滞在二日目 〜前編〜
まだ日も登らぬ午前5時半。
ピピピという携帯のアラームによって花梨は目を覚ました。
そしてまだ眠たい目を擦りながら何かを準備して部屋を出る。
そして向かった先はと言うと3階の入浴場だった。
手に持っているのは入浴道具だ。
寝ぼけ眼のまま、入り口の扉に手をかけるがその扉は固く閉ざされていた。
ーお風呂をご利用になりたい方は
お手数ですがフロントまでお申し付けくださいー
よくよく見ると扉にはそんな張り紙がある。
「ふむふむ」
開くと思っていた扉が開かなかった。
そのことで少し目が覚めた様子で花梨は張り紙の指示に従いフロントへと向かった。
「あ、おはようございます」
「ん?あぁ、おはよう。お嬢ちゃん、こんな朝早くにどうしたんだい」
フロントへ着くと昨夜と変わらずそこには三春がいた。
やってきた花梨に気づくと笑顔でそう問いかける。
「旅行に来たら朝風呂入りたくなっちゃう質で。。。笑」
少し照れたように花梨はそういうと三春はなるほどという顔をして笑った。
「ははは、朝風呂か」
そう言った後に三春がフロントに声をかけるとフロントの出入り口から昨日とは違う女性が鍵を持って出てきた。
どうやら今日はこの女性が監視役をしてくれるようだ。
「ありがとうございます!」
女性と二人で3階へと向かい、風呂場の鍵を開けてもらう。
そして花梨が礼を言うと女性はごゆっくりと言ってにこりと笑った。
一方その頃、時刻は6時へと進んでいく。
目覚ましの音で目を覚ました紫苑は軽く身支度を済ませると、少しぼんやりした様子ではあるが地下のレストランへと向かっていった。
(朝は食券を買うんだったか・・・)
食堂へつくと紫苑はチラリとあたりを見渡した。
入り口から入ってすぐ右手にそれらしきものを見つける。
7種類の定食が表示されているのは滞在期間を考えてだろうか。
少し眺めた後、紫苑はお金を入れてシャケ定食を選択した。
「おはようございます、これ、お願いできますか?」
食券を手に持ち、キッチンへと向かうと昨夜見かけた女性ではなく気の良さそうな男性がニコニコとしながら食券を受け取った。
少し時間がかかると告げられ、紫苑は近くのテーブルで待つことにした。
程なくしていい匂いと共にシャケ定食が運ばれてくる。
紫苑はいただきますと告げてからのんびりと朝食を始めた。
ちょうどその頃、ふと彼は誰は目を覚ます。
起床時間が習慣付いているのだろう。
目覚ましをかけてはいるものの、それより早く目を覚ますのはいつものことだ。
時刻を確認し、目覚ましを止める。
体を起こし、ベッドから降りると窓辺に歩み寄りカーテンを開けた。
(気持ちのいい朝だ)
そしてそのまま右側の壁に近寄るとコンコンコンとノックをしてみる。
その後、少し待ってみたが反応はない。
部屋を出たのか、眠っているのか。
それは彼は誰の知るところではないが。
返事がないことを確認すると、彼は誰は身支度を始めた。
(はー・・・気持ちよかったっ!)
ゆったりと1時間ほど朝風呂を楽しんだ花梨は監視役の女性に再度お礼を言うと自室へと向かった。
朝風呂で眠気もスッキリ、上機嫌である。
「あ、ししょー、おはようございます」
「おはよう」
2階に降りてきたところで花梨は紫苑に出くわした。
花梨は知らぬことだが、ちょうど食事を終えて部屋に戻るところだ。
「ご飯食べにいきましょぉ」
ニコニコしてそう提案する花梨に紫苑は少しだけ申し訳なさそうな笑みを浮かべた。
「ああ、もう食べてしまったよ。7時には外に出られるみたいだからね」
「あ、じゃあ、食べてきますね」
その言葉に花梨はそうですかと少しがっかりしている様子である。
「それで。。。今日なんですが」
ふと花梨は思い出したかのように口を開いた。
一緒にあちらこちらを見て回ろうと考えてはいたのだが、昨夜はうっかりその話を紫苑に持ちかけ損ねていたのだ。
せっかく卍次郎から二人一緒に旅行をプレゼントされたのだからどうせなら一緒に楽しみたいとでも考えたのだろう。
花梨が話し始めたちょうどその時、奥の部屋の扉が開き彼は誰が現れた。
「あ、かはたれさん、おはようございます!」
「おはよう」
花梨と紫苑がそう声をかけると、彼は誰も二人に気づいたようだ。
部屋の鍵を閉めると笑みを浮かべて二人に歩み寄った。
「やあ、おふたりさま。食事は済ませたのかい」
「かはたれさんはこれからご飯ですか?」
「僕は済ませたよ」
彼は誰の問いに二人はそう答えた。
花梨を見ると手には入浴道具が握られている。
見た目や香りから先ほどまで入浴していたのであろうことが伺えた。
「僕はこれからだね」
「ではご一緒しませんか?」
彼は誰の予測の範囲内だったのか。
ふっと笑みを浮かべて仰々しく礼をして彼は誰は口を開く。
「仰せのままに」
顔を上げると、にこりと微笑んだ。
「師匠はどうするんだい」
彼は誰は紫苑に向き直り問いかける。
2人は行動を共にすると思っていたのだろう。
少し意外そうな顔をしている。
「とりあえず、観光してみようと思うよ」
「街を回るのかい」
「今日は瑠璃城の方に行くよ」
「あ、師匠」
そんな会話を交わす二人の横で先程から何かいいたそうな花梨が口を開いた。
どうしたのだろうかと言う顔をする2人の視線に少し俯いてどこかモジモジと恥ずかしそうにしながらも花梨は言葉を続ける。
「えっと、その、だ、ダイビングいってみたいです。。。」
その様子が2人の目には愛らしく映ったのだろう。
そんなことかと2人は笑みをこぼした。
「お昼になったら戻ってくるから、その後でダイビングをしようか」
「ほんとですか!?」
紫苑の言葉に顔を上げた花梨は嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。
そんな2人のやりとりを微笑ましそうに彼は誰は眺めている。
「仲がいいね」
そう言ってふふふっと笑う。
「師匠ですから!」
「妹みたいなものさ」
2人はほぼ同時にそのようなことを言うのだから彼は誰の目にはより一層微笑ましく映った。
自慢でもするかのような笑みの花梨と、どこか苦笑い混じりの紫苑。
紫苑の反応を見るに、以前誰かに恋人などと言われたのだろうか。
そんな考えが彼は誰の脳裏を通り過ぎた。
「僕はどうするかな」
「観光しないのですか?」
ぽつりと呟くような彼は誰の言葉に花梨がキョトンとした顔で呟いた。
観光に来たのだからやることは一つなのではないかとでも言いたげである。
「そうだなぁ・・・村を見てまわろうと思う」
彼は誰の言葉にふんふんと花梨は頷いた。
が、その頭の中はダイビングのことですでにいっぱいなのであろう。
「私はお昼までに色々準備しなきゃ!」
ワクワクを隠しきれないと言った様子でそう言った。
が、ふと何かを悩んだ様子を見せた後に彼は誰の方を向き口を開いた。
「11時には準備しに戻りますが、一緒に村いきますか?」
「あなたが良ければ喜んで」
「女性一人は心細いですし、ね?笑」
「ははは、僕もだよ」
それぞれどこへ向かうのか決まったところで紫苑は部屋へと向かい、花梨と彼は誰は地下のレストランへと向かった。
レストランへ着くと食券販売機の前で二人は立ち止まるとじっくりと選んでいるようだ。
そして先に食券を買ったのは彼は誰だった。
その後、花梨も意を決したかのようにボタンを押す。
「目玉焼き定食を」
「私はサヴァ定食お願いしますっ!」
食券を渡しながらそういうと気の良さそうな男性がニコニコとしながら食券を受け取った。
そして2人は近くのテーブルへと座る。
雑談を交わしていると、程なくしてそれぞれの朝食が運ばれてきた。
「半熟、わかっているね」
「( ̄ー ̄)bグッ!」
お皿ではなく小型のフライパンで出てきた目玉焼きをみて、彼は誰がにっこりと笑みを浮かべて言うと、運んできた男性もにっこりと笑う。
2人の間で何か通じ合ったようだ。
「いただきますっ!」
「けっこう食べるんだね」
「朝食は大事なので❤️」
早速食事に取り掛かる花梨に彼は誰がそういうとニコニコとしながら答える。
そうだねと返してから彼は誰も箸を持った。
「醤油はどこかな」
キョロキョロとしていると目の前の醤油に目が止まる。
それをたらりとかけるとフライパンにながれ落ちた醤油がじゅわじゅわと音を立てながらいい香りが鼻をくすぐる。
そして半分を半熟で楽しんだ後、残り半分を完熟へと変える。
まだ暖かいフライパンに軽く押し当てると、じゅわじゅわといい音を立てて半熟は完熟へと変わっていく。
その横で花梨はポン酢マヨを鯖にかけてあぐあぐと満足そうに鯖を口へと運んでいる。
2人は食事を終えると、彼は誰が一服終えるのを待ってから出掛けることとなった。
「自転車を借りるには、、、受付かな?」
彼は誰の言葉に2人はフロントへと向かう。
そこで自転車を借りれることを知ると彼は誰は借りることにしたが花梨は歩きでいいという。
「荷物、かごに乗せようか?」
「そんなに重くないですが、いいですか?」
自転車を借りる手続きをしながら彼は誰がそう申し出ると、花梨は少し申し訳なさそうにそう聞き返し
その言葉に対して彼は誰はにこりと笑みを返して頷いた。
自転車を借りて外に出ると彼は誰は花梨ににこりとしてこう言う。
「ついでに君も乗せようか?」
「では後ろに。。。」
彼は誰の言葉に少し照れながらも花梨は立ち乗りをした。
「ふふ、こういうのやってみたかったんだよね」
ふふっと笑みを浮かべて彼は誰は呟くように言った。
「では村へいってみましょー!」
そう言いながら花梨がしっかりと彼は誰の肩に手を置くのを待って、彼は誰は勢いよく自転車を漕ぎ出すのであった。
少し時を戻し、花梨と彼は誰が朝食を食べている頃。
先に支度を済ませていた紫苑はフロントへと来ていた。
ひとまず自転車を借りて島を回ってみようと思ったのかフロントに尋ねると貸出書に名前を書けば借りれると教えてもらい自転車を借りることにした。
(自転車は久しぶりだけれど、、、)
そう思いながらも漕ぎ出そうとした紫苑だったが、久しぶりすぎたのか誤ってバランスを崩してしまいバタンとこけてしまった。
「自転車に乗るのは12年ぶりだからね…」
誰に言うでもなくそう呟きながら体を起こす。
足に痛みを感じ、見ると少し擦りむけて血が滲んでいた。
苦笑いを浮かべつつも紫苑は気を改めて公園があるであろう方向へと向かって自転車を漕ぎ始めた。
紫苑がたどり着いた先はどこにでもありそうな雰囲気の公園であった。
いくつかのよく見かける遊具があり、中央には城壁の一部と思われるものが置かれている。
周りには柵が置かれており、かなり近くで鑑賞することができる。
柵を乗り越えれば触ることは出来るだろうが、、、。
立て札には「侵入禁止」と書かれてある。
辺りを見渡すと、何人か遊んでる子供や島民の姿が見えた。
(ふむ・・・)
紫苑はそのまま目についた城壁へと近づいてみる。
青くて太陽の光にキラキラと輝いているように見える。
紫苑には見覚えのない材質でできていそうな壁である。
そして紫苑はチラリとそばの立て札に目をやると手に持っていた杖でコツコツと叩いてみた。
と、その時である。
「おぢちゃん何してるん?!そこ入ったらおごらるっとよー!」
(訳:おじさん何してるの?そこにはいったら怒られるんだよ?)
そう言いながら近くで遊んでいた男の子が紫苑の元へと駆け寄ってきた。
「入ってないよ…入ってないよ。この壁は大事なものなのかな?」
にこりと笑みを浮かべて紫苑は男の子へと尋ねてみる。
「なんー?おぢちゃん悪い人なん???」
(訳:どうしたの?(何かしたの?)そのおじさん悪い人なの?)
男の子の声を聞きつけたのか、そう声を上げながら女の子がパタパタと2人の元へと駆け寄ってきた。
「そいはぎゃん大事にせやんけん悪さすっぎおごらるっとよー!」
(訳:それはとても大事にしなきゃいけないものだから悪さをすると怒られるんだよ)
紫苑の問いかけに対してなのだろう。
男の子はにこりと笑ってそう返す。
言葉のニュアンスでなんとなく返事を聞き取った紫苑はまたにこりとして口を開いた。
「僕はただの観光客さ、それは悪かったよ」
そう言いながらチラリと紫苑は城壁に目をやると、荷物の中から虫眼鏡を取り出して調べようと思ったようだ。
入ることは出来ない、手を触れることも叶わないようであるためだろう。
「悪か人のおっぎお母さんにいわやん!おぢちゃん怪しか〜!!」
(訳:悪い人がいたらお母さんに言わなきゃ!おじさん怪しいなぁ!!)
しかし、そんなそぶりを見せた紫苑に女の子は何か違和感を感じてしまったのだろう。
「おかーさーん!!変な人おるー!!!」
(訳:おかあさん!変な人が居るよ!!)
紫苑が弁解する間もなく、女の子は遠くにいる母親であろう人に向かってそう叫んだ。
「待って、まって。僕はただの観光客だよ?この城壁があまりに素晴らしくて見たこともない物だったから写真でも撮ろうかと思っただけさ。」
紫苑はそういうと女の子に今荷物から取り出したんだと言うようにスマホを見せてにこりと笑った。
それを見た女の子は首を傾げてスマホを見つめ、それが写真機能がある携帯電話だとしると少しつまらなさそうな、残念そうな顔を見せた。
「お母さーん!悪か人やなかとてー!」
(訳:お母さん!(この人)悪い人じゃないんだって!)
そして女の子は先程と同じように遠くに立っている女性に叫ぶと、興味を無くしたと言うかのように男の子と2人で近くにある遊具へと走り去っていった。
(やれやれ・・・)
内心、小さなため息を漏らすと紫苑はもう一度辺りを見渡す。
今の状況からここに長居をしては変な目を向けられてしまうかもしれない。
そう思ったのか、紫苑は城壁の観察を諦めて城へと向かうことにした。
一方その頃、花梨と彼は誰は村へと向かっていた。
「エスコートいたしましょう」
うやうやしくそういう彼は誰に花梨はニコニコと上機嫌で頷いた。
そして花梨はキョロキョロとあたりを見渡した。
特別変わった様子のない村だ。
少年少女は元気に駆け回り、年配の方が朝の散歩をしている。
都会の喧騒とはかけ離れた、のどかな風景が広がっていた。
「彼は誰さん!このパンフに書いてある美味しいお料理があるお店にいきましょう!!」
パンフを見つつ村をぶらりと歩いていた2人だったが不意に花梨がそんな声をあげて足を止めた。
朝ごはんを食べたばかりだというのに彼は誰に向けられた花梨の瞳はキラキラと輝いている。
その様子に彼は誰はクスリと笑いを漏らしたが、頷いてその場所へと向かうことにした。
2人が向かった先は村で唯一の旅館だった。
少し小高い丘の上にそれは立っている。
おそらく、古い家を改造して旅館にしているのだろう。
家の周りには塀が設けられていることから、台風などの風除けの役割もあるのかもしれない。
勿論、高さはないが村の家と比べると随分と立派なモノだ。
外には1人、朝の掃除をしている女性がいる。
「掃除に精がでますね」
彼は誰がそう声をかけると女性は2人に気づいたようだ。
「あら?、、、あぁ、ホテルに泊まってらっしゃる方ね」
掃除の手を止めてにこりとその女性は微笑んだ。
「こちらとも迷ったんですけどね」
女性の言葉に、旅館を遠目に見ながら彼は誰が爽やかな笑みで返す。
「ふふふ、次にご旅行に来られる時はぜひうちに泊まってくださいね」
迷ったという言葉に気分を良くしたのか、女性はにこりと微笑んだ。
「村で魚介を使った料理を食べれるとパンフレットでみたのですが、どこか美味しい所ありますか?」
2人の会話を割って、花梨はキラキラした瞳で女性に尋ねる。
まるでそのために朝ごはんを抜いてきたと言わんばかりの勢いではあるが、彼女はしっかりと朝ごはんを食べた後である。
花梨のその言葉に女性は少し困った顔をした。
「中には宿泊者の方しか入れない決まりなのよ。ごめんなさいね?」
申し訳なさそうな顔をしてそう答えたが、続けてこういった。
「美味しいところならあの辺りにあるかふぇに行くといいんじゃないかしら?」
そう言って村の方を指さした。
指の先を辿ると、遠目に何やら店らしきものが確認できた。
店の外の椅子やテーブルから察するに、おそらくそこがカフェなのだろう。
「わかりました、後でいってみます!」
元気に答える花梨に対し、女性は柔らかな笑みを浮かべた。
そんなやりとりを見つめながら、彼は誰は旅館の方を見ておやっという顔をする。
「あの池などは風情を感じるね。なあかざはな、記念写真を撮ってもらわないか」
「え?は、はい」
彼は誰の突然の言葉に、どこかキョトンとした様子ではあったか花梨は返事を返した。
「女将さんかな?お願いできますか」
彼は誰の言葉に少しだけ戸惑いを見せたが、今いる位置で旅館を背景にということならばと了承してくれた。
「ありがとうございます」
「いいえ、楽しんでくださいね」
どうやら、この旅館の女将で間違いなかったのだろう。
女将はカメラを返しながら彼は誰の言葉ににこりと微笑んだ。
その時ふと、目の端に入った池で何かが跳ねた。
おそらく池で飼っている鯉か何かかもしれない。
「あ、それと。cafeはいつからやっています?」
立ち去ろうとした彼は誰はふと足を止めて振り返るとそう問いかけた。
「朝7時半から開いてますよ」
その言葉に彼は誰は腕時計を見る。
(11時か)
ホテルでも村でもずいぶんのんびりしていたため、時計はそろそろ11時を指そうとしていた。
「そろそろ戻らなきゃですね」
隣から腕時計を覗き込んだ花梨がぽつりとつぶやくように言った。
「そうだね」
そんな花梨の様子をみてふわりと彼は誰は笑みを浮かべる。
「女将さん、ありがとうございます」
「ありがとうございました」
再度、お礼を口にする彼は誰に習って花梨も元気にそう言った。
「時間も時間だし、一度ホテルに戻ろうか?」
彼は誰の問いに花梨はコクリと頷くと、2人はまた一つの自転車に乗り、ホテルへと向かっていった。
少し時間を戻して、公園にいた紫苑はお城へと向かっていた。
その道中、城の方から公園へと向かう人物と出会った。
「やあ、奇遇だね」
紫苑が声をかけると相手も気づいたようだ。
それは一緒にこの島へやってきた葉山である。
「あぁ、あんたか。」
軽く、どうもという感じで挨拶を交わす。
「何か面白いものはあったかな?」
紫苑が立ち止まり声をかけると葉山も止まり、少し考えるように黙ってから口を開いた。
「んー、まぁ、城の中には今入れないからぐるっと城壁回ってみてきたくらいだね」
「そうか、中に入れないのは残念だな」
中に入れるかもと期待していた紫苑は残念そうに答えると葉山は苦笑いを浮かべた。
「まぁ、時期が悪かったってことだね」
葉山の答えに紫苑も苦笑いを浮かべた。
「この先の公園にも城壁のなごりのようなものがあったよ、触れないようになっていたけどね」
「そうなんだ。ちょうど行こうと思ってたからみてみるよ」
紫苑の言葉に葉山はにこりと笑った。
その様子に紫苑は続けてこう言った。
「君は城とか、そういったものに興味があるのかい?」
「いや、特には」
紫苑の問いに何とも言い難い顔をする。
とりあえず観光名所だから見て回っているという感じなのかもしれない。
「そうか、時間はあるから一通り見てみるのもいいかもしれないね」
「まぁ、1週間あるからね」
紫苑の言葉に葉山はふっと笑ってみせた。
会話が切れたところで紫苑はふとあることを思い出し口を開いた。
「そういえば、携帯が圏外になっているのはしっているかな?」
「あぁ、、、彼は誰さんにきいたよ」
そんなことかというような雰囲気ではあるが、葉山はそう答えた。
「僕も彼女から聞いたんだよね…少し不便だけれど、仕方ないか」
「島だから電波塔がないとかじゃないかな?仕方ないと思うよ」
葉山の言葉にふむ、と考える。
このご時世にそんなことがあるのだろうか、と。
しかし、たしかにそれでもおかしくないほどの島の様子ではある。
「電波塔がない…そんなところもあるんだね」
「まぁ、実際こんな感じだからそんなものだと思うよ」
それだけ言うと葉山はじゃ、と言って公園に向かって再び自転車を漕ぎ始めた。
それを少し見送ってから紫苑も城へ向かってペダルを漕ぎ出した。
瑠璃城に着くと紫苑はパンフを広げながら目の前にそびえ立つ門に目を向けた。
門が東西南北にそれぞれあり「方位の四神」の名がつけられている。
門の外はぐるりと深い堀があり、落ちると簡単には登ってこれない作りのようだ。
正面にあたる「朱雀門」には広々とした階段があるが他の3つの門には跳ね橋が作られているため必要時以外は他の門から出入りができない作りとなっていると記載がある。
波風が立たない=簡単には突破できない城ということで別名「不波城」と呼ばれていたようだとのことだが他にも諸説あるとのこと。
瑠璃城という名前は城壁が濃い紫みの青から付けられておりどうやらラピスラズリを混ぜて作られているのではないかということだが
島民の許可が降りずその成分についての研究はされていない。
現在は城内の修復工事のために立ち入りは禁じれているがその城の周りを見学することはできそうだ。
(ふぅん。なるほどね。)
紫苑はパンフを元通りに折りたたむと城壁に沿った道を歩き出した。
すると、向かい側から1人の男性がこちらに向かってやってくる。
「こんにちは、この島の方ですか?」
紫苑はにこやかな笑みを浮かべて挨拶をする。
その声に相手の男性も気づき、軽く会釈をした。
「あぁ、観光客の人か。こんにちは。あぁ、そうだよ」
紫苑の問いかけに少しぶっきらぼうな答えを返す。
「立派なお城ですね、青い城壁なんて初めて見ました」
紫苑はそんな男性の様子を機に求めずに問いを投げかけてみる。
勿論、特に気にしてないというような笑みはたやさない。
「自分は昔から見てるけどそうみたいだね」
少しばかり態度を改めた男性は城壁を見上げながらそう返した。
今日も天気がいい。
男性は少し眩しげに目を細めた。
「中に入れないのは残念です…ところで向こうにあった公園にも同じような城壁がありましたが、何か関係があったりするんですか?」
紫苑はそんな男性に続けて疑問を投げかける。
外からの客をよく思っていないのか、それとも人付き合いが苦手なのか。
少し面倒くさそうな顔をしながらも男性はこう答えた。
「あぁ、なんか観光客用に中の城壁をちょっと切り取ったとか大人達が言ってたと思うよ。まぁ、大丈夫だと思うけど堀に落ちないように気をつけて」
それだけ言うと男性は足早に去っていく。
まぁいいか、と思いながらも紫苑は足を進めた。
それから道の半分ほどを歩いた頃、また向こうから1人の男性がやってくるのが見えた。
「やぁ、旅行者の人だね、こんにちは」
先程あった男性とは違い、にこやかで親しげな笑みを浮かべて話しかけてくる。
先程の男性と比べるならば人馴れしているとでも言うのだろうか。
そんな印象を受けた。
「はい、観光に来ました。ここはいいところですね」
紫苑もにこやかな笑みでそう挨拶を返す。
その言葉に気を良くしたのか男性は爽やかな笑みを浮かべる。
「ありがとう。僕も気に入ってるんだよ」
そう言って嬉しそうな様子を見せた。
「今は中に入れないんでしたっけ?」
「そうだよ。工事中で中は危ないから入れないようにしてるんだよ」
紫苑の問いかけに、男性はどこか残念そうな顔を見せる。
地元愛が強いのならば観光客にはみて欲しかったというところだろうか。
「そうですか…中はどんな感じなのでしょう?」
紫苑の問いかけに少し悩む様子を見せた後、何かを思いついたように彼は口を開いた。
「そうだなぁ、、、首里城って知ってるかい?あんな感じの城だよ」
首里城といえば沖縄にある観光名所の一つである。
赤く、平たく、そして広い、そんな印象を受ける城である。
「なるほど、親切にありがとうございます。お名前を聞いても?」
「僕の名前かい?僕は三嶋隼(みしまはやと)だよ」
「僕は紫苑零と言います。ゆっくりこの島を堪能させてもらいますね」
何気なく紫苑が尋ねると、男性は気にする様子もなく爽やかな笑みで答えてくれた。
そして紫苑の言葉に満足そうな笑みを浮かべると三嶋は去っていった。
その後は誰に会うこともなく正門の朱雀門までたどり着いた。
まだ少し気になるところはあるが、ふと腕時計に目を止めると昼も近いことがわかる。
午後から花梨と約束があることを思い出し、紫苑は一度ホテルへ戻ることとした。
(おや?あれは、、、、、)
帰り道、紫苑が何気なく周りの風景を見渡していると遠くで見覚えのある姿が目に映る。
あの独特の黄色の服といえば、一緒にこの島に来た田中なのではないだろうか。
とはいえ、彼女も観光客なのだからどこをぶらついてようが不思議ではないのだが。
きっと、1人で観光を楽しんでいるのだろう。
そう思いながら紫苑はホテルへの帰路を急いだ。
紫苑がホテルに着いたころ、ちょうど花梨を後ろに乗せた彼は誰に出会した。
時刻としては程よく11半をすぎた頃だ。
「いやあ、暑かったね」
花梨を乗せて自転車を走らせてきたであろう彼は誰だが疲れた様子も見せずに爽やかな笑みでそう紫苑に話しかけた。
「やあ、いい時間だしお昼にしないかな?」
「それはいいですねっ!」
紫苑の言葉に花梨は嬉しそうにぴょんっと自転車から飛び降り、紫苑へと駆け寄った。
「あだっ」
しかし、花梨が予告なしに勢いよく自転車から降りたせいだろう。
爽やかな笑みを浮かべてはいたが、やはり多少疲れているのか、彼は誰はバランスを崩して自転車ごとその場に倒れてしまった。
「大丈夫か?」
紫苑は慌ててその場に自分の自転車を止め、彼は誰に近寄ると手を差し出した。
「はは、すまないね」
少し照れたように彼は誰は笑うと、紫苑の助けを借りて身を起こした。
他人事のようにそんな2人の様子をじっと見ていた花梨だが、ふとあることに気がついて口を開いた。
「あれ?師匠、膝どうしたんですか?」
首を傾げながら花梨は尋ねると、何かを思い出したように紫苑は苦笑いを浮かべた。
「ああ、ちょっと足場が悪かったから転んでしまってね」
実際は久々の自転車でこけてしまったのだが。
弟子である彼女にそれを知られては師匠としての威厳に関わるだろう。
「奇遇だね、あなたもか」
特に疑う様子もなく彼は誰が笑みを浮かべてそう言った。
「昔矢を受けた訳じゃないのですね。手当てしますので座ってください。」
滲み出ていた血は止まり、乾いてはいるが手当てはしていない。
花梨がちょっとよくわからないことを口にしてはいるが紫苑にとってはそれも慣れたものなのだろう。
「ああ、すまないね」
一旦3人は中に入ると、ロビーの椅子に紫苑は座る。
「僕はいいや、彼を見てあげなよ」
花梨が彼は誰の手当もと声をかけると、彼女はやんわりとそう言って断った。
実際、彼は誰は職業柄、応急手当ての心得くらいはあった。
そのため、自分でやろうと思ったのだろう。
とりあえず、彼は誰の返事を聞いた花梨は清潔な布をホテルの受付で受け取って水で湿らせると血を拭き取った。
それから消毒液を軽くかけて傷を拭き、ピンクのウサギ、、、いや、豚のようなネズミの絆創膏をぺたりと貼り付けた。
甲斐甲斐しく花梨が紫苑の手当てをしている横で、彼は誰はサクッと自身の傷の手当てを終えていた。
「冷たいものでも食べたいなあ」
紫苑の傷の手当てをしている花梨を眺めながらぽつりと彼は誰はつぶやいた。
「さっきのカフェで食事しますか?」
「カフェか、いいね」
彼は誰の言葉に先に花梨が反応を見せた。
それからカフェと聞いてにこりと笑みを浮かべた紫苑が口を開く。
「僕も行こうと思っていたんだ。準備ができたら一緒に行くかい?」
「あ、でも。。。えっと。。。」
彼は誰の誘いに花梨はチラチラと紫苑を見ながら何か言いにくそうな様子を見せた。
それに2人が不思議そうに首を傾げるものだから花梨は意を決してぽつりと呟くように僅かに頬を赤く染めて言った。
「そのままダイビングいきたいです。。。」
「せっかく用意もしてたしね」
あぁ、なるほど。と花梨の言葉に彼は誰が口を開く。
「み、水着に着替えておきたいです。。。」
「僕はここで待ってるよ」
「僕も荷物を取ってくるよ」
紫苑の手当てを終えた花梨はそういうと急いで部屋へと走って行く。
彼は誰は一通り準備を終えているのかそのまま椅子でくつろいでいる。
そして紫苑は何か支度があるらしく、そう言って部屋へ向かっていった。
先に彼は誰の待つロビーへと降りてきたのは紫苑だった。
少しあたりを見渡すのは花梨がいるかどうかを確認しているのかもしれない。
「何を見ているんだい?」
「ん?これかい?さっき村へ行った時に撮ったものだよ。ところでさ、この池がなかなか、、、」
ああ、確かに素晴らしいねなどと言いながら紫苑はぽつりと口にする。
「瑠璃城、中に入れなかったよ」
「こちらも旅館にはいれてもらえなかったよ」
彼は誰もぽつりとそういうと、ニコッと笑みを浮かべた。
「まぁ、当然と言えば当然だけどね」
そんな話を2人がしているとTシャツに薄手のパーカーを上にホットパンツを着用して、サンダルを履いた花梨がどこかトボトボと元気のない様子で2人の元へやってきた。
「お待たせしました。日焼け止め忘れました。。。」
女子高生に日焼け止めは必須アイテムなのだろう。
どこか泣きそうな顔でそうぽつりと告げた。
「僕のでよければ使うかい?」
そう言って彼は誰が自分の日焼け止めを差し出してみると花梨の表情は一気に明るくなった。
「いいんですか?」
「真っ黒な肌も乙なものだけどね」
はははと笑いながら差し出す彼は誰から花梨は日焼け止めを受け取ると早速丁寧に肌へと塗り始めた。
「後が痛いので。。。泣」
焼けやすい体質なのだろう。
確かにそういう人は彼は誰の周りにもいて苦労してる様子ではあった。
「背中、あとで塗ろうか?」
「あ、お願いします」
彼は誰の申し出に花梨は嬉しそうに答えた。
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