滞在三日目 〜前編〜

皆が眠りについている頃、ある部屋ではずずずと小気味良い音が響いていた。

そう、夕食の後にラーメンを買っていた紫苑である。

ずるずると欧風カレーを啜りながら、これまで得た情報を整理していた。

何か事件が起こったわけではない。

だが、得た情報からするに警戒するに越したことはないということだろう。

そして、時折窓の外に目を運んだ。

あのサイトの情報を気にしてのことだろう。

だがしかし、窓から見える夜空は星々が眩く光っている。

時折吹く風がカタカタと窓を揺らしはするもののこれといって変わったことが起こる様子はない。

欧風カレーを食べ終わった紫苑はゆっくりと窓に近寄り外を見渡した。

特にこれといったものは見当たらない。

遠くの木が風にやんわりと揺られている様子が月明かりでなんとなく伺える。

2階にいるからか、昼間に比べると風が強い気はするがそれだけだ。


(特に収穫なし、か。)


ふと時計に目をやるとそろそろ夜中の3時をさそうとしている。

わずかな空腹が満たされたせいか、それとも何事もない様子に安堵したせいなのか。

ゆっくりと紫苑の思考は眠気によって緩やかになっていく。


(今日はもう寝るか)


昼間のダイビングの疲れもあるのだろう。

紫苑はあくびを一つするとそのままベッドに潜り込みすぐに眠りへと落ちていった。







紫苑が眠りに落ちた約2時間後。

ゆっくりと登り始める朝日に鳥達が歌い始め、ふっと彼は誰は目を覚ました。

朝5時、いつもの習慣通りの時間である。

ダイビングの疲れも、経験者である彼は誰には大したことがなかった様子だ。


「む、朝か」


カーテンの隙間から差し込む朝日に少しだけ目を細めて身を起こす。

一つ伸びをするとベッドから降り、隣へ続く壁をコンコンコンとノックした。

そしてこれも日課である朝のコーヒー作りを始める。

コーヒーを作り終え、ゆっくりと堪能している頃になってようやくコンコンコンといつもよりは力無い返事が返ってきた。


(起こしてしまったかな)


部屋にはいるようだが、どうやらまだ起きてはいなかったらしい。

ということは、普段の彼は彼は誰よりも遅い時間に起きているのかもしれないことが窺えた。

もしくは旅行だからこそのこの時間なのかもしれない。

彼は誰はコーヒーを手に持つとそのまま部屋を出て喫煙所へと向かった。

そしてタバコに火をつける。

もし、葉山が起きているのならば降りてくるかもしれないと待っているのだろうか。

しかし、吸い終わる頃になっても誰もくる気配がなかった。

時折、出入り口の方から賑やかな笑い声が聞こえてくるだけである。

一本目の火を消して少し間を開け、もう一本取り出し火をつけた。

が、やはり吸い終わるまで誰がくる気配もなかった。


(まだ夢の中、か)


ふふっと笑って吸い殻2本を見える形で灰皿へと置いた。

そしてフロントへ行き風呂に入りたいことを伝える。

すると雑談をしていた1人が鍵を持ってついてくることとなった。

一度部屋により入浴セットを手に取ると、その女性と一緒に三階へも上がっていった。







彼は誰が目を覚ました約30分後、花梨もぽやっとしつつも目を覚まし身を起こした。

昨夜1時ごろまで勉強していた彼女である。

ダイビングの疲れもあってなかなか目が開かない様子だ。

そのままのそのそと入浴セットを手に取り、フロントへと降りていった。


「おふぁようございます。💤 」


半分あかない目と回らない口ではあるが、これはこれで可愛らしいものがある。

一生懸命、お風呂に入りたいと伝える様子は愛嬌がありその場を目撃した皆を笑顔にした。


「あぁ、二階に泊まっているもう一人のお嬢さんが風呂入ってるから空いてるはずだよ」


「もう一人。。。?ふんふん。。。zzzz」


頭の回転もまだまだゆっくりのようだ。

フロントの人にそう言われてもすぐには理解が及ばなかったようでその場でたったまま寝てしまいそうな勢いである。

その場の皆に心配されるも大丈夫だと伝え、またのそのそと三階へ向かっていった。


「おはよう」


花梨が3階に着くと先に気付いた女性がそう声をかけてきた。


「おはよぉごじます。。。」💤


まるで条件反射のようにそう挨拶を返してヘラッと微笑むも花梨はそのままお風呂へと向かっていった。

が、花梨が扉を開くと同時に中から先客の彼は誰が出てきたのである。


「zzz 」ぽふん


花梨の頭は見事に彼は誰のほかほかダイナマイトにぽすりとおさまった。

そしてまるでそれがいい枕と言わんばかりにまだ頭の回らない花梨はゆったりと目を閉じかけている。


「ああ、かりんさん。いい朝だね。今から入るのかい?」


そんな花梨を抱き止めるかのように受け止めて彼は誰は挨拶をした。

が、やはり花梨の思考はもはや夢の中のようである。


「お風呂ぉー。ましゅまろ。。。もふもふ」


まるでそのまま手で鷲掴みにしそうな勢いである。


「ははは、自分のを食べなよ」


それを特に気にする様子もなく彼は誰は花梨の頭を優しく撫でた。


「んー。。。はっ!」


そこでようやく少し意識が覚醒したのであろう。

閉じかけていた目がパチリと開く。


「熱で目を覚ましておいで」


まるで幼い子を見るような優しい笑みを浮かべて彼は誰は花梨の頭をぽんぽんと再度撫でてそういった。


「おはようございます!」キリッ


それまで彼は誰にうなだれるように立っていた花梨だったが急に姿勢を正して挨拶をする。

先程までの彼女が幻のような態度の差だ。


「マシュマロ、美味しかったかな?」


「ましゅまろ。。。?」


彼は誰の問いかけがわからないというように首を傾げる花梨。


「焼くと美味しいですよね(?)」


などと答えるあたり、先程までどうやら寝ぼけていたようだということが伺えた。


「香ばしいよね」


だからといって指摘するわけでもなく彼は誰はそう返して笑みを浮かべた。


「お風呂入ってきますね!またあとで!」


「では、また」


まるで何事もなかったかのように覚醒した花梨はそう言ってお風呂場へ向かい、彼は誰は自室へと帰っていった。







彼は誰か部屋につき、入浴セットを片付けようとした頃コンコンコンとしっかりとしたノックが壁から聞こえてきた。

どうやら葉山の目が覚めたらしい。

彼は誰は入浴前に注いだ、冷めたコーヒーを口へと運びながらコンコンコンと返事を返した。

少ししてから扉の開く音が聞こえて来る。

それと同時にこちらに向かう足音、そして部屋の扉をノックすると音続いた。

おそらく扉の向こうにいるのは葉山であろう。

手早くコーヒーを注ぐと扉を開きにこりと笑う。

そこにはまだどこか眠そうな顔をした葉山が立っていた。


「おはよう」


「いい目覚めだっただろう」


葉山の挨拶にニヤリとして彼は誰は答えた。


「、、、早いね」


そう言って葉山は苦笑いを返す。


「冷めないうちに」


そう言って彼は誰は葉山に部屋へと招き入れる姿勢を見せた。

その向こうからは入れ立てのコーヒーの良い香りが鼻をくすぐる。

が、葉山はまたもや苦笑いを浮かべた。


「女性の部屋に入るのは、ね。よけれは俺の部屋に」


「では、そちらに」


彼は誰が奥からコーヒーを持って来るのを待って2人は葉山の部屋へと移動した。

彼は誰が片方を差し出すと、ありがとうといって葉山は受け取り口へと運んだ。


「朝食は?」


あんなに早起きだからもう済ませたのかという様子で訪ねて来る。


「いい香りがするだろう」


そう言いながら彼は誰は葉山側の髪をふわりと指ですいてみせた。

どうやら鼻がきくのであろう。

コーヒーの香りが立ち込める部屋の中、彼は誰がそうすることで漂ってきたシャンプーの香りに気がついたのか。

もしくはその動作でまだわずかに湿りを含む髪に気がついたかは定かではない。

女の色気を感じさせる動作ではあるが。


「、、、あぁ、なるほど」


しかし葉山は興味なさげに小さなあくびをしてそう答えただけだった。


「おすすめをご教授頂こうかな」


だからといって気にする様子もなく、風呂に入っていたから朝食がまだということが伝わればよかったらしい彼は誰はにこりと笑ってそう問いかける。


「まぁ、朝飯は目玉焼きと味噌汁が王道じゃないかな?」


コーヒーを一口飲んだからといってすぐには脳が覚醒していないらしく、葉山はどことなく眠そうに小さく笑ってそう答えた。

そして何やらガサガサと身支度を始めている。


「いい趣味してるね」


それに構うことなく、葉山の答えに満足したように彼は誰はにかっと満面の笑みを浮かべその後はコーヒーをまったりと堪能している様子だ。


「じゃ、行こうか?」


これまでの会話で一緒に朝食を取る約束など交わされていない。

にもかかわらず身支度を済ませた葉山はそう切り出した。

その瞳を見るに、やっと脳が覚醒したようだ。

が、彼は誰もどうやらそれを待っていたようである。

この2人にしてみれば、先程までの会話が“今から一緒に朝食を取ろう”というやりとりになったようだ。

とはいえ、この流れから食事を別にするというのも些かおかしな流れとも思うが。

葉山の言葉ににこりと笑って彼は誰は立ち上がると、飲み終えたカップを受け取り一度自室に戻ると告げた。

葉山が外で待っていると、部屋から出た彼は誰はいつものようにドアにメモを挟んだ。


「用心深いね」


それを見た葉山はいつものようにニヤリと笑ってつぶやくようにいった。

それを聞いて彼は誰はふふっと笑うだけだった。









葉山と彼は誰が食堂へ降りた頃、ようやく時刻は6時になったというところである。

互いに目玉焼き定食を買うと食券を出し、同じ席に着いた。


「今日はどこへ観光に?」


彼は誰の問いかけに葉山は少しだけ悩んでいる様子を見せた。


「まぁ、色々回るつもりはあるけど」


と何かを考えているようである。


「村に行くなら案内するよ。いい喫茶店があってね」


昨日のカフェのことだろう。

彼は誰はどこか無邪気さも伺える笑みでそう提案を口にする。


「村は、、、、そうだなぁ」


何か思うところがあるのか、それともそもそも今日の予定を他に立てていたのか。

またも何かを考えている様子で葉山はそう答えた。


「僕は街を見て回るつもりだったけど、一緒に行くのも楽しそうだね」


葉山の様子に何か思うところがあったのか、今度はそう提案をしてみる。


「あぁ、なるほど。とりあえず俺は崖に向かうつもりではいるけど。」


彼は誰の提案に彼もまた、何か思うところがあったのか。

直接誘うわけでもなくそう答えを返した。


「海を眺めるのもいいね」


葉山の言葉に彼は誰はにこりと笑ってそう口にする。


「いい地平線が拝めるよ」


にこりと笑って葉山はそう返した。


「長い滞在だし、ついていこうかなあ」


まるで葉山の意志はお構いなしというかのように、どこか遠くを見るようすでぼんやりとつぶやくように彼は誰は口にした。


「ロマンチックじゃないか」


そういうと葉山の方を見てにこりと笑った。

それを聞いた葉山はどこか諦めた様子で小さなため息をつく。


「、、、まぁ、そういうのもあり、か」


そして負けたというように小さく笑った。

そんなやりとりをしている間に2人の元へ料理は運ばれてきた。


「、、、ところで、醤油をとってくれないかい」


最初から最後までマイペースな彼は誰である。


「あぁ、、、」


今度は何かを吹っ切ったように小さく笑って葉山は醤油を彼は誰に手渡した。








2人が食事を終えて席をたつ頃、田中が食堂へとやってきた。

田中と軽く挨拶を交わし、2人は喫煙所へと寄り道をした後それぞれの部屋へと向かった。


「何時ごろに出るんだい?」


「7時にフロントで」


部屋に入る前に彼は誰が尋ねると葉山はそう短く答えた。


「では、また」


彼は誰はそう言ってひらりと手を振り、葉山はあぁ、と短い返事と笑みを浮かべてそれぞれ部屋の中へと入っていった。








一方その頃、少しだけ時間を遡る。

入浴を済ませた花梨は部屋に戻ると「夜もすがら君想う」の振り付けを考えながらストレッチに勤しんでいた。

イヤホンをつけた先ではガンガンに曲が流れている。

どうやら昨日のダイビングで普段使わない筋肉を使ったのであろう。

若干、筋肉痛を覚え柔軟にストレッチを行っているようだ。

1時間ほどかけてそれらを終えると、ふぅと一息ついた。


「朝御飯を、食べましょう」


誰に言うでもなくぽつりと呟く。

そして手早く身支度を済ませると、紫苑の元へと向かうことにした。

今日は真っ白なワンピースである。

が、その時不意にとても良い振り付けが思い浮かんだ。

お腹の虫は鳴いているが、忘れないようにと急いで動画に撮ることにした。

それらを終えると、再度身支度を整えて紫苑の部屋へと向かった。






紫苑の部屋の前へとたどり着いた花梨はコンコンコンと軽くノックをする。

その頃、紫苑はまだ夢の中である。

寝付いてから4時間ほどしかたっていないものの、その音は夢の中に響き渡り紫苑はゆっくりと瞼を持ち上げた。

そしてまだ眠気で重たい体をどうにか立ち上げて、目を擦りつつも扉の方へと向かった。


「師匠、おはようございます。朝御飯のお時間ですよ」


そんな声と共に再度コンコンコンと音がする。

先程のノック音は夢ではなかったようだ。


「おはよう」


紫苑は寝ぼけ眼を擦りつつ扉を開けるとその先に立っていた花梨にそう声をかけた。


「おはようございます、師匠」


そんな紫苑に花梨はにこりと笑って挨拶を返す。

見るからに寝起きの紫苑に花梨は待ってますねと伝えると紫苑は再度扉を閉めてのそのそと身支度を始めた。


昨夜8時間寝たとはいえ、ダイビングの疲れも手伝って約4時間の睡眠ではすぐに頭も体も覚醒してくれはしない。

少しの時間をかけて身支度を済ませると、まだ眠気は冴えきっていないが花梨と一緒に食堂へ向かうこととなった。






「では、今日は目玉焼き蕎麦うどんラーメン定食。。。?をお願いします」


食券を買うのを忘れて花梨は調理場の女性に笑顔でそう告げた。

紫苑はというと、そのことを気に求めずに眠気まなこで食券販売機の前に立っている。


「目玉焼き定食はあるけどねぇ」


花梨の言葉を聞いてどこか申し訳なさそうにそういうと、それで良いならあっちで食券を買ってきて渡してくれと伝えた。

それを聞いて花梨は思い出したかのように笑って頷き、紫苑と一緒に食券を買い無事朝食にありつけたのだった。










一方その頃、フロントの前には葉山と彼は誰が立っていた。

予定通り、時計はちょうど7時を指す頃である。


「とりあえず自転車借りるか」


少し悩んだ様子ではあったが葉山がそう提案を口にした。


「乗せてもらっても構わないけど?」


「まぁ、それでも構わないけどね」


冗談混じりの彼は誰の言葉に特に気にする様子もなく葉山はサラリと答えて笑った。

もちろん冗談だよと笑いつつ彼は誰はいそいそと貸出帳に書き込みをする。

そんな2人にフロントの女性は一枚の紙を手渡した。

内容は以下のようなものである。



 ☆「稲垂神楽」開催のお知らせ☆


土曜日の朝10時より阿賀村にて「稲垂神楽-いなたりかぐら-」開催いたします。


観光客の皆様もご参加いただけます。


村の伝統料理や地酒など観光ならではの品々をご用意してお待ちしておりますのでぜひご参加ください!!


尚、祭りの最初と最後には浜辺に設置された舞台にて今年の巫女姫が素敵な舞をご披露いたします。


どうぞご期待ください!


(土曜日は滞在7日目)



興味深そうに2人がその紙に目を通している様子をフロントの女性はニコニコとしながら見ていた。


「良ければ参加しておくれよ」


2人が目を通した頃合いを見計らってそう口にする。

この島の名物なのか、自慢の祭りなのか、と言ったところだろうか。


「へえ、もう準備してるのかい」


「今日あたりから準備を始めるよ」


物珍しそうに問いかける彼は誰に女性は笑みを絶やすことなくそう答えた。


「大規模なんだねえ、島総出なのかな」


「そういう感じだね」


「楽しそうだね、ちょっと見てみようかな」


そう言って彼は誰が葉山を見ると、葉山はにこりと微笑んだだけだった。


「そろそろ行こうか」


特に祭りに興味を示す様子もなく彼は誰を促す言葉を口にした。


「ああ、そうだね」


2人がそんなやりとりをしていると、一つの足音がこちらにやってきた。

それは田中だった。

どうやら2人と同様に、早々に観光へと向かうのだろう。


「やあ、早いね」


先に声をかけたのは彼は誰だった。


「あら。あなた達も早いわね」


声に気づくと軽く笑みをこぼしてそう答えた。

だが、、、、


「、、、」


田中は無言で葉山の方をチラッとみて自転車を借りる手続きを済ませるとさっさとホテルを出ようとしていた。


「意外と見るところがあるからね」


その背を見送りながら彼は誰は田中にそう声を投げかけ手をひらひらと振って見送った。


「そうね」


その声に少しだけ2人を振り返ると、田中もそれに応えて手を軽くひらりと振るとそのまま振り返ることなく去っていった。


「待たせて悪いね」


その間、特に先に行くこともなく待っていた葉山である。

彼は誰がそばに歩み寄りにこりと笑ってそういうと特に何を言うでもなくにこりと笑って自転車小屋へ向かって歩き出した。


(、、、、、、)


その半歩後ろを歩くようについて行く彼は誰だったがその背中を見ながら何やら思うところがあるような顔をしていたことは葉山が気付きようもなかった。








3人がホテルを出て少しした頃、朝食を終えた2人は自室へと向かっていた。


「師匠、今日はつぅーつぅー洞見に行ってきますね」


「私は昨日言った通り崖のほうへ行ってくるよ」


携帯が使えない島である。

互いの行動は把握しておきたいと言うかのように互いに予定を口にして歩く。


「それではなにか見つけたら報告しますね」


とんでもない“なにか”を見つける気満々なのだろう。

満面の笑みと勢いで花梨はそう口にした。


「つぅーつぅ洞、気を付けてね」


しっかり者ではあるが、天然と言えるところもなくはない。

少しの心配はあるものの、その言葉だけに止めることにした。

そして2人はそれぞれの部屋に入ると出かける支度を始めるのだった。






その頃、一足先に崖へとたどり着いた葉山と彼は誰はその景色に目を奪われていた。

ここはフェリーの対角線上あたりにある高い崖である。

まるで火サスにありそうなほど高く、落ちたら命はないだろうと思えるほどだ。

しかし、ここから見る景色は最高だということで近くにベンチがちらほらと置いてある。

パンフレットに載せるほどであるから、名所と言えるだろう。

ここから見える澄んだ海に照りつける太陽は眩しく、けれども開放感が十分に味わえる場所だった。


「そこに座ろうか」


あたりを軽く見渡した葉山は、1番良いポジションにあるであろうベンチを指差して彼は誰を促した。

先に葉山が座り、その隣に彼は誰も座る。


「いい眺めだね」


朝の澄んだ空気と、それを辺りに広げる風が心地よい。


「、、、まぁ、そうだね」


それ以上、葉山は何を言うでもなかった。

彼は誰は目の前や周辺にゆっくりと視線を巡らせる。

目の前には広々とした地平線、少し島の方に視線を移せばひえが植えられている田んぼなどが見える。

後ろを振り返ると、遠くにお城のようなものが見えた。

おそらくあれが瑠璃城だろう。

そして彼は誰はそのまま葉山に身を寄せ、自然な様子で腕を絡ませた。


「、、、」


慣れているのか、それに身を固くする様子もない。

かといって、拒絶する様子もなくなされるがままであったがその顔は苦笑いを浮かべていた。


「、、、ここでは、君の声はさざ波のようなものさ」


身を寄せている葉山にしか聞こえないような、囁くような声で彼は誰は言葉を紡ぐ。


「それにいいじゃないか、たまには、こういうのも」


そう言ってふふふと小さく笑みをこぼした。


「静かに波の音でも聞こうか」


小さなため息が混ざっていたのは彼は誰の気のせいだろうか。

葉山はそう、囁くように告げた。


(誰が聞いているかわからない、か)


きっとそう言うことなのだろうと彼は誰は思う。

そんな解釈をしていると、葉山はそっと一冊の古びた手帳を彼は誰に差し出した。

古びた、というのか使い込まれたと言うべきか。

その態勢のまま受け取るとそっとページを開いた。

中には以下のようなことが記載されていた。




『みぎわ島観光草案』



『みぎわ島観光草案 - 阿賀村、かふぇ御臼』

```

ごうす、と読む。

賞味したのは「ひえ団子」、海を湛えた「瑠璃色さわぁ」だ。


海岸沿いでの米はごちそう。

転じて阿賀村では、美味どころを「臼」に例えたようだ。


※ひえ…稗。雑穀の一種で耐塩性がある。。

```

瑠璃色さわぁ:かすかに磯の香りがする。


現在、経営を任されているのは仮屋崎家。




『みぎわ島観光草案 - 阿賀村、つぅーつぅー洞』

```

地元民のパワースポットの様子。


阿賀村では、水神様を懇意にし、豊漁祈願の奉公をする。

潮風ささやく岩の社が、神秘にたたずむようにも見える。


※つぅーつぅー…つーかーの仲、と同じ?

```

つぅーつぅー:クトゥルフの原語表記には揺れがある。

Cthulhu (くとぅるふ)

Kutulu (くとぅるー)

Kthulhut (くとるっと)

Tulu (とぅーるー)

あるいは、、、 Thu Thu (とぅーとぅー) である。


現在の祭りの名前は稲垂神楽-いなすいかぐら-



『みぎわ島観光草案 - 阿賀村、ほいだらでっち』

```

どうやら、小間遣いのことをそう呼ぶらしい。

ほいだら丁稚ということだろうか。


※ほいだら…つまり、そしたら、といった方言。

```

ほいだら:さようなら、の意味で使われることもある。

でっち:溺稚。


今回の巫女は梵家の家系にあたる雲母坂家のみどりという少女らしい


*外から増えた家が3軒

・覚醒者は出ているのか?

・みどりより前は?

・笛は使えるか否か?

・城の内部はどうなっているのか?

・海に帰った人数は?

・風の勢力は?→田中幸子



(これ、は、、、、。)


一瞬、彼は誰の表情が変わるのを葉山は感じた。

しかし、さすが彼は誰である。

すぐにその表情は消え去り、無言で手帳を葉山へと返した。

手帳を受け取ると葉山は彼は誰の手をスルリと抜けて立ち上がり一つ伸びをした。


「この後、ぶらりと城にでも行こうか」


葉山は彼は誰を振り返り、にこりと笑みを向ける。


「、、、そうしようか。小説の感想は後で話すよ」


ポーカーフェイスを通して応えてはいるが、おそらく彼は誰の頭の中は先ほど見せた内容の解析を急いでいるのだろう。


「じゃ、二人の世界が終わる前に行こうか」


それがわかっているからだろう。

葉山はニヤリと笑ってそう口にして彼は誰に手を差し出した。


「しかし小説というものは、記憶を消せないと、二度目は楽しめないものさ」


葉山の手を取り立ち上がると彼は誰は続けてこう言った。


「消えてくれれば、何度でも読み返せるのにね」


「記憶の奥底には残り続けるものさ。その中身が濃ければ濃いほどね」


彼は誰の言葉に葉山はそう応えてまたにこりと笑みを浮かべるのだった。









その頃、ホテルにて先に支度を終えた紫苑はフロントへ来ていた。

彼は誰達と同じように自転車を借りる手続きをしていると祭りのチラシを受け取った。


「良ければ参加しておくれよ」


「ありがとうございます」


笑顔でそう言う女性に紫苑は笑顔で返した。

手続きを終えた紫苑がホテルを出て自転車小屋に向かおうとした時、どこからか話し声が聞こえてくる。

声のする方はどうやら駐車スペースの方からだ。

そっと声のする方へ向かってみると見慣れない一台の車が止まっていた。

運転席をよくみると、初日に会った雲母坂れんげのようだと紫苑は気づくが、そのそばにいる一人の男性と少女が2人には見覚えがなかった。


女の子「お仕事頑張ってね!」


黒髪の少女が男性に向かって笑顔でそう言うと男性は笑みをこぼした。


「あぁ、ありがとう。みどり、いい子にしてるんだぞ?」


男性はそう返しながら白髪赤眼の、おそらくアルビノだと思われる少女の頭を撫でていた。


「・・・・」


その少女は特に表情を見せることもなくなされるがままの様子である。

その後、女の子2人は車の後部座席に乗り込み、車は走り去っていった。

紫苑は男性に近寄り、声をかけてみることにした。


「あー、その、、、、おはようございます」


「あぁ、宿泊されている方ですね。ご挨拶が送れました。妻とこのホテルを経営している雲母坂龍(きららざか りゅう)と申します。」


そう言って先程の女の子は娘のみどりとすみれだと紫苑に告げた。

このホテルは常にどちらかが滞在するようにしているそうだ。

気さくな様子の龍の態度に紫苑も緊張がほぐれた様子だった。


「初めまして、ご丁寧にありがとうございます。」


改めて笑顔で軽く頭を下げた。


「ホテルでは不自由してませんか?」


「ええ、とても満足していますよ」


「それは良かった!」


紫苑の言葉にホッとしたような、嬉しそうな笑みを浮かべた。


「何かあればフロントの者に申しつけてくださいね」


紫苑が頷くと、龍は仕事があるからと一礼してからホテルの中へと去って行く。

それを見送る紫苑の中には先程の2人の少女の姿が浮かんでいた。

しかし、特に何か問題が起きたわけではない。

ひとまず紫苑は予定通り自転車小屋へと向かうと、それにまたがり崖を目指すのであった。








紫苑が崖に向かってのんびりと自転車を漕いでいるとその横を2台のトラックが走り抜け、先に見える田畑のそばで停車した。

その辺りをよくよく観察すると数人の人の姿があることに気づく。

収穫でもしているのであろうか。

都会暮らしの紫苑には見慣れる光景である。

そちらに目をやりながら横切っていると道路から近い場所に見慣れた姿の男性がいることに気づいた。


「こんにちはー」


「あぁ、あんたか!おはよう!早いね!」


その相手とは三春であった。

相も変わらずニカッと笑い、そこらじゅうに響きそうな大声で挨拶を返してくる。


「奇遇ですねー。精が出ますね」


「これが仕事だからな!何より今年は祭があるからな!」


どこか子供のようなワクワクした様子を交えて紫苑の言葉に大声で返してガハハと笑う。

が、しっかり手足は動かしているのだからこれはある一種の慣れというのか、それとも職業病というものだろうか。


「お祭りですかー、それは楽しみです」


三春の言葉に紫苑はにこりと笑って返す。

その言葉に三春はそうだろう、そうだろうと満面の笑みを見せた。


「収穫祭のようなものですか?」


「盛大に行うからな!是非来てくれよ!豊作と豊漁の祭りさ!」


どこか誇らしげに三春は答える。

と言うことはここの作物はもしや何かしらの神などに捧げられるような祭りだろうか。

とはいえ、そう言った祭りの定番といえば実りの秋。

そう言う知識はあるが、今の季節は夏である。


「畑は何を作っているのですか?」


「畑か?島民みんなが食うための野菜だよ」


仕事をしながらも、三春はしっかりと受け答えを返してくれる。

とはいえ紫苑は観光客であるから、それが当たり前と言うか一種の慣れなのかもしれない。


「この時期に収穫祭とはなかなか珍しいですねー」


「まぁ、ここの気候は特殊なのさ」


汗を拭いながら、そう答えるとまた三春はニカッと笑って見せた。

そんな会話を交わしている紫苑の後ろを一組の老夫婦が紫苑がいる道をこちらに向かって歩いてきた。

この道が続く先といえば崖しかない。

おそらく村からそちらの方へ朝の散歩に出掛けている、と言う感じであろう。


「おう!お二人さんおはよう!今日も早いな!」


「あぁ、おはようさん」


「きよちゃんは今日も元気ねぇ」


きよちゃん、とはおそらく三春のことだろう。

確かにこの年齢の2人からすると孫のような年齢なのかもしれない。

そんな3人の会話を立ち尽くして聞いていた紫苑に老夫婦はにこりと笑って軽く会釈をするとそのまま崖の方へと向かって通り過ぎていった。


「先程のおふたりは?」


「仮屋崎さんとこのばぁさんとじぃさんだよ」


そう言われても紫苑は首をかしげるしかなかった。


「あー、かふぇに行ったならわかるだろうけど、あそこのマスターが息子だよ」


「ああ、あのマスターの!」


そう言われると、確かにマスターは先程の男性に似ている気がする。

息子と言われると納得であった。

が、そのことよりも紫苑がカフェに行っていたことが嬉しかったようだ。

三春は一層満面の笑みでこう口を開いた。


「お!行ったんだな!あそこのコーヒーは絶品だぞ!」


それは仕事の手を休めるほどの勢いである。

いや、ちょうど休憩のタイミングなのかもしれないが。


「ブレンドコーヒーの豆を買ったのですが、とても美味しかったです」


「そうだろ、そうだろ!あれはここでしか味わえないからな!」


まるで自分が誉められたかのように嬉しそうな様子である。


「どういうブレンドなんでしょうねー美味しさの秘密を聞いてみたいです」


「さぁなぁ!いくら聞いてもあいつは教えてくれないからなぁ」


まるで友人のような口振りであるが、見るからに年はあのマスターの方が上であろう。

が、この島のような環境だと友人というよりは兄弟や姉妹のような関係なのかもしれない。


「かなり多くの種類を組み合わせている感じがしますね」


「まぁ、もし聞き出せたら俺にも教えてくれよ!」


そう話していると遠くから三春を呼ぶ声が響いた。

三春は仕事に戻るからと道路から奥の畑の方へと向かって行く。

その背を少しの間見送りつつ、田畑の様子を眺めて再度紫苑は崖を目指した。








その頃、やっと支度を済ませた花梨はフロントへと降りてきていた。

そして他の者と同じように祭りのチラシを受け取る。


「良ければ参加しておくれよ」


渡しながら女性は笑顔でそう告げた。


「お祭りですか?」


「そうだよ」


花梨は受け取るとチラシの内容に目を通した。


「ほぇー。。。誘っていってみますね!」


「そうしておくれ」


読み終えた花梨が顔を上げて笑顔でそう言うと、女性も笑顔で頷きながら言葉を返した。

そのチラシを丁寧に折りたたんでバッグに入れると、花梨は自転車を借りて村へと向かった。

つぅーつぅー洞に行くためには船に乗る必要があるため、ひとまず昨日訪れた要を訪ねてみることにしたのだ。


「ダイビングのおじいちゃん、今日もいるかな」


少しの不安を漏らしつつ、花梨は村に向かって元気にペダルを漕いでいくのだった。










村に着くと花梨は真っ直ぐにダイビング受付へと向かった。

そして辿り着くと恐る恐る中を覗いてみる。

すると昨日と同じように奥に要の姿が見えた。

新聞を広げて時折傍のカップに手を伸ばし口元へと運んでいる。

花梨はホッとしたように要の元へと足をすすめた。

すると要は足音に気づいたように顔を上げ、花梨だと気づくと笑顔を向けた。


「おや、お嬢ちゃんおはよう。早いねぇ。今日も潜るのかい?」


「おじいちゃん、おはようございます、いえ、今日は観光でつぅーつぅー洞いってみたいなぁって」


要の元までたどり着いた花梨はそう言って元気に返事を返す。

そうかそうかと言うように要はニコニコしながら頷いた。


「あぁ、つぅーつぅー洞か。あそこには船で観光に行かなきゃいけないからね。ちょっと待っておいで」


要はそういうと電話のような物、おそらく無線機か何かだろう。

それを使い、誰かを呼び寄せているようだった。


「わぁ、ありがとうございます」


その様子を見て、花梨は笑顔でぺこりとお辞儀をしてそう告げた。

そしてその誰かが来る間、要と雑談をしていると外でモーターボートのような音が聞こえ始めた。

それはこちらに近づいているようで、その音は段々と大きくなって行く。

かと思うと、近くて音は停まり、その後誰かがこちらにやってくる気配が伺えた。

暫くすると出入り口から花梨が見覚えのある顔の男性が入ってくる。

初日に花梨達の乗ったクルーズ船を運転していた男性だ。

確か名前は紅波山座と言ったか。

花梨は記憶を手繰り寄せる。


「おはよう!つぅーつぅー洞に行きたいんだって?お嬢ちゃん一人かい?」


あの日と変わらぬ豪快な笑顔でそう問いかけてきた。

そこには花梨の姿しかなく、他のものが後から来るのかそれとも1人なのかと言うことだろう。


「はい、行けますか?」


花梨の返事になるほどなと紅波は少し何かを考えているようだった。


「お嬢ちゃん一人ならこんなおっさんと二人じゃ味気ないだろう」


そういうと紅波は要に何かを相談しているようだった。

そしてその後、また無線機を使い誰かを呼んでいるようだ。


「おじさん、呼んだ?」


数分もせずに、そんな可憐な声と共に誰かがこちらに駆け寄ってきた。

見ると、花梨よりは少し年上の女性だ。

花梨と目が合うとにこりと微笑みを返す。


「つぅーつぅー洞にこのお嬢ちゃんが行くっていうからな、付き合ってやってくれ」


「いいよー!ちょうど手が空いてたし!」


おじさんと言うことは紅波の親族だろうか。

それとも、近所のおじさんと言うようなニュアンスだろうか。

その辺りはわからないが、女性は紅波の言葉に快く返事を返す。

手が空いたと言うことはホテルでもらったチラシの、祭りの準備をしていたのかもしれない。

もしくは別の、日常の仕事中だったのだろうか。

そこも花梨が知ることではないけれど、流れを見守りながらぼんやりと考えていた。

すると突然女性は花梨の方を向くと花の咲いたような笑顔をつけて右手を差し出した。


「私、上条あじさい!よろしくね!」


「よ、よろしくお願いします(わぁ、綺麗な人。お姉ちゃんみたい。)」


名前のせいなのか、それともこの明るさが姉を思い起こさせるのか。

なんだか照れ臭いような恥ずかしいような複雑な感情が花梨の中に生まれた。


「それじゃ、行くか!」


花梨とあじさいが互いに自己紹介をしたのを見守ってから、2人に向かってそういうと2人は笑顔で頷いた。

そして要に見送られながらもボートに乗り込み、つぅーつぅー洞へと出発するのであった。

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