滞在6日目 〜前編(2)〜
先に隣の建物へとやってきていた、みどりと紫苑。
入り口の扉はカーテンが引かれていて中を覗くことはできない。
みどりはポシェットから鍵を取り出すと扉を開けた。
「はやく、中、入って」
そう言って紫苑を促した。
紫苑はそそくさと中へと入る。
中に入ると、4〜5畳ほどの広さがあった。
その中央に地下へ降りることができるのであろう入り口がぽつりと一つだけ。
そして、何のためにあるかは分からないがパイプ椅子が折りたたんだ状態で部屋の隅に2個ほど立てかけられていた。
みどりはその椅子を一つ取り、広げると無言で紫苑に進める。
「ああ、ありがとう」
紫苑が礼をいうと、みどりは無言でコクリと頷いた。
それからみどりは何を話すわけでもなく、先ほど入ってきた入り口の方を見つめている。
少しすると扉がガラリと開いた。
「入ってください」
そう言って花梨を促す、すみれの声が聞こえてくる。
すぐに入り口から花梨が中へと入り、続いてすみれが中へとやってきた。
「あら、師匠。」
花梨は少し驚いたようにそんな声をあげた。
花梨が中に入るとみどりは紫苑にしたように無言でパイプ椅子を開き、紫苑の隣に並べた。
「あの、手を離してくださいっ、、、」
すみれは少し困惑したように花梨にそう声をかける。
「・・・・・」
みどりはというと、何をいうわけでもなく花梨を見つめていた。
「もういいの?」
「あ、は、はい。あの、とりあえずそちらに座ってもらえますか?」
花梨の言葉にどこか恥ずかしそうにすみれは頷いた。
そしてみどりが開いたパイプ椅子に座るように促す。
「ふたりは座らなくてもいいのかい?」
紫苑の言葉にみどりがこくんと頷いた。
「う、うん、分かったわ」
促された花梨はすみれの手を離すと、紫苑の隣に用意された椅子へと座る。
紫苑はというと、2人が話をするのを静かに待っているようだ。
手を離してもらったすみれは入り口の鍵を閉める。
みどりはそっと紫苑さんのそばを離れるとすみれにぎゅっと抱きついた。
花梨と紫苑は辺りを見渡す。
埃っぽい雰囲気はあるものの、床や椅子に埃が溜まっているわけでもないことからそれなりに掃除はされていて何かに使われている感じを受けた。
「すみれ、お願い」
小声で呟くみどりの声にすみれはこくんと頷く。
「お二人とも、関わらないでください。無事に帰りたいのであれば」
すみれは花梨と紫苑の顔を見て、静かにそう告げた。
「夢、忘れて」
すみれの陰に隠れるように2人を見ていたみどりがすみれの言葉に続けてぽつりと言う。
紫苑はそんなすみれとみどりの様子をじっくりと観察する。
しかし、まだ親しくないせいか特に詳しい心情を読み取ることはできない。
が、何か深い事情があって自分たちの事を思って言ってくれているだろうということは伝わってきた。
「出来ません、貴方から、助けて、って声が届いたから」
先に口を開いたのは花梨だった。
「職業柄、多少危険でも気になってしまうのだよね」
すみれとみどりを見つめて、優しい口調で紫苑はそう返した。
「ふえ、聞いたせい、だから」
花梨の言葉に対してだろう。
みどりがぽつりとそう口にした。
「笛。。。って、うっすら聞こえた先日のあの音色の事かしら」
花梨はポツリと呟くように言う。
隣の紫苑にも心当たりがあるようだ。
「事情は教えてくれない…のかな?」
紫苑はそっと2人に尋ねる。
「笛、、、そう。この島には色々あるのです。観光するだけならば帰れます。みんなに怪しまれる前にやめてください」
どこか辛そうな顔をしてすみれは告げた。
「私は、お姉ちゃんみたいな人を出したくないから『探偵』になったの。夢でも、「助けて。」と声を上げてる子を見過ごすことは出来ないわ。」
花梨の言葉には熱が入り始めている。
その脳内には半植物人間となった姉の姿が思い浮かんでいるのだろう。
そんな2人は、ふとあることに気がついた。
みどりが姉、すみれが妹のはずである。
しかし、今目の前にいる2人を見ると逆の様に感じた。
2人の経験上というのだろうか。
すみれは見たところ10歳かそこらに見える。
が、みどりは8歳かもう少し幼いように感じる。
白い髪に赤い瞳は知識として知るアルビノとはどこか少し違うのかもしれないと思えるほどみどりの瞳は宝石の様に赤く怪しい光を帯びていた。
「ゆめは、ゆめ、、、」
花梨の言葉に対してだろう。
またみどりはぽつりと言った。
「ただの夢とは思えないけれど、ね」
「うんめいは、かえられない」
紫苑が苦笑いを含んだ笑顔でそっとそう言うと、みどりはポツリと言葉を返す。
「運命が変わらないのならば、僕たちは無事に帰れることに変わらないのじゃないかな」
「知られれば、無事であって無事に帰れません」
にこりと笑ってそういう紫苑に、真剣な顔ですみれはそう告げた。
「記憶が消えるってことかな?」
紫苑の言葉にすみれとみどりは黙り込む。
少しの沈黙のあと、みどりが口を開いた。
みどり「わたしの命は、あと1日」
「、、、そういう、ことですね。流石に噂になっているのですね。」
みどりの言葉の後に、すみれがポツリと言葉を漏らす。
その表情はどこか苦しそうだ。
「同じ手段を使いすぎたようだね。」
紫苑がそう言うと、2人の表情は一瞬凍ったように感じた。
しかし、紫苑の言葉にすみれが口を開く。
「それでもこの島の秘密が漏れることはないのです」
すみれがそう言うと、どこか重たい空気が流れた。
「何の話か分からないけど、2人とも、絶対にお姉ちゃんが守ってあげるから、寿命があと1日なんて言わないで」
その沈黙を破ったのは花梨である。
しかし、みどりは花梨の言葉に首を振った。
「本当の死、ではない。でも、わたしは、この島の、ギセイになる。それが、運命」
すみれ「・・・・・・・」
花梨の言葉にみどりがそう答えると、すみれは黙ったままみどりを見つめた。
「何も知らずにいれば、無事に帰れるわ。探してはダメ、気づかれてはダメ」
小さな声で、しかし淡々とみどりはそう口にする。
「知るだけで気づかれると言うのも変な話だよね」
「でもあの夢を見た以上、既に私や師匠はもう知っているということではないのかしら?」
紫苑と花梨の言葉にすみれが口を開く。
「一つ言えることは、観光客は監視されています。この場所は特別なので誰もこの会話を聞くことはなくお二人がここにいる事を知ることもありません」
「だとしても、話すことは出来ないのかな?」
すみれの言葉に対して紫苑はそう問いかける。
するとすみれは困ったようにみどりの方を見た。
「この笛の音は、特別なの」
みどりはそっと笛を取り出して2人に見せながらいった。
「話すことは、、、、」
すみれがチラリとみどりを見る。
それに気づいたみどりはゆっくりと左右に首を振った。
「事情によっては大人しく帰ることにしてもいいのだけれど…ね?」
「とりあえず、明日の夜に神輿で運ばれるのを邪魔しちゃってもいいのかしら」
言い聞かせるようにそう言う紫苑と、どこかやる気にみなぎっている様子の花梨である。
そんな2人の様子にすみれは困った顔を見せた。
「いっそう監視の目は厳しくなるのでやめたほうがいいです。場合によっては、、、、、、波に飲まれた事故に、されますよ?」
記憶を消されるならばまだしも、存在を消されると言うことだろう。
「事情は教えられない理由があるの?巻き込むから?」
花梨はそう疑問をぶつけてみる。
「島の、、、、、、風習、ですから」
花梨の言葉にすみれはそう言って俯いた。
その声は少し震えているようにも感じる。
「風習。。。ね、」
すみれの言葉を繰り返すように花梨はポツリといった。
「風の神も海の神も、いなくなってしまえばいいのに」
静かな沈黙の中、みどりは小さな声でポツリと呟く。
「神、ねぇ。やはりこの世のものでは無いってことかな」
みどりの呟きを耳にした紫苑はため息混じりにそう言った。
「お姉ちゃん、、、」
みどりの呟きを聞いたすみれは、みどりを見てどこか泣きそうな声でそう言った。
花梨はそんな2人の様子を見て椅子から立ち上がる。
そしてすみれとみどりを抱きしめた。
みどりは少し驚いで花梨の手から逃れて距離を取る。
「私は、今、15歳よ。、、、多分、あなたと、同じくらい」
そう言って花梨を見つめるみどりの瞳には少し拒絶の色を含んでいた。
すみれは困った様に花梨とみどりを交互に見たあと、戸惑った様に紫苑を見つめた。
「はは、弟子がすまないね。君たちは、どうしたい?」
「あの、、、えっと、、、」
紫苑の問いかけにすみれはあたふたと言葉を紡ごうとする。
しかし、突然抱きつかれて困ってしまっているのかどう言ったらいいのかわからないようである。
みどりもどうにかして欲しそうに紫苑を見つめていた。
「2人が困っているようだしいったん離してあげなさい」
紫苑は花梨に宥めるような声をかけた。
「この島の神は、まやかし。けれど、ウンメイ」
「もし、運命から逃れることができるとしたら…どうする?」
みどりは紫苑に向かって静かな声でそういった。
それに対して紫苑はそう問いかける。
「……15歳?」
そんな中、花梨はみどりをじっと見つめて呟くように、不思議そうにそう口にする。
花梨から見たみどりはとても歳の近い女の子には見えない。
15歳だと言うことは自分より二つ下であるが、花梨の瞳に映るみどりは8歳くらいにしか見えないのだ。
「、、、、、、外の世界で、生きていけない。普通に育っている、あなた達に、わかるわけがない」
花梨の言葉にみどりはじっと花梨を見ながらそう答える。
その瞳には誰が見てもわかるほどの拒絶の色が濃く現れている。
「普通に、ね。」
みどりの言葉に花梨はポツリと呟く。
「人には色々な事情がある。もちろん僕の弟子にもね」
フォローするように苦々しい顔で紫苑がそう告げた。
そしてそんなみどりの様子をそっと観察する。
みどりは自分は15歳だといった。
そしておそらく、拒絶の色は花梨に向けられたものなのだろう。
先ほどの言葉は普通に育てば、年相応の、という思いから出たのではないか。
そしてみどりは自分が死ぬ運命だという。
その事を受け入れてはいるけれども、夢の様な希望を少し抱いてはいるのではないか。
本当は助けてほしい、と。
けれども無理だと諦めてしまっているのではないか。
「神、あれを神と言っていいのか分からないけれど、1ついい話を聞かせてあげよう」
「???」
紫苑はみどりの方を見ると笑顔で優しくそう言った。
その意図がわからず、みどりは不思議そうな顔で首を傾げた。
「以前僕達は、雪山で遭難したことがあるんだ。その時に、怪物としか言い表せない、そんな化け物と遭遇した」
「・・・・・・」
みどりは紫苑の言葉に黙って耳を傾けているようだ。
「とても人間では勝てない、そんな怪物だ。それはなにかとても大きな、それこそ神のような力を持ったものをこの世界に招こうとしたんだ」
紫苑の言葉に、みどりが僅かに緊張しているような表情を見せる。
紫苑は話を続けた。
「だが、それは1人の少年によって防がれた。100回やっても5回成功するかどうか、そのくらいの奇跡を起こし、化け物は倒れ…そして神はその力を見せる前に姿を消した」
「その少年は、、、生きているの?」
小さな声でみどりは紫苑に尋ねた。
「彼は…そうだね、相打ちだったよ。」
「、、、、、、死んだのね」
紫苑の言葉にみどりは何かを諦めたような表情で呟くように言う。
「そうだね。ただ、無駄ではなかった。僕たちはそのおかげで助かったようなものさ」
「死んだら、、、それまでよ。、、、わたしは、誰かをギセイにする気は、ない」
紫苑の言葉にそう返すみどりの言葉にはしっかりと何かを決意したような、そんな強さが感じられた。
「そのために君が犠牲になるつもりかな?」
「、、、、、、」
優しく尋ねる紫苑に、みどりは黙って俯く。
少しだけ待ってまた紫苑が口を開いた。
「それは立派なことかもしれないけれど、近くにいる大切な人を悲しませてしまうよ。」
「お姉ちゃんは、、、死なないもの!その人とは違うわ!!」
それまで黙って聞いていたすみれは、たまらなくなったという様子で叫ぶように言った。
「何も、知らないのに!お姉ちゃんは、ずっと生きるの!私よりも、あなた達よりもずっと、ずっと」
「すみれ、ちょっと黙って」
「っ!、、、、、、」
尚も叫ぶように言葉を紡ぐすみれに、みどりは静かに告げる。
すみれはみどりの言葉に、言葉を飲み込むように口を閉じた。
「余計なことは、言わなくていい」
すみれの方を見据えてみどりがそう言うと、すみれはまだ何か言いたげな様子ではあったが唇をキュッと噛み俯いた。
「一筋の希望は、ないわけじゃない。けれど、、、、、、ウンメイを受け入れる覚悟は、している」
みどりは紫苑の方に向きなおると、静かにそう告げる。
その言葉にはやはり、確かな覚悟を感じられた。
「希望があるなら、それに縋るのもいいと思うけれどね。僕たちは君たちのことは知らない、だが、君たちは僕達のことを知らない」
「、、、、、、少なくとも、あなたではないわ」
紫苑の言葉にみどりはじっと紫苑を見つめた。
そして少しの沈黙のあと、花梨の方をみて静かにそう告げる。
「知らない以上、何があってもおかしくはない、そう思うよ」
みどりの言葉に少しだけ笑みを浮かべて紫苑はそう返した。
みどりは紫苑のその言葉で、紫苑の方に向きなおると静かに言った。
「祭りのお酒、、、飲んではダメよ」
「わかったよ」
みどりの忠告に紫苑はにこりと笑みを浮かべて答えた。
「知らなければ、知らないままに。だけど、、、、、、」
みどりはそう言いかけて口を閉じる。
言うべきなのか、言わずにおくべきなのか考えているのだろう。
「私未成年だから飲めないけども。。。」
そんな沈黙の中、花梨がポツリと呟くように言った。
「、、、、、、飲み物を飲んではダメ、そういうこと」
チラリとみどりは花梨を見ると、ぽつりと言う。
そして、言葉を吐く代わりに小さなため息をついた。
「困っている人はなるべく助けたいとは思っている。助けを求めるなら、僕はできる範囲で支援をするよ」
「見捨てるなんて選択肢、端からないですよ、師匠」
紫苑の言葉を聞いて、花梨は意気揚々と言った様子でそう紫苑に言葉を投げる。
「弟子はこういう感じだし、きっと君たちが何を言っても助けようとするよ」
紫苑の言葉にみどりはもう一度、花梨の方を見た。
やはりその瞳から拒絶の色は消えていないように思える。
「あなたの助けは、いらない」
ポツリと呟くようなみどりの声は花梨には届いていないようだった。
「師匠、どうしましょ? どこからやって行きましょう?」
やる気満々に花梨がそう話し始める。
「何もしないで、っていってるの」
先ほどより幾分か大きな声でみどりはそう言葉を放つ。
「何もしないわ。私が勝手に助けるだけよ」
そう言う花梨をみどりはどこか忌々しそうな視線をむけていた。
その様子を見かねた紫苑は花梨にアイコンタクトを送る。
(少しだけ任せてくれ)
そんな紫苑に花梨はウィンクして了解とアイコンタクトを返した。
「そういえば、監視がついているのは観光客なのだよね」
「助けは、いらない」
場の雰囲気を変えるためか、紫苑はみどりに問いかけた。
しかし、みどりはそう言うだけで答える様子はない。
「あ、はい、あの、、、、」
慌ててすみれは何かを言おうとしたが、チラリとみどりの方を見るとそのまま黙り込んでしまった。
「、、、、、、私の監視役は、すみれよ」
「、、、、、、」
そう言われてすみれは俯き、息を殺すように黙り込む。
「なるほどね」
その様子を見て花梨はポツリとつぶやいた。
「僕は、なるべく君たちを助けたいと思っている。弟子が信用出来ないと言うなら席を外させてもいい。話せることだけでいい、話してくれないだろうか」
「分かりました、では先に外で待っています」
紫苑の言葉に花梨はそう言って頷く。
そして抱きしめていたすみれの頭を撫でるようにぽんぽんとすると先ほど入ってきた入口の方へ向かった。
それを見たすみれは慌てて駆け寄り、カーテンの隙間から外を確認すると扉の鍵を開ける。
「人の目には気をつけて」
「では、またホテルで」
紫苑の声掛けにそう答えて花梨はにこりと笑った。
そして、花梨はすみれに言われてさっとその部屋をあとにした。
「ここで聞いたことは誰にも言わない、約束しよう。」
再度、すみれが鍵を閉めてカーテンを引き直すのを待って紫苑は口を開いた。
「これで記憶が無くなるとしても僕一人だしね」
そして2人に聞こえないくらい小さな声でボソリとそう呟く。
少しの沈黙のあと、みどりが口を開いた。
「、、、あなたがどう思うかはわからないけれど。ついてきて」
「お姉ちゃん?!!」
静止する様なすみれの声を無視してみどりは部屋の中央にある地下へ続くであろう道へ紫苑を招き入れる。
紫苑は躊躇うことなく、黙ってみどりについていった。
そしてその後を戸惑いながらもすみれは追っていく。
みどりを先頭にして3人は地下へと降りた。
薄暗い灯りが階段を灯しているが特に問題なく降りていくことはできる。
そして、奥に行くに連れて何やら蠢く音、そして何か獣の様な声も聞こえ始めて来た。
「何も無いわけがない、か」
紫苑は2人に聞こえない程度にぼそっと呟く。
その呟きはあまりに小さく、聞こえてくる雑音にかき消された。
階段を降り終わると、開けた場所に出るた。
あたりを見渡すとどうやら牢屋の様なものがいくつもあるのがわかる。
「あなたが雪山で見たというのは、こんなのと同じ?」
そう促され、紫苑は牢屋の中を除いてみる。
そこには人の体をしているが、その顔に当たる部分は魚の様な形をしているモノがいた。
ぎょろりとした瞳とうっすらと開いた口からは牙の様なものもみえる。
それは人と言うには比べようもないほど悍ましい姿をしていた。
「いや、初めて見たよ。」
そう言いながらも紫苑はやっぱりかーみたいな顔している。
「、、、、、、驚かない、のね」
「似たような光景なら何回も見たよ」
みどりの問いかけに、苦笑いのような困ったような笑みで紫苑は言葉を返した。
「雪山の、、、?」
先ほどの話を思い出したのだろう。
みどりはそう問いかけた。
「それ以外にも、何回も巻き込まれたよ。だから、何が来ても驚かないかもしれないね」
「、、、そう、、、」
紫苑の言葉にみどりはそれだけ答えると黙り込んだ。
少しの沈黙のあと、みどりは無言で先程見せた笛を取り出すと不思議な音色を奏で始める。
それは確かに紫苑が聞いた笛の音の様だ。
その演奏が始まると、先ほどまで牢屋の中でこちらを意識して蠢いていた魚人と思われる生き物達は静かにおとなしくなり、何か命令を待つかの様にみどりを見つめている。
「その笛は、やはりただの笛ではないんだね」
「お姉ちゃんにしか扱えません」
紫苑の言葉にすみれはみどりの様子を伺いながらおずおずと口を開く。
どこまで話していいのか、気にしているようである。
「赤い瞳と白い髪は、そう言うウンメイ」
「運命…か」
みどりの言葉に紫苑は呟くようにそう返した。
「こんな力、、、いらない。あの子の様に、普通がよかった」
みどりはぽつりと呟く。
それはどこか泣き出してしまいそうな声にも聞こえた。
「あの子?」
「あなたときた、あのこ。、、、あのこ、嫌い」
紫苑の問いかけにまたみどりがぽつりと呟くように返す。
「弟子は、家族を失っていてね…だから、人を失うのが怖いんだと思う、かな」
あまり人のプライベートを話すべきではないと分かっていながらもぽろっと紫苑の口をついて出た言葉であったが、みどりはそれを聞いて左右に軽く首を振った。
「それでも自分の人生、自分で決めて、自分で選べる」
「そうだね、君もそうなれることを願っているよ」
みどりはどこか悲しそうにそういった。
それを聞いた紫苑はそっと、みどりにそう告げる。
しかし、やはりみどりは首を左右に軽く振る。
「私はもう、人には戻れない」
その言葉が何を意味するのか。
事情を知らない紫苑に伝わることはないと思いながらもみどりは言葉を吐く。
「心を失わない限り、生きてはいける…僕は何回か絶望した人を見てきたからね…そうなってほしくはない…かな」
「絶望なんて、、、とうにすぎたわ。これが私のウンメイ。助けも、なにも、受け入れるしかない。受け入れているの。だから、何もしないで」
自嘲するような声でそう言って話を続けるみどりの瞳には少しだけ、拒絶にも似た色が見えた気がした。
「あの子は助けると言う。けれど、ならば、私と変わって欲しいくらいよ、、、」
あの子とは、おそらく花梨のことだろう。
先ほど見た花梨を思い浮かべてのことのようだ。
みどりのそれは妬みにもよく似ている。
「さっき言っていた希望というのは?」
「希望は、、、、、、」
紫苑の問いかけにみどりはそう言いかけて黙り込む。
一度俯き、そして顔を上げると言葉の代わりにため息を吐いた。
「これで話は終わり。あなたは、何も知らない。ただ、観光に来た、それでいい」
「お姉ちゃん、、、」
そう言うみどりにすみれは何か言いたげに呟いた。
静かな沈黙が流れる。
それを破ったのはすみれだった。
「あの、、、あの、、、!」
「うん、何かな?」
すみれは紫苑に駆け寄ると何かを迷いながらもそう声をかける。
紫苑はできるだけ優しい声で返事を返した。
「すみれ、黙って」
「だって!でもっ!」
しかし、すみれが言いたい言葉を口にすることを許さないとでも言うようにみどりが制止する。
が、すみれは納得がいかないように反論の声を上げた。
「私は!!お姉ちゃんを、、、助けて欲しい!」
すみれは紫苑の方に向き直るとそう言って泣き出してしまった。
「全てを知りたい、それが僕達探偵の存在意義だからね。その結果、どうなっても自己責任さ」
「助けは、いらない」
にこりと笑ってそういう紫苑にまたみどりはそう言葉を返す。
しかしその言葉は先ほどとは違い、どこか自分に言い聞かせるような音を含んでいた。
「でも!この人は!だって!あの人も!助けたいって言ってくれて!だって、ギュッてしてくれたよ!それに、、、私は、、、お姉ちゃんといたい!」
「すみれ、黙ってっ!」
すみれの心からの叫びのようなその言葉にみどりは少しだけ声を荒げて唇を噛み締る。
悔しそうに、悲しそうに。
見方を変えれば、今にも泣き出してしまいそうである。
みどりは15歳だと言う。
いつの頃からなのかはわからいが、助けはいらないと自分に言い聞かせてきたのかもしれない。
心はいらないと、心を殺せと。
助かるだなんて希望を自分の中に抱かぬように。
それが今、紫苑は知らないことではあるが葉山の言葉に期待が生まれたのだ。
そして、紫苑の言葉にも。
「結果は変わらないかもしれない、でも可能性があるならやってみるのもいいんじゃないかな?僕はそうやって生き残ったのだから」
別に僕のことは気にしなくていい、死んだら自己責任なのだ。
紫苑はそう言って笑った。
「、、、、、、」
みどりはその言葉を黙って聞いていた。
そして紫苑の言葉を聞いて落ち着きを取り戻した様に小さなため息を吐く。
「調べるのは、構わない。止めても、無駄なのでしょう?」
「よく分かっているね」
どこか呆れたようなみどりの言葉に紫苑は笑みを浮かべて返した。
それを聞いたみどりはまた一つ、小さなため息を吐き口を開いた。
「ただ、あの子は無茶をしそう、だから、気をつけて。みんなは、常にあなた達の行動を見ている。発言を、聞いている」
「常に、か。弟子くらいは守って見せるさ」
みどりの言葉に紫苑は答えながらまたにこりと笑う。
そんな紫苑の様子にさすがのみどりも降参のような雰囲気を見せた。
「ここに、カメラはない。人も、来ない。だから連れてきた。警戒している素振りは、危険。何も知らず、観光を装って」
「それは得意分野だよ」
みどりの忠告に紫苑はまた笑顔で頷きながら答える。
「期待はしない。だけど、もし、出来るならば、、、、、、」
そう言って一度みどりは言葉を切って俯いた。
少し悩んでいる様子だったが、再び顔を上げると紫苑をまっすぐに見て口を開く。
「すみれを、あなた達と一緒に、、、島から連れ出して欲しい」
「お姉ちゃん?!!」
その言葉を聞いて、すみれは驚きの声をあげる。
「この子は、私と違う。あの子と同じ。普通に、生きられる」
静かに、けれど姉としてしっかりとした口調でそう言った。
「いやよ!!」
みどりの言葉を聞いたすみれは、そう叫ぶとみどりに抱きついた。
その瞳からは涙が溢れている。
「すみれ、聞いて。あなたはこの島を出ても、生きられる。だから、お願いしてる。」
泣きじゃくるすみれの頭を撫でながら、優しい声でみどりはそう宥めるように言った。
「私は、普通ではない。外で生きられない。、、、あの人の様に、強くもない。だから、いいの」
その瞳には確かな覚悟と、妹への愛情に溢れた瞳を宿している。
「あの人のように、生きられれば、いいのかも、しれない。でも、無理。だから、あなたは外で生きて欲しい」
すみれに言い聞かせるように、みどりは言葉を紡ぐ。
「だから、もし、可能ならば、すみれを連れ出して欲しい」
もう一度、紫苑の方をみてみどりはそう告げた。
「僕は知りたいと思ったことを調べる。助けられるならもちろん君たちを助けよう。」
紫苑のその言葉にみどりはまた、左右に軽く首を振る。
「私は、いい。だけど、それだけは。」
そう言うとみどりは小さく息を吐く。
少しの沈黙のあと、またみどりは口を開いた。
「ちょっと、話疲れた。ここにあまり長くいるのも、怪しまれる、から。これでおしまい。」
「わかった、話してくれてありがとう」
紫苑はみどりの言葉に頷いて、そう返した。
「すみれ、涙を拭いて。この人を、外へ。私は少し、ここに残る」
「、、、わかった」
みどりはすみれの頭を撫でながら優しい声でそう伝えた。
するとすみれは少し黙り込んだ後に返事をして、涙を袖で乱暴に拭う。
姉のみどりがいうことには従う意思をみせた。
そして、紫苑を連れてきた時と同じように階段を登り外へ出る様に案内をする。
「なにかの役に経つかもしれないから渡しておくよ。生き残れたら尋ねてくれると嬉しいかな」
元いた部屋まで戻ると、紫苑は名刺を取り出してすみれに差し出した。
すみれは躊躇いの表情を見せたが、紫苑の顔を一度見ておずおずと名刺を受け取る。
生き残れたら、、、それは自分がなのか、みどりなのかと考えたのかもしれない。
すみれは受け取った名刺をじっと見つめた後、スカートのポケットへと仕舞い込む。
その様子を見て、紫苑はにこりと微笑んだ。
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