滞在6日目 〜後編(3)〜

彼は誰が紫苑の部屋を出ると、そこには待っていたかのように葉山が立っていた。


「話は終わったのか?」


「ふふ、大丈夫さ」


何も心配するなと言うように彼は誰は微笑んだ。

それをわかったように葉山も微笑み頷く。


「こっちも話はつけたよ」


そしてニヤリと笑うとそう告げた。


「!」


葉山の言葉に彼は誰はにやにやと満足げな笑みを浮かべた。



彼は誰が部屋を出た後、部屋の中には少しの沈黙が広がっていた。

そして、2人はふと彼は誰がいたあたりに一枚の紙が落ちていることに気づく。


「あれ?これって」


花梨はおもむろにその紙を拾いあげる。

そこには“明日、村の祭り当日 起床時間:5時”と書かれていた。


「…? 師匠、これどうします?」


「落としたなら返してあげた方がいいかもね」


花梨はその紙を紫苑に見せながら問いかけた。

紙の内容を見た紫苑は特に有力な情報が書いてあるわけではない事に少しがっかりしながらもそう答えた。


「そうですね、ちょっと行ってきます、すぐ戻りますね」


花梨はそういうと急いで部屋を後にした。




花梨が部屋の外に出るとそこでは彼は誰と葉山が話をしていた。


「あの、彼は誰さん、落としましたよ。あ、葉山さんこんばんわ」


「む、わざわざすまないね」


花梨がそう声をかけると葉山はにこりと笑って挨拶を返す。

花梨の言葉に彼は誰は手に持っていた日記帳に目を向けた。

そして、花梨が彼は誰に紙を返そうと彼は誰に近づこうとしたその時。

うっかり足がもつれて体勢を崩してしまった。


「珈琲が足りないね」


「おとと、はい、どうぞ」


彼は誰が軽く支えたため、倒れることは免れたのだがその様子をみて彼は誰はふふっと微笑んでそう言った。

花梨はどこか恥ずかしそうにうっすら顔を赤く染めながら彼は誰に紙を差し出す。

彼は誰が受け取ると花梨はそのまま自分の部屋へと入っていく。

扉を閉じるとそのまま、扉に耳を当てて外の様子を伺った。



花梨が部屋の中へと姿を消した後、彼は誰と葉山は顔を見合わせてふふっと微笑んだ。


「とりあえず部屋へ」


「新しい香りを注いでいくよ」


葉山はにこりと笑ってそういうと、彼は誰は手に持ったカップを軽く見せながらそう答えた。

そして2人はそれぞれの部屋へと入って行った。



扉が開き、閉じる音を聞き届けたあと花梨はそっと部屋から出ると紫苑の部屋へと向かった。


「おかえり」


「わひゃ!?」


花梨が部屋をノックしようとするより早くがちゃりと扉が開く。

そして紫苑がにこりと笑って出迎えるものだから花梨は驚いた声を上げた。


「た、ただいまです!」


花梨はそう答えると、するりと部屋の中へと入り紫苑は扉を閉める。

花梨はそのまま窓の近くへと歩いて行った。


「得意の跳躍でもするのかな?」


冗談混じりに紫苑がそう問いかけるが花梨は答えなかった。

少しの沈黙が流れる。


「…師匠、先程の話の続き、聞かせてくださいますか?」


沈黙を破ったのは花梨だった。

どこか真剣な声でそう紫苑に問いかける。


「今日はあの後2人で三原さんと話したのだけれどね…」


なんのことかなという顔をした後、紫苑は崖での三原との話を花梨に話し始めた。


「…師匠の意気地無し…」


それを聞きながらも花梨は不服そうな顔をしてボソッと呟く。

それに気付いた紫苑は花梨が何か言ったのをよく聞こうとした。

しかし、思わずコーヒーのカップを床に落とし、自分にコーヒーまでコーヒーがかかってしまう。

先ほど風呂入って着替えたのに服がコーヒーまみれである。


「やってしまったな」


冷めているとはいえ、気持ちがいいものではない。


「ちょ!? 何してるんですか!」


花梨は慌てて紫苑へと駆け寄る。


「全くもう。染みになります、脱いでください。」


「あ、うん」


慌ててそう促す花梨の言葉に紫苑は上をいそいそと脱ぎ始めた。

あまりの出来事に思考が止まってしまったかのようだ。


「…師匠? 早く脱いでください?」


「…?」


しかし、上を脱いだところで紫苑は動きを止める。

そのことを不思議に思ったのか、花梨はそう声をかけた。

確かに上もコーヒーで濡れてしまっているが、一番酷いのは下である。

せっかく風呂に入ったと言うのに下着までコーヒーが染みてしまっていた。

花梨に言われてようやく思考が動き出した紫苑である。


「わかった、着替えてくるよ。悪いけど一旦出ていってくれるかな」


バツの悪そうな顔をして紫苑は花梨にそう言った。


「今更、何恥ずかしがってるんです? いつも変装の時一緒に着替えてるじゃないですか」


「いや…下着まで濡れてるから…うん」


「……」


その言葉を聞いて花梨の顔はみるみる赤くなり、おずおずと出ていく。

いくら気心知れた仲とは言え、流石に全裸はと悟ったのだろう。

少しくらい想像してしまったのかも知れないがどちらかと言えばそう言ったことにはウブな花梨である。

心配をして脱げと言ったものの下着までとは予想外だったのだろう。

30秒で早着替えを済ませた紫苑は先ほど脱いだ服を持って廊下へと出る。

とりあえずまとめてフロントに出して洗濯してもらおうと思ったのだろう。

しかし、部屋を出た通路には誰もいなかった。

花梨はどこへ行ったのだろうかと部屋の前に立っているとバタバタとした足音が近づいてくる。

どうやら花梨がフロントか食堂へ行って拭くものを借りてきてくれたようだ。


「師匠のお部屋で、床に零れたコーヒー拭いておきますね」


「ああ、ありがとう。」


そう言って笑顔を見せる花梨をみてどこかホッとしたような顔をしながらも紫苑は気まずそうな顔をして礼を言った。

そして紫苑が鍵を開けると花梨は中へと入ろうと扉に手をかける。


「この旅行が終わったら、なんて死亡フラグみたいだよね」ボソッ


そして、自分の前を通り過ぎて部屋に入ろうとする花梨を見ながら紫苑はボソッと呟く。

しかし、紫苑の呟きは花梨に届いていたようだ。

振り返り、花梨はそんな紫苑の心境をじっくりと観察する。

恐らく紫苑は


“この子を待たせ過ぎるのも悪いだろうし…この旅行が終わったら、告白でもしようかな。

出来ればその前にお姉さんを戻してあげるつもりだったのだけれどね”


などと思っているんじゃないかと感じた。


「…大丈夫です、その時は私も一緒です。師匠。待ってますから。」


花梨はそう言ってにこりと微笑んだ。

そんな花梨の様子に聞かれたことを悟ったのだろう。


「……僕の心を読み取ったつもりかな?随分偉くなったね」


「あぅ、師匠の、自慢の弟子ですからね笑」


つんつんした物言いをしながらも紫苑の顔は珍しく赤く染まっている。

恥ずかしいのか照れ隠しなのか、紫苑は早足で洗濯物を出しに階段を駆け降りて行った。

花梨はそんな紫苑の背中にそっと微笑みを返していた。

紫苑の背中が見えなくなると、花梨は紫苑の部屋へと入って行った。

中に入ると借りてきたタオルで手早く床のコーヒーを拭き取っていく。

姉のあぢさいにでも仕込まれたのだろうか。

多少、シミは残ってしまったようだが水分はほぼないようである。


「これでよしっ!と。。。師匠遅いなぁ。。。そうだ!」


そう呟きながらふと花梨は何かを思いついたようだ。

ソワソワと扉の方を気にしたかと思うと、紫苑のベッドにするりと潜り込む。

ベッドにいる自分を見た紫苑は“全くこの弟子は。。。”って展開になるだろうか。

それとも、別の展開が待っているだろうか。

しかし、顔の火照りを覚ましている紫苑はなかなか戻らないようである。

いつしか花梨はそのまま眠りに落ちて行った。



ようやく顔の火照りが冷めた紫苑は部屋へと戻る。

しかしそこに花梨の姿はない。

疑問に思い、紫苑が部屋の奥に進んでみるとベッドの中で眠り姫のように花梨がすやすやと愛らしい寝顔をして無防備に眠りについた。

紫苑はつんつんと花梨の頬をつついてみる。


「んんー。。」すやすや


「まったく…」


つついてみたものの起きる気配を見せない花梨を見下ろして紫苑はため息混じりに呟く。

抱き抱えて部屋に運ぶべきかと花梨の手荷物を見てみるも部屋の鍵は見当たらない。

恐らく服のポケットにでも入れているのであろう。

流石にそれを探るのは躊躇われた。

ソファーで寝るべきかとも思いはしたがここは自室ではないのだ。

簡素な作りのこの部屋になれそうなソファーは見当たらない。


(そんなに無防備に寝てたら…)


そう思いながらもう一度、紫苑は花梨を見下ろした。

相変わらずスヤスヤと眠っている。

相手は妹のような弟子なのだ。

ここで変な気を起こすわけにも行かない。

それに明日は祭りの当日なのだ。

睡眠を取らないと言う選択肢を取るわけにもいかない。

紫苑は意を決して花梨の隣で寝ることを決意した。

改めて寝顔を見てみても綺麗な顔をしている。

誰からみても美少女だ。

紫苑の温もりや匂いを感じ取ったのか幸せそうな寝顔をしている。

そんな無邪気な寝顔に背を向けて紫苑はただただ睡魔が襲ってくるのを待つことに徹した。




さて、またここで少し時間を戻すとしよう。

花梨から紙を受け取り、一度葉山と別れて部屋に戻った彼は誰である。

いつものように2人分のコーヒーを入れ、貴重品やカメラなどの少しの手荷物を引っ掛けて部屋を出る。

もちろんドアにメモを挟むことは忘れない。

そして葉山の部屋のドアをノックした。

するといつものように葉山が笑顔で出迎える。

2人は中に入ると、葉山はベットの端へと座った。


「それで、首尾は」


部屋に入ると待ちきれないかのように彼は誰は尋ねる。


「まあ、そう焦らずひとまず座りなよ」


葉山はそう言うと、自分の隣を勧める。

そう言われて彼は誰はコーヒーを葉山に手渡しながら隣へと腰を下ろした。


「とりあえず田中さんに話をつけてきたよ。緋色がアレをみたいって話をね」


葉山は彼は誰を焦らすようにニヤリと笑ってそう話す。

まるで彼は誰の反応楽しんでるような笑みである。


「勿体ぶらなくてもいいじゃあないか。それで、いつ、どこで落ち合う手はずなんだい」


身を乗り出す勢いで瞳をキラキラさせながら彼は誰は問いかける。


「ははは、ごめんごめん。」


その様子がまるで子供のように可愛らしかったからだろう。

葉山は微笑みながら話し始めた。

23時になったら田中が監視カメラにフェイク動画を流してくれるらしいこと。

そしたら3階に行き、田中と屋上へ行くということ。


「それじゃ、まだ時間はあるわけだね」


葉山の説明に頷きながら彼は誰はワクワクを隠しきれない様子である。

現在、近くは20時をすぎたころだ。

あまり行き来するのも人目につくだろうと、彼は誰はそのまま葉山の部屋で雑談をすることにしたようである。

そんな彼は誰の様子を察したように葉山は特に何を言うでもなく彼は誰の他愛もない話に耳を傾けていた。




「緋色、そろそろ行こうか」


「む。もうそんな時間かぁ」


腕時計に目をやった葉山がそういうと、彼は誰も時間を確認する。

思いの外、雑談が楽しかったようだ。

2人はそっと葉山の部屋から外に出ると三階へと向かう。

すでに風呂場の前に人の姿はなく、そこには待ち構えていたかのように田中の姿があった。

そのまま3人は“関係者以外立ち入り禁止”の立て札を避けて屋上へと続く階段を登る。

そしてどこから手に入れたのか、田中が一本の鍵を取り出して屋上の扉を開いた。




屋上へ着くと、黒く大きな影とそのそばに寄り添う者の姿があった。

田中と葉山は慣れた様子でその影へと近づいていく。

彼は誰もその2人の後をゆっくりと歩いた。

ドキドキと心臓が早鐘を打つ。

それは恐怖などではなく、好奇心からくるものだろう。

近づくにつれて、その影のそばにいるのは人であることは確認できた。

けれど、その隣の影はなんなのだろうか。

近づくにつれて段々とそれの姿が明確になっていく。

一体、誰がこれを大蝙蝠と言ったのだろうか。

そんな思いが彼は誰の頭をよぎる。

そこにあったのは翼の生えた人のような姿をしたモノだった。

確かにその翼は蝙蝠のものによく似ていた。

しかし、人のようなその体は油っぽくなめらかなクジラのようなである。

ただ、その手は人のものよりも大きく醜い形をしており、棘のような物がついた長いしっぽを持ち合わせている。

さらに、人で言う顔の部分には目や鼻、口はみあたらず、牛のような角が生えている。

以前見た魚人間であればまだ想像の範囲内ではあったが、参考にと役場でみたオオコウモリとは似ているようで全く別の生き物であった。


「緋色?大丈夫か?」


心配そうに葉山が声をかけると、彼は誰は驚きを隠せない様子ではあったがしっかりと頷いた。


「役場のコウモリはこれを視認した結果だったのか、、、」


「まあ、そういうことだね」


彼は誰の言葉に葉山はそう言って頷いた。

そして祭りの夜はこれに乗って祭りをぶち壊しにいくことと、彼は誰もついてくるのならばこれに乗ることになると葉山は説明をする。

その間、田中はと言うとその生き物のそばにいる人物と何かを話した後は彼は誰と葉山のやり取りを見守るように見つめていた。


「田中さん、無理をありがとう。当日はよろしく」


彼は誰はそんな田中に気づくとさらりと謝礼と意気込みを口にする。


「ええ、、、楽しみね」


田中にも葉山とは別の理由があって協力関係にあるのだろう。

彼は誰の言葉に田中はニヤリと笑ってそう返した。

そして3人は当日の簡単な流れを話した後に、そっとそれぞれの部屋へと帰っていく。

明日の祭りにそれぞれが色々な思いを持ちながら眠りにつくのであった。


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