プロローグ1 〜紫苑と花梨〜
時は旅行の数週間前へと遡る。
彼、紫苑零は探偵である。
好奇心旺盛な性格であり、普段は紳士的な態度を心がけているようだ。
しかし、興味のあることにはただひたすらに熱中し我を忘れてしまうこともあるためそこは玉に瑕と言えるだろう。
探偵としての能力は大変優れているのだが、滅多に仕事が来ないため、その能力を発揮する機会は今のところ少ないと言える。
趣味は人間観察で最近多い浮気調査には役に立つらしい。
とはいえ、開業して間もない探偵事務所であるためか月に数件あるだけなのだが。
友人の冨良がとある事件に巻き込まれ、それをきっかけとして花梨風華が彼の元へと弟子入りしてきた。
女子高生の彼女は平日の夕方になると事務所へとやってくる。
その日も暦では休日に当たる日ではあるが、いつもと変わらず探偵事務所を開ける支度をしていた。
そんな紫苑の携帯になんの前触れもなく非通知の着信が鳴る。
あぁ、また彼か・・・。
そんな顔をしながらも紫苑は携帯の通話ボタンを押した。
「暇か、探偵」
通話を押した途端に聴き慣れた声がぶっきらぼうにそう問いかけてきた。
「たまには名前を名乗ってもいいんじゃないかな?まぁ、いいけど暇だよ」
いつものことだと言わんばかりに自然と紫苑は笑みを浮かべてそう返す。
平和な1日の始まりの朝。
電話先の彼、ド腐れ卍次郎の声にふと雪山でのことが紫苑の頭をよぎる。
そういえばあの時もこのような始まりではなかっただろうか・・・。
「15時に店で」
それだけ告げると卍次郎は一方的に電話を切った。
それもいつものことなのであろう。
紫苑はやれやれという顔で通話の終了した画面を眺めた。
「師匠!おはようございます!」
ちょうどその時、可憐で鈴の鳴る様な声が事務所に響き渡る。
「おはよう、ちょうどよかった」
そこにやってきたのは探偵見習いの花梨風華だ。
これも紫苑にとってはいつもと変わらないと言える日常のはじまりである。
紫苑は花梨に先程の電話の件を告げると二人で卍次郎の店へと出掛けることとなった。
とはいえ、電話の主である卍次郎の店というのは歩いて数歩の距離ではあるが。
「あ!お、おはよう、ございますっ」
紫苑と花梨が卍次郎の店に着くと、それに気づいた女性が奥からやってきてそう声をかけた。
女性の名は御手洗玲子(みたらい れいこ)。
御手洗と花梨はとある事件で面識があり、それをきっかけとして紫苑も顔見知りだ。
しかし、御手洗は元々引きこもりであったためか初めて紫苑や花梨と会った頃はどこか怯えているようにビクビクしていたものだった。
あれからどれほどの月日が経っただろうかと御手洗の顔を見てふと、紫苑は思う。
まだ少しおどおどしているが少なくともあの頃よりは慣れた様子ではある。
「来たか」
3人のやりとりが耳に入ってきたのであろう。
店の裏にいたらしい卍次郎が3人の元へやってきてそう声をかけてきた。
「待ってるって言われたらねぇ」
やれやれといった様子で紫苑は苦笑いをこぼしながらも答える。
「先日の詫びだ」
そう言って唐突に卍次郎は紫苑の前にある紙を差し出した。
紫苑がその紙を受け取って見ると「那覇空港行き」のチケットと「みぎわ島観光ツアーご招待券」と書いてある。
「人気スポットらしい」
卍次郎はそれだけ告げると、もう用はないというかのように作業の続きに戻っていった。
「楽しんでこいってこと?」
その後ろ姿にそう問いかけるも返事はない。
紫苑はもう一度、手渡されたものを見る。
まるでそれはデジャブであった。
雪山の時もそうだったな、と。
そんな思いと共に先程の通話の後によぎった出来事が頭の中を通り抜けていくものだから思わず苦笑いが浮かぶ。
「わー!師匠と旅行!!」
そっと紫苑の手元を覗き込んだ花梨はチケットを見るなり無邪気に歓喜の声をあげた。
その様子は微笑ましくはあるが、と紫苑は小さなため息をそっとつく。
今度こそ、何事もなければいいがと思いつつ二人はみぎわ島へ向かうこととなったのだった。
「ねぇ、みぎわ島って知ってる?」
翌日、花梨は学校に行くと早速友人達にそんな問いかけを投げかけてみた。
師匠である紫苑と旅行に行けると決まった日の夜にみぎわ島について調べてみたのだ。
すぐに調査に取り組む姿勢は流石、探偵見習いというべきであろうか。
しかし、いまいち情報を得られなかったのだった。
「みぎわ島って“あの”みぎわ島?!」
お昼休みに旅行好きの友人の1人がそんな声を上げるものだから花梨の周りにはあっという間に人だかりができてしまった。
そもそもがクラスで人気の高い花梨である。
そんな花梨のそばからそんな声が聞こえるのだから、あちらこちらで雑談に花を咲かせていた友人達も興味津々といった様子で花梨の周りに輪を作った。
「私、一度でいいから行ってみたいんだよね!」
1人が口を開くと他の者も口々に話し始める。
「そうそう!今人気の旅行スポットらしいよね」
「めっちゃ綺麗で凄いとこなんだって!」
「えー?謎めいた島だってきいたよ?」
「めっちゃ暑いらしいじゃん」
「え?沖縄?」
「那覇空港からどうにかいったらあるとか」
「でも位置検索してもでないよ?」
「はぁ?謎すぎ!怖っ!」
「検索したらめっちゃ綺麗な写真とか出るからあるにはあるんじゃない?」
「でも殆どヒットしないのなんで?」
「でもでも!聞くってことは風華行くの?」
「お土産待ってるね!」
「行くとしたらあの探偵さんとだよねー!私ちょっとタイプ♡」
「お兄さんって感じだよね!」
友人達の話を聞きながら情報を整理していた花梨であったが、急に話題の趣旨がずれ始め顔を真っ赤にしてしまったのはいうまでもない。
結局、あまり有力な情報を得ることもできないままその後は恋バナへと移行してお昼休みが終わってしまったのだった。
一方その頃、紫苑はパソコンの画面を憂鬱そうな顔で眺めていた。
こちらは本職である。
手始めにインターネットを繋ぎ「みぎわ島」と検索をかけてみる。
が、紫苑の興味を惹く情報はなかなか出てこない様子だ。
まるで依頼が舞い込むまでの暇つぶしといった様子でコーヒーを啜りながら画面を眺めていた。
(これといって気になる情報はなし、か。・・・ん?これは・・・)
ふと彼は何かに目を止めた。
それは9チャンネルという掲示板サイトである。
嘘か本当か、信憑性が全くないと言われていることは知っていたがその中にみぎわ島というスレッドが立っていたのだった。
詳しく見ようと開いたその時、事務所の電話が鳴り響いた。
滅多に鳴ることはないのにこんな時に限ってと罰の悪そうな顔をすると紫苑は受話器をあげる。
どうやら仕事の依頼が入ってしまったようだ。
電話を切ると、紫苑はいそいそと出かける準備をし始めてふと動きを止める。
そして、パソコンの前に戻ると携帯を取り出して今開いているサイトを携帯の方で開いた。
(帰って期待せずに眺めてみるか・・・)
携帯にパソコンと同じ画面が表示されると、紫苑はパソコンの電源を落として事務所を後にした。
(さて、例のサイトでも眺めて見るか・・・。期待はしていないけれど、ね)
自宅に戻り色々と済ませた後、紫苑はコーヒーを片手に携帯を開いた。
そこには“9チャンネル”のみぎわ島のスレッドが表示されている。
それを上から順にスクロールしてみていくが、その日付から下に行けば行くほど古い書き込みだということが伺えた。
それはこのような内容であった。
●⬇︎それってオオコウモリとかメガバットとか言われてるやつじゃね?てか日本にいるかどうかはしらんけど。
●夜中に窓の外を見たら巨大なコウモリのような影を見た
●激しく同意
●⬇︎わかる
●島民の視線が異常に絡みつくから気持ち悪いんだけど(_ _|||)
●田舎の他所者に対する刺すような視線より笑顔の方がよくね?w
●島民の笑顔がキモいw
●草に草生やすなwww
●まじ草w
●いっそ森じゃねwww
●草超えて大草原
●旅行の記憶無くすとか記憶力弱すぎwww
●若年性アルツハイマーかwww
●島に行った友人にどうだった?と聞いたら何故か少しの記憶しかないとかいうから謎
●ー管理者により不適切な内容と判断された為、削除されましたー
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●島の話書き込みたいのに管理者に消されるのなに?謎すぎて笑えるwww
●ー管理者により不適切な内容と判断された為、削除されましたー
●都会暮らしの私には携帯電波ないとか考えられないね┐(´д`)┌
●田舎でもあるぞ!田舎なめんなwww
●島だから電波塔ないとか?
●スマホ圏外とか何時代www
●旅館で電話借りたら未だに黒電話とかw使い方旅館の人に習ったしw
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(以下、20個ほど削除文が続く)
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●⬇︎ロリコンかwお巡りさーん!!www
●可愛い女の子!!が多かったとしか言えん!w
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●No!!
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●( ̄ー ̄)b
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●るるるるるー
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●あー、、、
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●ー管理者により不適切な内容と判断された為、削除されましたー
(以下、削除文のみ)
(何があるか分からないからな。とりあえずコピペして、と。)
一通りスクロールして眺めた後に内容をメモへと保存する。
そしてもう一度書き込みを順に眺めて見るとふとあることが気になったようだ。
管理者による削除は目立つものの、何者かが意図的に何かを伝えようとしているようなそんな印象とでもいうのだろうか。
ただの偶然の可能性もあるが、これまでの経験が警戒しろと訴えているような感じを覚えた。
経験からなのか、探偵としての勘なのか。
(あ、る、び、の、可愛い女の子?)
スマホが圏外、記憶喪失、島民の異常な視線に巨大なコウモリ。
それらの単語に嫌な予感が頭を遮る。
そして決めつけるのは良くないと思いつつも、あの卍次郎が寄越した旅行券だ。
(まぁ、何もなければそれでよし、か。)
そんな思いを抱きながらも壁にかけられたカレンダーに目を移す。
旅行の予定まではまだ遠いものの、何かとやることは多かった。
紫苑は携帯の画面を閉じると小さなため息を漏らしコーヒーを啜る。
そして、飲み終えたカップを片付けると小さな不安を抱きながらも眠りにつくのであった。
「あぁ、そうだ。風華さん、旅行の関係でツアー会社から説明があるそうだからこの日は空けておいてくれるかな?」
翌日、紫苑は学校を終えて探偵事務所へとやってきた花梨へそう告げた。
「それは勿論!でも、説明って???」
「観光ツアーをやる上で色々と取り決めがあるとかなんとか」
「そうなんですかー。わかりました!」
どこか訝しげな顔をしたものの、花梨は元気よくそう告げて笑顔を見せた。
とりあえず紫苑も笑顔を返したものの、腑に落ちないなという思いは残る。
ただの観光ツアーのはずだ。
しかし、何かおかしい気がする、と。
そんな思いを抱いているものの、どうにも情報が出ていない以上はお手上げだと思う他なかった。
そして、たまに舞い込む依頼をこなしながらも説明会の日を迎えた。
「僕ら2人だけですか?」
会場に着くと紫苑の違和感はさらに増すこととなる。
会場、と言ってもこじんまりとした応接室へと案内されたが紫苑と花梨の2人だけだった。
担当者が言うには、個別に説明を行う決まりになっているとかなんとか。
歯切れの悪い返事が返ってくるだけだった。
そして、説明された内容もおかしなものだった。
まず、渡された紙にはこのような文書が記載されていた。
【観光客の皆様へ】
『みぎわ島』観光ツアーへのご応募ありがとうございます。
ツアー参加者の皆様にはみぎわ島で楽しい1週間をお過ごしいただくために持ち込むお荷物の申請をお願いしております。
その際、以下のものは持ち込み不可となりますのでご了承ください。
・危険物(銃刀法違反にあたるようなもの)の持ち込みはお断りさせていただきます。
(トラブルのもとになるため)
・種子などの持ち込みはお断りさせていただきます。
(島特有の植物も多くあるため)
・動物の同伴はお断りさせて頂きます。
(自然などを荒らしてしまう恐れがあるため)
⚠︎雑誌やテレビの取材や調査員はお断りさせて頂きます。
(発覚した場合はそれなりの対処をさせて頂きます)
「お二方のご職業は探偵ということでご申請頂いていますが、、、」
「えぇ。けれど友人からプレゼントされた旅行ですから仕事をするわけではないですよ」
「左様でございますか。」
怪しむような担当者の質問に紫苑は爽やかな笑顔で返すと、どこかホッとした様子でチェックシートのようなものに書き込みをする。
身元調査、いや、選別とでもいうのだろうか。
紫苑は素直に答えたまでではあったが。
そんな紫苑の横で、花梨は楽しみで堪らないと言った様子でニコニコとしている。
結局、その日はいくつかの質疑応答を交わした後にみぎわ島のパンフレットを渡されて終了となった。
「師匠!なんだかいよいよって感じですね!」
その帰り道、花梨はパンフレットの中身を眺めながらウキウキした様子でそう話しかける。
「そうだね。」
とりあえずにこりとして答えたものの、紫苑の内心は疑心暗鬼になっていた。
旅行者が同じ県内とは限らない。
が、何故個別に行う必要があるのか。
そして、取材や調査員お断りのわけは何か。
観光地であれば、宣伝してもらった方が潤うはずだ。
しかし、それを敢えて拒む訳とはなんだろうか。
不安を煽るかのように雪山で見た光景が脳裏に浮かぶ。
そんな自分に苦笑いを浮かべた。
あんなにも非日常的なことが何度も起こるわけがないだろう、と。
けれども経験が告げている。
可能性は0ではないだろう?と。
純粋に旅行を楽しみにしている花梨と不安を拭いきれない紫苑。
それぞれがそれぞれの思いを抱きながらも旅行当日を迎えるのであった。
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