滞在6日目 〜後編(2)〜

少しだけ時間を戻してみよう。

風呂を終えた紫苑は部屋に戻ると窓の外を覗いてみた。

パッとみた感じ、ここから飛び降りるなどはできそうにないということである。

それから、ここから無事に降りれたとしても位置的に玄関の近くになるので誰かしらに気づかれる可能性が高い、ということである。


(ここから抜け出すのは無理、か)


どうにか夜も外に出ることはできないものか。

そう考えていた時だ。


ーこんこんすここここんー


軽快なリズムで扉がノックされた。

おそらく花梨であろうと思い、紫苑は扉へと向かった。


ーがちゃがちゃちゃちゃがちゃがちゃー


紫苑が扉を開けるとやはりそこには満面の笑みを浮かべた花梨が立っていた。


「師匠、夕飯いきましょう」


「うん」


花梨の誘いに紫苑は笑顔で頷く。

その瞳が笑っているかどうかは、、、花梨は気づいていないようである。


「あ、そうだ」


花梨はふと何かを思い出したようにポケットから何かを取り出した。

そしてそれを見せながら花梨はいう。


「シャー芯折れてできませんでした、手本また見せてくれませんか?」


(そんなこと教えたっけな)


花梨の言葉に紫苑は首を傾げた。


「デ〇ノート?」


紫苑の言葉に花梨はこくこくと頷く。


「はい、デスノ○トです」


シャー芯を受け取りながら紫苑は花梨にそんなこと教えたかな?と記憶を辿ってみる

が、そんなことを教えた覚えは全くなかった。


「教えた覚えは無いのだけれど…?」


「あれ?なぜか頭に降ってきました」


紫苑の言葉に花梨は首を傾げる。

そう言いながらも紫苑は試してみる。

が、やはり上手くいかないようだ。

上手くいきそうだと思ったところでポキリと折れる。

早々に諦めて紫苑は立ち上がった。


「っ!?!?」ビクーーーン


突然、紫苑が立ち上がり花梨の方を振り返ったため花梨は酷く驚いた様子だ。


「まず1つ言っておこうか」


小さなため息をついた後に静かな声で紫苑は言葉を続ける。


「自転車で人に突っ込もうとしてはいけない、いいね?」


紫苑は花梨の目をまっすぐに見てそういうとニコリと笑顔を見せた。

その瞳は笑みではなく、有無を言わさぬ圧力を感じる。


「ご、ごめんなさい」


花梨は風呂に入っていい気分になったためか、ホテルに帰る前の崖での出来事を忘れていたようだ。

紫苑の言葉に唐突に思い出したように頭を下げて謝った。


「もうしないね?」


「もうしません。」


わざとじゃないけどと思いつつも、花梨は紫苑の言葉に頷きながらそう言った。

わざとではなくてもそうなる可能性は少し考えれば花梨ならわかったことなのだ。

そう信じているからこその紫苑の言葉なのだろう。


「うん、無駄に危険なことはしないようにね」


念を押すようにして言う紫苑に花梨はこくりと頷く。

それを確認すると紫苑は食事に行こうと切り出した。

花梨がそれに同意すると、2人は一緒に地下へと向かう。

先ほどの紫苑の説教が聞いているのか花梨はその間も静かであった。



食堂に着くと2人はあまり話すことなく食事を皿へと取っていく。

そして同じ席に着くと紫苑は黙々と食事を始めた。

花梨はというと、怒られたばかりでいつものように話しかけるの控えている様子で同じく黙々と食事をする。

紫苑の様子にまだ花梨に対して怒っていると思っているのかもしれない。

紫苑としてはただここで話すことがないだけなのだが。

沈黙が気になった花梨は食事の途中で辺りを見渡してみる。

周りを見渡すと、昨日と変わらず食堂から2人を見てる女性と目が合った。

花梨と目が合った女性はにっこり笑みを見せたのだが、今の花梨に笑顔を返す余裕はないようだ。

花梨はそのままスルーして食事を続けたら、


「ご馳走様。」


「あ、ご馳走様です」


食事を終えた紫苑がそう呟くようにいうと、花梨もそれに倣ってそう口にした。

2人揃って食器を返却方へと返し、部屋へと向かう。


「コーヒーでも入れて待っているね」


「わかりました、着替えてから向かいますね」


部屋へと戻りながら2人はそんな会話を交わす。

そしてそう話しながら花梨は辺りを見渡した。

部屋までの道中、特に自分たち以外に人はいない。

しかし、辺りを見渡した花梨は部屋のある通路にも置いてあるような監視カメラがあちらこちらにあることに気づいた。

フロントに行けば人はいるのだろうけれど、彼は誰や葉山、田中の姿は見当たらない。

おそらく3人は部屋か風呂にでもいるのだろうと花梨は思う。

それ以外の従業員の姿も見当たらないのはカメラがあるせいだろうか。

そんなことを思いながら花梨は紫苑の後ろをちょこちょこついて部屋へと戻った。

部屋の前で別れると花梨と紫苑はそれぞれの部屋へと入っていく。

花梨は部屋に入るといそいそと寝巻きに着替えを始めた。

今日は白のふりふりのパジャマを着るようだ。

着替え終わると貴重品などを入れた小物入れを手に取り部屋を後にする。




紫苑と花梨が食堂へ向かっている頃、彼は誰は入浴を終えて部屋へと帰ってきていた。

するとそれを見計らったように壁からコンコンコンと音がする。

彼は誰はふっと笑みを浮かべて壁にノックを3回返す。

とりあえず入浴セットを手早く片付けると、コーヒーを淹れて葉山の部屋へと向かう。


「やぁ、来たね」


彼は誰が部屋を出て葉山の部屋をノックするより早く扉を開いて葉山が声をかけた。


「待たせたようだね」


彼は誰はその言葉に、にこりと微笑みコーヒーを手渡す。

葉山は受け取ると彼は誰を部屋へと招き入れた。


「さて、明日のことだけど」


部屋に入り、ベットの端に腰を下ろすと葉山が話を切り出す。

祭りで飲み食いはしないこと、自分は仮病を偽って祭りに参加しないこと。

夜の祭りの前に田中と合流してコウモリに乗ってホテルから出てとぅーとう一洞の方へ行くことなど。

もしもついてくるのならば彼は誰もこのコウモリに乗って移動することになると言って話を一度切りコーヒーを口へと運んだ。


「そのコウモリを一度この目で見ておきたいんだけれど可能かい?」


彼は誰は興味ありげに問いかける。

人の形をして魚の顔をしたものを見たのだ。

写真のコウモリでは実感が湧かないからだろう。

実物がどのようなものなのか今すぐにでも見たいと言った様子である。

彼は誰の問いかけに葉山は少し悩んでいる様子を見せた。

そして少しの沈黙の後、葉山は口を開く。


「この後、彼女の部屋に言って話をしてみるよ。俺には扱えないからな。」


少し苦笑いをして葉山はそう答えた。

葉山は笛を使い、水の中に住まうものを呼んでいた。

空を飛ぶものは管轄外と言うことなのだろう。

と言うことは、あの笛は“あれ”にしか効かないとも取れる。

彼は誰はそう考えをまとめると笑顔で頷いた。


「いい報告を待ってるよ」


「問題ないとは思うけどね」


期待はしないでくれというかのように葉山は笑って見せた。



葉山と彼は誰がそんな話をしている頃、花梨は支度を済ませて紫苑の部屋の前に立っていた。


ーこんこんすここんこんすこんー


花梨が軽快にドアをノックすると少しして扉は開かれた。


ーキイイィィィー

業務連絡です、ドアが開きました。


などというやりとりがあったわけではないが。

それはさておき、紫苑が扉を開けると花梨はぺこりと頭を下げた。


「お邪魔します」


「お邪魔されます」


花梨の言葉に紫苑がそう返すと2人は顔を見合わせてニコリと笑う。

部屋に入ると紫苑はコーヒーを2杯入れ始めた。

花梨は出来上がるまで夜風に当たろうかなと思ったらしい。

部屋の奥まで行き、そっと窓を開けた。

クーラーが効いた部屋よりは熱さがあるものの、自然の風の心地よさを感じる。

自然の匂いとでもいうのだろうか。

嗅ぎ慣れない海の匂いや木々などの匂い。

昼間の暑さを少し交えた風は冷えた肌に心地いい。


「はい、できたよ」


「あ、ありがとうございます」


紫苑の声に花梨は慌てて返事を返すと、花梨は髪をなびかせながらコーヒーを受け取る。


「薬師丸さんからは、何か聞けたのかな?」


先に話を切り出したのは紫苑だった。


「いえ、薬師丸さんと話してたのは、お姉ちゃんのことで、でしたので、とくに情報は。。。」


紫苑は姉のあぢさいの事について手掛かりが何かあったのか気にはなったようだ。

そのことを聞いてみると花梨は軽く左右に頭を振る。


「いえ、進展は…ありませんでした。ですが名刺は頂きました。今後も、協力していただけるそうです」


「そっか、こちらも有益な情報はなかった…と言いたいところだけれど」


紫苑はそう言って、花梨が怖がらないようにと言葉を選びながら地下にいた生き物についてた三原が話していたことを伝える。

とは言っても、花梨があまりお気楽に捉えて意気揚々と関わる気になるのも困るところである。


「さて、師匠としては僕に任せて君には安全に旅行を楽しんでもらいたいのだけれど…きっと、そう言っても着いてくるのだろう」


「はい」


紫苑の言葉に花梨はしっかりと頷いた。

予想していたこととはいえ、やはり命の危険がある以上関わってほしくないと思うのは親心のようなものだろうか?

それとも、、、。


「命の危険があるだろう。覚悟は出来ているかな?」


「みどりちゃん達もそうですが、私の大切な人が、私が知らないところで居なくなるのはもう嫌です」


紫苑の問いかけに花梨はしっかりと目を見て答える。

姉のあぢさいの時は自分は何もできなかった。

その後悔は今でも拭えないと言ったところだろう。

たった2人きりの家族だから。

姉の時と同じ後悔はしたくない。

そう言った意思を紫苑には感じられた。


「そっか。じゃあ祭りの時に飲み食いは避けておいてね。恐らくは…」


「むしろ、この時間から細工などもしたいのですが、」


紫苑の言葉を遮って花梨はそう申し出る。


「何を準備したい?」


「武器、ですね」


過去に人ならざるものと対峙したことがある2人だからこそだろう。

とは言っても、大勢の人間に対してだとしても武器がある方が有利である。

けれども現状は何も持ち合わせていない。


「僕の武器は折れてしまったしね」


崖での出来事を思い出したのか、紫苑は苦笑をこぼす。

どうにか持ち込んでいた仕込み杖であったが、折れてしまっては武器として心許ない。


「仕込みナイフ靴があれば上々ですが、なければ重りでも大丈夫なのです」


それを聞いて紫苑は杖が折れてしまったことを思い出すついでにあることを思い出した。ダイビング受付のところにいる要のそばに一本杖が置かれていた。

おそらくは要のものではあるだろうが交渉次第では貸してもらえるのではないか。

とはいえ、今の所その交渉に使えるものは何も思いつかない。

紫苑がそんなことを考えている横で花梨は少ししょんぼりしているようだ。

どうやら遠回しに告白をしてみたものの気づいてもらえなかったことが残念だったようだ。

こんな状況だから仕方ないかと、紫苑に気づかれないように小さなため息をこぼした。


ーコンコンコンー


「この旅行が終わったら…ん、お客さんかな」


紫苑がそう言いかけた時、扉をノックする音が部屋に響いた。

誰だろうかと紫苑が扉に向かって歩いていると彼は誰の声が聞こえてきた。


「、、、すまないが、開けてくれないかい」


どうぞー「ガチャッ」


紫苑が扉を開けるとそこには3人分のコーヒーを手に持った彼は誰が立っていた。

開けると共に淹れたてのコーヒーの良い香りが伝わってくる。


「助かったよ、ああ熱かった」


彼は誰はそう言いながら紫苑に珈琲を一つ手渡した。

それを受け取ると2人は部屋の中へと入っていく。

花梨は顔を赤らめてるのを隠すように窓の外の風に当たる。

彼は誰がやってきたことより紫苑の言葉が中断されてしまったのだが、その先は何を言おうとしていたのだろうか。

花梨は色々と思考を巡らせていた。

もしかして、、、旅行が終わったら付き合おうとか、結婚しようとか、そんなことなのでは!と思い段々と頬が熱くなってきてしまったようである。

ドキドキがなかなか収まらないようだ。

そんな花梨を気にも止めずに紫苑は受け取った珈琲を机の上へと置いた。


「明日は腹痛になりそうな気がするよ。探偵の勘だけどね」


「正露〇、ご入用かな」


そんな意味深な言葉を紫苑が彼は誰に投げ、彼は誰はふふふと笑いながらそう答える。

そんな2人の会話が耳に入っていないかのように花梨は窓の外をみた。

窓の外は暗く、特によくわからないけれど空に満点の星々が輝いている。

そんな景色を眺めながらふと、花梨は一つのことを思いつく。

きっとお祭りに沢山の料理が用意されていることだろう。

そこには料理を切り分けるための刃物があるのではないか。

包丁、とまでは行かなくてもナイフくらいは置いてあるのではないか。

それを上手くくすねることができれば、殺傷能力は低くても何かしらの武器になるのではないかと。


(盗むのは気が引けるけど。。。仕方ないよね。)


そう思うと無意識に花梨はふぅっとため息をこぼしていた。

そしてやっと先ほど彼は誰がやってきた事に花梨は気付いたようだ。


「…あっ、彼は誰さん、来てくださったんですね」


「どこか真剣な顔をしていたからね」


花梨のそんな言葉に彼は誰は気にする様子もなく笑って言葉を返した。


「で、いったい何を話すんだい?」


そう言って彼は誰は話を切り出す。


「明日、君達はどう動くのかな?」


「もう、気づいていますよね? …本当のお祀り。」


紫苑と花梨は真剣な顔で彼は誰にそう尋ねた。


「ゆうちゃんとセットか、光栄だね」


しかし、彼は誰はどこか話をはぐらかすようにニコリと笑ってそう返す。


「私は、あの姉妹を助けたいです」


「僕は助けられる範囲で、かな。」


そんな彼は誰に知っていることを教えてほしいというかのように花梨は言った。

紫苑からも同じような雰囲気を感じる。


「そうだなあ、順番にお答えしようか」


彼は誰はふぅっとため息のように息を吐いて言葉を続けた。


「別れる前にやることと言ったら、わかるだろう?男女なんて、引っ付いたり、引っ付かなかったりさ」


そう言って一度言葉を切るとコーヒーを口に運ぶ。

花梨と紫苑はそんな彼は誰をじっと見つめて言葉の続きを待った。


「お祭りねえ、朝からやるんだったっけ」


どこかとぼけるようにそう口にするが、2人はじっと言葉に耳を傾けている。

彼は誰は花梨の方を見ると続けて言った。


「島民だけの集まりにでもお呼ばれしたのかな?姉妹と一口に言われても、たくさんいるから何とも。僕は、島民のみんなと結構話してるからさ」


そして、紫苑の方をみるとニコリと笑った。


「あなたはそうしたいんだね。リアリストなのは職業柄ってところかな」


「大切な弟子を失う訳には行かないからね」


そう言われてやっと紫苑は口を開く。

紫苑の言葉を聞いた花梨はかぁぁ。。。と頬が赤くなっていくのを感じた。


「珈琲よりも尚熱く」


その様子を見て彼は誰はふっと微笑みそう言葉を紡ぐ。


「でも行く先は、更に尚黒いのかもね」


そう言ってまた彼は誰はコーヒーを口へと運んだ。


「暗闇にいたのは、過去に見た事がない生き物だったよ。あれらがどういうものなのか、僕には分からないけれども」


「そういえば、役場にはいったのかな」


紫苑の言葉にふと、思い出したかのように彼は誰は問いかける。


「行ったよ」


「確かに見事なものだったね」


紫苑の返事にふふふと微笑んで彼は誰はそう返す。


「貴重な資料を見させてもらったよ。少年が青年だったとはね」


ははっと乾いた笑いをしながらも紫苑はそう口にした。


「ふふ、すんなりと通れたでしょう」


「顔パスというものかな」


彼は誰もふふっと笑いながら返す。

その言葉に複雑そうな顔をしながらも紫苑は答えた。


「僕も老いは避けたい、できれば秘訣を伺いたいところだね」


「祀りに使われる少女達…誰だと思うかな?」


微笑みながらそういう彼は誰に、紫苑はそう問いかける。


「巫女でしょ、チラシにもそう書いてあったよ」


「そういうことだね」


特に興味はないとでもいうような彼は誰の返事に、ふぅっとため息混じりに紫苑は答えた。

そして言葉を続ける。


「肌の色が違うだけで運命が決まる、酷い話だとは思わないかな?」


「姉妹、みどりちゃんとすみれちゃんのことです。二人のことはご存じですか?」


紫苑は真剣な顔でそう問いかける。

そしてなかなか有力な情報を口にしない彼は誰の様子に痺れを切らしたように花梨も口を開いた。


「手は伸ばせると踏んだのかな」


先ほどまでとは違い、どこか真剣な声で彼は誰は問いかけるようなことを口にした。

そして、さらに言葉を続ける。


「特徴は、肌の色が違う、なのかな」


まるで謎かけのような言葉だ。


「運命の神次第と言ったところかな」


「そう、ですね。少しだけですが。」


その言葉に紫苑と花梨はそれぞれ呟くようにそう口にする。


「ふうん、なるほどね」


それを聞いた彼は誰は何かを考えるようにそう呟いた。

少しの沈黙の後、また彼は誰は口を開く。


「具体性に欠けるね。決めての欠けたスープに深みは出ないよ」


そして一呼吸置いてさらに言葉を続ける。


「師匠の言っている子達に近しいものがあるね」


「くだんの青年に協力する予定だ」


それを聞いて紫苑はそう答えた。


「そちらはそちらで動くのだろう?こちらもある程度のことは分かってきたところでね」


続けて紫苑はそういうと、探るような視線でにやりと笑って彼は誰に問いかける。


「藁をつかんではいるようだね。さすがに無計画、というわけではなかったね、申し訳ない」


紫苑の問いかけに彼は誰はふふふと笑ってそう返した。


「リスクに見合わないことをするつもりは…ないかな」


「リスクなんてあろうがなかろうが、私の目が黒いうちは、困ってるひとは助けたいです」


紫苑の言葉とは正反対に花梨は意気揚々とそう言った。

その言葉に紫苑はわずかに苦笑いを浮かべる。


「助けられる人は助けるべきだね。ただ」


紫苑は花梨を見てそういうと一度言葉を切る。

そして何かを思い出しているような遠い目をした。


「全てを救えるかどうかは、別なんだよ」


呟くような声で紫苑はそう続ける。

それは、みどりに話した雪山で出会った少年でも思い出しているのかもしれない。

もしくは幼少期か何か、昔にそんな思いをしたことを思い出しているのだろうか。


「うっ。。。」


紫苑の言葉に花梨は言葉を詰まらせる。

紫苑が言うことももっともだと思ったのだろう。


「辛酸を舐めた経験がおありのようで」


「全てを助けようとしたら全てを失った。そんなこともある。いや、忘れてくれ」


紫苑の言葉に彼は誰がそう声をかけると、紫苑は苦笑いを浮かべて言葉を返した。


「師匠…?」


花梨はそう言って紫苑をじーっと見つめる。

それに気付いた紫苑は困ったような笑みを浮かべて花梨の頭をぽんぽんと撫でた。


「うーん、そうだなあ」


彼は誰はそう呟くように言うと黙り込んだ。

そして少しの沈黙の後、口を開く。


「二人の意思の統一は、図った方がいいんじゃあないかな?拾うにしろ、切り捨てるにしろ。瞬きは獅子を殺すよ?」


「1人で無理なら僕も手伝う。それでもダメなら止める、師匠と言うのはそういうものさ」


彼は誰の問いかけるような言葉に紫苑は静かな声でそう答えた。


「…」(あたまぽんぽんされたぁー!)


花梨はと言うと紫苑に頭をポンポンされたことで頭がいっぱいになってしまっているようだ。

頬を赤く染め、にやける顔を必死で抑えているようである。


「全てを救える可能性があれば、それにかけるのもやぶさかでは無いよ」


「ふうん」


それを気に止める様子もなく紫苑は彼は誰にそういうと、彼は誰はそれだけ言ってまた何かを考えるように黙り込んだ。


(、、、)


そして少しの沈黙の後、再び口を開いた。


「やぶさかではないんだね」


「もちろん、やぶさかではないよ」


彼は誰の問いかけに、紫苑は迷うことなく答える。

その瞳には何か、覚悟を決めたような輝きがあった。


「意志は違っても、私が師匠や皆を守るのは変わりません」


ようやく落ち着いた花梨も覚悟を決めたような顔で力強くそう答えた。


「弟子に守られたら、その時は引退かな」


花梨の言葉に紫苑は苦笑を漏らす。


「ふふふ、そういう所まで仲がいい師弟だ」


その様子が彼は誰の目には微笑ましく写ったのだろう。

笑みを浮かべてそういうと、また何かを考えている様子を見せた。


「ところで・・・聞きたいことはまだあるのかな」


少しの沈黙のあと、彼は誰はおもむろに日記を取り出し、それを開いくと眺めながら2人に問いかける。


「日記、ですか?」


「ん、ああ、そうだよ」


それに気付いた花梨が首を傾げて尋ねた。

その声に彼は誰は顔をあげて答える。


「鍛錬がてらつけているのさ」


ふふっと微笑んでそう言葉を続けた。


「葉山さん、三原さん、そして恐らく田中さん。観光客と言う概念は、なんだったのだろう」


「調べるな、ということについて?」


紫苑の言葉を聞きながら、彼は誰は日記に何かを書き込んでいる。

何かを書きながら彼は誰はそう問いかけた。

花梨は日記に何かを書いている彼は誰をじーっと見つめている。


「少しだけ直球で話そうかな。巫女と、覚醒者と呼ばれる人達。どう言った関係があるのかな」


小さなため息をついた後、紫苑は彼は誰にそう問いかけてみる。

おそらく、自分達よりも何か情報を持っているのではないか。

そしてそれを簡単には話してくれなさそうだと感じているのだろう。

そうなると遠回しに聞いても埒が開かない。

祭りは明日なのだ。

そのため、単刀直入に尋ねてみたと言ったところだろう。


「公園にはいったかい?」


「一応行ってはみたね」


紫苑の言葉に答える様子はなく、彼は誰は逆に問いかけた。

その言葉に紫苑は頷きながら答える。


「壁かな…?」


そして彼は誰に聞こえないくらいの声で小さく呟いた。


「城の瓦にも同じ材質が使われていたね。瑠璃色に輝くあれは、満天の星空をも思わせるいいものだった」


思い出すようにニコリと笑って彼は誰はそういうと一息置いて言葉を続ける。


「何はともあれ。歴史に関していうのなら、僕はそこまで言及できない」


何かを書き終えると、彼は誰は日記をパタリと閉じた。


「島民に尋ねるか、石壁でもじっくりと眺めた方がいいんじゃないかな」


(、、、)


そう言いながらも彼は誰は何かを考えている様子である。


「なるほどね」


彼は誰の言葉に紫苑は何か思い当たることがあるかのように呟いた。

知っていることを話す気はやはりなさそうではあるが、ヒントとでも言うのだろうか。

全くこちらに協力しないと言うわけでもなさそうだ。


「珈琲も冷めたね」


コーヒーを口にしながら彼は誰は呟くように言った。


「温めましょうか?」


花梨の申し出に彼は誰は軽く左右に首を振る。


「終わったなら、僕はそろそろお暇するよ」


「また明日」


彼は誰の言葉に特に引き留める様子もなく紫苑は言葉を返した。


「ふふ、またね」


彼は誰はそういうと、いつの間にか空になっている花梨と紫苑へ渡したコップを受け取り部屋を出て行った。

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