プロローグ2〜彼は誰〜

こちらの時も数週間前へと遡る。

彼は誰緋色は優秀な警察官である。

そこは先程紹介した紫苑零と同等かそれ以上と言うべきだろうか。

勘が鋭く、思考が柔軟で物事を見極める目を持っている上に察しもいい。

それらは仕事柄とも言えるかもしれないが。

そして彼女の元々の性格として、巧みな話術で人を上手く操ることもできた。

だからこそ、職場では誰かと対立するなどと言ったこともなく寧ろ周りからは憧れや尊敬の眼差しを投げ掛けられるほどなのである。

嫉妬や妬みで嫌味を言ったところでそれを軽くあしらってしまうのだから意味をなさないことも周りは知っていた。

そして、そのことを鼻にかけるでもなく日々精進の精神を持っているものだから一目置かれた存在となっていることを彼女自身は自覚していなった。

そんな彼女であるから、現在の職場に対しての不満などと言ったものは一切と言っていいほどない。

しかし、唯一の不満を聞かれれば間違いなく上司だと答えるかもしれない。



その日、彼は誰は自分のディスクに座り、じっと机の上にあるチケットを見つめていた。

あまりに険しい顔をしているものだから、周りは声をかけることもできずに遠巻きに見守っているしか出来なかった。

彼女の視線の先にあるもの。

それは『みぎわ島観光ツアーご招待券』と書かれた紙と『那覇空港行き』のチケットだ。

これらの紙は毎日なにかと無駄に大騒ぎする上司から彼は誰へと渡されたものだった。

その上司が数刻前にまたいつものように「事件だ!!」と大騒ぎした結果がこれである。


聞くところによると、上司の娘さんが先日みぎわ島に行って帰ってきたらしいのだが、どうやら一部記憶喪失らしい。

一緒に行った友人たちと夜の公園で花火をしようと思い立ったところまで覚えているらしいが、そこから朝までの記憶がすっぽりないとのことだ。

友人達も同じらしく、これは何か犯罪の匂いがするなどと騒いに立てた挙げ句に結局ご指名を受けて相手をすることになったのが彼は誰である。

上司曰く、その島は警察や取材、研究者などの立ち入りを禁止している為一番警戒されないのは彼は誰だろうと白羽の矢が刺さったとの事らしい。


(みぎわ島、ねぇ)


彼は誰も噂には聞いたことがあった。

休暇にはとてもいい島だ、と。

彼は誰は小さなため息を一つ着くとチケットと招待券を手に持ち、自分のバッグにねじ込んだ。

休日は合ってないようなものだが、家でコーヒーを飲みながら洒落たジャズを流して本にのめり込む。

そんな一面を持っているのだから、旅行と偽っての聴き込みだ調査だと言われても正直御免被りたいところである。

しかし、周りを見渡したところで皆顔を背ける始末だった。

だからといって自分が誰か指名できるかと考えると、自分が適任なのではとも思えてくるものだから不思議なものである。

また一つ、小さなため息がこぼれたが気にも止めずに席を立つ。

いつぶりかの長期休暇だと思って楽しもう。

自分にそう言い聞かせて彼女は警察署を後にするのであった。



帰宅後にツアー会社へと電話をかけると、何やら説明があるらしく都合の良い日を求められた。

少し考えたのちに、適当な日を答える。

上司曰く、旅行に関することならば勤務扱いにしてやるという。

まぁ、上司から見ればこれは旅行ではなく身内のための調査、仕事なのだから当然と言えば当然だろう。

明日出勤した時にでも先程告げた日を申請すれば仕事に支障はないはずである。

電話を切ると、彼は誰はお気に入りのコーヒーをカップに注いだ。

そのまま、パソコンの間に座ると「みぎわ島」と検索をかけ始める。


(ふぅん。景色はいいところじゃないか)


青い空、青い海。

日頃、高いビルとアスファルトに囲まれた生活をしている彼は誰にはネット上に上がっているみぎわ島の風景は新鮮なものだった。

ショートムービーではあるが、風に揺れる稲穂や穏やかな砂浜の波の音。

これぞ自然!と主張しているようなそれらの音は雑音ばかり入る耳に優しく囁きかけているようだ。


(穏やかで特に問題は無さそうだけれど。さて、何か出てくるかな)


カチャカチャとマウスを動かしながらヒットした情報を眺める。

あの上司が言っていた話、記憶がなくなるというものは特に出てくる気配はない。

軽く眺めた後に彼は誰は飽きたとでもいうかのようにパソコンの電源を落とした。

ネットの力はバカには出来ないが、そう簡単に出てくることならば今頃騒ぎになっている。

そう思うと、ネットで出てくるはずがない。

そんな考えに至ると、彼は誰は無意識にニヤリと笑った。

きっとその脳内では、1週間後に合うまだ顔も知らない担当者がしどろもどろになっていることだろう。



「へぇ、僕1人とは驚きだ。」


どこか楽しそうに彼は誰はそう呟きを漏らしていた。

今日は約束していたツアーの説明会である。

旅行ツアーというものに参加したことはない彼は誰ではあるが、人気絶賛中の島なのだ。

当然、同じ日に旅行に行く者が自分だけではないはずだという考えに至っている。

だからこそ、面白い。

旅行参加者が複数集まれるような地を選び、一度に説明会を終えれば良いものを個別に行う。

その行いは彼は誰の興味を惹くに値する最初の出来事とも言えるだろう。


「えー、その、彼は誰様は警察官でいらっしゃるとのご申請を賜っておりますが、その、今回は、えー、ご旅行ということでお間違いないでしょうか?」

「えぇ、そういうことですね。」

「えー、はい、その、ありがとうございます。」


今のところ彼は誰は威圧しているというわけでも尋問しているわけでもないのだが、きっとこの男性は警察官と聞いただけで冷や汗が出る人種なのだろう。

それを隠すことさえも苦手なのか、しどろもどろに確認作業とも言える言葉を口にする。

何か後ろ暗い過去でもあるのか。

はたまた、今現在そう言った隠し事でもあるのか。

まぁいいかと思いながら説明に耳を傾けることにした。

その男性はおずおずと一枚の紙を差し出す。

そこにはこのようなことが記載されていた。


【観光客の皆様へ】

『みぎわ島』観光ツアーへのご応募ありがとうございます。

ツアー参加者の皆様にはみぎわ島で楽しい1週間をお過ごしいただくために持ち込むお荷物の申請をお願いしております。

その際、以下のものは持ち込み不可となりますのでご了承ください。



・危険物(銃刀法違反にあたるようなもの)の持ち込みはお断りさせていただきます。

(トラブルのもとになるため)



・種子などの持ち込みはお断りさせていただきます。

(島特有の植物も多くあるため)



・動物の同伴はお断りさせて頂きます。

(自然などを荒らしてしまう恐れがあるため)



⚠︎雑誌やテレビの取材や調査員はお断りさせて頂きます。

(発覚した場合はそれなりの対処をさせて頂きます)



「その、警察の方に関しては、えー、お仕事に関わる物の持ち込みを控えていただきたく、、、その、、、」

「仕事ではなく旅行に行くわけですからね。けれど、警察手帳くらいは構わないでしょう?」


運転免許証のようなものだからねと彼は誰はにっこりと微笑んだ。

その笑みにその男性は手元の資料をアセアセとめぐるものの何か言いたそうにはしていたが、彼は誰の主張に何も言い返せないのか言葉を飲み込んだ様子を見せる。


「楽しすぎて記憶が飛んでしまうような島、なのだろうね」

「、、、は?」


彼は誰の呟きに男性はキョトンとした表情を見せる。

どうやらあまり察しがいい方ではないらしい。


(まぁ、いいか)


色々と誘導尋問でもして何かしらの情報を引き出してやろうと考えはしたらしい。

しかし、反応を見るに特に得られる情報がないと察したのだ。

何かを問いかけても返ってくる返事にも予想がつくというもの。

そうなると時間の無駄とも言えると判断したのだった。


「あの、そのー、、、」

「いや、お気になさらずに続けてください」


彼は誰は先程の自分の発言を気にするなと言わんばかりにまたにこりと微笑んだ。



(神域へと立ち入る者には神罰が下る、か)


説明の最後に受け取ったパンフレットを自宅に帰り眺めていると、その一文が彼は誰の中に妙な違和感のようなものを与えた。

日が落ちた後や日が登る前、要は空が暗い間は出歩くなというのも妙である。

確か、上司の娘は花火をするために夜の公園へと行ったと言う。

その行為に神罰が下り、記憶を無くしたとも考えられるが。


(神罰が記憶を無くすことだとしてもどうやって?)


頭を強く打ちつけて記憶を無くすということはあり得る話ではある。

担当した事件でもそのような現象が起こった事例もあるからだ。

けれど、その場合はなんらかの傷跡が残っていたり無くした記憶を不意に思い出すこともある。

それ以外では、脳に傷を負うわけであるからなんらかの症状が現れたりなど。

“記憶を無くすこと”や“記憶を無くした場合”の知る限りの事例が彼は誰の脳裏に浮かんではこれじゃないだろうと沈んでいく。


(酒に酔って記憶を無くした、という可能性もアリはするけれど・・・)


自分が知る全てではないにしても上司も警察官だ。

可能性があることは全て調べた上でのあの騒ぎようなのだと少しくらいは信じてやりたい。

仮に酒に酔っての記憶喪失ならばわざわざ親に告げるほど深刻な話でもないと思える。


(集団催眠?それとも何か魔法のようなものでも使った・・・なんてファンタジーなことはありえない、か)


自分で思いついたことではあるが、あまりに現実味がなさすぎて彼は誰はふふっと笑いをこぼした。

なんにせよ、行ってみないことにはわからないというのが結論ではあった。

そう結論付けると、彼は誰は手帳を取り出し日課となっている日記を書き始める。

彼は誰の場合、後で読み返すということではない。

書くことでその日1日の情報を整理し、頭に叩き込むという方が正しいだろう。

そうすることで、彼女はいつ頃どのような情報を自分が得たのか容易に引き出すことができる。

寝る前にそのような事を行なっているとは誰も知らないのだが、彼女のそういった性質とも言えるところが周りにより一層優秀だと見せているのだ。


(こんなものか。あとは行ってみてのお楽しみってところかな?)


旅行が楽しみというよりも、それはまるで謎解きやパズルを楽しむような表情である。

特に出来ることは何もないと割り切り、彼は誰は眠りにつくのであった。



(さて、ようやく明日からみぎわ島か)


旅行前夜、荷物のチェックを終えた彼は誰はいつものようにお気に入りのコーヒーを手にソファーへと座る。

冷蔵庫の中身や戸締り、配達物の停止なども勿論抜かりなく終えている。

あとは寝るだけの状態で、眠りにつき目が覚めればこの身と旅行鞄を持って家を出るだけだ。

そこでふと、彼は誰は携帯を取り出して「みぎわ島」と検索をかけてみた。

何かまた情報が増えていないか、簡単に見ておこうと思ったのだった。

検索結果をスクロールしてみるものの相変わらず目につく情報はない。


(・・・一応、開いてみるか)


検索を終えようと考えた時、ふと“9チャンネル”という掲示板サイトにある“みぎわ島”というスレッドに惹かれた。

以前検索した時にも見かけた物ではあるが、この“9チャンネル”という掲示板サイトは・嘘か本当か、信憑性が全くないと言われている。

だが、ごく稀にこの中に真実が含まれた書き込みがされていることを彼は誰は知っていた。


(軽く眺めておくか、な?)


何かいい情報が有ればそれはそれで、と彼は誰はページを開いた。

上から順に書き込みを眺めていく。

書き込まれた日付や時間にも目を止める。

この掲示板は昔から変わらず、上の方が新しい書き込みで下に行けば行くほど古い書き込みとなっていた。


●⬇︎それってオオコウモリとかメガバットとか言われてるやつじゃね?てか日本にいるかどうかはしらんけど。


●夜中に窓の外を見たら巨大なコウモリのような影を見た


●激しく同意


●⬇︎わかる


●島民の視線が異常に絡みつくから気持ち悪いんだけど(_ _|||)


●田舎の他所者に対する刺すような視線より笑顔の方がよくね?w


●島民の笑顔がキモいw


●草に草生やすなwww


●まじ草w


●いっそ森じゃねwww


●草超えて大草原


●旅行の記憶無くすとか記憶力弱すぎwww


●若年性アルツハイマーかwww


●島に行った友人にどうだった?と聞いたら何故か少しの記憶しかないとかいうから謎


●ー管理者により不適切な内容と判断された為、削除されましたー


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●島の話書き込みたいのに管理者に消されるのなに?謎すぎて笑えるwww


●ー管理者により不適切な内容と判断された為、削除されましたー


●都会暮らしの私には携帯電波ないとか考えられないね┐(´д`)┌


●田舎でもあるぞ!田舎なめんなwww


●島だから電波塔ないとか?


●スマホ圏外とか何時代www


●旅館で電話借りたら未だに黒電話とかw使い方旅館の人に習ったしw


●ー管理者により不適切な内容と判断された為、削除されましたー


●ー管理者により不適切な内容と判断された為、削除されましたー



(スマホが圏外、記憶喪失、オオコウモリ・・・なるほど、ね)


僅かにニヤリと微笑んだ。

そしてそのページをコピーするとそのまま携帯のメモへと貼り付ける。

ここに書かれていることが真実であるならば、島でこのページを見ることは不可能となると考えたからだ。

そして、みぎわ島へといく目的である記憶喪失の謎。

答えではないけれど、やはりいく必要がありそうだと考える。

世間の話題になってはいないだけで、記憶喪失者は上司の娘だけではない。

やはり、島に何かしらの秘密があるのだろう。

きっとそれがあの紙にあった“取材や調査員お断り”の理由なのだと彼は誰の勘が告げていた。


「さぁ、楽しみだ」


そう言ってにっこりと笑みを浮かべた。

そして飲み干したコーヒーのカップを片付けると彼女は急ぐ気持ちを抑え眠りにつくのであった。



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