滞在三日目 〜後編〜

彼は誰と葉山が急いでホテルを目指している頃、一足先に紫苑と花梨はホテルへと到着していた。

借りていた自転車を返すと、2人で部屋へと向かう。


「僕はとりあえず風呂入ってくるよ」


部屋の前にたどり着くと紫苑は花梨にそう声をかける。

しかし、それを聞いた途端に何を思ったのか花梨の顔はみるみるうちに赤く染まっていった。


「え、お風呂!?ま、まだ早いと思います!もっと段階を踏んでっ。。。!」


「何を言っているのかな?」


にこりと微笑む紫苑に花梨はハッと我に帰る。


「あ、あ、お風呂ですね!行ってきます!」


恥ずかしさからそう告げるとバタンと部屋に駆け込み、すぐに入浴セットを手にするとバタバタと部屋から出てきて3階に向かって駆けていく。


「足、怪我しているからあまり急ぐと危ないよ」


心配するような、呆れたような、けれどもどこか優しさを含む声で駆けていく花梨にそう声をかけた。

そして、小さなため息にも似た息を吐くと紫苑も部屋に入り入浴の支度をすると風呂場へと向かって歩いていった。

紫苑がゆったりと風呂から上がるその頃、ようやく彼は誰と葉山はホテルへと帰り着いた。

フロントを通り過ぎると彼は誰はタバコを吸うような仕草をして見せる。

それを見て葉山は笑顔で返した。

2人はそのまま喫煙所へと入る。

そして誰に聞かれてもいいように他愛のない雑談を交わす。

あれは見ていて楽しかっただの、あの景色は見事だっただの、自然な会話である。

タバコを吸い終えた2人は自然と腕を組み、階段を上がっていく。

すると、ちょうど部屋から出てきた紫苑に出くわした。


「やあ師匠」


先に気づいた彼は誰が笑顔で声をかけると、紫苑も2人に気づき笑顔を見せた。


「やあ、なにか見つけたのかな?」


「緋色といい景色を堪能してきたよ」


紫苑の言葉に対して珍しく葉山がにこりと笑って先に返す。


「珍しい魚の群れもね」


葉山の言葉に彼は誰が言葉を付け足した。


「いい景色か、それは良かったですね」


そう笑顔で応えながらも紫苑は葉山の態度を怪しみ、悟られないようにじっと観察を行う。

葉山の笑顔が少し疲れたように見える。

が、これまで葉山と親しく言葉を交わしたわけでもない。

気のせいかもしれないといった感じの印象を受けた。


(疲れているように見える、なにかあるのかもしれないが、情報不足かな)


関わりのない相手の情報は読みにくい。

彼は誰もそうだが、葉山もそう簡単に手の内を明かしてくれそうにない雰囲気であることを紫苑は感じていた。


「まあ、葉山さんも色々と気をつけてね。この世界には、人知の及ばないものがあるから…なんてね」


「ありがとう。なんのことだかわからないけれど今はせっかく緋色と出会えたこの島を楽しみたいってところかな」


「おや、僕の話を信じるのかな?」


冗談混じりに、と言った様子で紫苑は笑って見せた。

しかし、葉山の態度は相変わらずである。


「あなたはどうだったかな」


そう言って今度は彼は誰が紫苑に尋ねた。


「弟子とデートしてきたよ。かなり振り回されたかな」


ふっと笑って紫苑が答えると彼は誰もふふっと笑って見せた。


「本当に驚くことばかりさ」


葉山の様子を探る紫苑に気づいているのかいないのか、彼は誰がにこりと笑って口を挟んだ。


「弟子との関係はそうでもないけれどね」


少しからかいを含んだ様子で笑った。


「2人が仲良くなったのなら、それはいいことだね」


仲睦まじく腕組みをしている2人を改めて見ると紫苑はそう口にした。


「どこかいいデートスポットでもあったのかな?それなら是非教えてほしいところだね。良さげなところで有れば是非緋色と思い出を作りたいね」


「今この瞬間もさ、ゆうちゃん」


「まぁ、確かにそうだな」


葉山が紫苑に問いかけたものの、後半はまるで二人の世界とでも言うかのようにお互い見つめ合いにこりと笑う。

なんとも割り込み難い雰囲気ではあるが、にこりと笑ったまま紫苑はこう返した。


「つぅーつぅー洞とか、綺麗でいいんじゃないかな?もう行ったかもしれないけどね」


その言葉に彼は誰はふと何かを思い出したような顔を見せた。


「つぅーつぅー洞と言えば。写真のお願いをしていたなあ」


「弟子のことかな?今風呂だと思うよ」


彼は誰の言葉に何か思い当たることがあったのだろう。

紫苑はそう返してチラリと3階へ続く階段に目を向けた。

そちらからくる人影はない。

といっても紫苑が入浴していた時間を考えるとまだまだ上がってくることはないだろう。


「察しがいいね」


「写真をみて緋色が気に入れば行ってみようか」


にこりと笑う彼は誰に葉山が優しげにそう告げて柔らかな笑みをこぼした。


「君とならどこだって楽しいさ」


葉山を見つめて彼は誰もにこりと笑ってそう返す。

ふとしたきっかけで2人の世界に入るのはいかがなものか。

と紫苑が思ったかどうかは別として、紫苑は構わず返事を返す。


「弟子の持ち物じゃなさそうなカメラがあったからね」


「珍しいカメラだろうしね」


紫苑の方に視線を移すと、彼は誰はにこりと笑う。

その言葉に紫苑はカメラを思い描いていた。

確かに、今どきポロライドカメラは珍しいなと思ったのは本当である。

デジカメや携帯のカメラが旅のお決まりであるこの時代。

なかなかお目にかかるものではない。


「それならもう少し丁重に扱うように言っておくべきだったね」


「ははは、まだあるさ」


気にしないといった様子で彼は誰は笑う。

そして葉山は不意に口を挟んだ。


「せっかく出会えた島なんだからあと数日、楽しみたいと思ってね」


「一週間は長いからね」


葉山の言葉に彼は誰はにこりと笑って返す。


「長いようでしあわせな時間は短く感じるものだよ。その全てを残しておきたいのさ」


そう言って彼は誰の頭を優しくポンポンと撫でた。


「それもそうだね、お互いに楽しもうじゃないか」


葉山の行動はさておき、その言葉には同意するかのように紫苑は言葉を紡いだ。

この2人の世界にもだんだんと慣れてきたと言ったところだろうか。


「珍しい珈琲を見つけたら是非よんでくれ。香りに誘われて駆けつけるよ」


「ジャコウネコのコーヒーとか、1度飲んでみたいものだね」


彼は誰の本気半分、冗談半分と言った様子の言葉ににこりと笑って紫苑は返す。


「別れはいつ突然やってくるかわからないからね。あんたもお弟子さんと、ということなら素直に今の幸せな時間を楽しんだ方がいいと思うよ」


そんな紫苑に意味ありげな言葉を告げて葉山はにっこりと笑う。

その言葉の中に含まれた本心は一体どう言ったものなのか。

今の紫苑に探る術はなかった。


「実体験かな?覚えておくよ。まあ、身に染みて分かっているよ」


葉山がどのような人生を送ってきたのかは紫苑にはわからない。

しかし、彼にもこれまでに色々と経験しているのだ。

深読みせずとも、そう言ったことがあることは重々わかっていることである。


「誰にだって経験があるんじゃないか?人はいつ突然いなくなるかわからないからね。俺は緋色と楽しみたい、今はそれだけってことさ」


「はははこいつめ」


そう言って彼は誰の方をみると葉山はにこりと笑った。

彼は誰も葉山の方を見るとにこりと微笑んだ。


「お熱い事だね」


お腹いっぱいだとでも言うように紫苑は呟く。

ばったりであってかはずっと2人はこの調子なのだからどうにもしょうがない。


「あの子も可愛いけどね。まぁ、今は緋色の方が可愛く見えるけどね」


チラリと紫苑を見て揶揄うように葉山が言う。

その様子は紫苑の中の印象とは違って見えた。

が、これが本当の彼の姿なのかもしれないとも思える。

歳は自分と大して変わらないように見えるが、出会った時はロン毛にタバコ、そしてアロハシャツなのである。

どう見ても女なれしているように見えたと言うかなんと言うか。


「楽しい記憶だ、なるべく風化しないで残しておきたい」


そう言ってふっと笑う紫苑に葉山は言葉を返すわけでもなく微笑んだだけだった。


「立ち話もなんだし、珈琲でも淹れようか」


不意に彼は誰がそう提案する。


「では遠慮なく、それともふたりきりがいいかな?」


どこか意味ありげに紫苑が言ってみるも2人は特に変わった反応を見せることもなかった。

それはポーカーフェイスなのか、通常運転なのか。

やはり紫苑が知ることはできそうにない。


「それは俺も一緒にってことかな?緋色の好きにいいよ」


それじゃあ一緒にと言う彼は誰に、葉山は自分の部屋を提供すると申し出た。

相変わらず女性の部屋に男2人で、というのは避けたいようである。

といっても紫苑はこれまで彼は誰の部屋に葉山が立ち入っていない事実を知らないのだ。

少し不思議そうな顔はしたものの、あまり気にすることなく葉山の部屋へと向かった。

彼は誰がコーヒーを提供するというので、2人はそれを待つことにする。

紫苑は特に気にすることなく彼は誰の部屋の中に手伝いに入ったが、葉山はいつものように通路で待っていた。

彼は誰はいつものことさと紫苑に告げて気にする様子もなくコーヒーを注ぐ。

もしかしたら見張りを兼ねているかも知れない。

そんなふうに紫苑は自己完結していた。









「お邪魔します」


「まあくつろいでよ」


紫苑の言葉に何故か部屋の主である葉山ではなく彼は誰が答えた。

それには紫苑も思わず苦笑いを浮かべた。

その様子を見てにこりと笑う葉山からは彼は誰の好きにするといいと言った様子が伺える。

なんだか自分よりも歳上のような、そんな雰囲気でもあるが。

彼は誰を好きだからこそ、なのかもしれない。

紫苑はベッドの脇をすすめられてそこに座り、隣に彼は誰が座る。

葉山はと言うと、コーヒーを手に窓際に佇んでいる。


「ここなら、忌憚なく、話せるからね」


そういうと彼は誰はチラリと葉山の方を見た。

葉山はというと、何を言うわけでもなく彼は誰をじっと見つめていた。

そんな葉山と目が合うと、彼は誰はウインクをして笑ってみせるものだからつられたように葉山も微笑む。


「おやおや」


そんな二人の様子を見て紫苑は独り言を漏らす。

葉山はと言うとその後は素知らぬ顔でコーヒーを堪能しているようだ。


「君たちは異形、とも言うべき存在について知っているかな?」


「面白そうだね」


「ゲームか何かの物語の話かい?」


コーヒーを一口飲み込むと、紫苑は口を開いた。

それに対して彼は誰はなんの話だろうかとニコニコしているし、葉山は首を傾げるだけだった。


「まあ、与太話さ」


彼は誰と葉山はそんな紫苑の言葉に耳を傾けながらコーヒーをずずずとすすっている。


「獣のような人間、不定形の怪物…そういったものに、僕は何度か遭遇していてね」


紫苑は言葉を続けた。

その様子を見ながらそっと彼は誰は紫苑を観察していた。

そして以前紫苑に聞いた話と今言っていること。

それが今日見た魚人のような存在を指しているのだろうという思いに至った。


「えぇっと、失礼な言い方になるかもしれないけれどそれは夢の中の話しかなにかかな?」


紫苑の言葉に葉山は少し困ったような笑みで問いかける。

一体紫苑が何を言いたいのかわからない、といった様子である。


「そうだね、夢の話もあったかな」


そう言って紫苑はコーヒーを口に運んだ。


「まあまあ、聞こうじゃないか」


彼は誰はそう言いながらにこりと微笑んで葉山を小突いた。


「そう、だな。聞かせてもらおうか」


彼は誰の言葉にとりあえず、と言った様子で紫苑の言葉に耳を傾けることにしたようだ。


「僕は職業柄、色々なものに首を突っ込んでしまってね」


そう前置きをしてから紫苑は語り始めた。


「そういうことをしているうちに、自分が狂ってしまっているのではと疑うような、そんな経験をすることになってしまったのさ」


そう言って何かを思い出すかのように言葉を切ったが、さらに続けた。


「この島は謎が多い。夜に外へ出てはいけないという言い伝え、警察などの立ち入り禁止、ここから帰って来た人が記憶を無くす…まるで何かを隠しているようじゃないかな?」


そう言って彼は誰と葉山を交互に見て問いかける。


「そして緋色さん」


「僕かい?」


不意に名前を呼ばれて彼は誰は何かと首を傾げる。


「僕は似たようなことを昨日も言ったよね。その時はよく分からない、という顔をしていたけど、今日はどうも違うようだ。何か、見たんじゃないかな?」


紫苑の問いかけに特に変わった様子も見せずに彼は誰は口を開いた。


「ゆうちゃんに色々と教えてもらってね。たくさんの景色を見てきたよ。日常と違う環境が、体験が、人の考えを塗り替えることだってある。あなたも、きっと、そうだったようにね」


そう言ってにこりと笑った。

葉山はと言うとゆっくりとコーヒーを口に運びながら2人の話を静かに聞いている。


「おや、葉山さんが」


そういう紫苑の声かけにも葉山は特に態度を変える様子はなかった。

焦る様子もなく、けれども否定も肯定もするわけでもなく。


「そして、僕はまた巻き込まれてしまった、ということかな、あのハッカーめ。」


ハッカーとは誰を指すのか2人にはわからない。

が、恐らくこの島を進めた相手なのだろうということは察することができる。


「半分くらいは推測だったけど、何となくわかったよ。ありがとう」


そういうと紫苑はまたコーヒーを口へと運んだ。

すると、それまで黙って聞いていた葉山が静かに口を開いた。


「日常の喧騒を忘れるには自然豊かでゆったりとした時間が流れる、そんないい島だと思うけどね?」


「葉山さん、よかったら知っていることを教えてはくれないかな?もちろん、人には言わないさ」


そんな紫苑の言葉に葉山は困ったような笑みを見せた。


「そうは言われても、、、俺にはなんのことだかわからないけれど」


葉山はどこか申し訳なさそうにも見える笑みを浮かべるだけで紫苑が望んでいるような話をする様子はない。


(、、、)


そんな2人のやりとりを彼は誰は何かを思いながらも静かに聞いていた。


「そうか、それは済まなかった。忘れてくれ」


紫苑がそう言った後、3人がそれぞれコーヒーを口に運ぶだけという静かな沈黙が流れた。

が、紫苑はそっと横目に葉山の様子を観察していた。

しかし、葉山はやはり相変わらずの態度である。

紫苑はこれ以上特に何かを聞き出せそうにないと思えた。

彼は誰と葉山の様子から察するに2人は随分と深い中になっている

それに比べて自分には親密度が足りない、そんな感じの印象を受けた。

葉山の心理を知るのは打ち解けない限り難しいかもしれない、とも思える。


「さっきも言ったように、与太話だよ」


葉山から何か聞き出すのは諦めたというように紫苑は沈黙を破る。

そして最後の一口を流し終えると立ち上がった。


「じゃあ、知りたいことも知れたし、私はそろそろお暇しようかな」


コーヒーカップを彼は誰が受け取ると紫苑は2人を見てにこりと笑った。


「さようなら、古きを知るものたちよ」


そんな謎めいた言葉を残して、出入り口へと向かった。


「いい瓦、してたよね」


その背に向かって彼は誰は手をひらひらさせながら声を投げかける。


「コーヒー、美味しかったよ」


「あなたもぜひ飲むといいよ」


その言葉に紫苑は足を止めて振り返るとそう言ってにこりと笑い、それに彼は誰も笑顔で返す。

葉山はと言うと相変わらず困ったような笑みを浮かべて見送っている。

その姿勢を崩す気はどうやらないようだ。

そのまま紫苑は部屋から出ると、そのまま扉へ聞き耳を立てた。


「さて、今日もいろんなものを見たし、明日のためにもまずは食事でもしないか?」


そういうと葉山はにこりと彼は誰に笑って見せた。


「そろそろ珈琲も終わりだね、」


そう言って最後の一口を流し込むと、同じようににこりと笑って見せた。


「じゃあ行こうか」


「明日、かふぇにも行こうか。そのコーヒー気に入ったんだろ?」


立ち上がる彼は誰に葉山は笑ってそう提案を持ちかける。


(特に情報はなし、と)


そんな会話を外で聞いていた紫苑は、2人が出て来る前にと食堂へと向かっていった。

が、彼は誰も鈍いわけではない。

そんな会話を交わしながらも外に人の気配を感じていた。

それが誰かはわからないがその後、テクテクと誰かが歩く音を聞き、おそらく紫苑さんなのではないかという思いに至った。

彼は誰が葉山の方を見ると、どこか意味深な笑みを向けている。

恐らく同じように外の気配を探りつつ会話をしていたのだろう。


「隠れた名店、教えてくれるのかな?」


そう言ってクスリと笑って見せた。

そして一度部屋に戻ると言って歩き出した彼は誰に葉山は言葉を返した。


「それは明日のお楽しみだな」


その言葉に彼は誰が振り返ると葉山はにこりと笑い、何を言うでもなく彼は誰もにこりと笑う。

そして3人分のカップを手に葉山の部屋を後にした。

部屋に戻った彼は誰はカップをまとめておくと荷物からメモを取り出した。


「廊下にも目は光っているよ」


そう一言、さっと書き、切り離す。

そして壁をコンコンコンとノックした後に部屋を出た。

すぐに葉山が部屋から顔を出す。

彼は誰は廊下のカメラに背を向けて胸元で先ほどのメモをちらつかせる。

それを察した葉山はにこりと笑うと彼は誰をカメラから隠れるように立った。

不自然がないように一瞬の死角。

彼は誰は葉山の陰に隠れて紫苑の部屋へとメモを差し入れた。

そして何事もなかったかのように葉山の腕に自分の腕を絡め、2人は何食わぬ顔をして食堂へと向かうのであった。









一足先に食堂へと向かった紫苑は見慣れた人影を見つけた。

ちょうど食事をしている田中である。


「おや。食事時にはよく会いますね」


近くに歩み寄り、にこりとして声をかけると田中も紫苑を方を見てにこりと笑った。


「あら、ねんねちゃんは一緒じゃ無いのね」


「女性はお風呂が長いですからね」


「あぁ、、、そういうことなのね」


どこか苦笑いを浮かべたような笑みを見せる紫苑に田中はそう言ってふふっと笑みを漏らす。


「ところで、土曜日には祭りをやるらしいですね。僕は参加するつもりですが、田中さんはどうですか?」


ふと思い出したかのように紫苑は尋ねてみる。

あのチラシを田中が目にしていないわけがない、と言うのを前提にして話を切り出してみる。

といっても、もしも今日一日部屋から出ていない場合は知らない可能性もあるのだが。


「そうね、気が向けば行くつもりだけれど騒がしいところは嫌いなの」


そう言って相変わらずはふふっとうすら笑いを浮かべた。


「そうなのですね」


それなら仕方ないと納得した様子で紫苑は応えた。

そしてそれじゃと軽く会釈をしてその場を後に料理を選び始める。


「マグロ、赤身、トロ、中トロ、大トロ、カマトロ…。サーモン、炙りサーモン、トロサーモン…」


そうやって紫苑が料理を皿に次々と乗せていると相変わらず親密そうに腕を組んで歩く彼は誰と葉山が食堂へやってきた。


「ところで明日はどうするんだい?ゆうちゃん」


「そうだな、緋色が好きなコーヒーを買うついでに砂浜の方にでも行ってみようか?」


「素敵な香りに包まれたいね」


「はは、、、緋色が楽しそうで何よりだよ」


そんな会話をしている2人だが、料理に夢中な紫苑にその声は届いているようで届いていない。


「今日はフカヒレもあるのか」


どこか嬉しそうに手に持つ皿へと少しずつ乗せていく。

彼は誰と葉山が楽しそうに会話をしながら料理を選び始めていると、お風呂に入ってスッキリ上機嫌の花梨がやってきた。

食堂を見渡すと1番に紫苑の姿が瞳に飛び込んでくる。

そしていそいそと料理を選び始めたかと思うと目に留まったオムそばをお皿に乗せてそのまま紫苑のところへ向かった。


「いいお湯でした」


「それは良かった」


そんな会話を交わしながら2人はほんわかと笑みを浮かべる。

そのまま並んで料理を物色しつつ花梨は紫苑に尋ねた。


「ご飯を食べたらどうしましょうか」


「やることもないし、しばらくしたら寝ようかと思っているよ。今日は少し寝不足でね」


僅かに苦笑いを含みながらもそう答える。


「そうなのですね。私も今日は早めにお布団にはいろうかな?」


そう答えつつもどこか残念そうにも見える。


「明日はそうだね、ほとんどの場所を見たことだし、島の人と交流してみようかと思っているよ」


そう言いながらもぽつりと花梨には聞こえないようなつぶやきを漏らす。


「どうも、あの雪山を思い出すんだよね」ボソッ


何か聞こえた気がしたのか不思議そうな顔で紫苑を見た花梨だが特に何を言うわけでもなく紫苑は笑顔を返した。


「私は明日はお城に行ってみます」


「そうだね、それがいいかもしれない」


「入れたら入ってみようかな」


「あのお城は綺麗だよね、まるで本当にラピスラズリで出来ているんじゃないかと思うくらいに」


城壁を訪れた時のことを思い出しているのだろうか。


「中は入れないみたいだけれど、首里城みたいになっているそうだよ?」


ふと思い出したかのようにそう付け加えた。


「ほぇー。近くで一目見ておきたいなぁ」


「そうだね」


残念そうに言う花梨が紫苑の瞳には可愛らしく写ったのであろう。

クスリと笑ってそう答えた。

そんな会話をしている間に田中は食事を終えて食堂を出て行く。

その様子が紫苑の瞳の片隅に見てとれた。

2人は空いている席に座り食事を始める。

その間に別の席で食事を楽しんでいた葉山と彼は誰は早々に食事を終えたらしく食堂を後にした。

その後2人は喫煙室へと寄り道をしてから部屋へと戻る。


「ゆうちゃん、明日は何時に出るんだい」


「そうだな、今日と同じ7時には出るつもりだよ」


「ふぅん、わかった」


そんな短い会話を交わした後、2人はそれぞれ風呂へと向かった。

最後に食堂に残っていた花梨と紫苑は雑談を楽しみながらも食事を終えるとそのままそれぞれの部屋へと帰っていった。

部屋に戻った花梨は特にやることもなく、早々に肌のケアをして今日は勉強はお休みして早めにベッドに潜り込もうかななどと考えていた。

一方、部屋に戻った紫苑は扉を開け部屋に一歩踏み入れる時足元でカサリと音が鳴ったことに気づく。

食事に行く前に彼は誰が差し込んだメモである。


「へぇ?」


拾い上げて目を通すと、ニヤリと笑った。

そして携帯を充電に差し、カメラを外に向けて録画ボタンを押す。

時刻は22時を回ったところであるがそのままベッドに身を滑らせて瞳を閉じた。





入浴を済ませた彼は誰は部屋に戻るかと思いきやそのまま花梨の部屋をノックする。

少し待つと、ガチャっと鍵の開く音がして扉が開かれた。


「やあ花梨さん、遅くにすまないね」


「こんばんわ、いかがなさいましたか?」


にこりと笑っていう彼は誰に花梨もにこりと笑って挨拶をする。


「綺麗な景色が撮れたかなと思ってね」


つぅーつぅー洞の写真のことを彼は誰が尋ねると思い出したように預かっていたポラロイドカメラと写真を彼は誰に手渡した。


「沢山取れましたよ、はいこれ」


「神秘的だなあ。静謐さが伝わってくるよ」


受け取って写真に目を通すと、お礼も兼ねてだろう。

彼は誰は軽く花梨にハグをした。

突然のハグにびっくりして跳躍キックがでそうになった花梨だったがどうにか持ちこたえた様子だ。


「ありがとう、いい夜を」


そういうと彼は誰は自分の部屋へと帰っていった。

その後花梨は早めにベッドへと潜り込む。

彼は誰はと言うと日課となっている日記を書き終えるとそのままベッドに身を任せた。

こうしてそれぞれが濃い体験をすることとなった三日目が終わって行く。

まだ三日目、しかしもう三日目である。

それぞれが色々な思いを抱えながら夢の世界に落ちていく。

祭りの日も近い。

この先どんなことが起こるのか。

それはまだ、誰も知ることはできなかった。


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