滞在四日目 〜中編(3)〜

「街か、、、そうだな。祭りの前までに買いたいものがあれば買っておいた方がいいとだけ伝えておこうか」


公園を後にした葉山と彼は誰は街へやってきた。

街中を自転車を引きながら2人は並んで歩く。

歩きながら葉山は彼は誰にそう言った。


「ピースメーカーは置いてないだろう?」


葉山の言葉に彼は誰はにこりとして答える。


「街はまだ俺も良く見て回っていないけれど公の場には置いていないだろうね。まぁ、怪しい場所はあるからもしかしたらそこにはあるかもしれないけどね」


彼は誰のジョークに葉山はニヤリとして返した。


「出払っている今は好機、、、かもね」


ふふふと彼は誰は笑う。


「確かにそれはあるかもしれない。まぁ、けれど目はきっとどこかにあるだろう。注意するに越したことはないさ」


苦笑いとも取れる笑みで葉山はそう返した。

そんな話をしていると2人は表札の無い店の前へと差し掛かる。

葉山と言葉を交わしながら彼は誰はそっとその店の方へと目を向ける。

表示のない店の店内は暗く、店内を外から知ることはできないようだ。


(ダメか、、、まぁ、仕方ない)


葉山が言う“怪しい場所”だと思ったのだろう。

だが、そんな簡単に知ることができるのならば怪しい場所とは言えないだろう。

彼は誰は気持ちを切り替えると葉山との会話へと戻ることにした。

そして、何か情報が得られるかもしれないと言うことで街にある役場へと向かうことにした。


その頃、ダンスを終えた風華は再び公園へときていた。


(ききょうちゃん、まだいるかな?)


そう思って公園に着くと辺りを見渡してみたが、先ほど来た時よりもかなり人が少なく

ききょうの姿もそこにはなかった。


(そっか、もうお昼だし仕方がないよね。一緒にお昼食べれるかと思ったのに。)


少し残念そうな顔をして風華は公園を後にする。

そしてそのままホテルへと向かうこととした。


ホテルへ着いた風華は自室へと戻ると、せっせと着替えを済ませた。

そして今度は荷物に水着を詰め込んで部屋を出る。

衣装を洗濯へと出した後、再びホテルを後にした。

向かうは海である。

お腹は程よく空いているだろうに、風華は元気よくペダルを漕ぎ海を目指して走り出した。




さて、役場へと着いた葉山と彼は誰は役場の中に入ってみる。

すると二人に気付いた一人の男性がにっこりと笑い挨拶をしにやってきた。


「これはご丁寧に」


「観光の方ですね。どうかされましたか?特にここにはこれといったモノはありませんが、、、」


何か問題が起きたとでも思ったのだろうか。

どこか慌てたような表情が見え隠れしている。


「いえいえ、折角観光に参りましたので、是非この島の文化を、と思い訪れた所存です。郷土誌などは保管されてますでしょうか」


にこりと微笑む彼は誰の言葉に男性はどこかホッと胸を撫で下ろしたように笑った。


「あぁ、なるほど。郷土資料のようなものは展示していますが、、、撮影などはご遠慮頂いていますのでご了承頂ければご案内しますよ」


「撮影、についてなのですが、記念に外観で写真を撮っていただくのは可能でしょうか」


男性の言葉に彼は誰はそう尋ねた。


「役場の、この建物をということでしたら大丈夫です。撮影を禁止しているのは資料などについてですので、、、」


彼は誰の問いに男性は少し申し訳なさそうな顔でそう答える。


(やはり、か)


表情に出すことなく彼は誰はそんなことを心の中で呟いた。

これまでの流れから予想できていたことではある。


「ええ、ええ、では是非お願いしたいですわ」


彼は誰は先ほどの公園とは打って変わって上品ににっこりと微笑む。

葉山は帽子を少し深めに被り、興味なさそうなふり?をしているようだ。

いや、もしかしたら彼は誰の演技力に呆れているのかもしれないが。


「それと、お手洗いはどちらに」


そんな葉山を横目にチラリとみながらも彼は誰は男性に尋ねる。


「御手洗はあの通路を曲がった先ですよ」


男性はそう言って通路の先の方を指差した。


「ではあちらにどうぞ」


郷土資料コーナーを案内してくれた。


葉山に小声で「らしいよ」と告げた彼は誰はそのまま資料コーナーへと向かって歩いていく。


「あー、じゃあお借りします」


葉山は軽く男性に会釈をして足早に御手洗に向かっていった。

男性は葉山をみて、どこか不思議そうな顔をしたものの彼は誰を連れて資料を置いてあるであろう方に先導していく。


「ああ、彼ですか?どこにでもいる顔、なんてよく言われたりしますね」


そんな男性の様子にふふふと笑みをこぼしながら彼は誰は言った。


「あ、いえね。ちょっと知り合いににていたもので」


男性は彼は誰の言葉に少し照れたようにははっと笑いながらそう言う。


「はは、よくあるんですよ。この間なんかも、、、」


彼は誰はにこにこと笑いながら男性と適当な会話を交わしていく。

そうこう話していると2人は資料コーナーへと辿り着いた。



そこには島の資料コーナーがあった。

ざっとまたわかることは、オオコウモリの資料が置かれている。


(ふうん)


彼は誰は少し何かを考える様子を見せつつも口を開いた。


「夜間外出禁止なのは、こうもりのせいなのですね」


「そういうことです。あまりハッキリと理由をお伝えすると怖がるお客さんもいますからね」


彼は誰の言葉に男性は苦笑いをこぼした。


「では、ごゆっくり」と言うと男性は去っていく。


郷土資料を置いてある入り口あたりには1人の職員であろう女性が座っており、案内してくれた男性は後を頼むというように軽く会釈して去っていった。

そこに座っている女性と目が合った彼は誰は笑顔で軽く会釈をする。

女性も軽く会釈をして微笑むと手元の仕事に戻ったようだ。

そうしながらも彼は誰の脳内は忙しなく動いている。

ざっと目についた写真や資料を見る限りオオコウモリという存在が実在していることは嘘ではないと思えた。

だが先ほどの男性の笑みはどうだ。

彼は誰の中の刑事としての勘が告げている。

あの笑顔の裏側には何か別が理由もありそうだ、と。


(追及の前に逃げたかな)


そんなことを思いながら彼は誰は資料に目を向けた。

すると彼は誰は展示されている資料に気になるものを見つける。


それは一枚の新聞記事であった。

日付は50年ほど前のものである。

それによると、阿比留空という島民の少年が波に拐われて行方不明になったと言うものだった。

捜索したものの見つからず、捜査は打ち切られたと言うものだった。


そしてもう一つ。

こちらは30年ほど前の記事である。

九十九蓮という少年が1人、崖から落ちて行方不明になったと言うものだった。


どちらの記事にもその少年と思われる白黒の写真が添えられている。


(、、、)


少し何かを考えた後、彼は誰は座っている職員の方へと向かう。


「あの」


「はい?」


彼は誰の声かけに女性は顔を上げた。


「ずいぶん前の記事を展示しているのですね」


「あぁ、、、あの記事ですね。私が生まれる前のものなども置いてあるのですが、、、」


女性はうーんと何かを思い出そうといている様子でそう答えた。


「あぁ、そうだわ。過去にそういったことがあるから注意発起の意味合いを込めて展示しているとか、、、」


彼は誰が見るに、その女性は30代後半といった感じだ。

それ以前の記事もあると言うことになる。


「注意発起、ですか」


女性の言葉に彼は誰は首を傾げ、続けて問いかけた。


「危険な地形があるとか、そういった類のものでしょうか」


「えぇ、そうです。崖の方には行かれたでしょうか?もし行かれたのならわかるとは思うのですが、、、」


女性はそう答え、そこに展示されている30年ほど前の記事はそこで起こったことだと聞いていると教えてくれた。


「確かに柵が設けられていましたね。記事を拝見するに、潮流も荒いのでしょうか」


「そうですね、、、季節や天気に左右されますがそういう日もありますね」


彼は誰の問いかけに少し苦笑いのような笑みで女性はそう教えてくれた。


「そうなんですね。そうしますと、、、海の家なんかも?」


「えぇ。天気の悪い日はダイビングや海の家は閉めているんですよ」


少し困ったような顔で女性は答える。


「なるほど!島全体が荒れるときは荒れる、と」


彼は誰の言葉に女性はこくりと頷いた。


「あぁ、そちらの記事については私は詳しくわからないのですけれど、、、確かあやめおばあちゃんの弟さんじゃなかったかしら、、、」


後半はどこか独り言のように女性はそう言った。


「あやめさん、、、会ったことあったかしら。どちらのあやめさんでしょう」


「、、、うーん」


彼は誰の言葉に少し苦い顔をしながらも口を開く。


「少し変わった方で、村にあるご自宅に引きこもっていらっしゃることが多いのですよ。たまに日中は村の中をお散歩されている姿をみたりはしますけど、、、」


「そうなのですね、、、。でもよかった、そういう方の前で、簡単に海水浴の話題は出せないですもの」


「そうですね」


彼は誰の言葉に女性はそう言って苦笑いをこぼした。


「なんだか暗い話になってしまいましたね。天気予報には、気を付けますわ」


「観光の方にお教えするようなお話でもなかったですね。けれど今週はそんなに天気も荒れる様子はないので大丈夫だと思いますよ」


彼は誰の言葉に女性はにっこりと微笑んだ。


「なら安心ですね」


彼は誰もふふふと微笑む。

そんな話をしていると、葉山がやってきた。


「では、彼も戻りましたのでこれで」


彼は誰は軽く会釈をしてそう告げると葉山の方へと歩いていく。


(もう一人についても聞いてみたかったけれど、、、深入りも禁物、かな)


そんなことを思いながらも彼は誰は戻った葉山ににこりと微笑んだ。





かふぇから出た紫苑はどこに向かおうかと少し考えた後、フェリー乗り場へと向かっていた。

かふぇからそう遠くない距離である。

フェリー乗り場へと着くとフェリー乗り場の待合所がわりに置かれているのであろうベンチに1組の男女がお弁当を広げて談笑している様子が見えた。

どうやらこれから昼食を取るのであろう様子が伺えた。

紫苑は他に人はいないかと辺りを見渡してみるがその2人以外に人影はないようだ。

フェリーに関しては停泊していて特にこれから動く様子もなく、波は穏やかでいい天気である。

紫苑がゆっくりとフェリーの方へと近づいてみると、男性が紫苑に気づき笑顔を見せた。

それに気づいた女性も紫苑を見るとニコリと微笑んだ。


「あなたは、観光客の方ですね。こんにちは。どうかされましたか?」


「こんにちは、海を見ようかなと思って島を回っているのです」


「あぁ、なるほど。今日は波も穏やかで泳ぐにしてもダイビングをするにしてもいい天気ですよ」


紫苑の言葉に男性はそう返すとニコッと笑みを浮かべた。


「ここって釣りとかはしても大丈夫ですか?」


男性の言葉になるほど、と少し考えた後に紫苑はそう聞いてみる。


「あぁ、釣りですか。それでしたら、、、」


男性は一緒にいる女性の方を見て何か確かめるような視線を送った。


「そうねぇ、ちょうどいらっしゃる頃じゃないかしら?」


その言葉に男性は頷いて紫苑さんの方を向いて言葉を続けた。


「砂浜に出て左の方に行くと岩場があるのですが、そこでよくお昼過ぎに釣りをされている方がいらっしゃるので聞いてみるといいですよ」


「なるほど、ありがとうございます」


紫苑は2人に軽く礼をしてそう告げると、教えてもらった岩場の方へと向かった。


(このあたりか?、、、あれは、、、)


教えられた通りに砂場へと出て左に歩いていくと岩場が見えてきた。

そして、その岩場には釣りをする人の姿も見える。

そこには先日であった仮屋崎湊がタバコを吹かしながら釣りをしている姿だった。


「こんにちはー」


見知った顔というのはなんとなく気持ちが安らぐものである。

紫苑は笑顔でそう声をかけた。


「おや、こんにちは。いい天気ですねー」


湊は紫苑の方を見ると、のんびりとした口調と笑顔で答える。

そして、湊はじっと紫苑さんをみてニコニコしながら頷いたかかと思うと口を開いた。


「今日は顔色が良さそうですね。しっかり寝れたようすでよかった」


その言葉に紫苑はどこか照れた様子で軽く頭を下げる。


「ははは、お陰様で。そうそう、仮屋崎さんが釣りに詳しいとお聞きしまして」


話題を変えたいというわけではないが、恥ずかしさのためか少しだけ早口になりながらも紫苑はそう伝えた。


「ははは、詳しいというほどじゃないですよ。老後の暇つぶしというやつですがここは晩飯のおかずになる程度には釣れますよ」


湊はそう答えるとにこり笑った。


「良かったらご一緒してもいいですか?」


「どうぞ、どうぞ。あぁ、そうだ。楓、お前も挨拶しなさい」


紫苑が岩場を登ろうとすると紫苑から見えない奥に向かって湊はそう声をかける。

すると、そちらからおずおずと1人の少年が顔を出して紫苑にぺこりと会釈をした。


「こんにちは。お孫さんですか?」


「、、、こんにちわ」


紫苑が挨拶をすると、楓と呼ばれた少年はなんとか聞き取れるような声で返事を返した。


「いやいや、知り合いの孫でね、難しい年頃でよくここに来るんですよ」


はははっと笑うと楓と呼ばれた少年は少しむすっとしたような、照れたような様子でまたさっと岩陰に顔を引っ込めてしまった。


「なるほどー」


それだけ答えると紫苑は湊のそばへと腰を下ろした。

そして手持ちのバッグから折りたたみ式の釣竿を取り出す。

疑似餌で釣れるだろうかと荷物を漁っていると、湊は生き餌の方がいいと針に自分の手持ちの餌をつけてくれた。

おそらくミミズか何かであろうが、紫苑は触れる気がしなかったのでありがたいことだ。

湊と他愛もない話をしていると、紫苑の方に何かかかったような手応えを感じた。

引き上げてみるとそれは赤くて白い縞模様が入った魚だった。


「おや、見たことないですね」


紫苑は嬉しそうにスマホのカメラで魚の写真を撮る。


「あぁ、それはミーバイですね!美味い魚ですよ」


湊がニコニコしながらそう教えてくれた。


「写真を撮りたいので良かったらお願いします」


「あぁ、いいですよ!記念になりますね」


嬉しさから魚と一緒に写真に写りたいと紫苑はスマホを渡しながら頼むと湊は快く引き受けてくれた。

広々とした空と海をバックに、魚を持った満面の笑みを浮かべた紫苑の写真がスマホの画面に収められた。

お礼を言ってスマホを受け取った紫苑は撮ってもらった写真を確認する。

いい思い出になる一枚がそこにはあった。

スマホを紫苑が眺めている間に湊が魚を針から外し紫苑の簡易バケツにいたらくれていた。

まだまだ釣りますよなどと話しながらもう一度生き餌をつけてもらい針を垂らす。

湊はそんな紫苑を微笑ましく思っているのかニコニコと笑顔である。

まるで息子のように見えているのかもしれない。

紫苑の世話をしながらも湊は数匹吊り上げていたのだが、、、。


「おお、また釣れました!」


「今日は運が向いているようですねぇ」


そんなふうに和気藹々と釣りを楽しむ紫苑なのであった。



さて、紫苑が釣りを楽しんでいる頃他の2人はどうしているだろうか。


少し時間は戻るのだが、役場を出た彼は誰はかふぇに軽食を取りに行こうと葉山に提案をした。

すると葉山は特に反対するわけでもなく「いいよ」答える。

ちょうど昼になろうかという時間であった。

2人は並んでかふぇへと向かっていった。


着替えを済ませてホテルを出た風華はというと、自転車を借りた後浜辺へと向かっていた。


(またあじさいさんに会えるかなぁ、、、)


少しの期待を胸に砂浜へとたどり着く。

辺りをキョロキョロと見渡し、耳をすませてみると波の音と、どこか遠くから紫苑の声が聞こえたような気がした。


(あれ?師匠の声がした気がする???)


もう一度よく耳を覚ませながら注意深く辺りを見渡す。

が、紫苑の姿を見つけることはできなかった。


(気のせいかな、、、)


少ししょんぼりしながらも風華は海の家へと向かった。

海の家に行くと1人の女性がニコニコしながら風華を出迎えてくれた。


「おやおや、可愛いお嬢さんね。観光の方かしら?」


「こんにちわぁ」


「はい、こんにちは」


風華の挨拶に笑顔のまま女性は答えてくれる。


「あじさいさんいますか?」


どこかしょんぼりした様子のまま風華はその女性に尋ねた。


「あじさいちゃん?今日は見ていないけれど何か御用だったのかしら?」


女性は風華の問いに笑顔のまま答えてる。


「あら、そうなのですね、せっかくなのでご挨拶したくて。」


師匠もあじさいも見つからない。

風華はさらにしょんぼりとした顔になっていった。

そんな風華をみてあらあらと女性は少し困った顔をする。


「どこか心当たりありますか?」


風華の問いかけに女性は少し考えるように口を開いた。


「そうねぇ、お昼はお家で食べているとは思うけれどお昼を過ぎてしまったし、お祭りの準備でもお手伝いしているんじゃないかしら」


「わかりました、後で伺ってみます」


少しだけ笑顔が戻ったように見える風華をみて女性はうんうんとニコニコして頷いて見せる。

そう話していると風華のお腹が可愛らしく遠慮がちに小さく啼く音がした。


「お腹すいたので、何か買ってもいいですか?」


少し恥ずかしそうに笑いながら風華がそう尋ねると女性はメニュー表を風華へと渡す。

そのメニューにはこう書いてある。


・焼きそば

・焼きとうもろこし

・たこ焼き

・イカ焼き

・冷やし中華

・かき氷


「じゃあ焼きさばで!」


メニュー表を女性に返しながら風華は元気よく告げたのだが、、、


「ごめんねぇ、焼きサバは置いていないのよ」


風華の言葉に女性はと困ったように笑った。


「あ、ごめんなさい!やきそばです!」


「あぁ、はいはい、焼きそばね。好きなところに座って少し待っててね」


恥ずかしそうに言い直す風華に女性はそう答えると店の奥にあるであろうキッチンへと向かっていった。

冷蔵庫を開け閉めする音や、野菜を炒める音。

少しするとか嗅ぎ慣れたソースの良い匂いが漂い始める。

その香りは風に乗って釣りをしている紫苑達の元へも届いていた。


「おや、ばぁさんが焼きそばでも作っているのかな?」


ふわりと漂ってきた香りに気づいた湊がそう呟くように言った。


「えっ?」


波の音でよく聞き取れなかった湊の言葉を聞き返した時、ぷつりと嫌な感覚が釣竿から伝わってきて紫苑はハッとした。

気を取られている間に魚にプツリと糸を切られて逃げられてしまったようだ。


「あちゃー、糸切れちゃいましたね。今日はこの辺にしておきます」


心底残念そうに紫苑がそういって釣竿の片付けを始めた。

替えの針を持ってきていたつもりだったが、ホテルの荷物に忘れてきたようだ。


「そうですか。では、、、確かホテルにお泊まりでしたね?夕食前にホテルに届けておきましょう。まだ滞在期間はあるでしょうし、受付に言えば夕飯に出してもらえるようにいっておきますよ」


「いいんですか?ありがとうございます」


逃げられたことでがっかりしていた紫音だったが、湊の言葉に表情がぱぁっと明るくなる。

そんな紫苑の言葉に湊はうんうんとニコニコ笑顔で頷いた。

魚を預けた紫苑はそのまま釣竿を片付けて砂浜を歩いてみる。

相変わらず、焼きそばの良い匂いが漂ってはいるが、薬師丸達とかふぇで食事を済ませている紫苑はそこまで惹かれるものでもなかった。

紫苑はそのまま海の家の前を通り過ぎるとダイビング受付へと向かった。




「こんにちは、つぅーつぅー洞に行きたいのですが…」


「こんにちは。今日はつぅーつぅー洞に行くんだね。」


紫苑がそう言いながら受付にいる要に伝えると、要はにっこりと笑みを携えてそう返す。


「ええ、1度見てみたいので」


「うんうん、今日はいい天気だからきっと綺麗だよ」


要はそう言って少し待ってくれるように紫苑に伝えた。

そしてトランシーバーで誰かを呼んでる様子である。

少しすると入り口の方から初日に船を操縦していた山座が現れた。


「今日はあんたか」


山座は紫苑と目が合うと笑顔で声をかけてきた。


「ええ、よろしくお願いします」


紫苑もつられたように笑顔でそう返した。


「今日のつぅーつぅー洞はいい景色がみれるだろうさ。さて、行こうか」


山座はそう言って船の方へと歩いていく。

紫苑もそれに習って船の方へと向かった。




つぅーつぅー洞には小型の船を出してもらい向かう。

勿論、船を操るのは山座だ。

穏やかな波の中を小舟はゆっくりと滑るように進んでゆく。

そしてつぅーつぅー洞の中へと辿り着いた。

そこには外の暑さはなく、紫苑は少しの肌寒さを感じた。

ひんやりとした空気の中、紫苑の瞳には美しくも神秘的な景色が広がる。

船を止めてもらっている奥に降りれる場所があり、その奥の方にしめ縄が見えた。

恐らくそこが神域と言われるところなのだろう。


「ここが神域…という場所ですか?」


「あぁ、そうだよ。そこの陸地の奥の方だな」


「なるほど、神域は立ち入り禁止でしたっけ」


「そうだよ」


あまりこの話題には触れてほしくないのだろうか。

紫苑の問いかけに山座はどこか素っ気なく答える。

これ以上、深く聞くのはよくないだろうかと紫苑は考えた。


「近くで見てみたかったですが、仕方ないですね。それにしても幻想的な光景ですね」


「村のモンも神域には近寄らないからな。ここは島1番の景色だと俺は思っているよ」


紫苑の言葉に山座は先ほどとは違い、ちょっとドヤ顔で答える。

ここは山座の担当の場所なのだろうか。

それが褒められるものだから、嬉しかったのだろう。


「今まで見た中でいちばん綺麗な景色でしたよ」


にこりとして伝える紫苑にそうだろ、そうだろと山座は満面の笑みである。

紫苑は何枚か写真を撮ると、元の砂浜まで送り届けてもらうことにした。



ここで少し時間を戻すとしよう。

こちらはかふぇへと辿り着いた彼は誰と葉山である。

相変わらず葉山は深く帽子を被り警戒しているように見えるため、彼は誰は1番一目につきにくい席を選ぶ。

今日は双子の姿はなく、席につくとマスターが注文を聞きにきてくれた。

注文を終えると、彼は誰はさっと走り書きをして葉山に見せる。


『行きたがらない訳がわかったよ』


『役場で面白いものでも見つけた?』


『記事』


『記事?』


『30年前』

『それと、50年前もね』


「・・・・・」


そこまで筆談をしたところで葉山は何かを考えるように黙り込む。

彼は誰が何を伝えたいのか考えているのかもしれない。


『彼、だろう?』


彼は誰はそう書いて考え込む葉山に、にやにやしながら手帳を見せる。


『なんのことだ?』


葉山は本当になんのことだかわかっていないようだった。

これは彼は誰には嬉しい誤算である。


「緋色、、、」


と、葉山が何かを言いかけたところで料理が運ばれてきた。

この話はこれ以上ここでは出来ないと判断したのか、葉山が言葉を続けることはなかった。

他愛無い雑談をしはしたが、この話題に触れることは互いにしなかった。

葉山は少し不満そうにしていたが、彼は誰は満足そうに食事を済ませ、2人はかふぇを後にした。



彼は誰と葉山が店を出る少し前、海の家にいた風華はというと焼きそばやその他の料理に満足していた。

そして、海で水遊びでもと水着に着替えて海に向かうところであった。

なんとも可愛らしい白のふりふりビキニ姿である。

ちょうどそこにつぅーつぅー洞の見学を終えた紫苑が戻ってくるものだから風華は大慌てである。


「あ、師匠。。。はっ!」


声をかけたものの自分が水着姿であることを思い出したのだろう。

咄嗟にタオルでその体を包み込んだ。


「こ、ここここんばんわ」


「少し早いけど、こんばんは」


風華の呼びかけに気づいた紫苑は風華の元までやってくるとニコリと笑顔を見せた。


「今日は泳ぎに来たのかな?」


「そ、そうです、1度は泳いでおきたくて、。、」


「そっか。一緒に泳ぐ?」


「泳ぎます!」


「じゃあ着替えてくるね」


先ほどの恥ずかしさはどこへやら。

思いもよらない紫苑の申し出に風華は気付けば即答していた。


(師匠の水着師匠の水着師匠の水着師匠の水着.........)


風華の頭の中は紫苑の水着姿の妄想でいっぱいになってしまったようだ。

そんなことを考えている風華の元に水着を着た紫苑が戻ってくる。

水着なので当然、半裸である。

細身には変わらないのだか、うっすらと腹筋が割れているようだ。


「ほぇー」


そんな紫苑を風華はボーゼンとしたような表情で見つめて、いや見惚れて?いた。


「似合っているかな?」


そんな風華の様子にどこか照れくさそうにはにかんで紫苑は言った。


「か、カッコイイです。。。ぽぽぽ」


紫苑の言葉にハッとした風華は一瞬で顔を真っ赤に染めながらもそう伝える。


「風華さんも似合ってるよ。じゃあ…行こうか」


「は、はいっ。。。!」


何をしようかと2人は考え、潜水大会をすることとした。

先に紫苑が潜ることとなった。


(何かいいものないかなら、、)


海のこその砂を指先でさらってみる。

すると、手の平に収まるほどの大きさのオオイトカケガイを見つけた。

中を覗いてみるも、貝殻だけのようだ。


「これ、あげるよ」


海から顔を出した紫苑は先ほど拾った貝殻を風華へプレゼントする。


「わわっ!いいんですか?!ありがとうございます!」


今度は自分が潜って何かを見つけてきます、ともらった貝殻を一度紫苑に預けて風華は潜水を試みた。

が、なかなか潜ることが出来ず犬掻きのように沈むことなく進んでいく。

その姿は滑稽というより可愛らしい様子である。


「あはは、泳ぐのは苦手なんだね」


「ちちちちがいます!なんか緊張がっ!な、なんでもちゃぷちゃぷ」


「ほらほら、捕まりなよ」


「あぅ、塩辛いっ。。。」


笑いを隠しきれない紫苑はそう言って風華に手を差し出した。

風華はというと、恥ずかしいやら情けないやらで顔は真っ赤に染まっている。


(平和だなぁ)


紫苑は何かあるのではと緊張を張り巡らせていたのだが、それが嘘のように和んでいく。


「あ、そこナマコいるよ」


「ナマコ!?」


「嘘だよ」


驚く風華に紫苑はクスクスと笑いながら答える。


「う、いぢわるです。。。」


クスクスと笑う紫苑を風華は軽く睨みつけているがその様子すら紫苑の目には可愛らしく映る。


「浮き輪、持ってきているから貸してあげるよ」


紫苑はごめんごめんと笑いを堪えながら風華の手を引いて砂浜へと戻っていく。

頬を膨らませ、怒っている素振りを見せる風華はその容姿も相まって可愛らしさが際立つ。

しかし、紫苑が浮き輪を渡すとどうやら機嫌が直ったようだ。

2人はそのまま夕方近くなるまで海を満喫することとなった。







さて、話を彼は誰に戻すとしよう。


「どこか見たい場所はある?」


かふぇを出た葉山はとりあえず、と言った感じで彼は誰に声をかけた。


「そうだなあ」


少しだけ考えるそぶりを見せた後、彼は誰は口を開いた。


「そろそろ二人の世界を築くのも悪くはないんじゃないかな」


「はは、、、そうだなぁ」


葉山はそう返しながら腕時計を確認した後、何か少し悩んで


「いい風が吹いているし、地平線でも眺めにいこうか?」


そう言って彼は誰に笑みを向けた。


「ゆうちゃんの仰せのままに」


彼は誰はそう言って笑みを返す。

2人は自転車に乗ると崖を目指した。



崖に着くと傾きかけた太陽がそこにはあった。

暑さの緩んだ風がそよそよと彼は誰の髪を撫でる。


「赤い風に包まれる、、、なんと静かで豊かな空間だろう」


その景色にうっとりしたような顔で彼は誰は呟くように言った。


「ここが一番景色はいいからな」


そう言った葉山の横顔は、どこか懐かしむような顔をしている。


「さて、話の続きだったかな」


一通り景色を堪能した後、彼は誰はそう切り出した。


「かふぇで言ってたあれ、ね。俺にはさっぱり」


葉山は肩をすくめるような仕草をしながら苦笑いを浮かべてそう返す。


「ここがあなたの思い出の地ってところかな」


「そこまでこの島に思い出が詰まってるわけではないけどね」


そういう葉山はどこか困ったような、なんとも言えない表情を見せた。


「30年も経てば薄れもするさ」


「まぁ、ね?」


どこかため息混じりに葉山はそう返事を返す。


「地元紙の発行はやはり知らないみたいだね。思ったよりも知られているようだ」


「そんなものあったかな」


彼は誰の言葉に少し驚いたような顔を見せて苦笑いを浮かべた。


「昨日の彼は50年前の、かな。どこで知り合ったんだい」


「50年前?知り合ったというか、この島の腐った臭いがしただけさ」


彼は誰の言葉を聞いてははっと乾いた笑いをこぼす。

まるで自分のことすら嘲笑うかのようである。


「色目同士、通ずるものがあったというところかな」


彼は誰は葉山に先ほど役場でみた記事の話を簡潔に伝えた。


「あの抜け道を知ってる時点で島の、俺のようなやつだってことを言ってるようなもんさ。」


記事の話を聞いて葉山の顔が険しくなる。

が、どこかバカにしたような笑いをこぼした。


「死人、か」


自嘲的な笑みを浮かべ、呟くように言葉を吐き出した。


「だけどこの島も生者の国ではなさそうだよ、、、止めるんだろう?」


「止める、というより壊す、かな」


彼は誰の問いかけに葉山はどこかつらそうに笑った。

そして葉山は話を続けた。

田中幸子の使役するコウモリに協力させるつもりだ、と。

また、そちらの勢力にこの島を潰してもらうことも告げる。

その時は全員死亡するかもしれないが、という葉山が彼は誰の目にはどうしようもなく苦しそうにみえた。

そして決行は祭りの夜(日曜日の夜)に行うことや城の覚醒者達は置き去りにすることも話してくれた。

最後に、城にいるモノを海へと解き放つつもりでいることも、みどりは自分が連れ出すこと(田中幸子の使役するコウモリに乗って

島を脱出するつもりだということ)などを彼は誰に打ち明けた。


「緋色はどうする?」


そこまで話して、葉山は彼は誰に問いかける。


「壊す、か。文字通りとは恐れ入ったね」


葉山から得た情報を整理しているのだろう。

少しの間を空けて、彼は誰は呟くように口を開いた。


「俺のような体質で生きるには社会は優しくないからね」


自嘲的な苦笑いを浮かべて葉山は答える。


「だから挑むのだろう。だから、見届けたいのだろう」


彼は誰は葉山の目を見据えてそう問いかけるように言った。


「、、、生きるより死は優しいものさ。だから、壊すのさ。あとは、あいつがどうするか、だね」


葉山が言う“あいつ”とはおそらく三原のことだろう。

それを踏まえた上で彼は誰は口を開く。


「ふふふ、きっと来るさ」


まるで葉山を安心させるかのように彼は誰は優しく笑う。

その彼は誰の態度は幾分か葉山の心を宥めていく。


「さあてね?あぁ見えて俺よりじじいだからね」


先程までの苦しげな顔は和らぎ、ははっと葉山は声をあげて笑った。


「20年の差は大きいさ、見た目こそ大差ないけど」


そう、彼は誰から見れば2人の見た目はさほど歳の差を感じないのは事実である。


「まあ、それはね。どんな生活をしてきてるかは知らないけど。どちらにしても俺は椿を助けるつもりはない。けどあいつは助けたいと思うかもね」


この島の呪いは身体に作用する。

また、葉山の表情が少し暗くなったように彼は誰は感じた。


「そうかもね。どう影響を及ぼすかな」


「さあね?なければ俺はさっき話した通り、実行するだけさ」


軽くため息と共に葉山はそう言葉を吐き出した。


「ふふ、そうか」


そう言って笑うと彼は誰は沈み始めている太陽が眩しいと言うように目を細めて海を眺めた。

少しの沈黙。

悪くはないが、その沈黙を破ったのは葉山だった。


「俺と一緒に島を出る?そうなると、、、安全は保証できないけどね。知らぬふりをして日曜の夜にホテルにいるとしても特に問題なく家に帰れるはずだよ。」


「そこは流れにまかせるさ。身近で見た方が面白そうだしね」 


葉山の言葉に彼は誰はいたずらっ子のような笑みを浮かべて答えた。

けれどその反応に葉山は苦笑いを浮かべる。


「、、、怪我するかもしれない

ぞ?」


「荒れ事には慣れてるよ。あなたも気づいているのだろう?」


彼は誰の態度に葉山はどこか呆れたようにため息を吐いた。


「女性に怪我をさせる気はないのでね。かと言って気を配れる余裕があるかわからないってだけさ。まあ、、、相手が人だけどは限らないからね」


「、、、海の者たち」


葉山の言葉に彼は誰は呟くように言った。

葉山と行った神域で見た、人のようであって人ではない海に住まう者達。

少しだけ悪寒のようなものが走ったのは気のせいだろうか。

それとも、複雑な思いが彼は誰の顔に出ていたのかもしれない。


「あれは使役できるから問題はないんだけどね。田中さんの使役してるやつは俺の支配下には置けないからね」


葉山の言葉に彼は誰は少し安心したように笑う。


「そこは彼女がうまくやるのだろうね」


「さあてね?今夜のあちら側の出方次第かな。ある程度予想はしているけど目的がまたいまいちはっきりしているわけではないからね」


葉山としては田中のことが苦手なのかもしれない。

声にも表情にもやれやれと言った感じの様子が窺えた。


「明日会えることを祈るよ」


「そこは大丈夫だとは思うよ。まだ何かことを起こす気はあちらにはないだろうからね」


彼は誰を安心させようと思ってだろうか。

葉山はニコリと笑ってそう答えた。


「なら土産話を楽しみにしているよ」


「緋色が楽しめる程度の収穫があるといいけどね」


安堵したように彼は誰も笑って言葉を返し、葉山もそれに答えた。

けれど、少しだけ真面目な顔をして彼は誰はこう続ける。


「少女の願い、あなたの願い。僕は見届けるだけさ、、、願わくば、望んだ終末を」


「、、、上手くいけば、いいけどな」


葉山は彼は誰から視線を逸らし、海の、いや空の、、、どこか遠くを見つめてそういった。

海の向こうに日はほとんど沈み、空をオレンジ色に染め上げている。

光の届かぬ空の端から夜がやってこようとしていた。


「そのために僕を呼んだのだろう?」


にこりと笑って明るい声でそう言う彼は誰にフッと葉山の表情が和らいでいく。


「さあ、小説の話は終わりさ。続きはまたカフェで」


「呼んだ、覚えはないけどね?」


彼は誰の言葉に葉山は笑ってそう返した。

段々と夜が迫ってくる。

2人は村人達が探しにくる前にと、ホテルに帰ることとした。


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