滞在四日目 〜前編〜
今日もチュンチュンと鳥たちが歌う。
爽やかな朝の始まりである。
しかし、恐らく一番の早起きであろう彼は誰は珍しく夢の中を漂っていた。
思いの外、昨夜の出来事に体が疲れていたのだろう。
時刻は六時を回った頃。
ようやく彼は誰は目を覚まし、同じ頃、紫苑もそっと目を覚ましていた。
「む、朝か」
携帯の時計に目を向けるといつもより1時間ほど遅い。
そのことに僅かに顔をしかめるも、旅行中だしまあいいかといつもの様子に戻る。
早速起きてコーヒーを淹れ始めた。
ローストされた香りが鼻腔をくすぐり、彼は誰の脳を揺さぶり、完全に覚醒させる。
コーヒーを手に喫煙所へと向かい朝の一服を堪能する。
その頃紫苑はと言うと、のんびりと朝風呂を楽しみながら眠たげな頭を覚醒させている最中であった。
彼は誰がタバコを吸い終えて食堂に降りると、そこには何やら話し込んでいる様子の田中と葉山の姿が目に映る。
「浮気かい、ゆうちゃん」
ニヤニヤしながら彼は誰は2人に歩み寄った。
「おはよう、緋色。さぁ、どうだろうね?」
彼は誰の言葉に葉山はニヤリと笑って返す。
「なんのことかしら?」
2人の会話の意味がわかっているのかいないのか、田中はそう言ってふわりと笑った。
もしかすると、まだ頭が冴えていないのかもしれない。
「正妻であれば僕は構わないよ、田中さん。お邪魔だったかな?」
「興味ないわね」
彼は誰のその言葉にやっと理解したのか、田中はそう言ってにこりと微笑んだ。
「もう要件は済んだあとだもの。構わないわ」
「それなら良かった。堂々とお借りしていこう」
女同士の腹の探り合い、と言う雰囲気になるわけでもなく2人はあっさりとそんな会話を交わし笑みを浮かべた。
そもそも彼は誰はそのような性格ではないし、一方の田中も一切の下心がないからこそだろう。
「それじゃ、緋色と朝食でも食べようか」
そう言って田中の元を離れると彼は誰と一緒に朝食を選び始めた。
その間、朝食を食べながら彼は誰は葉山から見ると明らかにわざとらしい愚痴をこぼし始めたが同じくらいわざとらしい苦笑いを浮かべて葉山は受け答えをしていた。
するとそこへ、朝風呂を終えた紫苑がゆったりとした足取りでやって来る。
「やあお二人さん、痴話喧嘩かな?」
遠目に2人のやりとりを目にしていた紫苑は2人の元へと歩み寄り声をかけた。
「やあ師匠」
笑顔を崩さず先に答えたのは彼は誰だった。
そして続けて紫苑にこう話す。
「僕の前で堂々と口説いてるものだから」
「おはよう、あんたも早いんだな」
彼は誰の言葉を遮るように苦笑いを浮かべた葉山が挨拶を返した。
「つい口が回ってしまってね」
そう言って彼は誰はチラリと葉山を見る。
「今日は早く起きてしまってね」
紫苑がそう返すも何やら不穏な空気が流れているようだと感じた。
「だから誤解だと言ってるだろ?」
苦笑いを浮かべた葉山がなおも必死な様子で彼は誰を宥めているようだ。
「ははは、女性は些細なことでも案外気にしているものさ。それじゃあ僕はこれで失礼するよ」
そう言ってその場から離れようとする紫苑であったが彼は誰は逃がさないとばかりに話しかけてきた。
「追及はとっておきにして。師匠はどこに行くんだい」
「食堂かな」
いち早くその場を離脱したかったのだろう。
現在いる場所が食堂なのだが、そんな答えが紫苑の口をついて出た。
「カフェインが足りないね」
にこりと笑う彼は誰に紫苑もポーカーフェイスでにこりと笑って返す。
「秘密さ」
どこか物足りないと言いたげな顔ではあるが葉山をチラリと見るとにこりと笑って見せた。
「では僕は虐めの続きを再開しようかな」
そう言って彼は誰は紫苑に手をひらひらさせる。
「ほどほどにね」
内心、可哀想にと思いながらもチラリと見た葉山はやはり苦笑いを浮かべているだけだった。
夫婦喧嘩は犬も食わないとはよく言ったものだと思いつつも紫苑は生卵定食を選択する。
そして手早く食べ終わるとさっさと部屋へ帰っていった。
部屋に戻った紫苑は録画していた画像のチェックを始める。
薄暗い中、特に気になるものは何も映っていない。
昨夜より風が強いのかビュービューという音が聞こえる。
あとは時折風に煽られた窓がカタカタと音を立てている。
30分ほどかけて見てみたもののこれといった収穫は得られなかった。
紫苑が画像のチェックを始めた頃、フロントには彼は誰、葉山、田中の3人が揃っていた。
「自転車を借りて少し出かけようか」
葉山の提案に彼は誰は頷くとフロントで記帳を済ませる。
そして自転車小屋へ向かおうとしたところに田中がやってきたのである。
田中も自転車を借りて出かけるつもりなのだろう。
「やあ田中さん、先程ぶりだね」
「そうね」
田中は彼は誰に気づくとにこりと笑ってそう答えた。
「じゃあ行こうか」
彼は誰が葉山にそういうと、2人は先にホテルを出る。
自転車を出したところに田中がやってきた。
「何か話があるんじゃないの?」
田中は葉山を見てそう尋ねる。
葉山は少しだけあたりを見渡すと口を開いた。
「あんた、この島の秘密を知ってるよな」
「なんのことかしら?」
(、、、)
葉山の問いに対して、田中は笑顔でそう答える。
彼は誰はそんな2人のやりとりを黙って聞いていた。
「昨夜、君達の王に会ったよ」
「?!!」
彼は誰にはなんのことだかわからないが、葉山の言葉に田中は酷く驚いている様子である。
「利害は一致している筈だ、手を貸してほしい」
葉山の言葉に田中はすぐに口を開かず、何やら考えている様子だ。
少しの沈黙の後、田中は声を潜めていった。
「、、、今夜抜け出せるならば公園に行くといいわ」
それだけ言うと、田中は自転車に乗りその場を去っていった。
「、、、かの教団と?」
「直接関係はない」
「ふうん」
田中の所属しているであろう教団のことは仕事柄よく知っているのであろう。
彼は誰はその教団に葉山が関わっているのかということのようだが、関係ないと知るとどこか安心したような納得したような顔を見せた。
そして2人は自転車に乗って村へと漕いで行った。
2人が村に着くと、村の中央あたりに舞台らしきものが出来上がりつつあることがわかる。
そして作業中の島民の姿がちらほら見えた。
「盛り上がってるようだね、ゆうちゃん」
「まぁ、祭りが近いからね」
彼は誰の言葉に葉山はそう返すとかぶっていた帽子をより一層深く被り直した。
おそらく用心のためなのだろう。
「目線は多いようだからね」
彼は誰はボソリと呟くと、まるで葉山を村人の目から隠すかのように絡めていた腕にぎゅっと力が入った。
葉山はその仕草に彼は誰の心遣いを察したのだろうか。
ふっと笑みを漏らし、旅館に向かうことを彼は誰に伝える。
それに頷くと2人はそのままできる限り人混みを避けて歩き出す。
歩きながらふと、彼は誰が旅館といえば、と何かを思い出したように声を潜めて口を開いた。
「裏手の壁も興味深かったね」
「昔は、なかったよ」
彼は誰の言葉に小声で葉山はぽつりと答えた。
それにわずかに驚いたような顔を見せた。
昔、ということはここ20年ほどで作られたもの、ということだ。
「!」
「長居はしたくない。行こう」
「そうだね、ゆうちゃん」
チラリと周りを警戒しつつ、わずかに早口でそう告げる。
彼は誰がそれに頷き、足速に2人は旅館を目指した。
旅館に着くと女の子が外の掃除をしている。
彼は誰があった女将さんとは違う服装から、おそらく仲居さんだろうと2人は思う。
葉山はその人に三原さんに会いにきたこと、旅館の外で待ってると伝えてほしい、と頼んだ。
女の子は快く伝言役を引き受け、旅館の中に一度入って行く。
その間、2人は旅館の門のようなところで待つことにした。
少ししたあと、女の子は2人の元へとやってきた。
「身支度を済ませたらこちらに来るから待っていてほしいとのことです。」
「ありがとう。忙しいだろうに、悪かったね。助かったよ。」
三原の伝言を持ち帰り2人に伝える女の子に葉山はにこりと笑ってお礼を述べた。
その笑顔に女の子は僅かに顔を赤らめて小走りに走っていく。
彼は誰はそれに気づいたようだが葉山は素知らぬ顔だ。
まぁ、きっと実年齢で言えば娘と言える歳なのかもしれないとふと彼は誰は思う。
それから5分くらいはたっただろうか。
どこか嫌そうな顔をした三原が2人の元へとやってきた。
「ちょっと話をしたい」
「、、、僕からは何も話すことは無い」
葉山の言葉に少しの間を置いて三原はそう答えてそっぽを向いた。
しかし、、、。
「、、、椿は好きか?」
三原「?!!!」
それを聞いて驚いたような顔を見せる。
彼は誰が思うに、椿とはあの女性を指すのではないか。
あの場所で三原が待っていたということと、あの言葉。
葉山と彼は誰が城へ潜入したことは予想しているだろう。
そしてこれは恐らくではあるが、椿と三原は面識があり、尚且つ、椿はもう死んでいると思っていた。
が、葉山の言葉にまだ生きていると読み解き驚いているのではないか。
三原はここで待つようにと2人にいうと一度部屋に戻っていった。
恐らくら薬師丸に少しだけ出るから待っていて欲しいとでも告げにいくのだろう。
「恋かな」
「さぁ、それはどうかな」
首を傾げたように問いかける彼は誰に葉山は僅かに笑って答えた。
「あまり遠くまでは行けない。砂浜でもいいか」
「あぁ。」
(、、、、、、)
三原の提案に葉山が短く答え、彼は誰は黙って2人について行った。
2人は海の方に着くと、砂浜へ降りる階段の前で足を止めた。
そのまま黙って海を見つめている。
海を、というより周辺を警戒しているのかもしれない。
先に口を開いたのは葉山だった。
「椿の花は、まだ咲いていたよ」
「?!!!」
「協力してくれればその花を見せることもできる。明日までに考えておいてくれ」
葉山の言葉はカマをかけたのか、確信があったのかはわからない。
が、葉山の言葉は椿が生きていることを明確にしてしているし、やはりそれに三原は驚いている。
彼は誰の予想は当たったのだ。
三原も恐らく、、、瞳の色が違うのだろう。
そんなことを思っている彼は誰を促して葉山は早々に立ち去る姿勢を見せた。
それまで黙っていた彼は誰だが、ふと立ち止まって三原を振り返ると口を開いた。
「花弁が一枚散っていたよ。早い方がいいかもね」
去り際の彼は誰の言葉を聞き、三原は無意識に口元を押さえていたが、返す言葉が出ない様子だ。
「じゃあね。行こう、ゆうちゃん」
三原に別れを告げ、立ち止まった彼は誰の傍らに立っていた葉山を振り返るとにこりと笑って腕を絡めた。
葉山は何も言わずに、そのまま歩き始める。
葉山がチラリと後ろを見ると、口元を抑えたまま俯き何やら考え込んでいる三原の姿が見えたがそれ以降、振り返ることはなかった。
「緋色はどこか行きたい場所、ある?」
「ブレイクタイムはまだ先かな」
葉山の問いかけに彼は誰はにこりと笑って尋ねる。
すると葉山はふっと笑みを浮かべて答えた。
「二人の時間は人気のないところで」
葉山の言葉に彼は誰はなるほどと言うように笑みを返した。
一度、旅館に置き去りの自転車を取りに戻る。
旅館の前までやってくるとふと、彼は誰は独り言のようにぽつりといった。
「潮風を浴びにいきたいな」
「、、、それじゃ、行ってみようか。」
彼は誰の言葉に少し考えるように黙り込んだ葉山だったが、そう言ってまたにこりと笑みを浮かべた。
一方その頃、少しだけ時間を遡るが動画の確認を終えた紫苑である。
特に何もなかったことはいいことなのか悪いことなのか。
ひとまず身支度を整えて部屋を出ると花梨の部屋をノックした。
が、少し待っても扉の向こうの気配は静まり返っている。
(熟睡でもしてるのかな?)
少しだけ悩んだ紫苑だったがそのまま寝かせておくことにした。
今日は共に行動する予定ではない。
そう思い、そのまま紫苑はフロントへと向かった。
そのまま自転車を借りて村の方へと向かう。
今日は島民の話を色々と聞いてみる予定だ。
まず紫苑が向かったのは村の旅館だった。
入り口の門のような所から中を覗くと3人の女の子が庭の手入れをしているようだ。
3人とも同じ服装をしていることから、恐らく仲居さんなのだろう。
1人は髪を結い上げ、1人はショートカット、もう1人はポニーテールをしていて3人とも紫苑よりは年下とみえる。
「こんにちはー」
自転車にまたがったまま、にこりと笑って紫苑は声をかけてみた。
すると、髪を結い上げた女性が顔を上げ紫苑に気づくとにこりと笑みを浮かべた。
「あら?観光の方ですね!おはようございます!」
「「おはようございます!」」
1人がそういうと残りの2人も声をそろえるかのように挨拶を返す。
反応は悪くない。
話を聞こうと紫苑は自転車から降りようとする。
が、そのまま体制を崩して盛大にこけてしまった。
「おっとと」
「だ、大丈夫ですか!!」
「ああ、怪我はないよ」
ショートカットの少女が心配そうに紫苑へ駆け寄り声をかける。
残りの2人も紫苑のそばへと駆け寄った。
地面にぶつけた膝に痛みはあるが、大怪我というわけではない。
紫苑は少女ににこりと笑って答えた。
「都会の方に自転車は乗り慣れないものなのかしら?」
その後からやってきたポニーテールの少女が物珍しそうにそんな言葉を口にする。
「普段はバイクに乗っているから、そうかもしれないね」
「あら、素敵!」
紫苑の言葉に髪を結い上げた少女が黄色い声を上げる。
そういえばここにきてから自分が愛用しているようなバイクを見かけない。
それを考えると、バイクに乗る男性というのはどこか魅力を感じるものなのかもしれない。
「ところで、ちょっと聞きたいことがあるのだけれど」
紫苑は自転車を起こして傍に止めると3人に尋ねた。
「ここに泊まっている薬師丸さんと三原さんがどこにいるか知っていたりしないかな?」
その問いかけに3人は顔を見合わせるとポニーテールの子が口を開いた。
「薬師丸さんならそろそろお目覚めになるころじゃないかしら?三原さんは別の観光客の方が訪ねてこられて砂浜の方に向かわれてましたよ?」
そう、この少女が葉山と彼は誰の出会った少女であった。
もちろん、一足先に2人が村に来ていることを紫苑は知らないわけなのだが。
「なるほど、ありがとう」
それだけいうと紫苑はまた自転車にまたがるとその場を去ろうとした。
気をつけてなどと声をかけてくる3人に笑顔を振りまきながらそっと観察してみる。
基準は花梨であるが、恐らく髪を結い上げた少女は20歳前後、ショートカットの子はまだ中学生くらいでポニーテールの子は高校生くらいなのではという印象だ。
(化粧をしているが弟子と変わらないくらいか)
そう思いながら旅館を後にした。
さて、その頃1人夢の中にいる花梨である。
「すー。。。すー。。。」
どうやら目覚ましをかけ忘れたらしく、可愛らしい寝息を立てている。
と思うとそれは不意に止まり、ゆっくりと瞼を持ち上げた。
「寝坊しちゃった。今日は朝風呂なしかしら。」
携帯で時間を確認した花梨はぽつりとそう呟くと、ベッドから降りてメイクに取り掛かる。
ピンクの可愛いリップを可愛い唇へと乗せ、ナチュラルメイクを施す。
もちろん、化粧品はウォータープルーフで揃えてきているから通り雨に遭おうが海に飛び込むことになろうが問題はない。
化粧を終えると急いで朝食を済ませる。
そして部屋に戻るとデジカメと、淡い紫のミニスカ着物を外出用バッグに詰め込んだ。
「よしっ!」
全ての準備を終えると花梨はフロントへと向かう。
「おはようございます、今日もいいお天気ですね」
「そうですね〜、今日は一日晴れるようですよ」
フロントに着くと受付をしている女性ににこりと笑って挨拶をした。
すると女性もにこりと笑顔で返す。
「そうですか、今日はお城の見学してこようと思うのですが、私趣味でダンスしてるので、お城を背景に撮影とかってできますか?」
自転車を借りるために記帳をしながら花梨は女性に尋ねる。
少し考えた後、女性は口を開いた。
「中に入るのは無理ですけど、城壁をバックになら朱雀門の前が広くてそういうことやりやすいと思いますよ」
「わかりました、ありがとうございます。ではいってきます」
「今日も楽しんでくださいね!いってらっしゃいませ」
女性と会話を終えると、花梨は自転車を借りお城へと向かって元気に漕ぎ始めた。
ちょうどその頃、彼は誰と葉山はフェリー乗り場のあたりへと来ていた。
そこには初日に見たであろう風景が広がっている。
停泊している船の方へと目をやると、掃除をする男性と女性の姿も見える。
空は青々と広がり、のんびりとした風景が彼は誰の目には映りこんできた。
「思った通りだね」
彼は誰はその風景にどこか満足そうに言う。
「ここなら喧騒に邪魔されることもない」
彼は誰の言葉に返すかのように葉山はそう呟いた。
波のさざめきが耳に心地よい。
2人は海沿いに、フェリー乗り場や砂浜がある方角とは反対の方へと歩き出した。
そしてフェリー乗り場からある程度の距離を取ると、海に足を投げ出す形でコンクリートの地面に腰を下ろした。
「俺がいた頃はこんなに綺麗に整備はされてなかったよ」
海の、遠くを見つめながら笑みを浮かべて葉山は静かにそう話す。
「そんな歳にも、見えないのだけれど」
彼は誰の目に映る葉山は自分より少し歳上の男性にみえる。
とは言っても20代後半、多くみても30前後といったところか。
「俺はいくつに見える?」
彼は誰の方を見るとニヤリと笑って葉山は問いかけた。
「僕とそう変わらないようにお見受けするね」
彼は誰は素直に感じるままに告げる、
それを聞いて葉山は、ははっと声を上げて笑った。
「俺は緋色の倍くらいは生きてるよ」
「石仮面でも被ったのかい」
今までの会話からそれなりに予想はしていたのか、驚く様子を見せることなく彼は誰はそう返した。
葉山は笑顔を崩すことなく言葉を返す。
「ははっ。これはこの島の呪いだよ」
ほんの少しだけ彼は誰は考え込み、問いを投げかける。
「海の者たちも、それに類するのかい」
「そんなところだね」
その後、少しの沈黙が訪れた。
葉山は来た時のように海を、そして海の向こうの記憶でも見ているのだろうか。
それともこれから自分が起こすであろうことを思い描いているのか。
前を見据えたまま、遠い目をしていた。
一方で彼は誰は海を見ながら何かを考えている様子だった。
が、その沈黙を破ったのは彼は誰だった。
「、、、僕は何をすればいい?どんな絵図を描いているのかな」
まるで葉山の見ている景色を見ようとでもしているかのように、彼は誰は海を眺めたままそうぽつりと言葉を漏らした。
「特に巻き込む気はない、と言ったけれど。今の緋色の振る舞いは正直助かっているよ。こちらに目が向かないからね」
そして葉山はそのまま言葉を続けた。
「俺は自分のような存在を、椿や他の奴らのような存在をこれ以上増やしたくないだけさ」
「眠れる獅子を起こすのかい」
葉山の言葉を聞いて彼は誰はそう返すと、隣でふっと笑う気配を感じた。
葉山の方を向くと、葉山は笑みを浮かべて彼は誰を見ている。
そして、そっと口を開いた。
「それは田中さん達に任せるさ」
「統制されたこの島で、よく掴ませないものだね」
どこか感心するようにそう言って彼は誰は言葉を続ける。
「目から逃れるとするなら、、、」
「夜に怯えているからね」
彼は誰が口にした疑問に葉山はまたにこりと笑って答えた。
すると納得したような顔でぽつりといった。
「ふうん、そうか」
そう言ってまた海に目を向け黙り込んだ彼は誰の様子は、得た情報を整理しているのだろうことが葉山にはうかがえた。
拒絶するわけでもなく、否定するわけでもなく。
たまたま同じ船に乗っていて、たまたま同じホテルの隣の部屋で。
初対面である自分の話を聞いてそれを信じ、作り話のような非現実的な真実を知ってもなお協力する彼女は柔軟性があると言うかなんというか。
そんな思いが頭に浮かび葉山はまたふっと笑みを浮かべた。
「、、、祭りの準備をしていたね」
葉山がそんなことを考えていると、情報整理を終えたのだろう。
不意に彼は誰がぽつりとそう言った。
「祭りは、夜が本番さ。まぁ、やらせないけどね」
葉山の言葉にそうか、というような顔をしてまた彼は誰は海を眺めた。
そして葉山も前を向き、再び海を見つめる。
心地よい沈黙が再び訪れた。
ゆったりとさざめく波の音、空を舞う鳥の声、そして優しく潮風を運ぶ心地よい風。
それらの音に耳を傾けながら彼は誰は静かに問いかけた。
「舞うための準備はあるかい」
「夜は静かに夢の世界を楽しんでくれれば今のところ問題ないよ」
彼は誰の謎かけのような問いかけに葉山も似たような答えを返す。
まるで暗号のような二人の会話だが、2人にはそれで十分なようだ。
「なら、できる限りはあなたに寄り添うことにするよ」
「、、、ありがとう」
彼は誰はふわりと笑ってそう告げる。
それを聞いた葉山は何を思ったのか。
少しの間の後、どこか泣き出しそうな、辛そうな笑みで笑って見せた。
そう見えたのは彼は誰の気のせいだったのかもしれないけれど、少なくともこれまでの事情を知っている彼は誰の瞳にはそう見えたのだ。
「僕も僕で、見たいところもあるからね」
まるで元気付けるかのように彼は誰は葉山をみてにこりと笑った。
「乗り掛かった舟さ、そうだろう?」
それはまるで悪戯っ子のような笑みにも見える。
その笑みをみた葉山はきっと自覚してはいないだろう。
穏やかな優しい笑みを見せたかと思うと立ち上がり、今度は彼は誰の見慣れた笑みで笑って手を差し出した。
「一人でやるには限りはあったけどね。さて、どこに行きたい?」
彼は誰はその手をとって立ち上がるとにこりと笑った。
「悪魔のように黒く、地獄のように熱く、さ」
「はは、、、それじゃカフェにでも行こうか」
どこかスッキリしたように声を出して笑うと葉山はそう答える。
彼は誰は笑顔で頷き、二人は元来た道の途中にあるかふぇへと向かうことにした。
かふぇへ着くと人の少ない窓際の席へと座る。
そして雑談を交えてのんびりとした時間を過ごすのであった。
葉山と彼は誰がそんな話をしている頃、紫苑はどこに向かうわけでもなく村の中をのんびりと周っていた。
八百屋の前にくると、そこに紫苑の記憶に新しい女性の姿がある。
この島に来たフェリーに乗っていた、上条うめである。
近づいてみるとうめが誰かと会話しているのが聞こえてきた。
相手は男性のようだが、紫苑には聞きなれない声だ。
「ちょっとあんた、今日は荷物こないんだっけ?」
「昨日の荷物じゃ全然足りないから明日もう一回うみさんが船出すってよ」
「そうかい。それにしても巧とあじさいは手伝いもせずに何してるんだか」
「あぁ、あじさいはぼたんさんのとこだよ。匠は隼達と今日は一緒にいるって言ってたな」
あじさい、という名前におや?と思う。
確か、花梨が話していた女性の名前だ。
ということは、ここが彼女の家なのではないだろうか。
そう思っているとうめは紫苑に気づいたようで目が合うと笑顔を見せた。
「おや、観光の。早起きなんだねぇ」
「おはようございます、いい朝ですね」
うめに話しかけられ、紫苑も笑顔で返す。
「今日は特に気持ちいい朝だねぇ」
紫苑の言葉にニコニコと笑顔を見せ、少し空を仰いでそう答える。
そして紫苑は、先ほど聞こえてしまったのですがと前置きして話を切り出した。
「あじさいさんは娘さんだったのですね。弟子が仲良くさせていただいているようで」
「そうかい、そうかい。あの子は、、、、、、末っ子の甘ったれなんだけどね。私がいうのもなんだけど誰とでもすぐ仲良くなるからねぇ」
「ははは、いい娘さんをお持ちのようで」
「店の手伝いしてくれりゃもっといい娘なんだけどねぇ」
少し呆れたような笑顔でそういううめは、特に怪しむなどといった違和感のある様子はない。
話好きで、気さくな雰囲気を感じさせる。
「遊びたい年頃なのでしょうね」
「年頃といってもあの子ももう20だからね。そろそろ結婚してほしいもんだよ」
そう言ってニコニコとうめは笑って話す。
20歳で結婚とは、この島の風習なのかもしれないが。
「案外好きな子がいて、そのうち付き合ったりするかもしれませんよ?」
「好きは後からついてくるもんさ」
そう2人が話していると奥から人の気配と、先ほどの男性の声が聞こえてきた。
「誰かきてるのか?」
恐らくこの男性が先程うめと話していたのであろう。
奥から出てきたということは、会話の内容から察するに旦那さんなのではないかと紫苑は思った。
「おはようございます」
「あぁ!観光の人か、おはよう!」
紫苑がにこりと笑ってそう挨拶をすると、その男性もにこりと笑って挨拶を返す。
「ではそろそろ僕はこれで」
話のキリもいいと思ったのか、紫苑はそう言って軽く会釈をした。
その言葉に観光の続きをするんだろうと察した2人は楽しんでと言って笑って見送った。
そのまま紫苑はもう一度旅館へと向かう。
目的は薬師丸に会うためだ。
先程の女の子達の話ではまだ寝ているということだったし、そろそろ目覚めて朝食も済ませている頃だろう。
そう思いながら旅館に着くと、一人の女性が鯉に餌をあげている様子が見えた。
あの3人とは違い、落ち着いた柄の着物姿である。
もしかしたらこの旅館の女将さんなのではないだろうか。
そう思って様子を伺っていると女性は紫苑に気づいたようで声をかけてきた。
「あら、観光の、、、何か御用かしら?」
「薬師丸さんとちょっと話したかったのですが、彼は起きていますか?」
紫苑はぺこりと軽く会釈ををして尋ねてみる。
が、少し困ったような顔で女性は答えた。
「あら?薬師丸さんなら先程お出かけになりましたよ?」
どうやら紫苑の予想は外れ、一足遅かったようだ。
と、その時後ろからこちらに誰かやってくる気配がする。
振り向くと、薬師丸と一緒にいた三原であった。
しかし、何かを思い悩んだような顔をして紫苑に気づいていないのか目の前を素通りして旅館へと入っていく。
すると女性が三原に声をかけた。
「あら、おかえりなさい。お連れさんは先程お出かけになりましたよ」
「、、、え?、、、はぁ?!!」
女性の声にハッと気がついたかと思うと、酷く驚いた様子だ。
「おや、入れ違いですか?」
「え、あっ!おはようございます!ほんとあの人ちょっと目を離すとどこか行くんですよ。探さないと、、、」
紫苑が三原に声をかけるとようやく紫苑に気づいたらしい三原は挨拶を返す。
が、その様子は徐々に何かを焦っているようだ。
恐らく、薬師丸が一人でに出掛けてしまったからだろう。
そういえばフェリーでお目付役のようなものだと言っていたなと思い出す。
「良かったら手伝いますよ」
「本当ですか!!いやぁ、助かります!」
紫苑のその申し出に今にも抱きつきそうな勢いで三原は喜んだ。
それほど薬師丸の行動は自由気ままなのだろう。
この場合は藁にも縋る思いとでもいうのだろうか。
そのまま三原は支度をしてきますといってバタバタと旅館の中へかけて行った。
出歩くための荷物と探すための自転車を取りに行ったのだろう。
紫苑はそのまま旅館の外で三原を待つこととした。
5分ほどで三原は自転車を押しながら紫苑の元へと戻ってくる。
「お待たせしました!、、、今日はどこに行ったんだろう、、、」
そしてどこか独り言のようにぽつりと言って考えを巡らせている様子だ。
「行きそうな場所に心当たりはありますか?」
「そうですね、、、支度をしながら考えていたのですが分からなくて、、、」
紫苑の問いかけに困ったような笑みを見せる。
もしかするとあまり長い付き合いではないのかもしれない。
もしくは、行動パターンが読みにくいほどの性格なのか。
「あ!もしかしたら!」
急に三原はそんな声を上げた。
薬師丸が行きそうな場所が思い付いたようだ。
「お、なにか思い当たりましたか?」
「昨日、この島の土壌がどうのといっていたから田んぼや畑があるところに向かったかもしれません!」
勢いよく三原はそう告げる。
薬師丸の専門はそう言った地層などに関係しているのだろうか。
「となると、西の田園地帯ですかねー」
「多分そこだと思います!」
「行ってみましょう」
「はい!!」
紫苑の言葉に三原はうんうんと頷きながら返す。
今すぐ走り出しそうな勢いとも言えるが、二人は目的地を田園地帯に絞り、勢いよく自転車を漕ぎ出した。
少し時間を戻してこちらはホテルから城へと向かった花梨である。
周りの景色に目を向けることもなく城へと向かっていく。
やがて、花梨の目の前には大きな朱雀門が見えてきた。
受付の女性に聞いた通り、十分すぎる広さであるがいい絵が撮れそうな風格のある門構えである。
花梨は何を思ったのか辺りをキョロキョロと見回すと、少し遠くから何やら親しげに雑談をしながらこちら側へと歩いてくる男性の姿が見えた。
花梨は知らなことではあるが、一人は三嶋隼である。
「こんにちは」
二人が近くまで来た時、花梨は笑顔で挨拶をした。
「観光客の人か、こんにちは」
片方の男性がそういうと隼も笑みを浮かべて挨拶を返す。
「今からちょっと趣味をやりたくてきたのですが、何処か着替える場所しりませんか?」
花梨は二人にそう尋ねると、二人は顔を見合わせて少し不思議そうな顔をする。
趣味で着替えとはなんのことだろう、と言った感じだ。
「コスプレとかかな?」
男性がそういうと隼は少し困ったような笑みで口を開いた。
「残念ながらこの辺りにそういったところはないから宿泊しているところで着替えるくらいしかないよ」
「そうだなぁ、今城の中は入れないから、、、」
隼の言葉に、男性も続けてそう話す。
二人がいうようにその辺りには門と城以外は特に何があるわけでもない。
城の中に御手洗くらいはあるかもしれないが門はしっかりと施錠されている。
「そうですか。。。ちょっとそこの茂みで着替えることにします、ありがとうございます」
花梨のその言葉に二人はどこか驚いたような、困ったような顔を見せた。
それはそうだろう。
辺りに死角のような場所はなく、花梨は知らないが防犯カメラがあちらこちらに仕込まれているのだ。
そんな場所で見目麗しい女子高生が着替えをすると言い出せば誰でも驚くか困った顔をするだろう。
いや、人によっては喜びの笑みをこぼすのかもしれないが。
「茂みといったら公園あたりにしかないけど、、、」
「ホテルに戻って着替えてから出直すほうがいいんじゃないかな?」
男性がそう提案をすると、隼も宥めるかのように口を開く。
二人の説得のかいあってか、花梨は公園に行って着替えることにした。
それにはどこか二人がホッとした様子を見せたが花梨は気づいていない様子である。
二人に別れを告げると、花梨は再び自転車に乗って公園へ向かって元気に自転車を漕ぎ出すのであった。
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