滞在1日目〜前編〜



【出発当日について】


当日は那覇空港にて、みぎわ島専用フェリー乗り場行きのバスをご用意致しております。

車でお越しの方には駐車券の割引券を最終日にお渡しさせて頂きます。

当日のフェリー出港時間は15時を予定しております。


フェリー乗り場までは約30分を予定しております。


みぎわ島到着予定時刻は17時です。

どうぞお忘れ物、遅れなどない様ご協力宜しくお願い致します。




そんなことが書かれた紙を手に、彼は誰・紫苑・花梨は那覇空港内を歩き出した。

GWも過ぎた、とは言っても流石沖縄である。

閑散期と言える時期にしては人が多いと感じるのはそれぞれのイメージが感じさせる物だろうか。

兎にも角にも一人旅の彼は誰と2人旅の紫苑と花梨は紙に書かれた地図を頼りにそれぞれバス停へと向かった。


(彼らもツアー客、かな)


「みぎわ島行き」と書かれたバス停へ辿り着くと、そこにいる数名を眺めて彼は誰は思った。

あまり眺めすぎて文句を言われてもつまらない。

そんな思いからひとまず彼は誰はまだ到着していないバスを待つ間、近くのベンチへと座ると本を読み時間を潰すことにした様子だ。


「師匠〜!楽しみですね!」

「ここで師匠はちょっと不味いかもしれないよ?」

「わかってますよ!だから声を潜めているじゃないですか!」


那覇空港についてからはテンションを抑えていても抑えきれていない花梨は、ソワソワとしつつもそう紫苑に耳打ちをした。

女子高生でも探偵見習いである。

職業がバレるようなことがあっては不味いだろうという察しはついているのだろう。

しかし、花梨はまだ17歳である。

わくわくやドキドキを全て押し隠すなんてことはない。


「あ!空港でお姉ちゃんに何かお土産買ってこようかな!」

「もうすぐ時間だから、それは帰る時に買うのがいいんじゃないかな?」


いうと同時に走り出しそうな勢いをそっと紫苑が止める。

きっと紙の記載時刻にこの場にいなければあっさりと切り捨てられる、そんな予感が紫苑の中にあるのだろう。

そうじゃなければ“遅れがないように”など太文字の記載があるわけがないと考えたのだ。


「お待たせしました!みぎわ島観光ツアーにご参加の方はどうぞお乗りください。今いらっしゃる皆様がお座りになられましたらこのバスはすぐに発車いたします。」


運転手の男性がバスから降りると笑顔でそう告げた。


(やっぱりね・・・)


運転手の言葉に紫苑はふっと薄笑いを浮かべてバスへと乗り込んだ。



(ツアー参加は僕を含め7人といったところか)


バスの一番後ろの席を陣取って彼は誰はそんな事を考えていた。

そしてチラリと携帯を確認する。

今のところ“まだ”電波は届いている。

それだけを確認して携帯をポケットに入れると改めて車内を見渡した。

男性の2人組、男女の2人組、あとは女性と男性、それぞれ一人旅の様子だったなと思い出す。


(フェリーは2時間だったかな。それでどうするか様子を見るか)


そんな事を考えながら彼は誰はそっと瞳を閉じた。




「なんだか皆さん静かですね」


バスが走り始めるとひそひそと花梨は紫苑に声をかける。

どうやら紫苑と違い、みぎわ島への疑いはない様子だ。

色々な経験をしているのに、そう言った素直なところは良くも悪くも見習うべきだろうかと内心苦笑いをこぼす。

きっと歳の差もあるかもしれない。


「フェリーに乗って島につけば違うかもしれないよ?」

「はっ!確かに!」


紫苑の言葉にどこか納得した様子で、それ以降はソワソワとしてはいたが大人しく隣に座っていようと決めた様子だった。

その様子を見た紫苑はというと、どこか少しホッとした様子で窓の外の流れる景色に目を向けた。

自分の知る景色とはすでにかけ離れた土地である。

高いビルもなければ緑も多い。

空はこんなに広かったのか、だなんてどこかの小説やドラマなどに出てきそうなセリフがふと浮かんで思わずふっと笑みをこぼした。

今から向かうみぎわ島はネットで見た限りではここ以上にのどかな土地だろう。

ただの杞憂に終わるのか、それとも。

そんな事を考えながら紫苑は無意識に小さなため息を吐いた。



「皆様、お疲れ様でした!フェリー乗り場では島民の方が迎えに来られていますのでそちらの指示に従ってください。良い一週間を!!」


フェリー乗り場の前に着くと、運転手はにこやかな笑顔で旅行者へとそう声をかけた。

降り口に近い物から順に外へと出て行く。

当然のように彼は誰は最後である。

降り立つ者の背中を何かを考えるようにじっと見つめ、ゆっくりと立ち上がりバスを降りた。


「俺は“紅波山座(くれなみ さんざ) ”だ。宜しくな」

乗り場に着くと、船長を務めるであろう男性がニカッと笑い旅行者達へとそう挨拶をした。

そばには他にも2人、島民らしき男女の姿があった。

1人は『上条うめ』と名乗り、もう1人は『三春清治(みはる きよはる)』と軽い挨拶を口にする。

島の買い出しも兼ねているのだろう。

チラリとフェリーに目を向けると、何やら荷物がすでに乗せられているようだった。


「それじゃ、乗ってくれ!」


紅波の言葉に7人は次々と船へと足を進めて行く。

その様子を紫苑と彼は誰はそっと見つめていた。


フェリーが海の上を走り始めると、髪の長い眼鏡の青年は早々にタバコを吸い始めた。

それから50代くらいに見えるせっかちそうな男性とそのお付きの人らしき青年の二人組は何やら揉めている様子で話をし始める。

そしてもう1人、ちょっと珍しい黄色の修道服っぽい格好をした、どこか怪しい雰囲気を纏った女性は何をするでもなく海をぼんやりと眺めている。


「ししょー!海!海ですよ!船ですよ!わー!」

「あまり身を乗り出すと落ちるよ」


そんな殺伐とした中、華やかな声をあげてはしゃぎ始めたのは花梨だった。

そしてまるで保護者のように宥める紫苑。

周りからどのような関係に見られているのかはさておき。

バスの中で押さえていたであろう好奇心が爆発したとでも言うようなはしゃぎようである。


(なんか騒いでるなあ、、、)


彼は誰はそんな様子の2人をチラリと見たあと、改めて周りを見渡した。

島はさほど広くないようであるし、じっくり考えようとでもおもっているのだろうか。


(まずはタバコで一息、かな)


彼は誰は先客のいる喫煙場所へと向かうといつものアークロイヤルワイルドカードに火をつけた。


「あんた珍しいタバコ吸ってるね」


気怠げにタバコを吸っていた青年は、ふと彼は誰のタバコに目を止め話しかけた。


「なかなか買えなくてね」


青年の問いかけに、少しオーバーリアクション気味に肩を上げて苦笑いをしてみせた


「そりゃそうだろ」


そんな彼は誰の様子にどこか気を緩めたのか、青年はふっと笑みを浮かべた。

そして彼は誰もふふっと笑ってみせる。


「お互い肩身狭いよね。あなたは何を?」

「まぁ、匂いでわかるかもしれないけどブラデビだよ」


彼は誰の問いに青年はタバコケースを見せながら答える。

彼は誰は思う。

タバコとは不思議なもので、どこか親近感を生んでくれる。

彼女自身、無理をして吸っているわけではないが度々喫煙者で良かったと思わせてくれるものだ。


「ブラックデビル、、、いい趣味してるね」

「どーも」


彼は誰の褒め言葉に先程よりは気を良くしたのか幾分か柔らかい笑みを浮かべて青年は答えた。

一方その頃、花梨は紫苑の言葉をよそに、水面を切って走るフェリーの潮風が髪を撫でる心地良さを嬉しそうに堪能していた。

その様子をやれやれと言った表情で見つめながらも気にかけている紫苑はまるで母親にでもなった気分だとふと思い苦笑いをこぼした。

年下と言えども花梨もそれなりの歳である。

フェリーのどこにいても目の届く距離だからだろうか。

紫苑は花梨から視線を逸らすと改めて船内を見渡した。


「あっ、トビウオ!あれはクジラ。。?」


そんな無邪気な声が紫苑の耳に届く。

聞こえているうちは放っておいても大丈夫だろう、そう思い同じ旅行者に順に見ながら1人の女性に目を止めた。


(黄色の修道服・・・は珍しいな)


仕事できたわけではないが、職業柄なのか探究心は抑えられない。

紫苑はゆっくりと女性に近づいて声をかけてみることにした。


「やあ、あなたも観光かな?」

「それ以外の何に見えるかしら」


紫苑の問いかけに女性はふっと笑みを漏らして答える。

紫苑は話しかけながらも女性の様子を伺ってみた。

女性はどこか眠たそうにぼんやりしている様子である。

どこからきたのかは聞けないが、長旅で疲れているのかもしれないとも思えた。


「ねんねちゃんのお守りはしなくていいの?」


そんな紫苑をよそに、女性ははしゃぐ花梨に

チラリと視線を送りふふっと笑いながら話しかけてきた。


「楽しんでいるようだし、お守りがいる歳でもないでしょう」

「きっとホテルのお魚も美味しいんだろうなぁ!ワクワク!」


女性に言われてそう答えつつも紫苑は花梨の方を見たが、相変わらず海を見ながら大はしゃぎをしているようだ。

いつものことではあるが、何かことが起こるとそこは見習いをしているだけのことはあり鋭い洞察力を発揮してくれる。

けれども、やはり子供だなとその姿が微笑ましく思えた。


「そうかしら?あのくらいの女の子は何をするかわからないわよ?あぁでもこんなところに来るくらいだから彼氏さんかしら?」


そんな紫苑の心情をよそに、女性はまるでからかう様に笑いながら話しかけてきた。


「ははは、彼女は弟子ですよ」

そう答えつつも傍目から見ればそう見えるのだろうかと言う考えが頭をよぎる。

それともからかわれているだけだろうか、と。


「お姉さんは修道女さんでしょうか?宗派とか聞いてみても」

「キリスト教みたいなものよ。あら?なんのお弟子さんなの?」


紫苑の答えに先ほどまで眠そうにしていた女性が少し興味を持ったかのような表情へと変わる。

本当に恋人同士だと思われていたのだろうかと紫苑は内心苦笑いを漏らした。

探偵業は興味を持ってもらってなんぼと言ったところもある。

紫苑はさっと一枚の名刺を取り出し、女性の前に差し出した。


「私はこう見えて探偵をしていまして」


ご入用の際はどうぞご贔屓にとにこりと笑ってみせた。


「まあ、ここに来た理由はただの観光ですが」


まるで取ってつけたようなセリフだなと思いながらも紫苑はそう付け加える。

事前に受けた説明やあの注意書きを見るに、あまり大きな声で言うのは得策ではないと察しているからこその防衛線である。


「あらあら、、、。でも気をつけて?安易にそんなもの出さない方が身のためよ?」


女性はくすくすと笑いながらも紫苑の名刺を受け取るとするりとバッグの中に仕舞い込んだ。

その行動が何を意味するのかは紫苑にはわからない。

忠告をするくらいなのだから、気を遣ってくれたのかもしれないが。


「ふむ…ご忠告ありがとうございます」


女性の言葉に紫苑はにこりと営業スマイルで返した。

そんな紫苑に女性はそっと近づくと耳元で囁くようにこう告げた。


「ほら、、、みられてるわよ?」

「見られている?」


女性の言葉に誘われてそちらの方を見ると、フェリー乗り場で挨拶を交わした上条うめと三春清治の2人と目があった。

2人は目が合うとにこりと微笑みを紫苑へと向けた。

とりあえず紫苑が笑みを返すと2人は何やら会話を始めてしまったが、その行為に何か妙なものを感じたのは気のせいだろうか。


(探偵だと知られるのは不味い、か)


紫苑はそれ以上、女性と会話を続けることはやめて1人ハイテンションの花梨の元へ一度戻ることとした。


(師匠ったら、こんなに可愛い子を放ってナンパなんて!)


1人ハイテンションながらも花梨が紫苑に視線を投げかけた頃、ちょうど2人は寄り添って何やらヒソヒソと話している最中であった。

それほど広い船内ではないとは言え、流石にエンジン音やら波の音が邪魔をして小さな声の会話は花梨の元へは届かない。


(、、、一人で楽しんでるからいいんだけどねっ!)


そう思いながら花梨は再び魚達と戯れることとしたのだが、戻ってきた紫苑が女性とアイコンタクトを交わす様はどう言い表せばいいのかわからないが複雑であった。

チラリと見た時、無表情であった女性が紫苑に向けて笑顔でひらひらと手を振り、紫苑がそれに応える。

そんな様子を見て、花梨の胸がチクリと痛んだのは気のせいなのかなんなのか・・・。



そんなことが船内で起こっているころ、喫煙場所の2人はまったりと2本目に火を灯していた。


「ほかの人は吸わなそうだね」

「あーそうだね」


甲板にある喫煙場所からは船内がよく見渡せる。

何やら人の動きがあるようだか、彼は誰が呟くようにいうと青年もそれに答えた。

少しの沈黙の後、彼は誰は何かを閃いたようににこりと笑い口を開く。


「職業当てゲームでもしない?プロファイルだね」


彼は誰は時折、同僚達とそんな事をやることがある。

人を見る目を磨けばそれが仕事にも繋がるからだ。

とはいえ、今現在は本当の暇つぶしの意味ともう一つ目的のようなものがあってのことだった。


「船旅の暇つぶしにはなりそうだね」


青年もにこりと笑うと、2人はタバコをふかしながらじっくりと船内の同乗者達を吟味する。

そして互いに一人一人について考えを述べることとなったのだが。


(・・・なるほど、ね)


彼は誰と青年の考えはよく似通っているようだと言うことがわかった。

プロファイルにはそれなりに自信がある。

この青年が同業者には見えないが、なかなか察しがいい方なのではないかと言う印象を受けた。


「そして君は・・・デスクワーカーのわりに鍛えているね」

「まぁ、デスクワーカーと言えなくもないけど体力いる仕事してるんでね」


彼は誰の言葉にそう返しながらも青年はふっと笑みを浮かべた。

きっと青年も彼は誰と同じように感じたのだろう。

彼は誰はじっと青年の目を見る。

目は口ほどに物を言うとはよく言ったもので、経験上嘘を述べるものの瞳の動きは見慣れたものだ。


(嘘はついていない、かな)


体力が必要なデスクワーカー。

それに嘘はないようだと彼は誰は感じた。


「あなたはどう見る?モデルみたいだもんね」


船内で唯一元気にはしゃいでいる花梨に視線を向けて彼は誰は問いかけてみた。


「そんな感じかな」


青年も同じように思っていたのか、花梨へ視線を向けた後、そう答えた。

もしもここにテレビ局の人間がいてもおかしくはない、そんな印象を受けるほど花梨の容姿は整っている。

雑誌に載っているモデル達と並んでいても恐らく違和感はないだろう。


「僕はどうかな」

「そうだな・・・敢えて言うなら、君のそのカバンの中には一般人が見たら戸惑うような証明書でもはいっているんじゃないかな?」


青年はタバコを口に運び、ニヤリと笑ってみせた。

遠回しに言ってはいるが、察しのいい彼は誰にはそれで十分に伝わった。

きっと彼が言いたいのは“警察手帳”のことだろう。


「鋭いね」

「あ、もしかして当たりかな?勘が鋭そうだもんな」


ニヤリと彼は誰が笑い返すと、青年はそう言いながらもどこか満足そうに微笑んだ。

と、その時彼は誰は青年の目線が一瞬どこか別のところを見たことに気づく。

その視線の先を追ってみると、その先には島民だと挨拶をした3人がいた。


(なるほど、ね。)


何か思いついたのだろう。

彼は誰はタバコの火を消すとポケットからメモ帳を取り出した。


「そういえば、これから行くみぎわ島のいいスポットをしらないかい?」


そう問いかけながら彼は誰はメモにサラサラと自分の名前と連絡先を走り書きした。


「観光スポットねぇ〜、、、多分あんたが知ってることくらいしか知らないけど」


同じように2本目のタバコの火を消した青年はそんな事を言いながらうーんと考えているようだ。


「まあまあ、書いてよ」


彼は誰は先程書いたメモをさっと切り離し、メモ帳と一緒に青年へと渡した。

ほんの一瞬だけ、それを見た青年の顔色が変わるのを彼は誰は見逃さなかった。

けれどもそれは注意深く見なければ気づかないほどの時間である。

彼はすぐににこやかな笑みを浮かべ、自分が知っていることだけならとサラサラと何かを書いて彼は誰へとメモ帳を返す。

そして自然な様子で彼は誰のメモをポケットへと仕舞い込んだ。

彼は誰が受け取ったメモには『葉山侑斗』と言う名前とともに連絡先が記載されている。

おそらくこの青年の名前だろうと言う事は彼は誰には十分に伝わった。


「ありがとう」

「ん、まぁ、大した場所じゃないよ」


そんな事を言いながらも青年、葉山は三本目のたばこへと火を灯した。



(さて、どうしたものかな)


その頃、船内では紫苑が頭を悩ませていた。

先程、島民と目があってからと言うものの何故だか妙にソワソワとしてしまう。

嫌な予感みたいなものが頭の中で浮き沈みしているのだ。

とりあえず、一度船内を見渡した後紫苑は船長をしている紅波の元へ向かうこととした。



「あとどのくらいで着きそうですか?」


紫音は運転の邪魔にならないように近寄り、そう声をかけた。


「フェリー乗り場から大体2時間ぐらいかかるんだが、、、そうだな、あと1時間もすれば島が見え始めるだろう」


紫苑の問いかけに紅波はニカッと笑いながら答える。

それを聞いてそうですか、と答えながらもチラリと花梨の方に目を向けた。


「あ、そうだ、写真とらなきゃ!お姉ちゃん、こんなに綺麗なとこだよー」


先程少し不機嫌そうな様子を見せていた花梨だが、今は相変わらず元気にはしゃいでいる。

それを見た紫苑は無意識に笑みを浮かべていた。


「なるほど、楽しみです。たまには仕事を忘れて楽しみたいですからねー」

「そうだなぁ、うちの島に来るのはそういう人や都会の喧騒を忘れたい人ばかりさ」


再び紅波に向き直った紫苑がそういうと、紅波は豪快に笑いながらも答える。

いかにも海の男と言った風貌の紅波である。

フェリーの運転は勿論安定しているが、日に焼けた肌や筋肉質な体つきはまさにそれの象徴のようだ。


「まぁ、ゆっくり海でも楽しんでくれよ」


紅波を観察している紫苑の様子には気づいていないのか、紅波はそう言って笑みを浮かべた。

またそれほど話してはいないが、気さくな性格なのであろう。

とはいえ、観光客を乗せたフェリーの運転をしているのだから自然と身についたのかもしれない。


「船長さんは島の出身ですか?」


少し悩んだ後、紫苑は笑顔でそう問いかけることにした。

何かを探っているような素振りをしなければ彼ならある程度様について答えてくれるのではないかと言う考えの元にまず選んだ話題である。


「あぁそうだよ。島の外から島に来るやつはほぼいないよ。俺や他の二人も島生まれの島育ちさ」


特に言い淀むわけでもなく、彼はさらりと返事を返した。

特に隠す様子も何もない様子から本当のことなのだろう。

紫苑は続けて問いかけてみることにした。


「つぅーつぅー洞ってどんな所でしょう?変わった発音しますよね」


紫苑のその問いに紅波は少し悩む様子を見せてから口を開く。


「古い方言みたいなものだって聞いてるよ。あそこはパワースポットでもあるし、島の神域でもあるからな。まぁでも綺麗なところだよ。」


天気の良い日に行くと格別だなどと饒舌に話す紅波にそうなんですねとにこやかな返事を返す。

何か少しでも怪しげな情報はないかと聞いてはみたがあまり散策する素振りを見せるつもりもないようだ。

出来ればもう少し何かを聞いてみたい気もするが、急に静かに椅子に座っている花梨の様子が目に入ってしまったものだから切り上げることにした。

船酔いでもしたのだろうか。

紫苑は紅波に礼を言ったから花梨の元へと戻ることにした。



メモをやり取りした後、彼は誰はまた後でと葉山に告げて喫煙場所を離れた。

そして船内に置かれている椅子に座ると携帯を取り出した。


『あなたのことは言わないよ』


ショートメールを開き、その一文だけを打つと誰かへと送信する。

それは先ほど見たばかりの番号、葉山へ当てたものだった。

送信を押した後、横目に葉山の様子を観察する。

三本目であろうタバコを咥えたまま、潮風に身を任せていた葉山がふと携帯を取り出しているのが見えた。

そして一分もしない間に彼は誰の携帯が鳴る。


『俺もいうつもりはないよ 葉山』


画面には彼は誰と同じくらい短い文が打たれていた。

画面から目をあげ、葉山の方をみると目が合う。

特に言葉を交わすわけではないが、2人にはそれで十分伝わった様子だった。



「どうしたの風華さん」


紫苑が花梨の元へと戻ると、どこかしょんぼりとした様子で彼女は俯いていた。

そして紫苑の声に顔を上げた花梨は先ほどまでと打って変わって元気がなくなっている。


「師匠・・・」

「ん?」

「お腹が空きました・・・」

「・・・・・」


紫苑はそんな花梨の言葉にどこかほっとしたような、呆れたような安堵のため息を吐く。

そして自分のカバンをあげ、中を見るとカ□リーメイトと未開封の飲み物が入っている事を確認する。


「カ□リーメイトならあるけど食べるかい?」

「ぱっさぱさになっちゃいます。。。」


花梨の言葉に紫苑はふっと笑みを浮かべてカ□リーメイトと飲み物を差し出した。


「わー!!ぽりぽりぽりぼりごくごくごく」


花梨は嬉しそうにそれらを受け取るとまるでハムスターの様に愛らしい様で食し始める。

その様子を呆れたような、けれども微笑ましいというような笑みを浮かべて紫苑は眺めていた。


「ししょー、ありがとうございます。」


お腹も満たされ、喉も潤った花梨はそう言いながら半分ほど飲み終えたペットボトルを紫苑へと差し出す。


「また喉が乾くかもしれないから持っておくといい」

「貰ってもいいのですか?」

「あげるよ」

「わぁ、ありがとうございます、ゆっくり飲みます!」


そんなやり取りを終えると、花梨は立ち上がりまた行動し始めた。

海を眺めながらゆっくりと船内を歩き始める。

まるで電池を交換した人形のようだなと紫苑は笑って見つめていた。


「あぅ」


お腹も満たされて眠気がやってきたのか、海をぼんやり眺めながら歩いていた花梨は何か柔らかいものにあたりそんな声を漏らした。


「あら?大丈夫?船酔いかしら」


花梨がぶつかったのはどうやら黄色の修道服を纏った女性だったようだ。

花梨の少し上の方からそんな声が降ってきた。


「あ、ごめんなさい。海眺めてぼーっとしてました。。。」

「そう」


少し恥ずかしそうにそう答える花梨にそんな相槌を返しながら彼女はふふっと笑みを漏らす。

そこで花梨はハッとなって今自分は初めてこの女性と言葉を交わしていることに気づき慌てて自己紹介を口にした。


「さっき師匠とお話してましたが、私かりん かざはなっていいます」

「名前も可愛いのね。私は田中幸子よ」


花梨のどこか恥ずかしそうな様子が微笑ましく映ったのだろうか。

女性はふふっと笑いながらそう言った。


「か、かわいい。。。ですか。。。?」


容姿を褒められることには慣れていても、名前を褒められることがあまりないのだろうか。

彼女、田中の褒め言葉に花梨は少し頬を赤らめ、恥ずかしそうに上目遣いでそう返した。

しかし・・・・


(?!!!!!)


見上げた田中は先ほどと変わらずふふっと笑みを浮かべている。

ただ、それだけだ。

それだけだというのに花梨はその笑みに何かゾクっとしたものを感じた。

それはまるで、雪山で見たようなこの世の物と思えない生き物を目にした時の感覚とどこか似ている。

もしくは別の何か・・・・。


「ひゃっ。」


思わず変な声が花梨の口からこぼれ落ちた。


(な、なんで急にゾクッとしたんだろ。。。。恋。。。?まさかね。。。)


田中のミステリアスな笑みをみてちょっとぞくっとしてしまったのかもしれない。

相手はアレと違って人間なのだから。

花梨はそんな考えに至ってやや顔を赤らめながらも口を開いた。


「お、お姉さんも、お綺麗ですねっ!」

「ありがとう」


花梨の褒め言葉にクスッと笑って田中は返す。

けれども、花梨は気づいていなかった。

田中の何か異常なものを感じた花梨の様子を、彼女がじっと観察していたことに。

そして、笑みを浮かべる彼女の瞳が暗く冷めた物へと変わっていることにも気付く様子はなかった。


「お姉さんは、お一人で観光ですか?」

「そうよ」


田中は変わらず笑みを浮かべて答えると続けてこう告げる。


「ちょっと私考え事をしたいから1人にしてくれるかしら?」

「あ、ご、ごめんなさい。いい観光をっ!」


やんわりとした田中の断り、いや拒絶だろうか?

それに気付いたかどうかはさておき、その言葉に花梨は慌ててぺこりと一礼しながらそういうと田中はありがとう、とだけ言って花梨から視線を逸らし海を眺め始めた。


(ちょっとはしゃぎすぎたかな?師匠、どこだろう?)


キョロキョロと船内を見渡した花梨は、紫苑を見つけるとトコトコと紫苑の方へと歩いて行った。



一方その頃、花梨が去ったあとに紫苑は改めて船内を見渡した。

一人は甲板の喫煙場所でぼんやりとタバコを口に咥えて海を眺めている。

いや、その景色を楽しんでいるという様子ではないが。

そして一人、彼は誰は読書を始めていた。


(そうだな・・・二人組に話しかけてみようか)


一人は何やら偉そうな様子を見せ、もう一人は宥めている、といったどこか変わった二人組が目に止まる。

社長と部下、教授と学生、先生と弟子?

そんな感じに見える2人組だ。


「こんにちは、あなた方も観光ですか?」


営業スマイルを浮かべながらも紫苑はにこやかに話しかける。

すると若い方の男性が紫苑に気づき口を開きかけたが、それよりも早くもう一人の男性がやや不機嫌そうな様子でフンと鼻を鳴らし口を開いた。


「人気の島なんだ、それ以外にあるまい!」

「薬師丸さん、そんな高圧的な言い方だめですよ〜」


どうやら偉そうな男性の名は“薬師丸”というらしいことが紫苑には伺えた。

フェリーが走り始めた頃から遠目にずっと不機嫌そうではあったが。

何が気に入らなかったのか、初対面の紫苑に対してそれを隠す素振りすら見せない。

そういう性格なのであろう。


「気を悪くしたならすみません。いい所ですよね、私も友人からチケットを貰ったので来てみたのですよ」


紫苑は気にすることなく営業スマイルを浮かべながらそう口にしてみたのだが、今は子供のように何もかもが気に入らないのだろう。

薬師丸はまたフンっと鼻を鳴らすとそっぽを向いた。

その様子を見たもう一人の男性が慌てて口を開く。


「いえいえ、こういう人なのですよ〜!この人は薬師丸さん、僕は三原といいます。僕らは素敵なところだからと友人に勧められてきたんですよ」


三原、と名乗った男性はそういうとにこやかな笑みを浮かべた。

どこか高圧的な薬師丸とは対照的な印象を感じさせるなと紫苑は思う。

だからこそなのかもしれない。

対照的だからこそバランスが取れているということなのだろう。

その様子を見ていた紫苑の脳内に一人の男性の姿が浮かんだ。


(あぁ、そうか・・・。)


薬師丸をみて誰かに似ているとは感じていた。

そして脳内に浮かんだのは友人の冨良健人だ。

冨良は教授をしていて、薬師丸の雰囲気というかそう言ったものが似ている。

もしかしたら薬師丸も教授なのかもしれない。


「自然に溢れててとてものどかな所みたいですねー、おふたりはどういう関係ですか?」


やはり探究心は抑えられない。

疑問に対する自分なりの答えが見つかるとやはり答え合わせはしたくなる物である。

そんな紫苑の問いに対して薬師丸は何も答える気がないようで相変わらずフンとした顔をして海を眺めている。

チラリとその様子を伺った三原は困ったような笑顔を見せた。


「まぁ、なんというか、、、僕がお目付役というか」


薬師丸に聞こえないようにだろう。

こっそりと紫苑にだけ聞こえるようにそう答えた。


「はは、なかなか苦労されてますね」

「はははっ」


紫苑の言わんとすることが三原には伝わったのであろう。

困ったような、苦笑いのような笑みを返すだけだった。


(今はあれこれ聞ける様子ではないな)


チラリと薬師丸を見るがやはり不機嫌そうである。

三原も特に何かを言うわけではなく、けれど申し訳なさそうな雰囲気を醸し出していた。


「それでは失礼するよ」


紫苑はそれだけを告げると二人の元を離れる。

そろそろ時間もいい頃合いだろう。

そう思いま、紫苑は自分の荷物を置いた辺りへと戻って行った。


「ししょー!島が見えますよ!島!あれがきっとみぎわ島ですね!」


トコトコと紫苑の元へとやってきた花梨は前方を指差し、嬉しそうにそう言う。

見ると確かに、距離のせいもあるだろうがこじんまりとした島が見えていた。

そして花梨の声が他の旅行者にも聞こえたのであろう。

チラリと前に視線を送る者もいれば、特に興味なさげにしている者などさまざまだ。


「お嬢さんの言うように、あれがみぎわ島です。もうまもなく到着しますので忘れ物をされませんように」


上条がニコニコとしながらそう告げた。

気づけばだいぶ日が傾き始め、少しではあるが暑さも和らいできている。

いよいよ、7泊8日の観光ツアーが始まる。

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