滞在7日目 〜中編(1)〜

紫苑と花梨が村に着くと、祭りがいよいよ始まるということで準備は終わっているようである。

紫苑はそんな村人達の様子を注意深く観察してみた。

村人のほとんどは舞台の周囲に集まりそれぞれ話に花を咲かせているようだ。

舞台の周りには長テーブルや椅子が並べられ、テーブルの上には花も飾られている。

そしていい香りが漂っているがそれらはテーブルの上に並んでいる料理の香りみたいだ。

そうして見回っていると、時間はお待ちかねの10時となった。

祭りが始まると巫女であるみどりが村の中央に設置された舞台(高さがあるところ)で笛の音を奏でる。

その後、下の舞台にて演奏する者たちが現れ、曲を奏で始めるとみどりが舞を始めた。

服装はと言うと、どうやら男装をしているようだ。

凛々しい様子で優雅に、神聖さを感じる舞を踊っている。

それが終わると後は長机に料理が並べられ飲めや歌えやの騒ぎとなった。

音楽隊がいた下の舞台には簡易的なカラオケも設置される。

そんな村人達の中にはすでに顔を赤くして出来上がっている者もいるようだ。

紫苑と花梨が辺りを見渡していると村人達は2人に料理や酒を勧めてくる。

しかし2人はそんな村人達の誘いを笑顔で断っていった。


「今日はうっかり朝ごはんを食べすぎてしまってあまりお腹が空いてないのですよ」


紫苑がそう断ると祭りはまだまだこれからだからと思ったよりもあっさりと引いていく。

といっても2人はいつもの倍以上を詰め込んでこの場へやってきたのだ。

そう簡単に腹が減るわけがない。

そんな中、花梨は辺りをキョロキョロと見回す。

すると人混みの中で薬師丸は見つけることができたのだが、他に知った顔を見つけることはできなかった。

そしてつい紫苑の顔がドアップで目に入り(隣にいたから当たりをぐるりと見回したため)どきりとしてしまい紫苑の方へふらついてしまった。


「ひゃっ」


そんな花梨にいち早く気づいた紫苑はふらりと自分の方へ倒れてきた花梨をぎゅっと抱き止める。


「そんなにフラフラしてたら危ないよ」


「は、はひっ。あ、あの師匠。。。」


抱き止められて花梨は頬を赤く染めて何かを言いたいようだがなかなか言葉にならない。


(いい匂いだな)


そんなことを思いながら紫苑は花梨を見ている。


「大丈夫?」


「だ、大丈夫です、ちょっと吃驚して。。。」


もう一度、紫苑が声をかけるとやっと落ち着いたように花梨は言葉を紡いだ。

そんないい雰囲気のところに空気を読めない赤い顔をした村人がやってきて声をかけてくる。


「せっかく旅行最後の日なんだからお二人も楽しんでいってくれ」


そういって料理やお酒、ジュースを勧めてきた。

紫苑は先ほどと同じようにお腹がいっぱいであることを伝える。


「私も、朝食食べ過ぎちゃったので。その、いっぱい動いたので。。。」


花梨はそう意味深な言葉をいって頬を赤らめた。



さて、そんな2人から少し離れた場所に彼は誰はきていた。

そしてこちらも同じように村人達から食事や酒を勧められているようだ。

しかし、彼は誰はそんな村人に手の包帯を見せて少し申し訳なさそうな笑みを浮かべて口を開く。


「口も爛れてしまっていてね」


それを聞いた村人は慌てた様子を見せる。


「それは大変だ!おおい!陸君どこだ!急患だよ!」


そんなことを大声で叫びながらその村人は騒ぎ出した。

するとそのせいでできた人混みをかき分けて陸君と呼ばれてるであろう男性が彼は誰の元へとやってくる。


「お嬢さんが急患???」


陸は彼は誰にそう声をかけた。


「やや、恥ずかしいことになってしまったね。騒ぎ立てるほどの事でもないのだけれど」


陸の問いかけに彼は誰は少し申し訳なさそうな笑顔を見せる。

すると陸は辺りを見渡して少し困ったような顔になる。


「ここではちょっと見れないから、旅館のところを借りようか。」


彼は誰にそう提案した。

彼は誰はその言葉にこくりと頷く。

この祭りの最中に、こんなにも人だかりができてしまったのだ。

これでは治療どころではなく動物園か何かの見せ物のような状態である。

陸は彼は誰が頷くのを待って旅館に向かって歩き出す。

その後ろを彼は誰は特に何を言うでもなくついて行った。

旅館に着くと陸は入り口で彼は誰に待つように言うと女将を探しているようだった。

そして、やってきた女将に事情を話すと彼は誰は近くの畳の部屋へと通された。




さて、その頃紫苑と花梨は呑んで食べて騒ぐ村人に捕まっていた。

満腹だと断る2人にそんなこと言わずにのんびり飲み食いしてくれよと勧められる。

こんなにいい天気だから冷たいものが美味しいよ、と。


「皆さんは食べないのですか?」


と紫苑は問いかける。


「食べてるよ!村の女衆が腕によりをかけた料理だ!うまいぞ!」


紫苑の問いかけに村人の1人がそう答えてにこりと笑った。

その言葉に何かあるのではないのか。

紫苑はお得意の観察眼で村人達の様子を伺うが、特に悪気はないようである。

普通に?ニコニコと笑みを浮かべて2人に料理や飲み物を勧めいるようである。

ただし、誰も彼も少し顔が赤い様子から酔ってるのかもしれないと言うことが伺えた。


「では、後でゆっくりいただきますね」


「たくさん飲み食いして楽しんでくれ!」

「今日はめでたい祭りだからな!」


紫苑の言葉に村人達は口々にそう答える。

そんな紫苑の横でどこか顔色が悪そうな花梨がそっと口を開いた。


「しおん君、ちょっと人混み酔いしちゃったので、少ないところで休憩しましょ?」


そういうと花梨はその場から離れるようにどこかに向かって歩き出す。

紫苑はその後ろを特に何を言うでもなくてくてくとついていった。



「師匠、ここなら。」


「落ち着けるね」


少し人混みから外れた場所に2人は移動すると、飲み食いして騒いでいる人達に目を向ける。


「さて、薬師丸さんが1人ということは」((ボソッ…


果たして三原はどこにいるのだろうか。

たまたま見つけられなかっただけでそばにいたのだろうか。

そんな紫苑の思いが言葉になってこぼれ落ちた。


「もう一度確認してみますね」


その言葉を聞いて花梨はそういうともう一度人ごみの中に目を向ける。

同時に紫苑も人混みの中に目を向けた。

すると紫苑はその中に三原の姿を見つける。

先ほどは他の人の影になって見つからなかっただけなのか、あいも変わらず薬師丸の世話を焼いている様だ。


「三原さんはあそこみたいだよ」


「あのイカ焼きおいしそぉ。。。」ぼそっ


紫苑がそういうのと同時に花梨がポツリと呟く。

見るからにどれもこれも美味しそうだ。

しかし、食べられないとわかっているのだから余計に美味しそうに見えるのかもしれない。

花梨がそういうと少し遅れて風に乗ったいい匂いが漂ってきた。

恐らく、出来立てで先ほど出たばかりなのだろう。


「うん、美味しそうな料理たちだね」


「はわ!? ご、ごめんなさいっ!あ、みはらくんいますね」


花梨の呟きにクスリと笑って紫苑が答えると、花梨は慌ててそう答えて紫苑が言う方を見ると確かにそこには三原の姿が見えた。


「村の女性たちが丹精込めて作った料理と言うだけあってこれは素晴らしい出来だな!三原くんも食べなさい。え、食べないだと?君、それは失礼というものじゃないか。これだけ素晴らしいものを用意してくれたというのに食べないというのは作ってくれたものへの感謝というものが足りてないのではないかね。だから君はいつも…」


三原と薬師丸の様子をみて、薬師丸がそんなことを言っているのかもしれないと思った紫苑はやはり三原に対して同情するような笑みが浮かんでくる。


「…三原くんいるということは、まだ事は起こってないのでしょうか?いや、むしろ、舞が終わったから、準備段階が進んでる。。。?」


独り言のように小さな声で花梨はポツリとそんなことを口にする。


「…三原くんにはあのまま引き付けて貰いましょうか」


「そうだね、うん」


花梨の言葉に頷いた詩音だったが、ふとあることを思い出した。

三原との会話である。

祭りの日に三原はメモを用意しておくと言っていたのだ。

そのメモはまだ受け取ってはいない。

今がチャンスなのではないかと思った。

今のタイミングを逃すと、三原と接触する機会を失ってしまうかもしれない。

そう思った紫苑は、善は急げと言わんばかりに三原に向かって歩き出した。

特に何を言われたわけでもないが、花梨は紫苑の後を追う。

そこは紫苑の弟子なのだ。

紫苑が何を思って行動に出たのか、気づいたのかもしれない。


「一応、挨拶だけはしておこう」


「そうですね、行きましょう」


向かいながら紫苑は花梨にそれだけを告げた。

そして、その言葉に察したように花梨は頷いて答える。


「こんにちは、薬師丸さん、三原さん」


「あ、こんにちわ!」


紫苑が近づいて挨拶をすると、それに気付いた三原は笑顔で挨拶を返す。

しかし、その横にいる薬師丸は村の人と話すのに夢中で紫苑の声に気づいてない様子だ。


「こんにちわ、三原さん」


花梨もそばに行き、にこりと挨拶を返す。

そして紫苑は少しわざとらしく辺りを見渡して口を開いた。


「すごい活気ですね」


「確かにそうですね」


紫苑の言葉に三原はどこか苦笑いして答える。

元々、この島の出身だと知ってしまった紫苑なのだ。

三原としてはどこか複雑な気持ちなのかもしれない。


「僕達はこの後海の家の方へ行こうと思ってます」


「そうなんですか?あちらには夕方の舞台があるんでしたね。またあとでお会いしましょう」


唐突に紫苑がそう切り出すと、三原は言葉を返してそっと握手を求めてくる。

その手を見ると、小さな紙切れが隠すように握られていた。

それに気づいた紫苑は笑顔でその手を握る。

そうして受け取ったメモを素早くポケットへと放り込んだ。


(夕方。。。?)


そのやりとりを見ながら花梨はぼんやりとそんなことを考えているようだ。

朝にみどりの舞をみて、その後の飲み会真っ最中。

夕方まではまだまだ時間がありそうである。




2人は宣言通りに海の方へと向かって行く。

村の中を抜けて黒い鳥居をくぐり、砂浜へと降りる階段を紫苑が先行して歩いていった。

しかし、その時後ろから花梨が躓いて紫苑に向かってダイブして行く。

それをいち早く察した紫苑はぎゅっと花梨を抱き止めた。

そのおかげで花梨は砂浜へのダイブは免れることができたのだが、その顔は赤く染まっていた。

この日差しで立ちくらみでも起こしたのかもしれない。

いくら朝の食事をたくさん食べてきたとはいえ、この暑さの中での飲まず食わずは体に応えたようだ。


「大丈夫かい?少し休んだほうがいいかな」


「だ、大丈夫です。ちょっぴり目眩がしただけなので。。。」


紫苑の言葉に慌てて体を起こしながら花梨は答える。

しかし、その顔はどこか青ざめているように見えた。

水分不足により、熱中症のようなものになりかけているのかもしれない。


「海の家で休憩しようか」


紫苑はそう提案して花梨を気遣いながら歩いて行く。

花梨は紫苑の言葉に小さく頷くと足元に気をつけながらついていった。



海の家の外に着くと外にはテーブルと椅子が置いてある。

十分に休憩できそうだ。


「そ、そうですね。自動販売機あるかな。」


海の家に着くと花梨はそう言いながらきょろきょろと海の家の周りを見るが自販機は見当たらない。

1、2本ホテルで買ってバックに入れていたはずなのだが暑さなのか、先ほど紫苑に抱き止められたことによってなのか忘れてしまっているのだろう。


「ほら、これ飲むといい」


紫苑は花梨のそばに立つと自分のバックから水を取り出し花梨へと渡した。


(ドキドキドキドキドキドキドキドキ)


花梨は椅子に座りながらも落ち着かない様子である。

花梨は水を受け取ると、ぐいっと一口流し込む。

まだ冷たさの残る水が喉を通り、体の火照りを癒して行く。

そして花梨は水を飲みながら辺りをそっと見渡した。

周りを見ると舞台のそばに2、3人姿が見えるようだ。

おそらく他の島民はみんな村の方へ集まっているのかもしれない。


「ぷはっ。ありがとうございます。」


花梨の様子に紫苑はにこりと笑みを浮かべた。


「ここには人が少ないですね」


「みんな向こうの方で騒いでいるだろうからね」


紫苑はそう言いながら島民から見えない角度で花梨に三原から受け取ったメモを渡す。


「やはり、飲み物や食べ物を進めてこられましたね。水を買っておいて正解だったかも知れませんね」


「アレルギーとかもあるしね」


そんな会話をしながら紫苑の影に隠れるように花梨はメモを開く。

紫苑もそのメモに目を向ける。

そのメモにはこんなことが走り書きされていた。


『地下のレストランのそばにトイレがあると思います。

そのトイレの故障中のところに入ってください。

そこの壁に地下への入り口があり、そこから街の外へ抜けることができます。

夜の祭りが始まるのは午後23時頃

その頃に抜け出してください。

僕はその出口で待ってます。』


そのメモに2人が目を通し終わったその時。


「おや?せっかくのお祭りなのにどうかしたのかね」


海の家の出入り口の方からそんな声がした。

紫苑がそちらに目を向けると中からやってきたのは九十九まりであった。

どうやら村には行っていなかったようだ。


「少し弟子がめまいを起こしてしまったみたいで…」


「あーあついですぅ。」


紫苑の言葉に合わせるように花梨は服をパタパタしながら、胸にすっと、メモをはさんで隠す。


「あらあら、お嬢さんはお弟子さんなのかい。よかったら中で涼むかい?かき氷でも出してあげようかね」


そんな2人にまりはにこりとしながらそういうと一度店の中へと戻っていった。

そして中からおそらくかき氷を作る音であろうガリガリという音が聞こえてくる。

そして数分後、また外へとやってきたまりの手にはお盆に乗せられた二つのかき氷があった。

一つは青い色をしており、もう一つはピンクに白みがかっている。


「今はいちごとブルーハワイしか出してあげられないけどね」


そう言って花梨が座る椅子の前にあるテーブルに二つのかき氷をそっと置いてにこりと微笑んだ。


「いえいえ、お構いなく、流石に食べ過ぎてぷっくりなっちゃいます苦笑」


どこか気まずそうに花梨は慌ててそう返した。

紫苑はどうしたものかとそのかき氷をみて考えている様子である。


「そうかい?、、、とはいえ今日も暑いからねぇ。何も入ってないから安心してお食べ」


そんな2人の様子にまりは何かを察したのだろう。

まりはまたにこりと笑うと2人にそう声をかけた。

そして少しだけ声をひそめるとこう続けた。


「あまり大きな声ではしゃぎ過ぎないようにね」


そう言ってまりは海の家の中へと戻って行った。

残された2人はどこかぎくりとした様子で顔を見合わせる。

そして目線を戻したかき氷は日差しを浴びて少しずつ溶け始めていた。

このかき氷は普段食べてるやつと違いはあるのだろうか。

紫苑はじっとかき氷を見つめる。

しかし、かき氷は紫苑がよく知るかき氷となんら異変は感じないように思える。

それにこの暑さである。

冷たいかき氷を見ていると喉が渇きを訴えてくるように感じた。

花梨の前にはイチゴの練乳がけが置かれ、紫苑の前にはブルーハワイが置かれている。

紫苑はなるようになれと思ったのだろう。

かき氷の前に座ると意を決したようにかき氷にスプーンを刺してすくいとると口へと運んだ。

ここまで水分をとっていなかった紫苑である。

その冷たさと水分が熱った体にじわじわと染み渡るようで心地よい冷たさを感じた。

それを見ていた花梨も意を決したようにかき氷をひとすくい口へと運ぶとその冷たさに思わず笑顔を見せるのだった。

まりの言葉を信じるか否か。

それよりもこの暑さの中で食べるかき氷は最高である。

2人は特に何を話すでもなくかき氷を夢中で口へと運んだ。

そして、食べ終わった器とスプーンをみて2人は無言で何かを考えているようである。

その後、何かを開いたそうに花梨は紫苑へと目を向ける。

その瞳に何を読み取ったのか。

紫苑は花梨にこくりと頷いてみせた。

それを確認すると、花梨は二つの空の器とスプーンを持って海の家の中へと向かって行く。


「失礼します」


花梨はそう言って海の家の奥へと入っていった。

紫苑はその場に残り、辺りに目を向けるのであった。

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