滞在5日目 〜前編〜

いつものように穏やかな朝がやってくる。

1番に目を覚ましたのはやはり彼は誰であった。

日頃の習慣というものだろう。

近くは午前5時を差している。

カーテンを開けて、窓を開ける。


「やあ、いい朝だ」


朝を歌うスズメにでも話しかけるようにポツリといった。

開け放たれた窓からは心地よい朝の空気が部屋に広がっていく。

いつものようにコーヒーを淹れてひと口飲んだ。

そして日記を開いた手にとり、ベットの端へと座る。

暇つぶしに今までの日記を眺めてしばらく経った頃、葉山の部屋の方からコンコンコンと壁をノックする音が聞こえた。

ちょうど時刻は6時になろうかというところである。


(待ちきれずに一服に行くところだった、、、と)


そう思いながら彼は誰もノックを返す。

冷めた残りのコーヒーを飲み干し、新たに2人分注ぐ。


「ふわぁ。むにゃ。、。おふろ。、。」


ちょうどその頃、花梨はのそのそと体を起こす。

まだ眠たいながらも朝風呂には行きたいようだ。

そんな様子で花梨が支度をしている頃、彼は誰は2人分のコーヒーを持って葉山の部屋へ向かっていた。

彼は誰が扉をノックすると待っていたかのように葉山が扉を開く。


「そろそろ煙草をふかそうと考え始めていたよ」


そういって彼は誰は葉山の了承を待たずに部屋へと入る。


「くると思ったよ」


特に気にする様子もなく葉山は笑顔でそう答えた。


「タバコが先がいい?それとも昨夜の話、聞く?」


葉山は彼は誰からコーヒーを受け取りながらそう尋ねる。


「それを待っていたんだ。待ちきれないうちに、さあ」


「はは、じゃあ先にその話をしよう

か」


葉山はそういうとベッドの端に座り彼は誰を隣に招く。

誘われるままに彼は誰は葉山の隣に座った。


「で、どうだったのかな」


「まあ、話はつけてきたよ。田中さんは便利なものを持ってたから」


「へえ、興味深いね。、、、ところで、そのもの、って?」


彼は誰はワクワクを抑えきれない様子で葉山に尋ねた。


「わかりやすくいうと、人が乗れるくらいのコウモリ、かな?まぁ、あの魚人と同じ部類のものだよ。計画としては、祭りの夜。本当の祭りが行われる。砂浜の方へ巫女が運ばれてあの祠へと運ばれる。船に乗る前、

つぅ一つう一洞に向かう前を狙う」


葉山は時折コーヒーを口に運びながら計画を彼は誰に聞かせた。


「だから夜に田中さんの部屋に行ってそれに乗って向かうわけだけれど、、、どうする?安全とは、いえないけどね?」


葉山はそう言って苦笑いを浮かべる。

ここまで知らせたとは言え、やはり彼は誰を巻き込むことに戸惑いがあるのだろう。


「魚顔のたぐいか、どれもこれも禍々しいものだね」


彼は誰はそういってにやにやとどこか楽しそうな笑みを浮かべた。

彼は誰ならそんな反応をするだろうと予想はしていたのだろう。

どこか諦めたようなため息を一つ吐くと話を続けた。

「それから俺は今日の朝食は海の家に行くよ。」


「何かの下見かな、それとも、、、例の彼かな」


彼は誰が言う“彼”とは三原のことであろう。


「まぁ、、、ケジメをつけに、ね」


どこか言葉を濁すように葉山はそう答えた。


「30年前からの怨恨、そうやすやすとつけられるものかな。もっとも、僕は見届けるだけさ」


彼は誰はついてくる気満々なようで、そう答えた後にニコリと笑う。

しかし、葉山はその言葉になんとも言い難い表情を見せる。

そしてどこか自嘲気味な笑みを浮かべた。


「はは、、、そんなカッコいいもんじゃないさ。ただの心の整理とでもいうのかな」


上手い言葉が見つからないのか、それともまだ彼は誰には伝えにくいことでもあるのか。

そんな様子である。


「ふふ、そうか。」


そんな葉山の様子を追求するでもなく、彼は誰は笑って答えた。

そして何かを思い出したように言葉を続けた。


「それともう一つ。そのものに乗るのに準備はいるかい?」


そのもの、とは先ほど葉山が話した“田中が持っている便利なもの”のことだろう。


「そうだな、、、全てが成功したら。、、、そのまま俺は田中さんとこの島を出るよ」


「はは、取って食われないといいけど

ね」


葉山の言葉に彼は誰は揶揄うような口調でそう言った。


「僕はそうもいかないだろう、悟られないためにもね」


出来れば自分もそのまま葉山と共に島を出ることができたなら。

彼は誰はそう思う。

けれどそれでは葉山の計画の邪魔をしてしまうと思ったのだろう。

自分がそうすることでこの秘密の計画が台無しになってしまうのではないか、と。


「そこは大丈夫だとは思う。出来る限りのことを俺はやるよ。操る力もまだあるようだし、来ると言うなら可能な限り緋色を守るよ」


「大丈夫さ、わかってるだろう?」


少しだけ緊張しているのだろうか。

どこか固い笑顔を見せる葉山の言葉に彼は誰はいつもの笑顔を崩さずにそう答えた。

そんな彼は誰のようすに葉山は少し安堵の色を見せる。

そして携帯で時間を確認すると、まだ7時まで少し時間がある。

タバコでも吸ってから出ようと提案すると彼は誰は笑顔で頷いた。




さて、少し時間を戻すとしよう。

風呂に行く支度を終えた花梨はフロントへと向かった。

フロントに着くと、昨日とは違う女性が座っている。


「おや、おはよう。お嬢さん早いね。どうかしたのかい?」


花梨に気付いた女性は笑顔でそう話しかけてきた。


「お風呂に入りたいので来ました!開けて貰えますか?」


女性の問いかけに花梨は元気に答える。


「そうかい。それじゃ、一緒にいこうかね」


女性はそう言って奥にいる別の人に声をかけると花梨のところへやってきた。

そして一緒に3階の女風呂へと向かった。


「明日はお祭りですね、楽しみです🥰」


「あはは、ありがとう。でもお祭りは明後日だよ」


花梨が元気にそういうと、女性は笑顔でそう答える。


「あ、明後日でしたっけ。。、テレテレ」


日を間違えたことが恥ずかしかったのか僅かに頬を染めて花梨は笑った。


「まぁ、楽しみにしてくれてるなら嬉しいよ。是非参加してね」


「はぁい」


特に気にする様子もなく女性はニコニコと笑顔でそういうと花梨も笑顔で返事を返した。




時刻は7時を回る頃、葉山と彼は誰はホテルを出る支度をしていた。

ちょうどその頃に紫苑は起床し、花梨は朝風呂を終えて部屋へと向かう。

花梨が部屋に入ろうとした時、隣の部屋の扉が開き紫苑が出てきた。


「あ、師匠、おはようございまひゅ(クールを装った見事な噛)」


「ああ、おはよう」


思わず噛んでしまった花梨に何を言うでもなく紫苑は爽やかな笑顔で挨拶を返す。


「もうお出かけですか?」


「今日はカフェでモーニングを取ろうかなと思ってね、そっちは今日どこに行く予定かな?」


紫苑の反応にどこかホッとしながら花梨が尋ねるとそう返事が返ってくる。


「私は朝食を済ませたら、あじさいさんを探しに海の家へ1度立ち寄ってみるつもりです」


「あじさいさんか、どこか縁を感じる名前だね」


紫苑の言葉を聞いて花梨も自分の予定を告げる。

やはり携帯が使えない分、お互いの居場所はある程度把握しておきたいと言ったところだろう。

、、、何が起こるのかわからないのだから。


「それで、あの、昨日晩に言ってた、前の旅行のような予感っていうのは。。。」


「うん…まぁ具体的なことは分からない」


声を幾分か潜めて尋ねる花梨に、紫苑はどこか困ったような顔を見せた。


「私に何か出来ることはあるでしょうか?」


「彼は誰さんはなにかに気づいた、かもね」


花梨の問いかけに紫苑は少し周囲を気にしつつそう口にした。

特に周りに人の気配はないようだ。


「あと、あじさいさんは八百屋さんのところの娘さんらしいよ、行ってみれば会えるかもね」


「では、彼は誰さんにあったら、『世間話』でもしてみますね」


どこかホッとした様子で紫苑がそう提案すると、花梨は紫苑に対してアイコンタクトをしながらそう答えた。


「まぁ、程々にね」


紫苑は花梨の言葉とアイコンタクトに含まれた意図を読み解いた。

恐らく、何かわかることがあれば情報共有しますと言う意味なのだろう。

そのために無茶をやるんじゃないかと心配ではあるため、そんな一言がつい口をついて出たようだ。


「海、かな」


最後に紫苑はそうボソッと呟く。

しかしその呟きは花梨の耳には届いていないようだ。


「それでは、師匠、また後ほど🥰」


「またね」


そう言って部屋に入ろうとする花梨に紫苑は手をひらひら振ると一階へと向かう。

紫苑はフロントで貸し自転車の手続きをするとかふぇに向かって勢いよく自転車を漕いだ。

部屋に戻った花梨はいそいそと着替えを澄ますと朝食を取るために食堂へ向かった。

その頃には葉山と彼は誰は海の家へ向かっている頃だった。


その時だった、、、。


〜♪〜〜♪〜♪〜〜♪


今まさにホテルを出ようとしていた紫苑と、食堂へ向かっていた花梨はとても微かではあるがどこからか不思議な笛の音が聞こえてくることに気付く。

ほんの一瞬の出来事ではあった。

そのため、改めて耳を澄ませてみてもその笛の音がどこから聞こえてくるのかはわからなかった。

先ほどの笛の音はなんだったのかと気になるものの2人は気のせいかなと思ったようである。




さて、紫苑が村に着くと村の中央にはほぼ完成している舞台が見えてくる。

紫苑はそれがきっと明後日の祭りで使う舞台なのだろうと思った。

そして、、、紫苑は気づいてしまった。

その舞台のそばには少し興奮気味の薬師丸とそのそばで薬師丸の行動をはらはらした様子で見ている三原がいることに、、、。

幸いと言うべきなのだろうか。

まだ2人は紫苑に気づいていない様子である。


(腹は減っては戦は出来ぬって言うからね)


紫苑は2人に見つからないうちに迂回することにしたようだ。

右か、それとも左か。

そう思いながらも左へ曲がり、身を隠しながらかふぇに向かった。


「おぉおぉ!これが例の祭りで使う舞台か!この組み立ての構造はどうなっているのかな?やはり昔ながらの方法で組み立てあるのだろうか?それとも、突然の台風にも耐えられるようなそんな構造だろうか。いやそれにしても装飾が実に美しい。村の伝統工芸とでも言うのだろうか?特にこの青!三原君見たまえ!まるで夕暮れ時の空のように深く、しかしまるで海のように透き通り、そして鮮やかなで艶やかだ!」


都会と違い、静かな島である。

そろそろと遠回りをしている紫苑の耳には大興奮をして叫ぶような薬師丸の声が聞こえてきた。

朝から元気だなと苦笑いを浮かべながらも紫苑は無事にかふぇに辿り着いた。

かふぇに入ると今日はマスターの姿だけのようだ。

双子は祭りの準備なのか出勤前なのか。


「いらっしゃい」


紫苑に気付いたマスターがニコリと笑って出迎えてくれた。

紫苑は席につくとモーニングメニューに目を向ける。


「サンドイッチはB、ドリンクはコーヒーでお願いします」


少ししてお冷とおしぼりを持ってきてくれたマスターに紫苑はそう注文をする。

注文をして少し待つと、美味しそうなモーニングセットが運ばれてきた。

紫苑のお腹はもうぺこぺこである。

美味しそうなサンドイッチを一つ手に取るとぱくぱくと食事を始めた。





少し時間を戻すことになるが、笛の音を聞いた花梨である。

笛の音は気のせいだったのか。

気のせいだったのかと気を取り直し、元気に朝食を食べるのであった。




さて、時間的には紫苑と花梨が笛の音を聴いたからだろうか。

彼は誰と葉山は砂浜につくと、そのまま海の家を目指した。

黙ったまま海の家へと向かう葉山の少し後ろから彼は誰がついていく形だ。

目的の海の家につくと、葉山は一瞬立ち止まったが、意を決したように中へと入っていった。

もちろん、彼は誰も後に続いて中へと入る。

中に入ると年配の女性が2人を出迎えてた。


「おや、朝早くから、、、いらっしゃい」


「やあ、さざ波の音が聞きたくてね」


笑顔で迎える女性に、無言の葉山の代わりとでも言うように彼は誰が答える。

少しの沈黙の後に、ようやく葉山が口を開いた。


「、、、焼きそばを食べたいんですけど、大丈夫ですか?」


その声は、ここ数日行動を共にしていた彼は誰にはやけに緊張しているように思えた。


「朝ごはんかい?大丈夫だよ。今日は波の音も静かでいいね。お嬢さんは何を食べるんだい?」


ニコニコとして答える女性にはその緊張は伝わっていない様子である。

問いかけられた彼は誰はメニューを一瞥してこう言った。


「たこ焼きを頂けるかな」


「はいはい、たこ焼きね。ちょっと待っててね」


2人の注文を確認した女性は奥へと入っていく。

奥には厨房があるのだろうと彼は誰は思った。

彼は誰が適当な席を選んで座ると、葉山もその向かい側へと座る。

2人の間にはなんとも妙な沈黙が流れた。

そんな中、店の奥からいい匂いが漂ってくる。

そこから少したったあと、たこ焼きと焼きそばを持って女性がやってきた。


「熱いから気をつけてね」


出来立てのそれらをテーブルに置きながら女性は2人にそう声をかけた。

どうも、と小さく礼を言った葉山は、珍しく帽子とサングラスを外しゆっくりと焼きそばを食べ始める。

そんなことをして大丈夫なのだろうか?

村人にその顔を知られてはいけないのではないだろうか。

そう思いながらも彼は誰は横目に女性を見た。

帽子とサングラスを外した葉山を見て、女性がどこか少し驚いたような表情をしている。


(、、、)


一瞬ではあったものの、そのまま女性は元々座っていた位置へ戻って食事をする2人を笑顔で眺めている様子が窺えた。

葉山はと言うと、今までと違い特に気にする様子も見せず黙々と食事をしている。


「、、、いいのかい」


女性は葉山のことに気づいたのではなかろうか。

どのような間柄なのか彼は誰にはわからないが。

彼は誰は葉山を小突いて小声でそう問いかける。

しかし葉山はその問いかけに何を答えるわけでもなく微かに笑っただけだった。

その様子に彼は誰は今は問いただすべきではないと思ったのか追求はしなかった。

2人は無言のまま食事を終えて、会計をする。

食事を終えると葉山は帽子を深く被りサングラスをかけた。


「美味しかったです。ご馳走さま」


会計を終えてそれだけを伝えると葉山は海の家を早々に出ていく。

一体、何を考えているのか。

そのまま葉山は海の家を出てダイビング受付の方へ向かっているようだった。


「また来るよ」


「はいはい、ありがとう。またおいで」


彼は誰がそう言うと女性は優しい笑顔で見送ってくれた。

葉山は何を言うでもなく歩いていく。

どこかおかしいと思いながらも彼は誰は葉山の後を追う。




ダイビング受付へ着くと、要と雫が話をしていた。


「すみません、つぅーつぅー洞に行きたいんですけど」


葉山がサングラスを外し、笑顔でそう声をかける。

その声に2人の視線は葉山へと注がれることになったのだが、、、2人はほんの一瞬ではあったが何か驚いたように動きを止めた。


「・・・なにか?」


その声にハッとなった要は苦笑いを浮かべた。


「いえね、ちょっと倅に似ていたもんで」


「そうですか」


「といってもガキの頃に死んじまってるんですけどお客さんの笑った顔が似ていたもんでつい、、、すみません。えぇっと、つぅーつぅー洞でしたか」


そう言って要はトランシーバーで連絡をする。

その隣で雫はまだ葉山を見ていた。


「そんなに似てますか?」


雫の視線に気づいた葉山が困ったような笑みを浮かべると雫も苦笑いを浮かべた。


「あ、、、申し訳ない。兄貴は生きていたら40すぎなんですけどね」


そう言って気まずそうに笑って、何か仕事があるのかそそくさとその場から去っていった。


「余韻に浸ると進まない。ただ、もう少し味わっても文句も言わないさ。今はただ、あなたについていくこととしよう」


「、、、ありがとう」


何かを察したのであろう。

彼は誰は呟くようにそっと葉山にそう告げた。

だからと言って事情を話すわけでもなく、複雑そうな、、、いや、彼は誰から見れば泣き出しそうにも見えたかもしれない。

そんな表情を浮かべて、礼の言葉だけを口にした。




彼は誰と葉山がつぅーつぅー洞へ向かおうかという頃、食事を終えた花梨は自転車を借りて村へと向かっていた。

そして同じく食事を終えた紫苑はかふぇを出ると聞き覚えのある声が聞こえてくる。


「ほぉほぉ!これは祭りで使う食材ですか!三原君みたまえ!この珍しい食材の数々!都会のスーパーでは滅多に見かけないものばかりじゃないか!これぞ南国!と言ったような食材ばかりだな。一体どんな味がするのか気になるところではあるが、この禍々しい見た目に反して美味しいものは多いのだよ!私は見た目が禍々しいものといえばやはり好物のナマコを思い浮かべるのだがね?あれを初めに食した人間は実に素晴らしいと思うのだよ!」


思わず紫苑は声の素を探す。

どうやらその声の主、薬師丸と三原は今八百屋の前にいるようだ。


(、、、なるほど)


紫苑はそのままそっと旅館へと続く道の前を通って中央の舞台へ向かった。

舞台のそばには4人の男性の姿があった。

そのうちの1人は紫苑と花梨が公園で出会ったききょうの父、右輪島樹である。

樹は設計図のようなものを広げて何かを確認をしながら他の者に指示しているようだ。

中央の舞台をみると骨組みが見えていて、その周りの舞台は鮮やかな青の布でかざられている。

因みに残りの3人は紫苑にはわからないのであるが、時雨洸と佐志摩周、佐志摩仁である。

紫苑はその様子をスマホで撮影すると暫くの間、何をするでも誰に話しかけるでもなくぼんやりとその様子を眺めていた。

その頃、村へとやってきた花梨もその作りかけの舞台が目に飛び込んできた。

そしてそのそばで舞台作りを見物している紫苑に気づく。


「あ、師匠だ。」


ポツリとそう呟いた花梨は紫苑がこちらを見てないのを分かった上で少しだけ手を振って八百屋へ向かった。






花梨が八百屋へ行くと、どうやらお祭りの準備をしているのかうめと歩が忙しそうにしている。


「こんにちわ、お久しぶりです」


「おや、こんにちは」


花梨がそう声をかけると、気づいたうめはニコニコと笑みを浮かべて挨拶を返した。


「あじさいさんは今日はいらっしゃいますか?」


「おや、あじさいかい?ちょっと待ってね?あじさいー!!旅行のお嬢ちゃんが呼んでるよー!」


うめが店の奥の方にそう叫ぶと「はぁい?」と言う声と共にあじさいさんが姿を見せた。


「あら?風華ちゃん、こんにちは」


花梨に気づいたあじさいはにこりとしてそう声をかけてくる。


「こ、こんにちわ!」


あじさいが自分を覚えていてくれたことが嬉しかったのか。

それとも恥ずかしく思ったのか。

花梨の中にちょっとした緊張が生まれたようだ。


「お祭りのお手伝いですか?」


「えぇ、そうなの。お祭りは明後日だからね!」


花梨の問いかけにどこか苦笑いを含んだ笑みであじさいは答えた。


「大変そうですね。私もなにかお手伝いにと思って来たのですが」


「えぇっ!そんな、お客様にお手伝いはさせられないわ。その分、たくさんこの島を楽しんで明後日のお祭りに来てくれたら嬉しいなぁ。私もお祭りに振る舞うお料理、お手伝いして作るのよ」


花梨の申し出にあじさいは物凄く驚いた声を上げた。

けれど、すぐに笑顔でそう話す。


「えと、その。。。良ければ。。、で、でーとしてくださいっ!」


「えっ?んー、、、お祭りの準備はまだ色々残っているから、、、」


花梨はどうしてもあじさいと一緒の時間を過ごしたかった。

手伝いがダメならと思い切ってそんなことを口にする。

あじさいはというと、どこか困ったような顔をしてうめの方を見た。


「昼過ぎには帰ってくるんだよ?」


うめは少し苦い顔をしながらもあじさいさんが出かけることを了承する。

やはり観光客のもてなしも村人の勤めといった所なのだろうか。


「無理いってごめんなさい、良ければ私もお手伝いしますので、遠慮なく言ってください」


花梨は慌ててそう口にするとぺこりと頭を下げる。


「わかった!それじゃ、風華ちゃんどこか行きたいところはある?支度してくるから少し待っててね!」


そんな花梨に気にするなと言わんばかりの明るい声と笑顔であじさいはそう言うと家の中に戻っていった。


「気持ちだけで嬉しいよ。村の大事なお祭りでもあるし、お客さんにやらせたら村の神様に怒られちまうよ」


うめは少し困ったような笑顔で花梨にそう言った。

そして祭りじゃなければねぇとポツリと早くように呟いたのだが、花梨には届いていないようであった。






さて、少しだけ時間を戻すこととしよう。

そう、彼は誰と葉山である。

つぅーつぅー洞に行くということで要が連絡をして山座が二人のところへやってきたのだ。

葉山はサングラスをかけてはいないが、いつものように帽子を深く被り直していた。


「おっ?今日は二人がつぅーつぅー洞へ行くのか」


彼は誰と葉山のそばにやってきた山座は笑顔でそう話しかけてきた。


「写真だけでは満足できなくてね。美しい物はじかに目に焼き付けておきたいものさ、そうだろ?」


「そりゃそうだろう!さぁ、行こうか!」


彼は誰の言葉に満足そうな顔でそう言うと山座は船に乗るように促してきた。

2人は言われるままに船に乗ると、ゆっくりとつぅーつぅー洞の方へと船は泳いで行く。

山座と彼は誰がたわいもない会話に花を咲かせる中、葉山はいつものように笑みを浮かべて聞いているだけだった。




つぅーつぅー洞に着くとそこには幻想的な風景が広がっている。

花梨が撮った写真で見てはいたものの、彼は誰はほぅっと小さなため息を漏らすほどであった。

しかし、その景色に見惚れるだけの彼は誰ではなかった。

よくよくその光景を見ていると、奥の方にしめ縄のようなものが見える。

その奥に、以前葉山と行った時に目にした鳥居があるのだろうと彼は誰は思った。

葉山はというと、じっと黙ったままその光景に少し目を細めて懐かしむような、もしくは何か物思いに耽っているような様子である。


(ふうん)


そんな葉山の横顔をチラリと見ながら彼は誰は何を思ったのだろうか。


「ゆうちゃん、記念にどうだい?」


そう声をかけるとカメラを見せてた。


葉山「ん?」


少しぼんやりとしていたのか、葉山は急になんの話だというような感じの反応を見せた。

すると山座がニコッとして話しかけてきた。


「お二人さん、随分仲良いようだし俺が撮ってやろうか?」


「では是非」


「まぁ、、、記念に、ね」


山座の申し出に彼は誰はそう答えて、いいだろう?という様子で葉山に目を向ける。

すると葉山はどこか柔らかい笑みを彼は誰に向け、それに同意した様子を見せた。

それを確認した山座は、彼は誰からカメラを受け取り、ツーショット写真を撮る。

寄り添う2人が微笑ましいのか、笑顔で撮り終えた写真とカメラを彼は誰に渡す。


「ありがとう」


彼は誰も笑顔で写真とカメラを受け取った。

それから2人はつぅーつぅー洞の景色をのんびりと楽しんで砂浜へと送り届けてもらうこととなった。





彼は誰と葉山がつぅーつぅー洞へと向かう頃、舞台作りを眺めていた紫苑は村を出て城へと向かった。

城には島に着いた翌日に一度訪れてはいたものの、やはり何かが気になるのだ。

城の周りを歩きながら各門をスマホで写真に収まる。

すると、紫苑はあることに気付いた。

各門に小さな監視カメラが設置されている。

防犯のためなどと言われれば特にそれがおかしな事というわけではないのだが、どこか違和感を感じる。

そして、それぞれの門が外側から頑丈に施錠されていることにも気づき違和感を覚えた。


(随分と厳重だね…工事中だから…かな?そういえば、工事をしている音や気配を感じないね)


そう思い、耳をすませてみるものの特に工事中とわかるような騒音はなく、鳥の声や風に靡く木々の音、波の音が聞こえるくらいだ。


「あれ?あんたまた城みにきたのか?中に入れないのに物好きだな」


その時、紫苑に声をかけてくる人がいた。

一度城を見に来た時にも出会った柊である。


「こんにちは」


紫苑は笑顔で挨拶をする。

が、色々と腑に落ちないことを知ったばかりで少しの警戒心が生まれていた。


「そういえば、工事ってどんなことをしているのでしょう?」


「ん?あぁ、城の内部の修繕工事って言ってたなぁ。でも今は祭りも近いしやってないと思うよ。だからって中に入れるわけじゃないけど」


紫苑が尋ねると柊は城の方を見ながらそう答える。


「いつか中に入ってみたいですね…工事はいつごろまであるのでしょう?」


「さぁなぁ、割と時間かかるとは聞いてるけどね」


柊は特に興味がないのか、そもそもの性格なのだろうか。

紫苑の問いにぼんやりとした様子でそう答えた。


「ここで会ったのも何かの縁かもしれませんね。僕は紫苑って言います」


「あ、そういえば名乗ってなかったっけ?まぁいいけど。俺は三嶋柊(みしましゅう)だよ」


ふと思い出したかのような紫苑の自己紹介にやはりどこかぼんやりとした口調で柊はそう自己紹介を返した。




さて、時間としては紫苑が城へと向かっているからだろうか。

無事にあじさいとのデートを取り付けた花梨が八百屋の前で少し待っていると着替えなどを済ませたあじさいが出てきた。

先ほどの服は祭りの準備のための、汚れてもいい服装だったということだろう。


「それじゃ、風華ちゃんどこにいきたい?」


「え、えっと、お城一緒に行きませんか?」


笑顔でそう尋ねるあじさいに少し緊張したような、恥ずかしそうな声で花梨は答えた。


「お城ね!城壁沿いに回るくらいしかみるものはないけれど、天気もいいからお散歩ね」


そう言って笑顔を見せるとあじさいは自分の自転車を取りに行った。

他愛もない雑談をしながら2人は並んで自転車を漕ぎ城へと向かう。

城の朱雀門の前に着くとそこには一台の自転車が停められていた。

あじさいと花梨は知らぬ事だが紫苑のものである。

それをみた花梨はホテルに泊まっている誰かが借りてきているものだろうと思った。

と言ってもホテルと旅館の自転車は同じものなのだが花梨には知りえぬことである。


「ん〜、、、ここに来るのも久しぶりだわ」


自転車を降りて軽く伸びをするとあじさいは笑顔で呟くように言った。


「忙しいのにごめんなさい、でも、あじさいさんともっとお話とかしたくて。」


そんなあじさいに花梨も自転車を止めながらそう言った。

嬉しいけれど申し訳ない、そんな顔をしている。


「ありがとう。いいのよ、風華ちゃんは月曜には帰っちゃうわけだしそれまで色々この島を楽しんで欲しいもの」


本心でそう思っているのだろう。

あじさいは笑顔でそう答えた。

花梨とあじさいはまた他愛もない話をしながらゆっくりと城の周りを歩く。

白虎門のあたりまできた時、向かい側から歩いてくる人の姿に気づいた。

そう、先に城へと辿り着いていた紫苑である。


「あ、師匠、お城にいらしてたんですね」


先に気づいたのは花梨である。

紫苑の姿が目に映ると先にそう声をかけた。


「こんにちは、デート中かな?」


声に気づいた紫苑はそう声をかけながら2人の元へと歩み寄った。


「お城のこと教えて貰いながらデート中です!」


花梨は紫苑の言葉に笑顔でそう言葉を返す。


「あら、この方が風華ちゃんが言っていた師匠さんなのね?こんにちは、初めまして」


あじさいはと言うと、紫苑に笑顔で挨拶をした。


「初めまして、弟子がお世話になっているね」


紫苑も笑顔でそれに応える。

そして花梨に目を向けると


「お邪魔かもしれないし、僕はこの辺で失礼しようかな」


そう言ってその場を去ろうとしているようだ。


「あらそうなんですか?」


そんな紫苑の様子にあじさいはちょっと残念そうに言った。


「じーーーーー」


花梨はと言うと、何を言うでもなく紫苑を見つめた。


「じーーーーーーーーーー」


その花梨の視線、アイコンタクトに紫苑が気づいていない様子にさらに花梨は紫苑を見つめる。


「ど、どうした?」


やっと花梨の視線に気づいた紫苑は驚きの声をあげる。

視線には気づいたものの弟子の心は伝わっていない様子である。


「な、なんでもないです」


紫苑のその様子に膨れっ面をしながら花梨はそう言うとプイッと顔を背ける。

こんな時こそ、探偵として培ってきた心理学の出番なのかもしれない。

紫苑は花梨の心情を読み取ろうと、じっと花梨を観察した。


(乙女心がわかってないっ。!)


花梨の想いの強さか、それとも紫苑の探偵としての知識と経験の賜物だろうか。

弟子の心は無事に師匠に届いたようである。


「…邪魔じゃないなら一緒に行ってもいいよ?暇してたしね」


苦笑いとも取れる笑顔で紫苑は2人にそう告げた。


「.........」ぱぁぁ


紫苑の言葉を聞いて明らかに顔が明るくなる様子を紫苑は見逃さなかった。


「あじさいさん、一緒でも大丈夫ですか?」


「私は構いませんよ。大勢の方が楽しいですけど、、、私がお邪魔じゃないかしら?」


笑顔でそう尋ねる花梨にあじさいはそう言って花梨にウインクをする。


「そ、そんな事ないです!一緒に回りたいです!」


あじさいの意味深な言葉の意味を理解した花梨は顔を赤くしながらもそう応える。

それを聞いたあじさいはふふっと笑みを漏らした。


「そういえば名乗ってなかったね…知っているかもしれないけれど僕は紫苑。よろしくね」


「上条あじさいです」


紫苑が右手を差し出しながら改めて自己紹介をすると、あじさいは笑顔でその手を握り自己紹介を返す。

そんな2人を花梨は満面の笑みで眺めていた。

そして3人は並んで歩き始めた。


「綺麗なお城ですけど、中には入れなくて残念です」


ゆったりと歩きながら、花梨はしょんぼりとした顔でそう口にした。


「そうねぇ、今は工事中だから中には入れないのよ」


花梨の言葉にあじさいは困ったような、しょんぼりしたような顔でそう返す。


「随分厳重だね、監視カメラもついているようだし」


先ほどの気づいたことを紫苑はさらっと口にするとあじさいは苦笑いをこぼした。


「それはね、、、ちょっとお行儀の悪い旅行者さんとかきちゃうから」


「そんな人もいるんだね…」


紫苑にはなんとなく思い当たることがあるのだろう。

どことなく棒読み感があるが、あじさいの言葉にそう言葉を返した。


「さっき、久しぶりにきたーってあじさいさん言われてましたけど、あじさいさんは中どんな感じなのか知ってるんですか?」わくわく


どことなく重くなった雰囲気を吹き飛ばすように花梨は問いかける。

が、本人にそのつもりがあったのかはわからない。

何か面白い話が聞けるのではと言うように、期待のこもった眼差しをあじさいへとむけている。


「困ったものよね。ゴミを散らかす人もいるし、、、。そうねぇ、工事が長引いているから久しく入っていないけれど、小さい頃に入ったことはあるわよ」


紫苑と花梨にそれぞれ答えながらあじさいはにこりと微笑んだ。


「結構ながいんだね」


先ほどの件には触れずにおこうと思ったのだろう。

あじさいの言葉に紫苑は尋ねるように言った。


「ん〜、工事が始まってから一年くらいではあるけれど。特に用事もないから来ないのよね。見にくるのは観光の人を案内する時くらいだけどあまり私は観光の人と話すことがないから、、、」


「そうなんですねぇ、私はあじさいさんみたいな美人で優しいお姉様に会えたの凄く嬉しいです」


少し照れたような、困ったような。

そんな笑顔でそう言うあじさいに花梨は満面の笑みでそういうと、あじさいもつられたように笑顔をみせた。


「あら、ありがとう。でも風華ちゃんの方が美人さんだもの。周りの男の子達はほっとかないんじゃないかしら?」


あじさいは紫苑をちらりとみて意味ありげにふふっと微笑んだ。


「2人とも美人だと思うよ」ニコッ


そんなあじさいの視線に気づいた紫苑はそう言ってにこりと笑う。

あじさいの視線に含まれた意味を読み取れたのかはわからないが。


「あら、お上手ですね?」


そんな紫苑の褒め言葉にあじさいは微笑みながらそう返す。

因みにではあるが、花梨のAPPは18である。

それに対してあじさいのAPPは14といった感じである。


「そういえば、あじさいさんは好きな人とかいるのかな?」


「あら、気になります?」


話題を逸らすかのような紫苑の言葉にあじさいはいたずらっ子のように微笑んでそう聞きかえす。

そんなあじさいの様子を紫苑は観察して見る。

あじさいの様子を見るに、どうやらいるのではないかということが推測できた。


「そっか、実るといいね」


「鋭い方なのですね。そうね、、、実らせたいところですけれど。風華ちゃんの方が実るのは早いんじゃないかしら?」


紫苑の言葉に驚く様子も見せずにあじさいはニコッと笑いながら微笑んで見せた。

紫苑は先日、花梨の想いに気づいたばかりである。

もしかしたら自分が知らない間に花梨がそのことをあじさいに話したのかもしれない。


「そうかもね」


紫苑はさらりと流して次の話題に移ろうと考えたらしい。

が、2人の会話を聞いていた花梨がそうはさせてくれないようだ。


「なななななななななな何を?」


花梨は慌てたように顔を真っ赤にしてそう言いながら2人の顔を交互に見つめた。


「そういえばお祭りには巫女さんが出るらしいね、どんな人なのかな?」


「巫女さん。。。」


ふと思い出したように紫音はそう問いかける。

その問いかけに花梨もポツリと言葉を漏らす。


「どんな人、、、そうねぇ。毎回小さい子がなるんだけれど今年はホテルの経営していらっしゃる雲母坂さんの娘さんですよ。可愛い女の子なんですけどね」


あじさいはそういうとにこりと笑った。


「毎年変わるんだねー。巫女の家系があるのかと思っていたよ」


あじさいの言葉に紫苑はなるほどと言った感じの表情を見せる。

その言葉にあじさいはちょっと困ったような、複雑そうな笑みを浮かべた。


「ん〜、、、お祭りは不定期に行われているから、、、今回旅行にきたあなた達はある意味ラッキーなんですよ」


紫苑が“毎年”と言った言葉にどう答えたものかと困ってしまったのだろう。

そう言った後に苦笑いとも言える笑みを浮かべた。


「おねえちゃ……。あじさいさんも踊ったことあるんですか?」


“おねえちゃん”と言いかけて花梨は慌てて言い直す。

やはりあじさいの姿と姉のあぢさいの姿が被ってしまうようだ。


「巫女の家系というわけでもないんです。そうですねぇ、、、アルビノってご存知かしら?この島ではアルビノの子は神の子だという風習があるんですよ」


どう説明すればいいのかと言った様子のあじさいである。

そして花梨の言葉に少し複雑そうな笑みを浮かべて答えた。


「踊れたら、、、素敵だったんだけれど残念ながらないのよ」


そうなんですかと紫苑と花梨は相槌を打つ。

そして3人はそのまま和気藹々と話をしながら城の周りをゆっくりと散歩していくのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る