滞在1日目〜後編〜
食事を終えた彼は誰は部屋に戻る前に一階の喫煙所へと足を運んでいた。
いつものアークロイヤルワイルドカードに火をつけ、携帯を開く。
(・・・なるほど)
開いた携帯の右上には“圏外”の文字が出ていた。
少なくともフェリーに乗って1時間ほど経った頃はまだ電波は届いていたはずだ。
だからこそ葉山とのやりとりを交わせたのだから少なくとも電波が途切れたのはその後となる。
このホテルがそうなのか、それともこの島全体がそうなのか。
色々な考えが彼は誰の脳裏に浮かぶ。
彼は誰は吸い終えると自室へと戻り、小説を手に取った。
そして再び部屋を出ると紫苑の部屋をノックする。
「やあ、どうかしましたか?」
扉が開くと紫苑は相手が彼は誰だと言うことを確認してにこやかな笑みでそう口を開いた。
「やあ、忘れ物だよ」
手に持った小説をひらひらさせながら彼は誰はそういうと何を思っているのかぐいっと紫苑の部屋へと入り扉を閉めた。
そしてそのまま彼は誰は部屋の中央へと歩いて行く。
(ふむ・・・・)
その後ろ姿を眺めながら紫苑もまた何か思うところがある様だ。
特に制するわけでもなく、後を追った。
「あれ、かはたれさん?」
部屋の奥へと進むと、キョトンとした顔で花梨がそう口を開いた。
食事を終えた後、そのまま紫苑の部屋へと着いて来たのであろう。
もしかすると明日からの観光の予定でも話していたのかもしれない。
彼は誰から見て、恋仲には見えなかったためにその様な思想へと至ったわけだが。
「携帯、つかえないみたいだね」
彼は誰は2人をそれぞれ見るとそう口を開いた。
特に驚く様子を見せずに紫苑はポケットから携帯を取り出して画面を確認する。
「離島だからでしょうか?」
「え?そうなんですか? お部屋にケータイおいてきちゃいました」
紫苑と花梨は口々にそう言った。
確かに離島だからと言えなくもないが、このご時世にそんなことがあるのだろうかとも思う。
紫苑の携帯も当然のように圏外を示していた。
「あと、あまり大っぴらに言わない方がいいかもね」
「お互いに、ですね」
彼は誰の言葉に紫苑がそう返す。
その言葉にやはり花梨はピンときていないようで首を傾げた。
「視線、きづいていたかい?」
「ええまあ、一応」
「えっと。。。なにも。。。汗」
彼は誰の問いに紫苑は頷きながら返すが、花梨はどこか慌てた様子でそう答えた。
彼は誰が言う“視線”とは先程の食堂での出来事である。
3人が食事をする様子をキッチンからまるで監視しているかのように見つめる目があったことに彼は誰は気づいていた。
そして、紫苑もそれとなく気づいてはいたのだ。
花梨はというと、座る位置がキッチンに背を向ける形となっていたためか気付けていない様子である。
「まだまだだね」
「あぅ」
紫苑のそんな言葉に花梨はどこかしょんぼりした様子でそう声を漏らした。
といっても今回仕事で来ているわけではないため、仕方ないかという思いもなくはない。
何かあるわけではないのなら、それはそれでいいのだけれど、と紫苑は思う。
「何かあったら、野外でね」
それだけを告げて彼は誰は扉へと向かったが、ふと足を止めて顔だけで振り返る。
「それとも、3人でする?」
「何かあればまた」
「三人で。。。?」
「まあ、夜景でも見ようか」
にこりとして言う彼は誰のジョークを紫苑は笑顔で交わす。
そのやりとりを聞いている花梨はなんのことなのかわからない様子でまた首を傾げだ。
そして紫苑は話題を逸らすかのようにそう提案する。
「UNOですか?」
3人で出来ることといえばUNOだと言う答えに辿り着いたのだろう。
花梨はピンと来た!という様子でそう答えた。
「はは、それもいいかもね」
「今回は持ってきていないなぁ」
可愛らしい答えに彼は誰は思わず笑ってしまった。
そこは純粋なのであろう。
援助交際だなんだという女子高生を仕事柄よく見るが、まるで正反対ということか。
紫苑はと言うと花梨の言葉に苦笑いを浮かべている。
その言葉からは以前、何かの時に彼がUNOを持っていたらしいことが彼は誰にはうかがえた。
そしてメモ帳に何かをサラサラと書き終えると彼は誰はじゃあねと部屋を出て行った。
「夜景みたいですけど、外出れないですよ?」
彼は誰が部屋を出た後、花梨はベッドに座り紫苑に向かって少ししょんぼりしたようにそう言った。
「窓から見ろってことかな」
そう言って紫苑は窓へと歩み寄る。
「綺麗な星空見えるでしょうか?」
花梨はそういうと立ち上がりトコトコと窓へと歩み寄った。
紫苑が窓を開けると、昼間の暑さよりは少し冷えたそよ風が部屋に吹き込む。
そして2人の視界には満天の星空が広がった。
「わぁ、涼しいですね!」
「これは心地いいね」
2人はにっこりと微笑み口々にそう言った。
普段の生活で嗅ぎ慣れた排気ガスの匂いも無ければ、無駄な明かりもない。
部屋の明かりを消せば、より一層星の瞬きがはっきりとその瞳に映ることだろう。
けれど、そんなことをしなくとも都会暮らしの2人には十分な景色である。
「やはりこういうところは星が綺麗だね」
「そうですねぇ。あ、暖かいコーヒー淹れましょうか?」
「ああ、頼むよ」
窓際の壁に寄りかかりながら星を堪能している紫苑。
星を眺めながら何を考えているのだろうか花梨にはわかりかねるところではあるがある意味いつもの光景なのだろう。
邪魔をしないようにとでも言うように花梨はそっとホテル側が用意しているコーヒーを注ぐ。
そして2人はコーヒーを飲みながら雑談を交わし、花梨は自室へと戻って行くのであった。
一方その頃、紫苑の部屋を出た彼は誰はそのまま葉山の部屋へと向かった。
そして軽くコンコンとノックをすると少しして扉が開く。
「やあ、面白いことをきいたよ。観光スポットについてなんだけど、、、」
藪から棒になんの話だろうかと言う顔をする葉山にそっと先程何かを書いたメモを見せた。
ー 携帯が使えない
中に入れてほしい ー
「あぁ、、、あれね」
それを目にした葉山はにこりと笑みを浮かべ中に招き入れるように扉を開いた。
「パンフはあるかい?」
「あぁ、あるよ。無くしたなら俺の見せようか」
そう言って一歩下り、招き入れる姿勢を見せた。
彼は誰はにこりと笑って葉山の部屋へと入る。
葉山はチラリと通路へ目配りした後、扉を閉めた。
コーヒーでも淹れようかと声をかける葉山にお構いなくと断ってから彼は誰はそっとベッド脇へと座った。
「携帯、つかえないようだね」
「あぁ、この島に着く前からそうだよ」
苦笑いを浮かべてそう伝える彼は誰になんの戸惑いの色も見せずにさらりと葉山は答えた。
「お互い、監視の目がひどいね」
そういう彼は誰の言葉には葉山はやや苦笑いを浮かべて口を開く。
「まぁ、閉鎖的な島みたいだからそんなものじゃないかな」
「そんなものかな」
葉山の言葉に彼は誰は何か考えている様子ではあるが近くの壁に背を預けたまま、構わず葉山は言葉を続けた。
「田舎とかも他所者には厳しいからね」
「電波も通らない島、か」
葉山の言葉にぽつりと呟くように彼は誰は言う。
そしてふと、何か気付いたかのように口を開いた。
「田舎の出なのかい?」
「まぁ、そんなところだよ」
彼は誰のその問いに対しては葉山は曖昧に答えて誤魔化すかのようににこりと笑う。
それが一体、何を意味するのか。
そう考えてしまうのは彼は誰の性質なのか、警察官であるが故なのか。
少しの沈黙の後、彼は誰はこう提案をした。
「僕が部屋に戻った後、葉山さんの部屋の壁を叩く。聞こえたら、叩き返してくれないかい」
ちょうどこの辺りというように、ベッドのちょうど頭の上にあたる壁を指さした。
それになんの意味があるのか。
葉山は不思議そうな顔をしながらも了承した。
「連絡手段はほしいからね」
「あぁ、、、そういうことか」
彼は誰の言葉に葉山は納得したように頷く。
連絡先を交換したものの、ここでは意味をなさない。
せめて部屋にいるのかどうかくらいは確認したいということだろうか。
「まぁでもお互い観光なんだし警戒する必要はあるのかな?それとも、何か事件の調査の一環かな?」
「お互い様だね」
彼は誰が警察官であろうことを知る葉山はそう言ってニヤリと笑った。
それに対して彼は誰は葉山も何かしらあるのだろうというかのようににっこりと微笑んだ。
「聞こえることを祈ってるよ」
「どうかな?部屋にいれば返すよ」
そう言って彼は誰は立ち上がり、じっと葉山を見つめる。
にこりと笑って返事を返す葉山ではあるが、彼の含みのあるその言葉に自分と同じようにただの観光に来たわけではないのではないかと感じた。
部屋にいる場合はということは、いない可能性もあるというわけで。
「有益な情報も、ね」
彼は誰はニヤリと笑ってそれだけを言うと葉山の部屋を後にした。
扉が閉まったあと、葉山はやれやれと言うかのように小さなため息を吐いた。
その頃、紫苑の部屋でコーヒーを飲み終え部屋へ戻ろうとした花梨であったがふと気になることでもあったようで地下のレストランへと向かった。
(何かお姉ちゃんへのお土産になるものないかな〜♪)
そう思いながらレストランへ向かうとキッチンにいた1人の女性が花梨に気づき、声をかけた。
「お嬢ちゃん、夜食か何かかい?」
「お土産をみたいです!見せていただけますか?」
そう声をかけられると花梨は目をキラキラさせながら尋ねた。
きっと姉のあぢさいへのお土産なのだろう。
「もうお土産かい?少ないけどそこのコーナーだよ」
女性はキッチンからホールへ出てくると笑顔で案内してくれる。
キッチンに向かって左手の壁沿いに簡易的なお土産コーナーが作られていた。
「オススメはありますか?」
並べられた商品をキョロキョロと見渡した後、花梨は女性に尋ねる。
女性は少し悩んだ後に一つの商品を指差して答えた。
「そうだね、、、若い子はあまり好きじゃないかもしれないけれどそこのひえ団子とひえせんべいはここでしか買えないお土産だよ」
「へぇー。美味しそうです❤️」
「食べるなら買っていくかい?お土産にするなら帰る前に買うといいよ」
「そうですね、また色々見てから決めさせてください! お財布もお部屋なので。。。笑」
「そうかい、そうかい、またおいで」
「それではまた!」
互いにニコニコとしながらそんな会話を交わしたあと、花梨は一階へと向かっていった。
一方その頃、葉山の部屋を出た彼は誰はフロントへ足を運んだ。
そこには紫苑が様子を見た時と変わらず三春ともう1人フロントにいる人が雑談を交わしていた。
「やあ三春さん」
そう声をかける彼は誰の手にはポラロイドカメラが握られている。
「ん?お嬢さん、どうかしたかい?」
声をかけられて気づいた三春が笑顔で答えた。
ホテルの写真を撮りたいと彼は誰が尋ねると、フロントにいた女性がニコニコしながら通路へと出てきた。
この女性は、ホテルについた後に女性用の浴場の前にいた女性だ。
「俺はここを動けないから」
その女性が撮ってくれると告げる。
「一緒に取れないのは残念だね」
そう言って彼は誰はさも残念そうな、どこか寂しそうな笑みを浮かべて言った。
そしてそのまま外へと向かおうとする彼は誰を三春は慌てて引き留めた。
「ホテルの中の写真で勘弁してくれないかい?外の写真は明日、日が登ってから取るといいよ」
そのことばに彼は誰はにこりとして答えた。
「夜景が好きでね、ホテルの外観を収めたいんだ」
いや、でも決まりだからと渋る三春にニコニコとしてこう続けた。
「勿論、この島のルールだと言うのは分かっている。出歩くことを禁止という項目があったことも覚えているよ。だから僕はこのホテルの敷地内から出るつもりはないし、このホテルの外観、このホテルが闇夜に輝く様を収めたいんだ。その言い分が信じられないと言うのはもっともだろう。僕は今日ここについたばかりであなた方とは初対面。怪しまれるのは仕方ない。けれど、どうしても今撮りたいんだ。だからこういうのはどうだろう?僕と一緒に誰か外に着いてきてもらう。もしくは、、、そうだな、1人だと心配だろうから2人ほど僕に付き添うと言うのはどうだろう?そして僕はそこの玄関先で待ち、2人のうちどちらかにこのホテルの外観をこのカメラで納めてもらう。もう1人は僕が勝手に彷徨かないようにそばで監視する。それならば安心できるんじゃないかな?」
にこやかにそう述べる彼は誰に三春は何も反論できない様子だった。
確かに外に出るだけならば問題ないとも言える。
出歩くなとはあるが、外に出るだけなのだ。
女性の方も何も制する言葉が見つからないらしく、三春がどう答えるのかをじっと待っている様子だ。
少し考えた後、三春は降参だというように笑みを浮かべてため息を吐いた。
「仕方ないな、おい、ついていってやれよ」
そして、フロントの方に向かってそう声をかけると、女性が出てきた扉から1人の男性が現れる。
「こいつは写真を撮るのが上手いから」
「それはよかった」
三春の言葉に彼は誰はにこりと微笑んだ。
そして島民の2人と外に出ると、彼は誰は男性にカメラを渡す。
宣言通りそこから動くつもりはないようだ。
そしてあれこれと注文をつけると、男性はそれに従い写真を撮ってこれでどうかと彼は誰へ差し出した。
「さあ、中に入ろう」
「写真、ありがとう」
彼は誰が納得のいく写真が撮れると男性は笑顔ではあるがどこか急かすようにそう告げた。
そして彼は誰が隣の女性を見るとどこか震えている様子だ。
外の気温は昼間よりは涼しく、薄着ではあるが震えるような寒さというわけでもない。
顔色を伺ってみると、それは何かに怯えているような様子だ。
一体、何に・・・・?
そんな疑問は浮かんだが、女性はどこか無理をして外へと着いてきてくれたようだということは彼は誰も察することができた。
「無理させて悪かったね」
ホテルの中へと戻ると彼は誰はそっと女性にそう告げた。
その言葉に女性はハッとした様子で慌てて笑顔を作りいいえと首を振る。
本人は必死に取り繕っているのだろうけれど、やはりその笑顔は無理が見えた。
「あれ?かはたれさん? またお会いしましたね」
そうやって4人で会話をしていると、そこにやってきた花梨が声をかけてきた。
何をしているのだろうとでも言うような、不思議そうな顔をしている。
「やあ花梨さん。ちょっと写真を撮ってもらっていてね」
そう言って彼は誰は先程男性から受け取ったポラロイドカメラと先程撮ったばかりの写真をひらひらとして見せた。
「へぇー。今度見せていただけますか?」
「じっくり見るかい?」
別に今でも構わないというように彼は誰は花梨に写真を差し出した。
三春がこの男性は写真が得意だと言っていただけはある。
彼は誰の注文に見合う写真である。
「わぁ、ホテルの写真ですね」
「外で撮らせてもらったんだよ」
花梨の言葉にさらりと彼は誰は答えた。
その言葉に何を含ませたのか。
とはいえ、花梨には伝わっていないのかもしれない。
「そうなんですね! 私も明日沢山とろうっと!」
そう言ってニコニコしながら彼は誰へ写真を返す。
伝わらなかったならばそれはそれでいいか。
彼は誰はそう思い直すとにこりと笑って写真を受け取った。
「ぜひそうするといいよ」
彼は誰の言葉に花梨ははいっ!と元気に頷く。
「もう夜も遅いから2人とも寝た方がいい」
話がひと段落ついたところを見計らって三春がそう2人に声をかける。
それに頷き、彼は誰はそのまま喫煙所へと歩いていく。
花梨はというとフロントの男性へ話しかけた。
「今日一緒に宿泊してる田中幸子さんのお部屋って何処でしょうか?」
「田中様、ですか?」
花梨の問いかけに、少し怪しむような顔色を見せた。
花梨は慌ててこう告げる。
「船でぶつかったので怪我とかしてないか心配なので。」
「そうだなぁ、、、まぁ、言わなくてもわかってしまうだろうけれど3階だよ」
「ありがとうございます❤️」
花梨としてはとっくに田中の部屋を知っていた。
しかし、フロントに敢えて聞いたのには訳があった。
部屋番号といえば個人情報にあたる。
その管理がどれほどのものなのか試したという訳だ。
フロントがあの女性のままであったのならば、余計に怪しまれる行為ではあるが。
笑顔でお礼をいう花梨に男性はこう付け加える。
「こんな時間だからもう寝ているかもしれないけれどね。用があるなら明日にしたほうがいいんじゃないかな」
「そうなんですね。わかりました。」
再度お礼を言って花梨はその場を去った。
そして向かった先はというと、3階の田中の部屋である。
3階に着くとそっと耳を澄ませている。
しかし、そこは何の音もせずにしんと静まり返っている。
(やっぱり寝てるかなー?起こすのも悪いし、明日にしましょ)
そう思い直すと、そっと二階へと降りていく。
「なんだか眠気ないなー。」
ぽつりとそう呟くと、今度は紫苑の部屋の前でそっと耳を澄ませてみる。
まだ起きているのであれば何か音が聞こえてくるだろうし、話し相手でもしてもらおうと考えたのだ。
しかし、花梨の期待を裏切るかのようになんの音も聞こえてはこなかった。
「師匠も寝ちゃったかなぁ」
ぽつりとつまらなさそうにそう呟くと花梨は渋々と言った様子で自分の部屋へと帰っていった。
一方その頃、彼は誰はタバコを吸い終えると真っ直ぐに自分の部屋へと帰っていった。
そして、部屋に帰るとすぐに右側の壁の中央あたりをコンコンコンとノックする。
少し間が空いた後に小さく3回ノックが返ってきた。
それを聞いて無意識ではあったがふっと笑みが浮かんだ。
その後、彼は誰は入り口の紙を挟み直し日課となっている日記をサラサラと書き終えるとスルリとベッドへと身を滑らせた。
その後、部屋へと戻った花梨はまだ眠れない様子だ。
結局、荷物の中から勉強道具を取り出すと深夜1時ごろまで勉強に励んだ。
そして程よく眠気がやってくると素直にそれらを片付けて眠りへと落ちていった。
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