のグレープフルーツの食べ方と同じく、砂糖をかける人が多いそうだ。

ジュースやお茶やジャムの材料になる場合もあるという。


「後これは見た目はこんなだけどね、甘くて美味しいよ」


そう言ってうめに見せられたランブータンは赤くてモジャモジャとしていてまるで得体の知れない生き物のように見えた。

うめが割ってみると、中にはクリーム色のつるんとした、ライチのような実が入っている。

汁気も甘味も十分でとても美味しいのだという。

ただし、ライチよりは果汁が少なく濃厚な酸味と甘味があるらしい。

種離れが悪いからと実に切れ目を入れてからうめは紫苑に手渡した。

口に入れてみると紫苑はなるほどと言った表情を見せた。


「きっと普通の八百屋さんには出回っていないかもしれないわね」


「写真だけなら見たことあります!」


「あら!風華ちゃん、博識なのね」 


あじさいの言葉に花梨はそう元気に答えるとあじさいはにこにことしてそう言った。

褒められた花梨はというと嬉しそうに頬を染めて照れ笑いを浮かべている。


「よくご飯作ってましたので!笑」


そう言いながら照れ笑いの中に少し得意げな様子を見せた。


「これはブロッコリーが苦手な人には無理かもしれないねぇ」


そう言ってうめが見せてくれた物はロマネスコである。

つぼみがらせん状にとがった、巻き貝にも見える特徴的な外観を持ち、ブロッコリーに近い味と、カリフラワーに近い食感を持っている。

カリフラワーと同様ににゆでて食べるほか、炒めて食べることもできるらしい。


「これはポップコーンにして出すんだけどね」


そう言って手に持っているのはさまざまな色の粒がついたグラスジェムコーンである。

レインボーコーンとも呼ばれるらしく、観賞用にされることもあるらしい。

トウモロコシのような甘みを持たず、焼いたりゆでたりすると固くて食べにくくなってしまうらしく、ポップコーンにして食べるのか1番いいそうだ。

ここまでうめの話を聞いていた2人は、あるものに気づいた。

まるで2人から隠すように奥の方にある野菜と思われるものがある。

2人はそれがなんなのかはわからなかったが、、、2人が見た物はマンドレイクであった。

麻薬効果を持ち、古くは鎮痛薬、鎮静剤、瀉下薬(下剤・便秘薬)として使用されたが、毒性が強く、幻覚、幻聴、嘔吐、瞳孔拡大を伴い、場合によっては死に至るため現在薬用にされることはほとんどない。

この場に彼は誰がいたのならば、もしかしたら知っていたかも知れないが。

うめはそんな2人には気づいていないようだ。


「それからあとは珍しいと言うものはこれくらいだねぇ。葉っぱは毒だから食べれたもんじゃないんだけどね。ジャムにして出すんだよ」


そう言って最後にルバーブを見せてくれた。

よく知られる調理法としてはジャムが1番だという。

味はさわやかな酸味があり、ドレッシングやサラダにしても美味いそうだ。

ほかにもルバーブを細かく刻み、ブラックペッパーとオリーブオイルに混ぜてドレッシングにしたり、ジュースやケーキ、砂糖漬けも美味しいそうだ。

ただし、葉っぱには毒があるため注意しなければいけないよとうめは真剣な顔で2人に言い聞かせた。


「お土産に買ってもいいお野菜ありますか?」


ふと、見せてもらった物達を見ながら花梨はうめに尋ねる。


「おや、どれか欲しいものがあるのかい?」


「また買いに来るかもですが、今夜のデザートに果物買って帰ろうかなって照」


いくつか興味を引くものがあったのだろう。

花梨は少し恥ずかしそうにそう答えた。


「ここにあるもののいくつかはホテルの夕食に出るとは思うけど買ってくかい?」


うめの問いかけに花梨は少し悩んでいる様子だ。


「何か買ってあげようか?」


そんな花梨にそれまで黙っていた紫苑が不意に口を開く。


「えっと、じゃあ、、、ドラゴンフルーツと、ランブータン、パッションフルーツを」


「おや、そんなにたくさん大丈夫かい?夜食用かい?」


夜食用とは言うけれど、夕食をしっかり食べるであろう花梨の細い身体のどこにその量が入るのかとうめは驚いている様子である。

常温保存できるとはいえ生物だ。

夜は涼しくなるとはいえ、出来るだけ早く食べてほしいと思っているからこそだろう。


「えぇ、ホテルで夜の談笑のときの夜食に」


「育ち盛りだと夜食も必要だろうね!あじさいもよく食べてるからね」


花梨の言葉にうめはそう答えながら納得したようににこりと笑った。


「いくつ買ってくかい?」


「1つずつお願いします」


うめの問いかけにまた少しだけ悩んだ様子の花梨であったが笑顔でそう答える。


「じゃ、せっかく観光に来てくれてるんだから全部で1000円にまけておこうかね」


そう言って花梨が答えたフルーツを紙袋に入れて渡す。

代わりに紫苑がスマートに1000円札をうめへと渡した。


「し、ししょ、それくらい私がっ。。、」


「まあ旅行だしね、そのくらい僕が払うよ」


その様子を見て慌ててバックから財布を出そうとする花梨に紫苑は笑顔で答えた。


「おや、買ってあげるんだね、それじゃ追加して2500円でいいよ」


その様子をみたうめが少しニヤニヤしながら花梨に渡した紙袋に追加のフルーツを詰め込む。


「/////」


商売上手だなと思いつつも紫苑は追加の支払いを済ませた。

花梨はというと、嬉しいやら恥ずかしいやらで顔が真っ赤に染まっている。

そしてそれを隠すかのように俯いた。

結局、ドラゴンフルーツ1個・パッションフルーツ3個・ランブータン3個を買って帰ることとなった。


「さて、これからどうしようか?」


「あ、ししょー!まだ時間もありますし崖を見に行きましょー!」


じゃ紫苑の問いかけのような言葉に花梨は上機嫌と言った様子で答える。

そもそも崖に行くつもりをしていたので紫苑に断る理由もなく、2人はそのまま崖に向かって自転車を漕ぎ出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る